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小学6年生の時、
音楽の先生から、音楽室に呼ばれた。
また
落ち着きがない、などと言われて
怒られるのかと思って、
多少、ビビリながら先生の部屋に入っていくと
こう言われた。

「山本君。今度の合唱で、ソロ、やらない?」


一応、状況を説明すると、
私が通っていた小学校は、合唱の盛んな所で
毎朝、合唱をやらされる日程になっていた。
で、
「ハレルヤ」や、「モルダウの流れ」
などの名曲を、さんざん歌っていたのだ。

(別にキリスト教系の学校ではなかったのだが)

で、私もなんとなく歌っていたのだが
当時ピアノをやっていたこともあり、
自分的には、
「僕の歌は、けっこううまい方じゃないかな?」
と、誤解していた。

で、
細かいことはともかく、
音楽の先生からのソロ(独唱)の依頼を
受けることにした。

けっこう、嬉しかったのを、覚えている。

曲は、
シューマンの、「流浪の民」
場所は、テノールのソロ。

・・

可愛し(めぐし)乙女(おとめ)舞い出でつ
松明あかく 照りわたる

管絃のひびき 賑わしく
つれたちて 舞い遊ぶ

すでに歌い 疲れてや
眠りを誘う 夜の風

なれし故郷を 放たれて
夢に楽土 求めたり

・・・

この中の、

「つれーだちぃて、まいーあーそーぶー」
と言う所を

歌うことになった。

で、
いきなり、その結果だが、
当日、極度に緊張してしまい、
頭の中は、まっ白。

手は震え、足は震え、声も、頭も震えた。

もちろん、思いっきり失敗した。


つれー、の部分を、伸ばし過ぎて
つれーーーぇぇぇ・・・


そのまま一小節だか、二小節だか、三小節だか、
伸ばし続けてしまい、

指揮者の先生は、慌てふためくし、
伴奏を弾いていたピアノの子は困っているし、

私はいまさら止められないので、

つれーーーーーーぇぇぇぇぇぇぇぇ

と伸ばし続けた・・


・・・で、
この後、ダッシュして、逃げた・・

もちろん
その後しばらく、音楽の先生には
極力、顔をあわせないように心掛けた。

自分の視界に、先生の顔が入ると、逃げた。


だから、
というわけではないが、その年の冬、
私は、父に連れられ
南アフリカ共和国に行き、
人種差別問題(アパルトヘイト)を
目の当たりにすることになる。

1977年から1978年にかけてのことだった。

このことが、私が現在、国際協力を行っている
きっかけの一つに、なっている、と思う。


「なれし故郷を 放たれて
 夢に楽土 求めたり」


という歌詞が、「流浪の民」の最後にあったが
(今の自分の経歴を振り返ってみると)
なんというか、考えさせられるフレーズだった。


・・・
・・・


しかし、
この頃、この同じ歌「流浪の民」で
ソロを歌った少女が、
地獄を見ることになる。

それが、「めぐみ」さんだ

・・・

1977年11月

新潟県新潟市において
女子中学生、横田めぐみ(13歳)さんが
下校途中に失踪した。

当時彼女は、
合唱部とバトミントン部に入っていた。

・・・

1979−1980年

産経新聞の記者が、
日本海沿岸での日本人の行方不明、
および北朝鮮の関与を示唆する記事。

「海岸で
 日本人が、男たちに襲われて、
 突然、
 手錠をかけられ、
 さるぐつわをされ、
 足を結わかれ(ゆわかれ)、
 袋に入れられ、
 船で、どこかに連れ去られる・・」

・・・

1988年1月、国会で初めて
北朝鮮の拉致問題が議論される。

民社党・塚本議員が
竹下総理へ行った代表質問の中で行われた。

・・・

1988年10月

北朝鮮からの脱北者であり、
元・北朝鮮工作員(スパイ)の
アン・ミョンジンさんは、
横田めぐみさんに会ったと告白。

彼女を拉致したのは、
チョン先輩だ、と言う。

・・・

2002年9月

小泉純一郎首相が、
北朝鮮の平壌(ピョンヤン)を訪問した。
北朝鮮はこの時、初めて
日本人13人を拉致したことを認めた。

生存している5人の帰国が認められたが
8人は、死亡していると、報告された。

横田めぐみさんは、29歳で自殺との記載。
結婚しており、夫がいて、娘がいた、と。

・・・

2004年11月

横田めぐみさんの遺骨が
朝鮮当局から家族へ返却される。

しかし、帝京大学が行ったDNA鑑定により
遺骨は、横田めぐみさんのものではない、と報告。

・・・

2007年10月

横田めぐみさんのご家族の
母:横田早紀江さんと
父:横田滋さんは
まだ、めぐみさんが生きてる可能性あるとして
43歳の誕生日を、祝福した。

・・・

現在、
ご両親は、ともに敬虔なキリスト教信者で
映画「めぐみ」の中で、次のように語っていた。


横田早紀江さん談


「長い長い年月を、
 私達は本当に悲しんできました。

 そして、悲しみで、
 死んだほうがいいと思ってた時があって・・

 お友達に聖書を一度読んでごらんって言われて

 その中に、
 聖書・ヨブ記の1章21節だったと思いますが

 主は与え、主は取られる
 The Load gave and the Load has taken away

 という箇所があるんですよね。

 与えられるのも神様だし、
 これはダメですーっ、と
 いくら人間が、これは離したく、と言っても
 今採ります、と言われたら、
 ぱっと取られるのも、神様。

 ぱっと取られた時に
 そのことは悲しいんだけど、

 その悲しさの中で
 何を、もっと、与えられるか、ということが

 わかった・・んですよね。

 拉致問題を支援してくれる、
 あたたかい、たくさんの人達にも出会えて・・」


横田滋さん談


「神様がいるって、言うのはね、

 あのー、
 それで、これだけ解決しないっていうのは

 神様が、
 (私たちにとって)めぐみはもういらないから、
 帰ってこなくていいと思って、
 (そう)してるんだ、と思います。」


・・・
・・・


この、横田めぐみさんが、拉致される前、
1977年
小学校6年生の時、卒業式で、
シューマンの「流浪の民」を
歌っていた。


・・


可愛し(めぐし)乙女(おとめ)舞い出でつ
松明あかく 照りわたる

管絃のひびき 賑わしく
つれたちて 舞い遊ぶ

すでに歌い 疲れてや
眠りを誘う 夜の風

なれし故郷を 放たれて
夢に楽土 求めたり


・・・

彼女が独唱したのは、最後の部分だった。


「なれし故郷を 放たれて
 夢に楽土 求めたり」



もし、
横田めぐみさんが
どこかで、生きているとしたら

今、彼女は、幸せに暮らしているのだろうか?


めぐみさんが
自分のいる場所を

「夢の楽土」

に変えていける
精神的な強さをもっていることを

祈る




http://www.youtube.com/watch?v=bTJzWTZG-Fs