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2009年4月17日に、日本で
パキスタン・フレンズ(パキスタン友好国閣僚会合)
が開かれ、
31カ国と国際機関たちが参加し、
パキスタンに対する5千億円を超える支援を決めた。

同日、その後に行われた帝国ホテルでのフォーラムに
私も出席したので、それらの内容を記載しておく。


まず、一言で概要をいうならば、

世界的な脅威となっている「テロ」の問題を
なんとかするためには、
アフガニスタンが再び、「テロ組織の温床」にならないように
しなければならないのだが、

そのためには、
アフガニスタン内のテロ組織を支援(及び養成)している。
「パキスタンの西部の地域」を
なんとかしなければならない、ことが
明らかになってきた。

このため、まずはパキスタンをなんとかしよう、
ということで、今回の巨額の
パキスタンへの資金援助が
世界銀行と日本政府の共催によって計画された。


・・・

上記の詳細を述べる前に、

まず、そもそも
アフガニスタン、パキスタン情勢について、
何も知らない方もいるかと思うので、
これまでの経緯と、
現在、問題になっていることを
概説する。

(以下は、まず、山本の私見である。)

・・・

簡単にいうと、
アフガニスタンの歴史は、
ロシア(ソ連)、イギリス、アメリカという
超大国たちが、
軍事戦略上の理由と、
天然ガスの利権が欲しかった、などのために、
直接および間接的に、この国で戦争をおこし、
ボロボロにさせてしまった、という側面が強い。


これを、もう少し、具体的に書いておく。

1800年頃から、
(当時の)ロシア帝国は、
領土の拡大を計画した。

その理由は、
冬も凍らない港(海軍の軍事基地)を南のほうに作りたい
ということだった。

で、
南下、つまり、インド方面への侵略、侵攻を計画していた。

これを、察知したイギリスが、
それを防ぐために、先手をうって、
いきなり、アフガニスタンに侵攻し、
数度の戦争の後、結局、
イギリスは、アフガニスタンを、自国の支配下においた。
(イギリスの「保護領」とした。)

(もちろん、この間、ロシアやインドも
 様々な軍事的・政治的な介入をしていたが。)

これが、
1838年1919年ごろまで続いた
第一次〜第3次、「英ア戦争」である。


次におこったのは、
1979年からの、ソ連軍のアフガニスタン侵攻だ。

これにより、ソ連は、アフガニスタンの支配に(一時)成功し、
アフガニスタン内に、社会主義政権が擁立されたが、

それに反発する
いわゆる「イスラム聖戦士」(ムジャヒディーン)たちが
反乱軍を組織し、内戦を始める。

1994年ごろから、内戦がさらに悪化し、
パキスタンに逃げていた、アフガン難民のための
神学校の生徒たちの一部が、
「タリバーン」(神学生という意味)
という名前の組織を作った。

外国の思索によって、ボロボロにされてしまった祖国を
自分たちの手にとりもどそう、そして、
イスラム教を敬虔に信仰する国を作ろう、
という一団だった。

数ある、「イスラム聖戦士」を自称するグループの中でも
特に、この「タリバーン」は最も力をつけていくことになる。

その理由は、
パキスタンとアメリカが、
このタリバーンを援助したためだった。

パキスタンは、インドとの一触即発状態が続いており、
(また、実際に戦争も、しょっちゅうしており)
反対側で国境を接するアフガニスタンとは、
自分の国との間に、友好な政権をつくる必要があった。

アメリカは、
(ソ連の南下によって)
共産主義勢力をこれ以上拡大させないため、および
アメリカ国内の、石油・天然ガス会社たちが、
中央アジア(カザフスタンなど)の天然ガスを
アフガニスタン経由で、パイプラインを敷いて運び、
インド洋から輸出して儲(もう)けよう、という
思索があったため、と考えられている。

アメリカは、まず
パキスタンの秘密警察(ISI)などを軍事訓練し、
そのISIが、こんどは、タリバーンに軍事訓練する、
という巧妙な方法をとった。
さらに、
武器や弾薬もパキスタン(のある組織)を経由して提供する、
という形でタリバーンを間接的に支援し続けた。


つまり、
アメリカと、タリバーンは、昔は、「仲良し」だった、
ということと、
また、
もともと、まじめな宗教色の強かった、神学生たちを
軍事訓練を受けた、「対ソ連」のための
軍事スペシャリスト集団に変化させていったのは、
そもそも、アメリカだった、という側面もある。


