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カンボジアで活動する、一人のスイス人医師を紹介する。

彼の活動は、
国際協力の「あり方」を問うための
格好の材料と考えるからだ。

彼の行動は、「英雄」なのか、「偽善」なのか?
皆様に考えて頂きたい。

カンボジアの人は、彼をこう言う。


肯定派

「すばらしいお医者さんです。息子の命を救ってくださいました」

「治療費は、すべて、ただ(無料)なんです」

「カンボジア中(じゅう)から、病気の子どもたちが彼の病院へ集まってきます」

「入院設備もととのっていて、病院もとても綺麗です」

「最新型の抗生物質も、ただでもらえるんです!」

「優秀なお医者さんも看護師さんも、この病院に集まってきているそうです」

「この病院で働くと、給料も、たくさんもらえるようです」


否定派

「最低の医者です。自己満足野郎です」

「彼のせいで、国全体としては、医療が悪くなっています」

「各地の病院から、良い医師や看護師が引き抜かれてしまいました」

「最新の抗生物質をばらまいているため、細菌の耐性化が進んでいます」

「病気の発生件数などの統計情報を政府に報告しないんです。」

「国連のWHO(世界保健機構)のワクチン接種を否定し、ケンカしています」

「彼は、裸の王様、です」


・・・

さて、
この「英雄?」の人物背景を紹介しよう。

なるべく、一方的にならないように
良いところも悪いところも
事実関係を書いていきたいと思う。


彼の名前は、ビート・リシュナー。
英語では、Beat Richner。

現在、60歳ぐらいの男性。
やや肥満気味の体形。


1947年3月13日、
スイスのジュネーブに生まれた。

1973年に医師免許をとった後、
1974年から、スイス赤十字に入り、
カンボジアの
クンタボッパ小児病院に派遣される。

これは、首都プノンペンにある病院で、
英語では、Kantha Bopha Children's Hospital

(この病院が、のちに彼の「王国」となる。)


その後、カンボジアでは、
クメール・ルージュ(共産主義勢力の一派)などによる
内戦が始まり、彼の活動は途切れ、国外退去となる。


スイスに帰国後、彼は、
チェロを弾き始め、プロ並みの腕前になる。

さらに、彼は、チェロの演奏をするだけではなく
それに合わせて
詩の朗読をしたり、
さらにコメディー(喜劇)を演じることも行った。

BEATOCELLO (ビートチェロ)
と呼ばれる独自の世界、独自の芸術(?)を生み出し、
彼の信奉者は増えることとなる。

コメディー部分の要素が多い時期もあり
彼のことを、「クラウン」(ピエロ)と
呼ぶ人もある。

(このあたりは、パッチアダムスを彷彿させる。)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65011627.html

子ども向けの絵本なども、多数出版。
スイスにおいて、有名人となり、社会的に成功する。


・・・

1991年、
カンボジア政府の一人が、
かつて赤十字で活動し、かつチェリスト等としても有名となった
リシュナーに、
戦争で崩壊してしまった病院
(クンタボッパ小児病院)の再建を依頼した。

1992年、
彼は、チューリッヒにおいて財団を設立し
資金を集め、
同年のうちの、クンタボッパ小児病院を復興させた。

彼の方針は、

「すべて無料」

「スイスと同じレベルの医療を、カンボジアの貧しい人に提供」


このため、カンボジア中から
患者さんが集まることになる。


1995年、
この病院は、毎日1000人を超える患者が
訪れるようになった。
しかし、小さい病院だったので、混雑しすぎた。

彼の業績をたたえた
(当時の)国王シアヌーク(その王族の一人)
( Norodom Sihanouk )
が、王宮の土地の一部を彼に与え、
病院を、もう一つ作ることになる。


1998年、
アンコールワットなどの世界遺産のある
シェムリアップという観光地に
彼は、三番目の病院を作った。

ここは、産婦人科の病院。
名前は、歴史上の偉大な王の名前を冠し、
ジャヤワルマン7世病院、という。
( Jayavarman VII )

