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科学的な検証の末、338日後の、日本沈没が決定的となった時、
国民の移住などの対策が論議される中、

同時に、政府は、様々な有識者に、
「この未曽有(みぞう)の災害を前に、我々はどうするべきか?」
という質問をした。

そうして得られた、たくさんの回答を前にして
(石坂浩二扮する)日本国の総理大臣は、告白する。


「それらの意見の中で、私が、驚いたのは、

 ・・特殊な意見というか、

 普通に考えたら、特殊な意見というものが

 全く違う分野(の複数の人たち)から出た、のです


 それは、つまり・・


 何も、しないほうがいい、という考え方でした。

 愛するものとともに、この国といっしょに滅んだほうがいい。


 そういう考え方がでるということが、

 日本人が、他の民族と、決定的に違うところなのかも、しれません。


 ・・これは、総理としてではなく、

 私、個人として、なんですが、

 正直に告白すると、

 私自身は、この考え方が、一番しっくりときたんです。


 ああ・・、わかってます。

 それは、もちろん、(総理としては)許されることでは、ない。」


・・・

「日本沈没」という映画の中で、
このセリフが、一番、印象に残った。


さて、最近、私は、
「ツバル」、という映画を作った。
その中に、次のような、シーンがある。



山本 「もしツバルが本当に水没するとしたら、あなたは、どうしますか?」

ツバルの少女 「移住します。アメリカなどの、どこか大きな国へ。」


山本 「お孫さんは、こう言っていますが、あなたはどうしますか?」

ツバルの老女 「私は、ここに残ります。

        孫には、英語を勉強させて、移住させようと思っていますが、

        私自身は、生まれたこの土地で、最後の時を迎えるつもりです。」



映画の一節に、反論することになるが、

自分の国が、沈んでしまう、という時、
どこかに逃げるのではなく、

その生まれた土地で、最後を迎えよう、という考え方を持つのは
なにも、日本人だけではない。

ツバルの人も、おそらく他の国の人も、同じではないだろうか?



以前、マスコミから、質問を受けた。


記者 「山本さんは、映画ツバルの中で、たくさんの日本の人達に、
    もし、日本が沈んだらどうしますか?、と質問をしていますが、
    山本さんは、どうするんですか?
    もし、日本が、沈んでしまう・・としたら?」

山本 「・・そうですね。

    わかりませんが、生まれた故郷に帰って、死ぬ・・かもしれません。

    ・・きっと、そうすると、思います。」



こんなことを、言うつもりは、なかった。

本当に、無かった

でも、この言葉が、口をついて、出てきたので、自分で、驚いた。



よく、わからないが、


「私という人間は、何者か? 私の人生は、なんだったのか?」


ということを、(死を目前にして)考えた時に

おそらく、自分の生まれ育った、故郷(ふるさと)というものが

私自身にとって、重要な要素の、ひとつ、になるような気がしている。



街の風景、家の前にある道、近所の様子、それらに包まれた私の家、

家族、友達、母校、恩師、通学路、寄り道をした駄菓子屋(コンビニ)、

同級生、嫌いだったヤツ、幼馴染み、初恋の人・・



そのすべての要素が、「わたし」という人間を作ったのではないか?


そのすべての要素が、「私の人生」そのものだったのではないのか?




そして、そうした故郷のすべてが、もし沈んでしまうのならば

私は、きっと

今の私ではない、別の何かに、変わってしまうかもしれない。



つまり、

故郷が沈む時、

今の、「私」は



死ぬ





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