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このブログは、前回の続きです。
必ず、以下を読んでから、読み始めて下さい。

国際協力の歴史(国際機関編)その1
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65094484.html

・・・

ここまでの、国際協力の流れを総括すると、

1940年代、戦後の戦勝国を中心とする国際連合ができたが、
       常任理事国5か国が拒否権を持つ、将来に問題を残す内容だった。
       かつこの頃は戦争で疲弊したヨーロッパの復興に主眼があった。
       おまけに、米ソ冷戦の開始による東西両陣営が、
       それぞれの同盟国を増やすために援助を行う、
       というのが世の潮流だった。

1950年代、ようやく、途上国への援助が始った。
       世界銀行などは、インフラの整備による経済基盤の確立を行い、
       各国のGNP上昇による経済波及効果をもって
       貧困の削減も図る、という戦略だった。

1960年代、ログ・フレームなどの国際協力の方法論が、生まれた。
       しかし、相変わらず、市場経済至上主義が続いていたため、
       かえって、「貧富の差が拡大」してしまった。
       (先進国と途上国の差も、途上国内の富裕層と貧困層の差も
        ともに広がり続けた。)

1970年代、途上国の中でも、貧困層のほうに、
       目を向けなければならないことに気づき、
       ベイシック・ヒューマン・ニーズ(BHN)などの考え方が生まれたが、
       それを途上国の貧困層のために、行おうとしても、
       途上国の政府が腐敗にみちており機能せず、実行できなかった。

1980年代、しかして、途上国政府を構造改革することになったが、
       官僚の削減、省庁の簡略化、公共事業の停止と民営化、
       経済の完全自由化などがもたらしたものは、市場経済の悪影響による
       さらなる「貧富の差の拡大」だけだった。


以上を踏まえた上で、その後の、1990年代以降の流れを解説する。

・・・

1991年、大きな事件が起こる。
それはもちろん、ソビエト連邦の崩壊と、冷戦の終結である。

ここまでの国際協力の側面の一つが、
東西両陣営(資本主義諸国と共産主義諸国)が
それぞれの政治体制を守るために、
同じ政治体制の国に対して、援助を行う、
というものであった。

欧米および日本が加盟している
「経済協力開発機構」(OECD)も、
西側陣営である、資本主義陣営が、
同じ政治体制を持つ国を
途上国に増やし、かつ維持するために援助していた
国際機関だった側面が強い。

ソ連を中心とする東側陣営(共産主義諸国)も
社会主義および共産主義の政治体制を持つ途上国に対して
援助を続けていた。

こちらの団体の名前を
「経済相互援助会議」(COMECON)と言う。
東欧諸国の加盟が多かったため、
「東欧経済相互援助会議」とも言う。

ところが、
この1991年のソ連の崩壊によって、
この「経済相互援助会議」(COMECON)も、解体されてしまった。

このため、
社会主義または共産主義の政治体制を持つ
途上国へ、援助資金が届かないことになる。

かつ、
このソ連の崩壊により、冷戦は終結してしまったので、
資本主義陣営も、無理して
資本主義の思想を持つ途上国を増やす必要がなくなり
資本主義の政治体制を持つ途上国にも
あまり、援助が行われなくなってしまったのだ。

これが、まず一つ。

・・・

次いで、
前節で紹介した、1980年代の
「途上国政府の構造改革」の大失敗により、
はたして、援助をすること、
それに対して予算を使うことに、意味があるのだろうか?
ということを
各国が疑問視するようになり、
国際協力や開発に、あまり予算を投じなくなった。

しかして、そうした国々の拠出金を受ける
国際機関のほうも、援助をやりにくくなった。

要するに、予算が減ったのである。

・・・

この、1990年代に、
先進国たちの、政府開発援助(ODA)の予算が減ったことを
先進国の、「援助づかれ」とも言う。

・・・

上記に関連して、
1980年代で特記すべきこととしては、
世界銀行の経済自由化戦略によって
途上国の構造改革が行われたにも関わらず、
それまで、
唯一の(世界銀行の方針が正しいとする)根拠とされていた
「途上国を含む各国のGNP上昇だけは維持してきたこと」
にも、失敗したことだ。

なんと、
サブサハラの国々においては、
1980年代、
GNPがマイナス成長をしてしまい、
経済は停滞どころか、失速、してしまっていたのだ。

これに加えて、
例の「貧富の差の拡大」の二重構造も起こっていたため、
世界銀行の、自由経済で、市場経済原理主義、という理論は、
かなり、疑問視されるようになった。


