.
私は、スリランカへ3回行っている。
だから、愛着がある。

しかし、
それだけの理由ではなく、

国際協力に興味のある方は、
是非、このスリランカの民族問題にも
関心をもって頂きたい、と思っている。

今回、(以下に述べるような)最悪の形で、
この国の内戦が終結したが、

(非常に暴力的だったのだが)

今後、このようなことを起こしてはならない、
と思う。


もし、

もし誰かが、
今回の「ノルウェー政府」のような役割を
(しかも、もっとうまく)
二つの民族の間で果たすことができたならば、
事態はもう少し、
好転していたのではなかったか・・。

(そんな国際協力の形が、ありえたのではないか・・)


そうすれば、
人々の間に生まれてしまった憎しみの連鎖を
断ち切ることができたかもしれない。


・・・・・
・・・・・


まず、歴史から始めよう。


スリランカの国のある島を
もともと、セイロン島、という。

インドの南東にある、小さい島だ。



・・・・・王国から植民地時代へ・・・・・


紀元前5世紀 シンハラ人が、北インドから移住。
       王国を作る。

紀元前3世紀 仏教が伝来し、以後、
       シンハラ人はずっと仏教を信仰する。

紀元前2世紀 タミル人が、南インドから移住。
       タミル人は、ヒンドゥー教徒である。

       以後、この両民族は、
       民族的・宗教的に、ずっと対立する。


       私(山本)の主観だが、
       顔の特徴について述べると、

       シンハラ人は、鼻筋のとおった美形タイプであり、
       タミル人は、鼻のまるい愛嬌のある顔である。


       両民族の人工の比率は、
       シンハラ人が、75%。
       タミル人が、 20%。


16世紀から17世紀にかけて

     ポルトガルとオランダが、このセイロン島を植民地にした。

18世紀 イギリスが奪い取り、植民地にした。

     イギリスの植民地時代は、
     それに抵抗し続けたシンハラ人よりも
     比較的従順だったタミル人が、
     イギリス政府から、重用された。



・・・・・独立から、民族間の差別の始まり・・・・・


1947〜1948年にかけて、
     イギリスがインドから撤退したのと同時に、
     スリランカも独立。

     この時、「セイロン」として国の主権を獲得。

     (しかし、いわゆる英連邦(common wealth)となる。)

     同時に、一人一票制による選挙が行われたため、
     多数派のシンハラ人による政権ができる。

1949年 多数派のシンハラ人政府は、
      自分たちに都合の良い法律を作り、

      タミル人は、なんと、選挙権を失ってしまった。

1956年 シンハラ人は、「シンハラ・オンリー法」を作り、
      政府の官僚などへ、シンハラ人だけが就職できるようにした。
      また、大学への入学も、シンハラ人だけが優遇された。

      つまり、タミル人への露骨な差別が始まった。

1965年 シンハラ人は、さらに、反タミル・キャンペーンを始め
      「民族浄化」(シンハラ人以外の民族は根絶すること)を提唱した。



・・・・・タミル・タイガー(LTTE)の創設・・・・・


1972年 セイロン政府は、「スリランカ」に国名を変更した。

      その名の意味は、
      シンハラ人の言葉で、「光り輝く島」。


      この年、もはや我慢のできなくなったタミル人の中で、
      反発する若者たちが、武装集団を各地で作っていく。

      その中で、傑出したカリスマ性をもっていたのが、
      「プラブハカラン」という青年だった。

      (Velupillai Prabhakaran 1954/11/26-2009/05/18)。

      プラブハカランは、ナポレオンなどを崇拝しており、
      彼らと同じような生き方をし、タミル民族を独立させる野望を持つ。

      というか、上記の歴史をみればわかるとおり、
      これほど迫害されてきた歴史を見れば、

      彼でなくても、
      シンハラ政府を倒すか、または、
      タミル人の独立国家を作ろうと思うのは、当然であろう。


1975年 タミル・イーラム解放のトラ
      (Liberation Tiger of Tamil Eelam、LTTE)
      が創設される。
      (以下、LTTEと略す。)

      プラブハカランは、このLTTEの、議長に就任する。

      しかし、このプラブハカランは、自分の理想のためには、
      集団を選ばない人だったようで、あらゆる非合法な方法で、
      シンハラ人への復讐を始める。

      手始めとして、
      LTTEは、スリランカ(北東部の都市)の
      市長(シンハラ人)を暗殺する。

1978年 一方、シンハラ人政府は、憲法にて、
      シンハラ人の信じる「仏教」に、最高の地位を与える、と宣言。

      さらに、シンハラ人政府は、穏健派タミル人の政党と断絶し、
      敵対姿勢を強める。

1983年、ついに、
      LTTEは、ゲリラ攻撃で、政府軍の兵士を多数殺害。

      これに対して、
      シンハラ人は、首都コロンボで、タミル人に対し暴動をおこし、
      大規模な迫害をする。

      (これを、黒い7月、と呼ぶ。)