この病院も、無料のため、
非常に評判がよく
お産をするカンボジア人は、
みんなこの病院に集中することになる。


2004年、
老朽化した病院群にかえて
第四のクンタボッパ小児病院を建設。


2007年
第五の病院を、再び首都プノンペンにて建設。


結局、彼の病院群は
この十数年の間に、

8000万人以上の外来患者を診察し、
70万人以上の入院をさせ、
9万件の手術を行った。

もし、彼の病院群がなければ
少なくとも50万人以上のカンボジア人が
より多く死亡していたであろう、

(彼の病院の広報が)伝えている。


・・・

さて、以上が、一応の、事実関係である。

これだけきくと、皆さんは
彼を英雄だと思い、
こんな、彼のような国際協力をやってみたい、
と思うかもしれない。

が、
彼の活動には、様々な「特徴」があり
一般に国際協力を行っている多くの人からは
辛辣(しんらつ)な批判を受けている。


(そして、もっとも悪いことは、
 彼は、そうした批判に対して、指摘された点を、
 少しも直そうとしない、ことだ。)


・・・

ビート・リシュナーの活動の問題点について
列記する。

・・・

1.
国際協力を考える上で
もっとも重要な点が、
持続可能性。

その病院の運営が
その体制で、ずっと続けていけるかどうか、
ということだ。

ビート・リシュナーの作った病院は
すべて完全に無料だ。

これは、
(国際協力に関する知識のない)
一般の人からみると、素晴らしい病院に
見えることだろう。

ところが、
このような病院の運営方針は、
長期的にみると、続かない、ため
最終的には、よくないことと
判断される。

要するに、無料で病院を維持できるわけはなく、
薬の代金も、
病院のスタッフ(医師や看護師)の給料も必要。

(彼の作った病院は、
 彼や、彼の友人の医師が、ボランティアで(無給で)
 働いて運営されているわけではなく、
 たくさんのカンボジア人の医師や看護師によって
 運営されている。
 当たり前だが、彼らは給料が必要だ。)

よって、病院は、
ある程度の、料金を病院使用者に支払わせるべきだ、
というのが、
現在の、ほとんどすべての国際協力団体において
一致する見解となっている。

(ちなみに、この料金のことを
 ユーザー・フィー(患者さんの病院利用料金)といい、
 カンボジアでは、20円ぐらい。
 これは、貧しい人でも、なんとか払える値段だ。)

カンボジアの国立の病院や、
地方自治体の運営する、一般の病院では
このユーザー・フィーを患者さんからもらい
なんとか、病院スタッフの生計をたてているのが
現状だ。

カンボジアは、政府も地方自治体も貧しく
国家公務員や地方公務員となっている
病院スタッフの給与は、月給で、3千円程度。

カンボジアで一か月暮らすには
田舎だと2万円ぐらい、都会だと3万円ぐらい
必要なので、
政府等からの給与では、とても暮らせない。

これを補填(ほてん)するための制度が
このユーザー・フィーのシステムであり、
持続可能性を考えた場合、当然必要な制度なのだ。


しかし、
ビート・リシュナーは、これを無視。

「貧しい人に、無料で医療を提供する!」


・・・

2.
彼は、彼が死んだ後のことを、考えていないこと。

現在、彼は
知名度のある地元のスイスで作った財団からの資金

王族の中にいる彼のファンが
政府に手配してまわしてもらっている
国庫からの数億円(?)
という
二つの予算を使って
彼の病院群を運営している。

通常のカンボジアの国家公務員(となっている医師や看護師)の
10倍以上の給与を、自分の病院スタッフに支払い、
患者さんには、無料で薬を配りまくる、
という、この「贅沢(ぜいたく)な」体制は
間違いなく
彼が死亡すると同時に
崩壊するだろう。

彼は、現在、62歳だと思うが、
(平均寿命を考えると)
あと15年ぐらいで死亡するだろう。

よって、
持続可能ではない。

彼は、自分が死んだ後に、
病院たちがやっていけるように
ユーザー・フィーのシステムを導入したり
その他、いろいろな部分で
まわりの医療機関に合わせることを
しなければならない。

・・・

3.
地元のスイスと同じレベルの医療を
カンボジアでも、提供する。

これは、一見、人聞きがいいが、
実際は、やってはいけないことなのだ。

彼は、
先進国で使っている「第三世代セフェム」などの
最新型の抗生物質を
自分の病院群に導入し、
最新の治療をカンボジアの人に提供している。

しかし、
これは、二つの理由で、やってはいけない。

(1)細菌の抗生物質への耐性化
(2)WHOの必須医薬品(エッセンシャル・ドラッグ)

まず
(1)のほうだが、
患者さんというのは、
(特に、途上国の患者さんというのは)
薬を、1日3回、5日間、飲みなさい、
と、いっても、そのとおりに飲まない。

実は、上記のとおりに飲まないと
細菌は、やがてその薬に対して耐性を獲得し、
効かなくなってしまう可能性が高い。
非常に高い。

ところが、みんな、そんなことは知らないので
いい加減な飲み方をしている。
よって、
細菌は、現在カンボジアで、どんどん耐性化しており
将来、あと十数年たった場合、
どんな薬も効かなくなってしまう可能性がある。