(正確にいうと、大失敗したのは、
 サブサハラを中心としたアフリカで、
 経済が停滞していたのが、ラテンアメリカ諸国。
 アジアに関しては、国全体のGNPの上昇などを見る限り、
 一応、そこそこ、うまくいっている。
 貧富の差の拡大は、また別の問題だが。)

・・・

また、
1980年代、世界銀行が途上国に行った援助は
以下のような方法論だった。

「公務員を削減し、省庁を減らし、経済を自由化しなさい。
 これらの条件をすべて達成したならば、
 援助金を、あげたり、貸したり、してあげますよ。」

つまり、
世界銀行のやり方は、ほとんど、脅迫的であり、
「お金が欲しいなら、俺の言うことを聞け」
と言っているのと、同じことであった。

このため、途上国の自主性がないがしろにされていたため、
各方面から批判が相次ぎ、
途上国の自主性を重視すべきだ、という概念が生まれた。

この途上国が自主的に自国の問題を解決していこうとする意志を
尊重することを
「オーナーシップ ( ownership ) を高める」という。

すなわち、この1980年代の大失敗により、
以後の国際協力は、途上国のオーナーシップを尊重することを
その方針の一つに入れていくようになった。

このことは、一見、良かったように見えるが、
将来、また別の問題を生じることになる。

・・・

以上のように
これまでの国際協力は、基本的に世界銀行が中心となっており、
資本主義で、市場経済で、経済の自由化で、
グローバリゼーションを押し進める、
(そうすれば、市場経済の恩恵に途上国もあずかることができる)
という戦略が基本だったのだが、
それに真っ向から対立してきた団体があった。

それが、国連の中で、1965年に創設された
国際連合開発計画 (UNDP) であった。

世界銀行の、グローバリゼーションに対立する形で、
国際連合開発計画は、アンチ・グローバリゼーションを提唱し続けており、
両者は、たびたび対立していた。

上述してきたように、世界銀行が大失敗を繰り返す中で
1990年、国連開発計画 (UNDP) は
次のような報告書の提出を開始した。

「人間開発報告書」

この報告書には、貧困の定義なども記載されており、
途上国における貧困層に対する開発の重用性が指摘され、
経済的な貧しさだけでなく、教育や医療の機会がないこと、
声を発して意見を述べることができないこと、なども含まれ、
包括的な貧困の状況が記載されるようになった。

この、国連開発計画のやっていることが
全部正しいとは言わないが、少なくとも
世界銀行のやり方に、異を唱える組織が出てきたことは
喜ぶべきことだった。

・・・

以上より、
1990年代は、
1980年代までの援助の大失敗から、
まず、
「成果主義」と呼ばれる、
援助の有効性が、各国で、
また各国際機関で、かなり厳密に議論されるようになり、
予算の投入に慎重さを増すようになった。

また、
途上国の貧困層に対しての「貧困の削減」が重要だ、
という当たり前のことに、ようやく本気で
議論を行うようになった時期でもあった。

・・・

ただし、この1990年代という時期は、
ソ連の崩壊と冷戦の終結により、
東西陣営に巻き込むための途上国への援助が
減っていた時期であり、
かつ、
前述のような成果主義と呼ばれる厳密な予算のコントロールが
始まったために、
世界全体で使われた国際協力のための予算は、明らかに減ってしまった。

各国の政府開発援助(ODA)に使われた予算の金額を合計した数字を見ると
あきらかだが、この1990年代、その数字は、減少傾向を示したのだ。

(注: 例外がある。
 この時期、欧米の各国が、上述の理由で、ODAの予算を減らしたのに、
 日本だけは、ODA予算を増やしていた。
 この理由は、この時期、日本経済が、バブル期だったことによる。
 が、バブル崩壊とともに、この現象も停止した。)

・・・

2000年に入ると、
三つの大きな動きがあった。

一つは、世界銀行が「貧困削減戦略文書」を
途上国政府に作らせるようにしたこと。

二つ目は、「セクター・ワイド・アプローチ」と呼ばれる
各セクター(教育や医療などの各分野)へ出資するドナーたちが
集まりを持ち、緊密に相談するようになったこと。

三つ目は、「ミレニアム開発目標」が策定されたこと、
である。

・・・

一つめ、「貧困削減戦略文書」(PRSP)とは、
世界銀行が、途上国政府のオーナーシップを尊重し、
各国に貧困を削減するための戦略を建てさせた、
その内容を記載した文章である。

