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しあわせな体験をした。

あまりに豊かな気分なので、意味ないと思いつつ、
日記に書いてしまおう。

(くだらないネタである。念のため。)


先日、ある団体に頼まれて、
山口県で、講演をすることになった。

そうしたら、往復の飛行機の航空券が、事前に事務所に郵送されて来た。
往復とも、自分のお金では絶対乗れない、ビジネスクラスで予約されていた。

ラッキー!、と思った。

いつでもエコノミークラスの私は、
こんなことでもないとビジネスクラスに一生乗らないので
まあ、たまにはいいかぁ、と思い、
束の間のVIP気分(ビップきぶん)を満喫しようと思った。

そうしたら、時間の関係で、
行きと帰りで、航空会社が異なっていた。行きはJ社で、帰りはA社だった。

J社のビジネスクラスは、Jシートという名前だった。
A社のほうは、スーパーシートという名前だった。

個人的な感想としては、A社のほうが、いろいろな面で、だいぶ良かったので、
以下、その体験レポートである。

・・・

「こんにちは。よろしくお願い致します。
 本日は、わたくし、○○が担当させて頂きます。
 ご都合の悪いことがございましたら、なんなりとお申しつけ下さいませ。」

山口宇部空港を飛び立ち、飛行機の座席につくとともに、
いきなりこの言葉をいただいた。

素晴らしい笑顔、そして柔らかな声のトーンとともに
綺麗な女性に話しかけられたため、
慣れていない状況に、私はアタフタした。

「ど、どうも、こんにちは。あ、ありがとうございます。はい、はい・・」

彼女は、素晴らしい笑顔のまま、一礼して去っていった。


なんて、上品なものごしの人だろう。
女性というのは、かくも優しく、美しいものであったのか・・

久しぶりに、人間というものの素晴らしさに出会えて
本当に感動した。


あ、一つ、残念なことがある。
彼女の名前を、聞き取ることができなかった・・。


・・・

数分すると、また彼女がやってきた。

「今、よろしいですか?」」

「は、はいぃ?」

「お洋服を、おかけいたしましょうか?
 あちらに、クローゼットがございますので。」

「こっ、これ(黒いジャケット)ですか?」

こっくり

彼女は、ゆるやかに微笑み、歩み寄り、
私のほうに、たおやかな手を差し伸べた。

指の先に光る、桜貝のような爪の色に、目を奪われる。


私は、彼女の仕草にあらがうすべはなく、
黒いジャケットをさしだした。

わたしの黒いジャケットが、
彼女の、たおやかな腕の上に、
ふんわりと落ちていく。

彼女をそれを胸に抱き、
クローゼットのほうに、
歩いていった。


その瞬間、私は、真っ青になった。

ま、まずいっ!


私の服は、ほとんど全部、ユニクロで買っている。
(または、ファッションセンター・シマムラだ。)

黒いジャケットも、当然そうであり、
たしか、二千円だったような気がする。

か、彼女は、それに気づいてしまうかもしれない。


とっても 恥ずかピい。


ビ、ビジネスクラスの、ハイソ(上流社会)な椅子に
座るのだから、せめて八千円ぐらいのジャケットを
着てくればよかったのに・・
と、「ひじょーーに」後悔した。

この黒いジャケットは、つい先日まで
NHKでニュースの解説者を3週連続つとめていたときに
ずっと着ていたものである。

だが、
黒いジャケットの、クビの裏のところには、
「ユニクロ」とは書いてあるだろうが、
「NHKご出演」とは書いていないであろう。

か、書いておけばよかった。
いや、何を言っているんだ私は・・


と思っているうちに、
彼女は、
クローゼットに私の黒いジャケットをしまうと
奥のほうに歩いていき、その姿を消した。


彼女は、ユニクロに気づいてしまったのだろうか?
気づいていないのだろうか?

今度会ったら、どんな顔をしていれば良いのだろう・・


・・・

彼女が、やってきた。
ジュースがいっぱい載った、カートを引いている。

飲み物を、くばる時間なのだろう。

今度こそ、私はかっこよく決めようと思った。

だって、せっかくのビジネスクラス、
スーパーシートに乗っているのだから。


カートの一番手前に「はちみつレモン」が
置いてあった。

私は、「はちみつレモン」が好きだ。

しかし、
四十をすぎた男が、
「はちみつレモン」をたのむのは、どう考えても
かっこよくない。

非常に悩んだ結果、
やはり、

「コーヒーを、ブラックで」

と頼むのが、一番男らしく、かっこいいのではないか
との結論にいたった。


彼女が、声をかけてきた。

「お飲み物は、なにになさいますか?」

私は、ふるえる声で、返答をかえす。

「ぶ、ブラックを、コーヒーで」


ま、まちがえた。

しかし彼女は、何事もなかったかのように
コーヒーをブラックにして、
私の前に置いた。

24歳ぐらいに見えるのに、なんと大人なのだろう。
やはり、人間の美しさは、心にも現われるのだな、きっと。

・・・

本当のことを言うと、私は、コーヒーが好きではない。
飲むと、どうも、胃がもたれ、気持ち悪くなる。

しかし、そんなことはこの際、どうでも良かった。
彼女の前で、かっこよく決めることは、
今、地球の重さより、重い。

彼女の手の、ぬくもりが伝わってくるような
暖かなコーヒーを、
7分ほど両の手にはさんだあと、
私は、一気にそれを飲み干した。

私の胃袋は、少し、気持ち悪くなったが
私の心は、温かかった。


すると、
彼女が、すぐに戻ってきた。

「おかわりは、いかがでしょうか?」

「は、はい。ぜひ。」

こぽこぽこぽ

軽快な音がして、
「ブラックを、コーヒーで」
が、また注がれた。

や、やっぱり、
ミルクを少し入れておけばよかった、
と、ちょっと後悔した。

・・・

気がつけば、飛行機は既に羽田に近づいていた。
「シートベルトを付けてください」、のマークが
頭上に点灯する。

そして、
彼女が、またやってきた。

クローゼットからとりだした私の黒いジャケットを
両の手のひらの上にのせている。

桜色の爪が、黒いジャケットを背景にして浮かび上がる。

ああ、ジャケットというのは、
人様にさしだすときに、
このように綺麗にたたんで渡すのだな、
と、再び、ハイソな感動にうちふるえながら、
私は彼女を見た。

つぶらな瞳が、私を見つめている。

これが、最後のチャンスと思い、
私は、彼女の左胸に付いている
ネームプレートを見ようと思った。

見たい。とても見たい。
でも、できなかった。

今、私を見つめていてくれる彼女に対して、
その瞳を見つめ返すことしか、
私には、とてもできなかった。

黒いジャケットを、ふわりと私の上におくと
彼女は、一礼をして、去っていった。


立てば芍薬(しゃくやく)
座れば牡丹(ぼたん)
歩く姿は百合(ゆり)のよう。


そんなフレーズが、頭に浮かび
ぼーぜんとその姿を見送るうちに、
飛行機は羽田に着き、
私の、ちょっとハイソな空の旅が終了した。


万感の想いをこめて、今、あの青春の時間を振り返る。


ああ、これがA社の、スーパーシート!























蝶が舞う、さくらラウンジ 3764字
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