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 少女は、しゃべらなかった。

 暗い顔をしたまま、せつなそうな表情で、私を見つめてくる。
 何か嫌な予感がしたが、もう一度だけ、きいてみることにした。


「この絵は、何を描いたの? 
 これ、お母さん? 

 この女の子は、あなただよね? 
 もう一人の女の子は、誰なの?

 ・・・あなたの、大切なものは、何なの?」


「・・・・・」


 やっぱり、その子は、答えなかった。


 私は、NPO法人・宇宙船地球号という団体の活動として、
世界中の国々を巡り、
子供たちに、たいせつなものの絵を描いてもらうという
イベントを行っている。

これまでに四十カ国の国々で活動したが、
様々な絵が集まってきた。

今回は、ここカンボジアの、五つの小中学校で生徒たちに絵を描いてもらった。
自分の家、家族、水田、牛などの動物、学校、仏像(宗教)、
自分の国、昔からの遺跡、綺麗な服など、いろいろな絵があった。


しかし、この少女の描いた絵だけは、
いったい何を描いたものか、全くわからなかった。

私が学校の教室で途方にくれていると、後ろで気配がした。

振り向けば、学校の先生風の女性が立っていた。
身振りでうながされ、少女のいる教室を離れ、
先生たちのいる職員室へ移動した。


「あの子の、お姉ちゃんね、
 人身売買で、プノンペン(カンボジアの首都)にある
 売春宿に売られていったの。

 お姉ちゃんを売ったのは、あの子の母親なのよ。
 ・・でもね、しょうがないの。あの子のお父さんはね、
 戦争で死んでしまったの。
 ところが、お母さんは体が弱くて、働けない・・。

 どうしても、しかたがないので、
 二人いる娘のうち、お姉ちゃんのほうを、泣く泣く売春宿に売ったのよ。
 そうして、自分たちの生活費と妹の学費を、まかなってるの。」


 私は、愕然とした。
 だって、私が依頼したものは、
「あなたのたいせつなものはなんですか?」なのだ。
 恨んでいるものは何ですか?ではない。

いったい、どうしてこの少女は、この絵を描いたのだろうか? 
恐らく、「人身売買や売春を無くすこと、それが一番大切だ」、

というメッセージなのだろうが、

「自分の大切なもの」をきかれて、
最初に頭に浮かぶのがそれである、というのは、よほどの・・。


 その後、プノンペン市内の売春宿を取材した結果、
私はさらに、つらい事実を知ることになった。
売春宿に売られていった少女たちを、「買って」いるのは、
中国人と・・、日本人なのだそうだ。

 このプロジェクトが終了した後、私は日本に帰り、書籍を出版した。
「あなたのたいせつなものはなんですか?・・・カンボジアより」。


 数年前に戦争が終わったばかりのカンボジアでは、
戦争の傷跡が人々の体と心に残っている。そして社会にも。

 自分の一番たいせつなものとして、
必死の祈りを捧げる少女の気持ちとは裏腹に、
今日も何人もの少女たちが売られていき、

その母は涙を流し続ける。



「婦人之友 2006年8月 掲載原稿を改編」