途上国政府には、そうした戦略を立てられる能力を持つ人材が
いないことが多いため、世界銀行などがその能力のある人材を派遣し、
途上国政府にアドバイスをしながら作成していくことになる。

このPRSPを作ることが、
現在、世界銀行が途上国へ出資するための「条件」となっている。

また、
この世界銀行は、あいかわらず、
世界全体の国際協力の中心的存在であるので、
(日本のJICAを含む)各国の援助機関も、
途上国にPRSPを作らせ、それを支援してゆく、という方向性に
協力してゆくことになっている。

・・・

二つめ、「セクター・ワイド・アプローチ」というのは、
1990年代までの、大きな問題点を解決するために
行われるようになった。

結局、途上国に支援をするときに、
例えば、

日本のJICAは、ある国の「教育」をやりたい。
アメリカのUSAIDも、その国の「教育」をやりたい。
世界銀行も、その国の「教育」をやりたい。
ユニセフも、その国の「教育」をやりたい。

と言った時に、
各組織が、重複して同じことを行ってしまい、
(ある意味)無駄になっていたり、
あるいは、途上国政府が、それらを断っていたり、
または、
複数の組織が、金をくれるというので、
途上国政府が、一番金をくれる団体を選んでいたり、
果ては、
途上国政府(自体)に都合がいいプロジェクトを
行ってくれる団体を受け入れることにしたり
(はっきり書けば、賄賂をくれる団体を選んだり)
することが、横行していた。

いくつかの途上国は、「援助銀座」と呼ばれており、
大型団体が、たくさん、「援助したい」と言ってくるため、
途上国政府が、それらを「選び放題」であり、
こうした状態は、(当たり前だが)
途上国の悪徳政治家の、私的な利権の獲得に利用されやすく、
まともなプロジェクトを
やらせてもらえることは、非常に少ない。

このため、2000年頃から、
次のような考え方が、生まれてきた。

「その国に資金を出資しようという組織は、
 事前に集まって、話し合いをしよう。」

これを、ドナー会議、という。
ドナーとは、お金を与える人や組織、である。

教育や、医療、インフラ、環境問題など、
それぞれの分野のことを、セクター、という。

例えば、
教育セクターに出資したいドナーたちを集め、
(それらは例えば、日本政府、アメリカ政府、世界銀行、ユニセフなど)
そうしたドナーたちが事前に相談し、
また、PRSPをもとにして、
(教育の中の)どの部分を、どのように分担して出資しようか、
という話し合いをするようになった。

こうすれば、援助が重複して無駄になったり、
途上国政府に、悪い意味で「選び放題」にされることもない。

こうした方法論のことを
「セクター・ワイド・アプローチ」と呼ぶ。

日本語で言えば、
ドナーたちの、「援助協調」
ということになる。

要するに、ドナーたち(各国と各国際機関)の
援助協調が、非常に重要である、ということが
強調された時期であった。

・・・

三つ目、ミレニアム開発目標(MDGs)は
世界銀行と国連開発計画(UNDP)という二大機関が
(ケンカせずに)
合同で発表した声明で、
基本的に、現在の国際協力は
これを元にして行われている。

各国の政府系援助機関もこれに協調して
援助をしているはずだからだ。

内容は、以下である。

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ミレニアム開発目標(MDGs)

2000年に、国連ミレニアム・サミットで採択された。
2015年までに達成すべき目標として8つの項目を挙げた。


目標1 : 極度の貧困と飢餓の撲滅
     2015年までに、1日1ドル未満で生活する
     人口比率を(1990年比で)半減

目標2 : 普遍的初等教育の達成
     2015年までに、すべての子どもが
     男女の区別なく初等教育の全課程を修了

目標3 : ジェンダー(男女)の平等の推進
     2015年までに
     すべての教育レベルにおける男女格差を解消

目標4 : 幼児死亡率の削減
     2015年までに
     5歳未満児の死亡率を3分の2減少

目標5 : 妊産婦の健康の改善
     2015年までに
     妊産婦の死亡率を4分の3減少

目標6 : HIV/AIDS、マラリアなどの疾病の蔓延防止
     HIV/AIDSの蔓延を
     2015年までに阻止し、その後減少

目標7 : 環境の持続可能性の確保
     持続可能な開発の原則を各国の政策や戦略に反映

目標8 : 開発のためのグローバル・パートナーシップの推進
     差別のない貿易及び金融システムの構築


で、この目標ができたのは、基本的には良いことだったのだが
2015年までに達成できそうかというと、
アジアでは達成できそうだが、アフリカでは全然達成できそうにない、
ということが、途中報告により、既にわかっている。

