.
看護師 「先生、新患(あたらしい患者さん)です。」

カルテ(診療録)が、私の机の上に、ポンッ、と置かれた。
私は、さささっと、その人の名前と性別、そして年齢に目を通す。

ま、まずい。若い女性だ・・

動揺をおさえて、平静を装い(よそおい)、
私は、いつもの通り、患者さんの名前を読み上げる。


「佐藤さーん。佐藤 陽菜(ひな)さーん(仮名)。
 診察室にお入り下さーい。」


廊下に向かって声をはりあげ、患者さんを呼び入れるのが、
この病院の通例となっている。


すると、もちろん、その若い女性が入ってきた。

私は、その人の、右肩のあたりを見て、声を出す。

「あ、どうぞ。お座り下さい。
 本日は、どうなさいましたか?」

年齢相応の、お洒落(おしゃれ)な服装をしている女性は
次のように答えた。

「あのー、花粉症みたいでー
 目と鼻がかゆいんですー。
 お薬、もらえませんかー?」

私は、彼女から目をそらし、
カルテに目を向け、
彼女がしゃべった通りのことを
カルテに書きつけながら、質問を続ける。

「まず、花粉症かどうかの検査をしますか?
 それとも、
 すぐ、お薬を、お出ししましょうか?」

「お薬、すぐ欲しいでーす。」

「飲む薬と、点眼薬や点鼻薬と、どちらがいいですか?」

「両方、欲しいでーす。」

「わかりました。では、そのように。
 ところで
 今までに、大きな病気をしたことは、ありますか?」

「ないでーす」

「入院とか、手術をしたことは、ありますか?」

「あ、もーちょー(盲腸)」

「ええと、・・急性虫垂炎ですね。わかりました。
 あとは、アトピー性皮膚炎とか、気管支喘息とか、
 アレルギー系の病気をなさったことは、ありますか?」

「いいえ。ないでーす。」

「今、風邪(かぜ)をひいている可能性は、ありますか?」

「のど痛くないんでー、ないと思いまぁーす」

「・・一応、のどだけ、見せて下さいね。」



・・で、告白してしまうと、
ここまでの過程で、
実は、私は、まったく見ていないのだ。


この患者さんの「顔」を。



一応、言い訳をすると、
私は、高校時代男子校だったため、
女性に免疫がなく
正面切って(?)、若い女性と話をするのが苦手なのである。

特に、
きれいな女性(だと思ってしまった方)は、とても苦手で
ドキドキしてしまい、
普通の対応ができず、
どぎまぎして、怪しい人(?)になってしまい、
わけのわからない態度をとってしまいそうになる。

自分の好みの女性だと、この度合がひどくなるので
こうした状況を避けるための唯一の方法が
「若い女性だと思ったら、その人の顔をできるだけ見ない」
ことなのだ。

診察が終わるまでは、
心を無にして診察するか
あるいは
(大変失礼で申し訳ないが)
あまり美しくない方だ、と思いこんで対応するようにしている。

こう思って診察すると、
いつもどおりの、
(自分でいうのもなんだが)
徹底的に合理的で論理的な
まじめな医師の部分の、山本君が発動するのである。

自分の目の前にいるのが
綺麗で、美しい女性だ、と思うと
いじけ気味で、どきまぎした、山本君が顔を出してしまう。


(美しい女性は、「高嶺(たかね)の花」だから
 自分なんか、相手にするはずがない、という
 凝り固まったコンプレックスが、若い頃からあるのだ・・)



だから、

だから
顔をみないのである。
できるだけ。

少なくとも、最初の、問診の部分が終わるまでは。



しかし、それは、もちろん、途中で崩れる。
顔付近の診察をする時、どうしても、見てしまう。

見えてしまうのだ・・



「か、花粉症じゃなくて、風邪だといけませんから、
 一応、のどを見せて下さいね。
 はいっ、あーーん、して下さい。」

私は、決まり文句を、しゃべる。

なるべく、口の中だけを見るようにするのだが、
それでも、やっぱり
顔全体が、見えてしまう。

この瞬間、彼女が、綺麗な人か、そうでないか、
私の脳味噌は、勝手に「判断」をしてしまうのだ・・(涙)



綺麗だと思うと
わたしは、どきまぎするか、でれでれするか、
うろたえるか、あやしい人になるか、
あるいは
その全てになってしまう・・


で、
一応、国際協力などをやっている私は
その人の容姿にかかわらず、
どんな人にも、変わらぬ医療を
提供しなければならない、と思っている。

白人にも、アフリカ系の方にも、
お金持ちでも、お金のない方にも、
美人にも、そうでない方にも、
同じ医療を提供しなければならない。

そうでないと、(広い意味での)人権問題(または差別)になってしまう。


しかし、
情けないほうの山本君は、
そんなことができる器(うつわ)ではない。


で、今回の患者さんは・・



 (や、やばい! この子、かわいい・・)



口の中を見るための金属の板(舌圧子(ぜつあっし))を
持つ手が、突然、ぷるぷると震えだす。

「かわいい」彼女の歯に、それがぶつかり
カチカチカチ、と音を鳴らす。

まずいっ

これでは、私が動揺していることが、
この子に、まるわかりだ・・

私が、この子を、かわいい、好みだ、と思っていることが
この子にばれてしまう!(?)

冷や汗が、額(ひたい)に滲みだし、
声が震える。


「だ、大丈夫ですね。
 のどは、赤くないです。
 か、花粉症だと思います。」

「やっぱりー」

「で、では、お薬を2週間分、お出しします・・

 お、お疲れ様でした・・。じゃ、じゃあ、それで・・」

「ありがとーございまぁーす」

「そ、・・それでは・・」



今は、3月。
花粉症は、多い。

なんだか、最近、
若い人に、花粉症が増えている。

いつも、この病院には
ある程度、お年を召された、
高血圧の方ばかりが外来に来るので、「とっても安心」なのだが、
最近は、花粉症のため、そうでもない。


うう・・ 困った。



と、思っていたら、
突然、その「かわいい」彼女がふりむいた

「せんせっ、お薬、2週間分しかでないんですかぁ?」

「あ・・、す、すみません。

 厚生労働省の規定で、花粉症で
 アレルギーをおさえる薬を処方する場合、
 (いくつかの薬の場合)一回に、2週間分しか、だせないんです・・

 す、すみません。
 で、でも、ほんとなんです・・(汗)」

「あ、わかりましたー。
 じゃ、また、来ますねー。」

「は?」

「2週間後に、また来まーす。」

「は、はい・・」


考えてみれば当たり前だった。
花粉症は、(杉花粉の場合)
2月から5月まで。

2か月以上もの間、この子と
お付き合いをすることになるのだ。


お、お付き合い!?


2か月も!



・・も、もしかすると、来年も!?



「かわいい」彼女が診察室を出てゆく時、
揺らしていったカーテンを見つめながら、
私の心の中で、微妙な感情も揺れている。


 (ま、また来るんだ・・)


冷や汗と、気恥ずかしさ
でも、ちょっと、ほんとは、嬉しいような・・


ゆらゆら揺れるカーテンを見つめながら
私の口元が、徐々にゆるみ、つぶやきが漏れる。



「・・花粉症って・・ いいかも」






あたちって、ダメな医者?