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一人の人が、病気(または障害)になった場合、
社会には、様々な悪い影響がある。

以下、それを列挙していこう。

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1.医療費が増え、それに税金が使われる

その人を治すために、医薬品が消費され、
病院の経費(人件費等)が払われる。

例えば日本の場合、保険医療制度なので、
3割負担だとすると、
その7割は、国が払うシステムである。

要するに、
ある人が病気になった場合、
それを治す費用の7割は、国民の税金から
捻出されている、ということだ。

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2.その人が元気に働けない

病気にかかった場合、
それが1日であろうが、1年であろうが、
その人は社会で元気に働けないことになる。

これは、その人にとっても損失であるとともに、
社会にとっても、その国の経済にとっても、損失である。

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3.病気により後遺症が残ることがある

病気が治っても、その後、
体(からだ)または心に、後遺症が残ることがある。

その場合、その程度にもよるが、
以前のような、元気な活動ができないことになる。

その障害の重症度によって、
本人も社会も、かなりの損失を受ける。

重度の障害の場合、社会福祉により
専門の施設などに入院・通院、
あるいは、自宅において介護を受ける制度などを
利用する場合がある。

この場合も、通常、税金が使われるため、
社会的、経済的に、かなりの損失になる。

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なんでこんなことを書いたのかというと、
医療や福祉に国民の税金を使うのがいけない、
と言っているのでは、もちろん無い。

どの病気が、社会において、最も悪影響があるか、
ということを考える時に、
上記のような三つの側面を考えることも
大切であろう、ということだ。

また、
病気を治すときに、
どうやったら、本人にも、社会にも、経済にも、
一番負担のかからない方法で治せるだろうか、
または、予防できるだろうか、
ということを、考えることも、重要かもしれない、
ということだ。

こうした考え方を、医療経済学、という。

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医療経済学に用いられる様々な指標の中で
最も有名な指標が、DALYs(ダリーズ)というものである。

DALYs : disability adjusted life years

これは、何かと言うと、
病気になると、
(1)病気になっている間、その人は元気に働けない。
さらに
(2)後遺症が残ったら、その人は以前よりも働けない。

一人の人が、病気にかかった場合、
この二つの損失が、本人にも、社会にも、経済にも、ある。

この二つの損失の大きさを表した値が、DALYsである。

以下、もうちょっと、具体的に説明する。

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まず、
「健康寿命」という概念がある。
寝たきりになっておらず、元気で活動できる人生の長さを言う。

人間の寿命(平均寿命)が、仮に、80年だとした場合、
病気になっておらず、寝たきりなどにもなっていない「健康寿命」は、
(日本人だと)約8年ぐらい短い、と言われている。

つまり、一般的には、72年という長さが、日本人の健康寿命、
である。

で、
DALYsというのは、
この、
平均寿命から、健康寿命を引いた長さ(年数)をいう。

つまり、8年だ。

ある病気が、その人を健康でなくしてしまった期間(年数)を
DALYsというのだ。

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例えば、
ある人が、それまでずっと元気だったのだが、
60歳の時に、脳梗塞になり、その後、寝たきりになった。
65歳の時に、肺炎になり、亡くなった。
とする。

日本人の平均寿命は、80歳だとすると、
(1)寿命が、( 80 - 65 = ) 15年短くなり、
(2)寝たきりが、5年だったので
合計、20年の、「人生の損失(年数)」があったわけだ。

この「人生の損失(年数)」のことを、DALYS、という。

(実際は、もっと難しい計算式があるが、単純化するとこうなる。)


で、結局、

脳梗塞が、この人に与えた「人生の損失(年数)」は、20年である。

という場合、

脳梗塞が、この人に与えた「DALYs」は、20年である。

という風に使う。


要するに、
「ある疾患」が、その人に与えた「人生の損失(年数)」をDALYsというのだ。

で、
これは、その人への損失だけでなく、
ある疾患(または障害)の、
社会への悪影響、経済的な悪影響の指標にも、用いられる、ということ。

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参考: DALYsの算出

DALYsは、

(1)病気などにより短くなってしまった寿命の年数

(2)病気などの後遺症をかかえていきなければならない年数

総和である。


(1)YPLL : Years of Potential Life Lost

(2)YLDs : Years Lived with Disability


   DALYS = YPLL + YLDs


DALYsの算出には、
疾病の有病率、
疾病毎の予後(生存率、死亡率、後遺症の出る確率)、
などが必要である。


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ともかく、このDALYsを計算すれば、

A.疾患損失分析
 (どの病気が、最も人生の損失が大きいか)

B.費用効果分析
 (どの治療をした時に、最もその損失を減らせるか)

が、わかる。

よって、ある国で、なんらかのプロジェクトを行う時には、
まず、すべての健康課題(あらゆる病気、障害、事故、他)に対して
DALYsの算出を行う。

さらに、それぞれの健康課題に対して、
様々な治療や予防を行ったときに、削減されるであろう
DALYsを計算する。

そして、その結果をみて、

どの病気を狙って(ターゲットして)、活動するか、
また、
どの方法(治療や予防)を使ったほうがよいか、
ということを
事前に判断するのである。


例えば、マラリアに対するプロジェクトを行う場合、
Aという予防法に、1億円を使うと、DALYsが、2000減る、
Bという予防法に、1億円を使うと、DALYsが、1000減る、
とする。