参考:
基本的な抗生物質から最新型までを記載すると

ペニシリン系(アンピシリン、アモキシシリン、など)
第一世代セフェム系(セファメジン、など)
第二世代セフェム系(ケフラール、など)
第三世代セフェム系(ロセフィン、など)

で、
いきなり、第三世代を使って、
もし
それに細菌が耐性化を起こしてしまうと
もう、
上記のすべての薬が、
全部きかなくなってしまうのだ。(汗)

よって、
特に途上国では、まず基本的な
ペニシリン系、などから使用することが
WHO等の国際機関によって推奨されており
赤十字国際委員会も、国境なき医師団などの
大手のNGO(非政府組織)たちも
それに賛成している。

が、
彼、ビート・リシュナーは
それを無視するのである。


(2)の「必須医薬品」ほうだが、
途上国において、医療を行う場合、
まず、使うべき薬、というものを
WHOが、制定している。

上記のような耐性化の問題だけでなく、
値段の問題(安価で製造できること)、
薬効の有効期限の長さの問題、
ロジスティック(運搬の簡便さ)の問題、
などを考慮し、
定めされている。

このWHOが、制定する
まず使うべき薬のことを
必須医薬品(エッセンシャル・ドラッグ)
というのだが、
彼は、
この薬たちを使うことを、拒絶する。

「そんな原始的な薬など、効かない」
と。

・・・

4.
病気の発生件数を報告しないこと。

現在の国際協力というのは
「援助協調」というものが
非常に重要だとされており、

国際機関(WHO,ユニセフ、世界銀行など)と
政府機関(カンボジア政府、日本政府のJICA、アメリカのUSAIDなど)と
民間組織(NGO,NPO、宗教団体、大学など)

協力して「医療と公衆衛生」、「教育」、「環境」などの
それぞれの分野を改善してゆこうと努力することになっている。

(国際協力の世界では、
 医療と公衆衛生を合わせて、保健、と呼ぶ。)

努力するために、当然必要なのが、
指標、である。

みんなで
何を目的にがんばっているのか?

ということを明確にするのが、重要であり
通常、これに使われる指標が、

・・・

乳児死亡率(1歳未満の子ども死亡率)
5歳未満の子ども死亡率
妊産婦死亡率(出産時の母親死亡率)

感染症(全部)による人々の死亡率
どの病気で人々が死んだかの数
どの病気で外来を受診したかの数

ワクチンの接種率(何%の子どもが接種を受けたか)
病院等で出産する妊産婦の割合

・・・

などである。

これらの数字を、明確に入手しないと
いったい、現在その国で
なにが最大の問題なのかがわからないため
適切な対策が立てられない。

よって、
各、病院や診療所は、当然、
まとめ役である、国の保健省(日本の厚生労働省に相当)に
数字を報告する責務がある。

が、
これをやらない病院群がある。

それが、
彼の病院、
クンタボッパ小児病院たちだ。

彼いわく
政府は、汚職と腐敗に満ちているから
報告などしても、何の役にも立たない、
というのだ。


補足:
政府が汚職にまみれているのは
日本でも途上国でも同じだが、
それでも
国や地方自治体で、普通に
真面目に働いている人も、いっぱいおり
基本的に、こうした統計を集める仕事は
非常に重要であり、また機能している。


・・・

5.
優秀なスタッフの引き抜き

彼の病院は、
カンボジアの各地から
優秀な医者と看護師を
引き抜いてしまう。

(給料が高額のため)

このため、
彼の病院以外の
病院や診療所では、
その医療の質が、低下する。

(医者がいなくなったので)
崩壊し、消滅してしまった病院もある。

繰り返すが
彼が、やがて死亡した後に
このカンボジアの医療を担って(になって)いくのは
普通の、国立や公立の病院たちである。

(この国は、もともと社会主義なので、
 この側面が強い。)

そうした普通の病院たちが、
彼の作った「夢の王国」によって
次々と崩壊してしまった・・


・・・

6.
WHOのワクチン事業の否定

なぜかは、わからないが、
彼は、WHOの行っている
ワクチン接種の普及に対し、
まっこうから反対している。

特に
結核を防ぐための
子どもへのBCGワクチンの接種に
強烈に反対している。

彼にいわせれば

「結核に対しては
 予防など、なんにもならない。
 治療をしなければ、意味がない」

とのこと。

治療も重要だ、という部分に関しては、
それはそうなのだが・・


ええと、
医療経済学、という学問があり
ある国における結核の死亡率を下げるためには
同じお金を投入するなら
予防に使ったほうが、治療に使うよりも
100倍ぐらい効率が良い
(安くすむ)
ことがわかっている。

