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以下は、国連NGO・世界平和女性連合の
月刊アイディアル・ファミリー(2008年10月号)に寄稿した記事です。

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題名 「本当の国際協力を目指して」

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冒頭のキャッチコピー:

援助する相手の状況を正確に理解し、
できることから始めていく。
それが本当に相手のためになるか、
自己満足にならないよう、反省しながら。

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途上国で多く目にした
国際協力活動への疑問

 小学生の時、仙台で開業医をしていた父に連れられて南アフリカ共和国に行き、そこで目の当たりにした人種差別が、今も心に残っています。父は若くして亡くなったのでその意図を確かめようがないのですが、息子に世界の現実を見せたいと思ったのではないでしょうか。

 中学二年生の時、父に一眼レフ・カメラを買ってもらったのがきっかけで、写真を始めました。大学時代から途上国を選んで撮影していましたが、それは「他の人には撮れない写真」を撮るためでした。先進国を撮影するよりも、あまり人が行かない貧しい国のほうがインパクトのある写真が撮れるだろうという「不純な動機」で途上国に行っていたのです。

 いざ途上国に行ってみますと、結果として多くの国際協力団体の活動を見ることになりました。しかし、そうした団体の行っている活動に、「大きな疑問」を感じることが多かったのです。それから私は、「本当に意味のある国際協力とは何だろう?」と考え続けるようになりました。

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未来に残らない援助
近代文明の押し付け

 例えば「ばら撒き型の援助」です。お金や食料を渡しても、食べてしまえば終わり、使ってしまえば終わりで後に何も残りません。これでは意味のある国際協力にならないでしょう。

 学校や病院を作り、そこに「自分の名前」をきざんで満足する方も多いようですが、はたしてそれは意味のある援助なのでしょうか?学校や病院の建物を建てるのは、途上国の場合、三百万円前後の資金があれば可能です。しかし、その学校や病院をずっと維持していくためには、その十倍以上のお金がかかり、スタッフの教育をして教育や医療の「質」を高めていく努力も必要です。

 私が見た中で一番ひどいケースは、高価な医療機材の援助です。一台五千万円くらいするCT(コンピューター断層撮影装置)をポンと途上国にあげる。援助された側は、最初喜びますが、機械は二年くらいで壊れることが多い。しかし途上国では修理する方法がないので、粗大ごみになってしまう。

 このように、未来に残る援助をするには、「持続可能性」もセットにする必要があるわけです。そこまで考えないと意味のある国際協力とは言えない。私の場合、医療援助を行う場合、自分たちが撤退するまでにその国の医師や看護師を育てあげ、私達がいなくても病院が未来永劫維持できるようにしてから日本に帰るようにしています。

 もう一つ重要なことは、現地の文化と宗教を否定してはいけない、ということです。欧米にはキリスト教を背景とする団体が多いですが、イスラム教の国とは考えが合わないことがあります。

 また、そもそも援助してあげようという途上国にも、調べてみると日本と同じくらい長い歴史があることが多いのです。決して「野蛮な」国ではなく、独自の発展をとげた素晴らしい国である、と気づくことがあります。そうした気持ちを忘れないように、私はどの国で支援をする時も、その国の言葉を覚えるようにしています。それが、その国に対する最低の礼儀だと思っています。

 国際協力をする上での最も本質的な問題は、自己満足で活動している人が多い、ということです。途上国の人にお金や食料をあげれば喜ぶに決まっている、と考え、それによって、「笑顔が返ってくれば、私は幸せ」という人がかなりいます。もちろん、そういう考え方を完全に否定することはできませんが、未来にわたってその活動が本当にその人のためになるのか、考える必要もあるのではないでしょうか。

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国際団体で活動を始め
やがて自ら団体を設立

 私は医師になってから大学院で医学博士を取ったのですが、幸い最初の二年間で論文を書き上げたので、その後、写真を撮りながら途上国を歩いて回り、国際協力の理論を深めることができました。

 当時の私には自分の団体を作る能力はまだなかったので、二〇〇〇年くらいから幾つかの国際協力団体に入り、スタッフとして活動を始めました。大手の団体に入って活動する中で、「有名な団体でも、こんなにひどい援助をしているのか」と知り、最初は組織の中から改革しようと思いました。ところが、大型団体の多くは欧米に本部があるため、日本人の一理事がいくら騒いでもどうしようもなかったのです。二年くらい努力しましたが、結局あきらめて自分の団体を立ち上げることにしました。