ということが予想されている場合、当然、Aというプロジェクトを
行うべきである。

こうした考え方を、対費用効果 ( cost-effectiveness ) と呼ぶ。
この対費用効果を、最大にするために、とても有効な指標が
DALYsだと、言われている。


これが、現在の国際協力の考え方の、
スタンダード(標準)になっている。

(世界銀行とWHOは、思いっきりこれを採用しており、
 この影響を受けて、他の国際機関も、各国の政府機関も、
 これを追従する方針をとっている。)

(さらに、国際機関や政府期間から資金援助を受けて
 活動するタイプのNGOたちも、このDALYsを用いる場合がある。)

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DALYsが、最初に登場したのは、
やはり、世界銀行からの提案だった。

1993年の年次報告書の中で、
ハーバード大学の Christopher Murray が
このDALYsを紹介した。

簡単にいうと、
「早死と後遺症による経済損失を算定する方法」
という内容だった。

これが、あっというまに、世界全体に広がっていった。
非常に有用な方法だったからである。

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世界銀行は、このDALYsを使って、
「世界の疾病負荷」
(Global Burden of Diseases : GBD)
を、計算することを試みた。

その結果、DALYsの数値は、

途上国では、急性呼吸器感染症(肺炎など)、下痢、
 HIV/AIDS、マラリアが大きく、

先進国では、虚血性心疾患、脳血管障害、精神障害が大きい、

ことが、わかった。


さらに、
今後20年間の、世界全体のDALYsを計算すると、
感染症だけで、15億DALYsにのぼることがわかった。

これを削減するためには、
拡大予防接種計画(EPI)の効果が大きいことも
既に算出されており、よって、各援助団体が、
現在、世界中で、
ワクチンの接種を子どもたちに勧めている状況だ。

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こうしたDALYsを計算することは
単純に死亡数を計算することよりも
社会や経済的な影響を考えているため
医療経済学的にみて、より優れた指標である、
と考えている人たちが多い。

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また、現在、世界銀行は
途上国に援助をする際に、以下のようなシステムをとっている。

まず、途上国自身の自立心(オーナーシップ)を高めるために
自らの手で、
「貧困削減戦略文書(PRSP)」という
計画を作ってもらい、それに対して資金援助などを行うという
方針をとっている。

PRSP : Poverty Reduction Strategy Paper

で、
世界銀行が、この資金援助を行う際に、
ターゲットなる疾患の(社会における)重要度や、
それに対して途上国が考えてきた戦略(PRSP)が、
DALYsという指標を参考にして考えているかどうか、を
必ずみている。

つまり、途上国への資金援助を行う際に、
途上国側が、このDALYsを指標としてことを
(ほぼ絶対)条件にしているのである。

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もちろん、これまで度々(たびたび)触れてきたように
一つで完璧な指標は、ない。
このDALYsも、完璧なものではなく、
様々な批判がある。

一番多い批判は、高齢者の健康を軽んじること、である。

日本人の3歳の子どもが、肺炎でなくなった場合、
肺炎のDALYsは、( 80 - 3 = ) 77(年)である。

日本人の75歳の高齢者が、肺炎でなくなった場合、
肺炎のDALYsは、( 80 - 75 = ) 3(年)である。

よって、もしも、
肺炎によるDALYsを減らしたい場合、
子どもの肺炎の治療や予防にお金をかけて、
高齢者の肺炎のことは、とりあえず忘れていよう、
そのほうが、
より効率よく、DALYsを減らせる、ということになる。

すなわち、DALYsという指標を使うことは、
高齢者を見捨ててしまう可能性があるのだ。

(ある意味、高齢者の人権問題である。)


その他、疾患後の障害が、どの程度、その後の「QOL(生活の質)」に
影響するか、その重症度をどの程度に判断するかも、難しい。

参考
QOL : quality of life 生活の質・人生の質

 ただ生きているだけではなく、その生活の様子も、重要であること。
 食べる、寝る、排泄する、移動する、などの行動が十分でき、
 聞く、考える、話す、選択する、などの精神活動も保障されること。

 総合的にその人の「生活の質」や「人生の質」を考えること。
 これを総合的に判断することは、大変難しく、判断基準が乱立している。

参考までに、QOLの評価方法の一つとしてADLがある。

ADL : Ability of Daily Life 日常生活を行える能力

 食事、整容、清拭、更衣(上)、更衣(下)、トイレ動作、排尿、排便、
 椅子移乗、トイレ移乗、浴槽移乗、移動、階段、理解、表出、
 社会的交流、問題解決、記憶、など。

 これらの要素を、10点(または12点)満点で評価し、
 その合計点数と個別点数の両方で
 その人の日常生活における障害の度合いを考える。

もちろん、こうした評価方法自体にも諸説があり、議論が多い。


以上のように、
様々な問題を包含しているのも、DALYsである。

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ともかく、
プロジェクトをこれから作ろう、という時に、

どの疾患(または障害)に対するプロジェクトを優先するべきか?
どの治療(たまは予防)を優先的に行うべきか?

どのようにお金を使えば、最大の効果が得られるか?

ということを、科学的・客観的に考えていく上で
DALYsというものは
非常に有効な指標の一つである。


どんな活動をしたら、「人生の損失」が少ないか。

まずは、みなさんも、ご自身の胸に手を当てて、
これからの将来のことを、計画して頂きたい。