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最近、映画ツバルを進化させるために
ドキュメンタリー映画系を、
けっこう見ているのだが、
昨夜見たものは、秀逸だった。


題名 選挙

監督・撮影・編集 想田和弘


2005年秋に、
川崎市議会の補欠選挙に出馬することになった
山内和彦さんが
当選するための選挙活動を行った様子を
記録したドキュメンタリー映画。

これは、面白かった。

以下、

1.メッセージ性
2.制作手法
3.問題点

に分けて、記述する。


1.メッセージ性

日本の選挙制度が、かくも、くだらないものである
ということが、良くわかった。
これが「選挙」による民主主義の正体だとしたら
なんという偽善がまかりとおっているのだろう?

・・という疑問を、見た人に伝えたい、
という監督のメッセージが、明確に分かった。


具体的には、

候補者に、政策のマニフェスト等は必要なく、
とにかく、名前を覚えてもらうために
3秒に1回、
名前だけを連呼したほうが良い、こと。

この映画で候補者は、自民党から出馬しているのだが
知名度の高い、自民党の国会議員などを多数よび
(山内和彦さん本人の政策の内容など関係なく)
その有名人の人気度によって、
選挙の当否が決まってしまう現実。

(実際に、川口順子、橋本聖子、萩原健司、石原伸晃、
 最後には、小泉純一郎首相(当時)まで、やってきた。)

また、候補者は、地域の小学校の運動会、祭り等のイベント、
高齢者の集会場などを回り、
その他、地域社会の有力者の間を
どさまわりして、支援を請っていく。
これら有力者たちの紹介は、
全て自民党内での「コネ」で行われる。

最後は、選挙事務所内の、上下関係と、
体育会系の「のり」だ。
自民党に党を挙げて応援してもらっているため、
上の人からの命令は絶対。
「何をやっても怒られるし、何もしなくても怒られる」
と言っていた、山内候補者の言葉が印象的だった。

で、結局、彼は、2万票を獲得し、当選するのだが
こんなんで、受かってしまうの??
という強烈な疑問が生じる。

非常にシニカル(冷笑的)な、
社会風刺をこめた作品だった。


2.制作手法

すごい。
この監督は、どう考えても
一人で全部作っている。

想田監督は、
おそらく、小さいハンディービデオカメラ一つを持ち、
山内候補者を、ずっと追いかけていたのだろう。

恐らく、それだけだ。

まず、撮影の部分を言うと
彼のカメラマンとしての実力は、高い、と思う。
私も
同様の手法で撮影をしてきたが、
普通、歩きながら動画を撮影すると
画面が揺れて、「酔う」画像になってしまう。
が、
この作品では、その揺れが少ない。
つまり彼は、監督以前に、
ドキュメンタリーカメラマンとして優秀である、
ということになる。

次に編集の手法だが、
なんと驚くべきことに
この映画には、その内容を説明するための
ナレーションも、テロップも使われていない。
一切、ない。

それで、上述のような明確なメッセージを
伝えてしまうのだから、恐れ入った。

脱帽である。

また、音楽もない。
普通、盛り上げたり、飽きさせないために
音楽を背景に仕込むのだが、それもやっていない。

(このため、後半ちょっと眠くなったが・・)

いずれにしろ、これだけシンプルな手法で
ほとんど全部、作ってしまったことは
ある種、驚きであった。

見終わった瞬間、この作品を
絶賛する気持ちになった。


3.問題点

しかし、この作品には、問題点も多い。
見終わってから、数時間経って
冷静にこの映画を分析していくと
それが見えてくる。

なぜ、このような
簡単な手法で作られているのに
飽きさせず、面白く、メッセージ性も明確に
「見せる」ことができるのかというと
それは
「映っている映像が、衝撃的だから」
の1点につきる。

で、
なぜ、
(日本の、地方の、選挙戦、という程度のネタで)
その衝撃的映像が撮影できたか?
という疑問を考えてみると
以下の結論になる。

この監督は、間違いなく、映っている人の許可を撮らず
(裏話などを)勝手に撮影している。

主人公?である山内和彦さんの許可だけはとっていると思うが
それ以外の人たちの許可は、全くとっていない。

(この件、確認していないが、間違いないと思う。)