・・・
・・・

と、いうのが、
これまでの、大筋の流れだったのだ。

かなり簡略化したつもりだが、
それでも、初めて読む人には、
かなりややこしい、と思う。

本気で、プロの「国際協力師」になりたい人は
必ず、自分でもう一度、成書をひもときながら
自分なりに、国際協力の歴史を、まとめ直して欲しい。


で、重要なことは、
世界銀行も、経済協力開発機構(OECD)も
現在おこなっている戦略で、
今度こそ、うまくいくであろう、と
思いこんでいる、ことだ。

(これまで、その時々の方針を、盲信していたように・・)


・・・


が、私は、そうは思わない。

これまでの国際協力の歴史を見ればわかるとおり、
国際協力とは、失敗の連続であった。

方針を変更しても、また失敗している。

今回、大規模な変更が行われたが、
これでうまくいく、などという保証は
どこにもない。

はっきり言えば、今回もまた、
大きな問題、新たな問題を抱えたまま
失敗に終わる可能性が高いのではないか。

(では、どうすればいいか、
 という私の考えは、また別のブログに書く。
 過去の歴史の項の中に、書くことでは
 ないからだ。)

・・・

それよりも、書いておかねばならないことが
一つある。

それは、これまでの国際協力は、
冷戦に勝利した
経済協力開発機構(OECD)加盟国である
主に欧米(一応、日本政府も入っている)
で、主導されてきた。

が、
最近、
この欧米主導のOECDによる
国際協力の動きを無視して
活動を開始した、
新しいグループが、登場してきたのだ。


それが

「新興国」

たちである。


・・・

簡単に書けば、中国やインドなどの
新しい経済大国たちが、
自国の利益を獲得するために、
東南アジアやアフリカの国々に
「勝手に」
援助をしだしたのだ。

「勝手に」
というのは、OECD諸国からみた言い方で
別に、そうした国々に断らなければ、援助をしてはならない、という
国際法は、ない。(当たり前だが)

(しかし、OECD諸国は、前述したように、
 セクター・ワイド・アプローチのように、まず、ドナー会議を行い、
 援助協調の姿勢を示すことが非常に重要だ、ということに現在なっているのだ。
 しかし・・)

中国やインドなどの新興国は、
昔、1950年代に
OECD諸国が行ってきたように、
ともかく途上国に、金を渡し、
その代わりに石油・天然ガスなどの資源をもらったり、
自国の企業を誘致させてもらったり、
商品の輸出先、または、原料の輸入先に
なってもらったりする、という戦略を
とりだしたのだ。

同様のことは、急速な経済の発展をする時に
かつての日本政府も、
ほぼ同じことを行ってきたことなので
怒るには、当たらないことなのだが、
現在、
こうした、中国やインドの動きを見て
OECD各国は、怒ったり困ったりしている、
のが現状なのだ。


世界銀行の主導するPRSPも、
ミレニアム開発目標も、所詮は、
欧米中心主義が生み出した「たまもの」にすぎない。

それに対して、中国、インドに
無視をするな、という方に
無理があるのかもしれない。

・・・

ここで、新興国たちを、以下に列記しておく。

経済的な意味での新興国たちだが、
これらの国々は、国際協力の世界でも、
同時に、重要な国々になっていくだろうからだ。

・・・

アメリカの証券会社ゴールドマン・サックスによる
最も有望な新興国、五つ

BRICS

ブラジル
ロシア
インド
中国
南アフリカ共和国

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上記に次いで有望な11カ国

ネクスト・イレブン

韓国
ベトナム
フィリピン
インドネシア
バングラデシュ
パキスタン
イラン
エジプト
ナイジェリア
トルコ
メキシコ

・・・

これら、新興国たちに対する
新しい名称が、次々、できてきている。

・・・

新興工業経済地域 (NIES)

1970年から1990年代にかけて
工業製品の輸出などにより
急速な成長を遂げた国や地域を指す。

具体的には、
香港、台湾、韓国、シンガポール

・・・

主要経済国会合(MEM)