以上が、まず一つ、重要なこと。

・・・

1996年、タリバーンが
アフガニスタン全土を、ほぼ掌握。

ところが、この頃から、
タリバーンとアメリカの関係が悪化する。

いくつか理由があるのだが、
最大の理由は、
国際的テロ組織「アルカイダ」の首長である
「オサマ・ビン・ラディン」の
アフガニスタン内の滞在を、認めたため、である。

(個人的な友人関係にあったため、などと言われている。)


この時点で、すでにアルカイダは、
アメリカなどに対する多数のテロを行っており、
その滞在を認めることは、
「テロ支援国家」である、という烙印を押されることになる。

1998年、
アフリカ各国にある、アメリカ大使館を
アルカイダが、爆破。
国連の安全保障理事会は、
タリバーンに対して、
アルカイダ幹部の引き渡しを要求したが、
タリバーンはこれを拒否した。

このため、タリバーンは、国際的に完全に孤立化した。

そして、とどめとなったのが
2001年9月11日の、
アメリカにおける、アルカイダによる
「同時多発テロ」。

(ワールドトレードセンターが崩落、ペンタゴン爆破、など。)


これにより、アメリカ(およびイギリスなどの国々)は
アフガニスタンに対し、宣戦布告をし、
その全土に空爆を行った。

しかし、
タリバーンの軍事基地や、タリバーン幹部だけが
攻撃されたのではなく、
多くの一般市民も直接・間接的に殺され、問題になった。


・・・

2001年12月、米国などのアフガン空爆の後、
国連安保理の決議にもとづいて、
アフガニスタンに暫定政権が樹立される。

ハーミド・カルザイがその議長になり、
2002年、同氏が暫定の大統領に選出される。

2004年、初の選挙が行われ、
そのカルザイが、初代大統領に選出された。

しかし、同年、復活したタリバーンが
アフガニスタンの南部で、武装蜂起。

これに象徴されるように、
暫定政権およびその後の政権は、
アメリカ軍に監視されている首都カブール周辺にのみ
その力が及んでおり、

首都から遠く離れた地方では
アフガニスタン政府の権限は、ないに等しく、
各地の軍閥が戦国大名化しており、
治安は、基本的に、非常に悪い。

ようするに、
アメリカなどが、勝手に作った政権に
アフガニスタンの国民は、
納得していない、のが基本的な状況だ。


注:
公平をきすために書いておくと
タリバーン政権に迫害されていた民族などは
アメリカがタリバーンを攻撃したことを喜び、
アメリカを支持する人も、国内にはいる。

アフガニスタン国内の
対アメリカの感情は、
非常に「混沌としている」」というところだろう。


・・・・・

で、
繰り返すが、
もともと、タリバーンは、
悪い人でも、悪い組織でもなかったのに

かつて
対ソ連のために、アメリカ及びパキスタンによって
軍事訓練を受けたことや、
その後の、
アフガニスタン全土の空爆などによって、
アメリカへの「恨み」が増大したことにより、

現在では、
「神学生」である「タリバーン」が
「テロ組織」である「アルカイダ」と
ほとんど同一視される、という状況になっている。

(これは、
 さんざん超大国に利用されたあげく、
 テロ組織と呼ばれるようになり、
 そして、
 (一部)テロ組織になってしまった集団だ、
 という見方もできるため、
 ある意味、かわいそうな側面もある。)

・・・

ここまでが、歴史、である。

以下、現在の状況について、述べる。


側面1:
まず、初代大統領となったカルザイだが、
その一族による賄賂(わいろ)などの不正や、
麻薬取引の疑惑などが、とりざたされており、
国民から、あまり支持されていない状況だ。


側面2:
今年(2009年)の8月に
二回目の、大統領を選ぶ選挙があるのだが、
現在、候補者が、一説には、7百人以上(?)も乱立しており、
めちゃくちゃな状況になっている。

だれが大統領になるが、現段階では
予想するのが困難な状況だ。

(一応、カルザイなど、3人の有力候補者がいる、
 と言われている。)

要するに、今後のアフガニスタンの政局は
混沌としている。

また、
一般に、治安の悪い途上国では
選挙の前後に、その治安が、さらに悪化することが
知られている。

要するに、有力候補者を狙った「テロ」などが
選挙の前後に
頻繁に起こるようになる可能性が高い。

(誰それに、投票しろ、という、選挙時の強迫も多い。)