この映画の中では、
自民党内の重大な問題点や
選挙支援事務所内の、上下関係、古い体質、
などが、如実に撮影されている。

で、
組織の体質を問うのなら、ともかく、
明らかに、某衆議院議員の評判が下がるであろう映像や
その他、特定の個人の傲慢な(反感を買うような)発言も
収録されている。

(これらの映像は、次の選挙の時に、
 彼らの重大なマイナスになるはずだ。)

もし、この映画が公開される前に
上記の人々の許可をとるために
チェックしてもらっていたとしたら
そのようなシーンは、カットされていたはずだからだ。

つまり、この映画は、ある意味で
重大な「人権の侵害」をしている可能性がある。

逆に
なぜ、この監督がこのようなことができたかというと、

(1)彼は、小さいビデオカメラで撮影していたため
   山内候補者の友達が、記録を撮っている程度だと
   周囲の人が誤解してしまっていた。

(2)彼は、自分の作品を作ることが目的であり、
   自分が撮影した被写体に、将来、迷惑がかかることなど
   どうでもいいと思っていた。

(3)彼は、ほとんど一人で作ったため、
   このような倫理的な問題点を指摘してくれる人が
   まわりにいなかった。

と、いうことだと思う。


また、もう一つ、大きな問題点があった。
この映画の主人公、山内和彦さんは
(この映画内で記録されているように)
2005年の川崎市市議会・補欠選挙で当選したが、
その後、
2007年の統一地方選挙では、出馬をせず
現在、ひきこもりの、主夫になっている。

つまり、恐らく、
この映画を公表したせいで、
山内和彦さんは、自民党内から、大きな反感を買い、
彼の、政治家としての生命は、絶たれた可能性がある。

(ただし、一方、彼は、この映画で有名になったため、
 本を書き、それを売ろうと画策しているようではある。)

ともかく、
想田監督が、自分のために作った「作品」のために
山内さんの政治家としての未来は、ほぼなくなった
可能性があるかもしれない。

・・・

以下、映画「選挙」の内容を、ちょっと離れる。


こうした、「映像の中の登場人物に迷惑がかかる」
ことへの配慮を、ほとんどしないで
映画を作ったり、または
取材をするマスコミ(テレビ・新聞)が多いのが、現代日本の現状だ。

例えば私は、
これまでテレビに数十回、新聞に百数十回登場しているのが
事前に、その記事のチェックをさせてもらったことは、
ほとんどない。

(注: 原稿を依頼されて、それがそのまま掲載される場合などを除く)

これは
ジャーナリズムの中立性といって、
良く言えば、
素材(取材された人)の意見によってマスコミが
コントロールされないようにし、かつ、
記者が、自分の判断のもとに記事を書く、という
(憲法で守られている「報道の自由」で保障(?)された)
ジャーナリズムの正統性(?)を守るためのものだ。

が、
悪く言えば、
上記のように、自分は崇高な(?)ジャーナリズムを
行っているのだ、と信じ込んでいる傲慢な記者が
素材のことを十分理解していない状態で、
勝手に思い込みの間違った記事を書いている、
可能性がある。

で、
私個人の経験でいえば、
私のことを、正しく書き
かつ
私がその記事によって、迷惑がかからなかった
新聞記事や映像での取材は、
これまで、3割ぐらいしかない。

7割は、(多少なり、その内容が)間違っているか、
または、後日、私になんらかの迷惑がかかっている、のである。

で、
もともと、素材側だった私は
自分が映像を作るようになっても、
もちろん
私が過去に受けた不愉快な思いを
映像に登場する人たちに与えてはならない、
と思い、
それを配慮して、映像作品を作っている。


なんか、話が違うほうに進んでしまったが、
ともかく
こうした配慮を忘れない範囲で
映画ツバルを
インパクトのあるものに、成長させていきたい。


もちろん、それは、難しいことなのだが・・



http://www.youtube.com/watch?v=_h6Dz15ruWc