 二〇〇四年に「宇宙船地球号」という名前で東京都からNPO法人の認証を受けました。宇宙船地球号は、NPO法人と言うよりも、本当に意味のある国際協力を提言する「シンクタンク」(政策提言団体)に近いでしょう。様々な国際協力団体たちに、どのような国際協力を行っていくのが望ましいかを進言するのが、宇宙船地球号の役割だと思っています。

 また、私の考え方の中で、最も根幹を成すものは、「自分の行っている活動や、自分の所属している団体の行っている活動が、本当に意味のある国際協力をしているのか?」を徹底的に疑うことです。いい意味で、自分自身を疑い続け、常に自分の行っているプロジェクトを改善しようと努力する。絶対に「自己満足」に陥らず、途上国の人々の未来にとって、本当に意味のある国際協力とは何か、を考え続けること。このことこそが、国際協力を続ける上で、最も重要なことではないか、と私は思っています。

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プロとして援助を行う
「国際協力師」

 宇宙船地球号は、プロとして(職業として)国際協力を行う「国際協力師」の育成を行っています。国際協力は、実は、ボランティアとして行うものだけではありません。仕事として、給料を得ながら続けていく方法もあります。具体的には、国連職員、国際協力機構(ジャイカ)職員、開発コンサルタント会社職員などが、それにあたります。

 こうした場所に就職しますと、日本人の平均年収よりも多くの給料を得ることができ、派遣された国によっては年収が一千万円を超えることもあります。就職先として、十分成立するのが、国際協力という「場」なのです。

 もちろん、この「国際協力師」になることは、そう簡単ではありません。 ̄儻賣蓮TOEFL 600点程度以上)、大学院修士(またはそれと同等の専門性の証明)、F麈以上の海外での勤務経験、という三つの条件が必要になります。

 こうした状況を一般の人があまり知らないため、私は二〇〇四年ごろから啓発活動を始めました。新聞やテレビで取り上げて頂き、二〇〇六年からは文部科学省との連携授業を小中学校で行うようになりました。プログラム「世界に目を向ける子どもたちの育成」といいます。

 「消防士、警察官、看護師、弁護士、医師などのように、人々を助け、社会の役に立ち、自分の生活も支えられる職業として、国際協力師、というものがあるんです。みなさんの将来の選択肢の一つに、加えてみて下さい。」

 こうした活動を続けていたところ、二〇〇八年の六月に、外務省が国際協力士の国家資格化を検討しだしました。私のやってきたことが無駄ではなかったのではないか、シンクタンクとして政府を動かしたのではないか、と感じております。

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子供らが描いた絵で
途上国の実情を知る

 「世界に目を向ける子どもたち」を育成するためには、まず、なんらかの「きっかけ」が必要です。この「きっかけ」を与えるために、当法人は「お絵描きイベント」というものを行っています。

 これは、世界中の子どもたちに「あなたの大切なものは何ですか?」という質問をし、それを絵に描いてもらう、というイベントです。絵を描いてもらうだけではなく、絵を描いた子の家まで行き、どうしてその子が、それを大切だと思うようになったのか、という社会背景を綿密に取材しております。

 世界中の子どもたちが描いた大切なものの絵は、時にその国の「社会的な問題」を表現していることがあり、世界の現状を知るための「きっかけ」になる、と私は考えています。その国の社会に隠されている、貧困、差別(女性や少数民族など)、紛争、学校がないこと、病院がないこと、環境問題などが、如実に絵として描かれてるのです。

 世界には192の国連加盟国がありますが、現在まで67カ国でのお絵描きイベントを終え、すでに二万枚以上の絵を集めました。この素材を使って、全国各地で授業や講演、展覧会や映像作品の上映を行っています。

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持続可能な社会の姿を
妥協しないで求めたい

 「本当に意味のある国際協力」はとても難しいものです。自分自身の自己満足を許さないことだから、です。常に自分自身を批判し続け、かといって、決して極端な考えに走らず、中庸で現実的な路線を目指していく。

自己満足を許さないため、精神的なバランスをとるのも非常に難しい「生き方」です。でも、私は「非常に難しいからこそ、面白い」と考えています。世界の様々な文化や考え方に触れることによって、自分自身の内なる世界が広がっていく。そして私自身が「進化」してゆくのです。

 本当に意味のある国際協力について、いろいろ考えてきましたが、私の代では分かりそうにない、とも考えています。でも、私がこれまで勉強したことを若い世代に伝えることにより、そうした人々の中から、近い将来、「真の国際協力」を考え出し、かつそれを実行してくれる人が現れることを、願っています。