側面3:

アルカイダなどのテロ組織は、
アフガニスタン内で養成されているケースもあるが、
その多くは、パキスタン西部にある
テロ組織養成組織で、育て上げられ、
それが、アフガニスタンに送り込まれている、
という背景がある。

パキスタン西部にある、その地域を
「部族地域」と呼ぶ。

この地域は、パキスタン政府にコントロールされておらず、
事実上、「自治権」を獲得してしまっているような
政情不安定な地域である。

治安が悪いため、
国際協力団体などが
その地域をなんとかしようとしても
(入っていくことができず)
難しい側面が強い。


側面4:

パキスタンは、
インドとの対立の中、
核兵器をもつようになった。

昔、
日本は、パキスタンへの、いろいろな援助をしていたのだが、

1998年のパキスタンの核実験をもって、
日本は、円借款(えんしゃっかん)などの援助を(一度)打ち切った。


注:
円借款とは、有償資金援助ともいい、
途上国政府に、日本政府が、お金を貸して、
将来、返してもらうこと、を言う。
国際協力の形の一つ、である。


また、
パキスタンにいる研究者で、「原爆の産みの親」と言われている
カーン博士は、北朝鮮やリビアなどに
その核技術を売った、として
国際的に、大きな問題になった。

要するに、パキスタンは、
核兵器をもっている国なのに
一方で、
途上国なみの、政情の不安定さと貧しさを抱えている国だ、
ということである。

一言でいえば、
「危ない国」なのである。


で、日本政府は、結局、
2001年の9・11テロ後に
円借款を再開し、
パキスタンへの援助を再開している。

理由は、貧困の削減が、
テロ撲滅に、「間接的に」働くため、
と、
アメリカとの協調路線にある。

(この詳細は、後述。)


側面5:

日本における、「テロの脅威」としては
具体的には、
2002年の、韓国と日本の共催の
サッカーの「ワールド・カップ」において
アルカイダが、大規模なテロを計画していたようだ。

ところが、なんらかの理由で
未遂に終わった。(理由は不明)

2004年には、
イラクを旅行中の日本人青年が
アルカイダ系組織によって殺害された。

2007年ごろから
治安の甘い日本国内において
アルカイダ系組織が、
ネットワークを構築している、という
情報が流れている。

ともかく、
アメリカと軍事同盟を結んでいる日本も
当然、テロの対象になる可能性があることを
忘れてはならない。


側面6:

もう一つの側面が、
アメリカのオバマ政権の、
対イラク、及び、対アフガニスタン政策である。

基本的に、オバマ政権は、
イラクからは撤退、アフガニスタンには増兵を
打ち出している。

(この詳細は、また別のブログで触れる。)

例えば、米軍2万1千人のアフガニスタンへの増派など、
対テロ戦争への一環として、
アフガニスタン関連戦略を、重視している。

このため、
アメリカ政府と、(ほとんど常に)同じ路線を歩む日本外交も、
この戦略に同意しており、これを支援する立場をとっている。

ところが、
日本は、先日、アフガニスタンへの自衛隊派遣を
断念した経緯があったため、
(そのため、アメリカに対して、気まずい状況だったので)
アメリカに対する顔がたたず、代わりに何か
アメリカに「いいわけ」をする「行動(外交努力)」が必要だった。


・・・

以上のような背景の中で、開催されたのが、
今回の、
日本で、日本政府が主催した、
パキスタン・フレンズ(パキスタン友好国閣僚会議)だった、
というわけだ。

対テロ戦争の一環として、日本政府は、

「パキスタンにおけるテロ組織を弱体化するために、
 日本は、各国からお金を集めましたよ。
 5000億円も集まりました!
 アメリカさん、どうですか?
 日本は、がんばったでしょう?」

これに対し、
アメリカのホルブルック特使は、

「日本が、パキスタン支援で
 リーダーシップをとったことに感謝する。
 日本が、
 国連安保理の常任理事国になるための
 大きなステップとなるだろう。」

と述べた。

日本政府が、
国際協力をしたり、
国際協調路線をとったり、
アメリカと軍事同盟を結んでいる、最大の理由は、

国連安保理の常任理事国になるため、
という目標があるから、
という部分もあるので、

今回、
このコメントを「アメリカから」得られた、ということは
日本政府的には、
今回の、「仕掛け」は
大成功だった、と言えるだろう。



次回に、続く。(ようやく、本論に入ります。)

・・・

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