正式名称は、
「エネルギー安全保障と気候変動に関する主要経済国会合」

先日、日本で行われた先進国首脳会議(G8)にも
その前後の会議に参加した、二酸化炭素排出量などの多い国々。

具体的には、いわゆる先進国(G8)と、新興国に分かれる。

(1)先進国(G8):京都議定書で排出削減義務付けられている国々

アメリカ
イギリス
イタリア
カナダ
ドイツ
日本
フランス
ロシア

(2)新興国:京都議定書で排出削減義務を言われていない国々

インド
インドネシア
オーストラリア
韓国
中国
ブラジル
南アフリカ
メキシコ

(1)が、全CO2排出の48%
(2)が、全CO2排出の31%
この二つを合わせると、世界全体のCO2排出のうちの
79%を占めることになる。

以上より、如何に、新興国たちの存在が重要であるか
理解できるであろう。

・・・

なお、
現在の先進国首脳会議(G8)に、
中国、インド、ブラジル、南アフリカ、メキシコ
の新興5カ国を加え、G13、として開催していこうという
動きもある。

今回の洞爺湖サミットでも、上記のメンバーでの会合も半日行われた。

・・・


さらに、もっと重要な組織が
近年になって策定された。

これまでにない、まったく新しい枠組みだった。
その名を

上海協力機構 (SCO)

2001年に、上海にて、
中国とロシア、そして中央アジアの国々で
当初は成立した。

さらに、
モンゴル、インド、パキスタン、アフガニスタン、イランが
加盟を表明している。

これらの国々は、先で述べてきた
BRICSあるいは、ネクスト・イレブンに含まれる国々が多く、
かつ、
これらの国々を世界地図上でみるとわかるが、
なんと!
ユーラシア大陸のほとんどすべてを占める巨大な同盟体である
ことがわかる。

よって、この上海協力機構のことを、
ユーラシア大陸機構、と呼ぼうという動きもある。

また、
この上海協力機構は、
軍事同盟であるとともに、
石油・天然ガスの埋蔵量の多い国々が結束した、
経済同盟体である、という側面もあり、
かつ、
アメリカと露骨に対立するのではなく、
アメリカの敵でも味方でもない、
独自の国際機構である、と主張している側面がある。

反米同盟、ではなく、非米同盟である、という点が
最大の特徴となっている。

・・・

上記の、上海協力機構がなぜ重要かというと、
このブログを読んでいる人は、
将来、国連や、JICAに関連する部署に
就職したいと思っている可能性が高いと思うが、
そこにいくと
(または、その前の、開発系の大学院などで)
いやというほど、これまでの国際協力の歴史を
教わることになる。

が、それはすべて、
国連、世界銀行、OECD,という
欧米中心の西側陣営の考え方である。

(旧東側陣営の、COMECONの考え方や、
 全く新しい同盟体である、上海協力機構のことなど、
 きみたちが、教わることは、まずないだろう。)

世の中は、
資本主義、市場経済、グローバリゼーションが
すべてではない。
まったく対極の考え方もあることを
知っておく必要がある。

また、そうした方法論で
うまくいってきたのなら、ともかく、
実際は、かなりの失敗をしてきているのだ。

それなのに、
今度こそ、大丈夫だ、という言葉を
信じる方が、どうかしている。

ともかく、
旧東側陣営の考え方や、
新興国と呼ばれる国々の考え方や
その動きも
注意深く見つめていく必要がある。

・・・
・・・

上記に加え、
ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団
などを始めとする、
企業のCSR系財団が、
最近、
国際協力の世界に、どんどん参入してきている。
かつ、
独自の動きを見せている。

大企業の経済力が、
国家予算をしのぐほど大きくなったことは
たびたび、ブログで紹介してきた。
その企業たちが国際協力の世界に参入すれば
下手をするとOECDをしのぐほどの
影響力を持つことになる。

・・・

また、
オイル・マネーを動かしている
世界の億万長者が作った財団なども
それぞれが
(OECD諸国から見れば)
「勝手な」動きを開始した。


・・・
・・・

このように、国際協力の世界は、
世界情勢の激変にともない、
どんどん移り変わってゆく。

貧困の削減に関しても
どんな
方法論が正しいのか、
上記の内容を読んだだけでは
かいもく見当もつかない、はずだ。


そもそも、
貧困とは、なんなのか?

国際協力とは、誰のためにするものなのか?

市場経済は、やはり、止められないのか?

国連と世界銀行という枠組みでは、ダメなのか?


だとしたら・・



最後に、私の考える、
こうすることが最善だ、という方法論を示すことは簡単だ。

しかし、
今回は、それはしないでおく。

是非、
私の意見をきく前に、
いったいどうしたらいいのかを、自分で考えてみて欲しい。


「本当に意味のある国際協力」とはなんなのか?


あなたに、考えて欲しいのだ。