よって、彼の言っていることは
国際協力や、保健、公衆衛生を
勉強した人の言であるとは、思えない。


おそらく、彼は
若い時に、WHOや、BCG接種に対して
不信を抱くような「なんらかの強烈な経験」を
したのだと思うが、
個人の過去の経験(こだわり?)によって
あやまった国際協力を行ってはならない、

私は思う。

・・・

7.
WHOとユニセフを毎週のように新聞広告で批判

なんと、彼は、
(けっこうなお金がかかるだろうに)
カンボジアの新聞に、
WHOやユニセフの行っていることは
まったく無駄であり、
なんの役にもたたない。

予防するワクチン、よりも
自分のやっている、治療、のほうが
はるかに有益である、ことを主張。

本当に、毎週のように新聞広告をだし、
これを主張し続ける。

これには、流石にあきれた。


まあ、一応、二つの側面を考えてみる。

一つは、
たしかに、WHOやユニセフの行っている活動も
私がみても、適切ではない、と思う部分は
時々ある。
しかしながら、基本的に、活動の8割ぐらいの部分は
妥当なこと(多くの人の意見と議論の末に決定された内容)
を行っており、
世界の保健(医療と公衆衛生)に多く貢献しているのは
間違いない。

だから、仮に、数か所、やっている部分に問題があったとしても
毎週新聞広告にそれを書いて、ボロクソにけなす、などということは
行ってはならない。

WHOに文句があるなら、
WHOの責任者に対してEメールを送ってアポ(会う約束)をとり
正々堂々と、面と向って意見を言えばいいのだから。


あと、もう一つの側面は、
保健に対する考え方の違いがあるかもしれない。

基本的に
国際機関(WHOなど)や政府機関(JICAなど)は、
その国全体の人々の健康を考えるため
公衆衛生を、医療よりも、より重視する。

民間組織(NGOなど)は、
大規模な活動が、そもそもできないことが多いため、
一つの地域に入り、一人の個人に対する「医療」を
重視することが多い。
公衆衛生は、国やある程度広い地域全体で行うべきことなので
NGOの大きさによっては、できない。
また、そもそも
NGOは、
「途上国の一人の人の笑顔が見たいから活動している」
という側面が強いので
どうしても、そういう活動をやりたがる。

逆に、
数字を扱い、書類書きと会議ばっかりの公衆衛生の仕事は
やりたがらない、ことが多い。
(例外あり。大型の有名NGOは、公衆衛生の仕事もすることがある。

で、
この、ビート・リシュナーは、
基本的に、生粋(きっすい)の、NGOの人であり、
公衆衛生よりも、医療を重視する、
(良くも悪くも)
一臨床医(いちりんしょうい)であるようだ。

よって、
公衆衛生の重要性が理解できていない可能性があり
こうした暴挙にでることは
理解できないでもないが、
なにも
新聞広告で(大金を使って)WHOとユニセフを批判することはないだろう!

愚痴(ぐち)を言うなら、酒飲んだ時に
居酒屋で、やってもらいたいものだ。


・・・

以上が、
「英雄」であり、「裸の王様」である
ビート・リシュナーの物語だ。

もしも
自己満足の国際協力を行いたいのであれば
これほど、うまくいったケースは
ないかもしれない。

自分で自分を英雄だと誤解したまま
彼は、死ぬことができるだろう。


しかし、
「本当に意味のある国際協力」は、そんなに甘くない。

私の本やブログを読んだ人は、
もうちょっと、
自分に厳しい「道」にトライ(挑戦)して頂きたいと
切に願う。



・・・

クンタボッパ病院
KANTHA BOPHA Children's Hospital
(カンボジア、プノンペンの小児病院)
http://www.beat-richner.ch/

Bach At The Pagoda (1996)
(チェロを演奏する様子)
http://www.youtube.com/watch?v=B_tbPWryZ-Q

Dr Beat Richner Support Group Australia
(WHOは、貧しい子どもたちの「大虐殺」を行っている、とする声明文)
http://www.youtube.com/watch?v=cJlG-U8afIc

カンボジアからの手紙 遠田耕平 「んだんだ劇場」
(WHOなどで予防接種の普及などをしている医師のブログ)
http://www.mumyosha.co.jp/ndanda/05/cambodia03.html