      これらにより、両者の対立は深刻となり、
      以後、内戦が始まってゆく。



・・・・・鬼の目にも、愛・・・・・


なお、
LTTEの代表、プラブハカラン議長は、オーストラリア人女性と結婚した。

この女性の名前を、マディワディーニ ( Madiwadini )と言う。
愛称は、マディー。

http://www.spur.asn.au/LTTE_in_Thailand.htm


本当に、仲睦まじい(なかむつまじい)間柄だったらしい。


マディーは、自国オーストラリアなどで
LTTEのために、資金の調達をおこなっていたようだ。

http://ibnlive.in.com/news/fbi-says-tamils-in-australia-fund-ltte/20426-2-1.html

http://www.tamilsydney.com/content/view/1488/37/


なお、資金の調達 ( fund raising ) は、オーストラリアだけでなく
世界各国で行われていた。



・・・・・世界初の、自爆テロ、それは女性?・・・・・


1987年 LTTEが、ついに独立宣言。
      LTTEは、首都コロンボで爆弾テロを起こす。

      すると、お隣りの国から、インド軍が
      スリランカに入り、LTTEと戦闘になる。


      その後、すったもんだの後、


1989年 インドの仲介で、
      シンハラ人政府と、LTTEは一度、停戦する。

1990年、しかし今度は、
      シンハラ人のほうの民族主義者たちが、
      タミル人に対し、テロを行い、再び内戦が再開。


1991年 LTTEは、2年前の(インドからの攻撃の)はらいせに、
      元インド首相の、ラジーヴ・ガンディーを、
      「女性の自爆テロ」で殺害する。

      (これが、おそらく、世界で初めての、自爆テロだと思う)


      つまり、
      世界で初めて「自爆テロ」を行ったのは、
      (イスラム教徒ではなく)
      スリランカの、ヒンドゥー教徒の、タミル人なのである。


      プラブハカラン議長には、強力なカリスマ性があり、
      狂信的な信奉者がおり、
      多数の女性からも支持されていたらしい。

      (女性だけで構成された軍事部隊も多数あった。


      この様子は、LTTEを支持する「タミル・ネット」という
      ウェブニュースサイトに詳しい。

http://www.tamilnet.com/


      それに加え、彼は(本当に)手段を選ばず、


      この頃から、LTTEは、村の子どもを連行(誘拐?)し、
      子ども兵を大量に作ってゆくことを行った。

      連行された子どもたちは、
      イデオロギー教育(いわゆる、洗脳)を受け、
      シンハラ人を殺すことをなんとも思わなくなり、
      かつ、自爆テロなども、いとわぬ「生きた兵器」になる。


      (このことは、国連児童基金(ユニセフ)から糾弾されている。)

http://www.unicef.or.jp/children/children_now/funso.html


      この件に関し、説明しておくと、

      こうした非道な行為も行われていたため、
      タミル人の村でも、
      LTTEを支持する人と、嫌う人にわかれていた。

      また、私が現地に行っていた時に、感じとったものは、
      ほとんどのタミル人の人は、
      「もう、どっちが勝ってもいいから、早く内戦をやめてくれ」
      と思っていたと思う。

      (ほとんどのタミル人は、温厚な性格をしている。)



1993年、LTTEは、シンハラ人政府の大統領を暗殺した。
      その他、首都コロンボなどで、多数の無差別テロも行う。

1997年、アメリカが、LTTEをテロリストとみなす、と宣言。

1999年、LTTEは、シンハラ人政府の大統領を再び暗殺しようとしたが、
      今度は未遂に終わったが、大統領は視力を奪われた。



・・・・・ノルウェー政府による、必死の努力。停戦への道・・・・・


2000年、ノルウェー政府の仲介(調停)で、停戦となる。

      LTTE側の要求は、一貫して「自治権の獲得」。
      それが無理な場合、「分離独立」だった。

      が、ノルウェーは、
      これをなんとか、シンハラ人政府と調整することに成功した。


      (素晴らしい。これが本当の国際協力かも。)


2001年、しかし、
      (シンハラ人政府は、約束を守らなかった、として)
      LTTEの特攻隊が、シンハラ人政府の空軍基地などを破壊。
      停戦が破られる。

2002年 再び、ノルウェー政府が仲介をし、
      シンハラ人政府と、LTTEは、またまた、停戦に合意した。


2004年 ところが今後は、
      LTTEの中の、「カルナ派」という一派が、LTTEと離別。

      シンハラ人政府の諜報機関(スパイ等)による、
      LTTE内の内部不和工作が成功したものとみられる。


2006年、これに怒ったか、
      LTTEが、停戦の破棄を宣言。テロ攻撃を再開。
      これに対し、シンハラ人政府も、応戦。


      以後、戦闘は、再び激化した。


      そして、絶望的な「エンディング」をむかえる。




・・・・・最後の決戦。そして憎悪の連鎖・・・・・


 
2008年 シンハラ人政府は、LTTEとの停戦を、(正式に)破棄。

2009年1月25日

   シンハラ人政府は、LTTEへ猛攻撃。
   重火器での爆撃を行うなど、まったく容赦のない攻撃をする。

   そしてついに、
   ムライティブという、LTTEの本拠地の町を攻略する。

   (これが、事実上の、最後の決戦だった。)


   ここにおいて、最盛期には、国の3分の1を支配していた
   LTTEは、拠点となる都市を、ほぼすべて失うまでに落ちぶれた。


2009年5月 シンハラ人政府は、LTTEの支配していた北東部をほぼ制圧。

   LTTEは、ムライティブ近くの海岸の一角、狭い地域に逃げ込み、
   民間人20万人を、「人間の盾」にして立てこもった。

   しかし、それでもシンハラ人政府は、重火器による攻撃をやめない。


   民間人の巻き添えを懸念する国連は、
   シンハラ人政府に、攻撃の自粛を求めるが、
   シンハラ人政府は、これを聞き入れず、いっそう攻勢を強めた。


   (民間人を盾にするほうも、最悪だが、
    それを気にせず、攻撃するほうは、もっと最悪だ。

    要するに、この内戦、どちらも、最悪で、正義は、ない。)


2009年5月9日

   戦争や内戦の最中(さなか)でも、
   民間人の人権蹂躙(じんけんじゅうりん)を監視する役目をもつ
   赤十字国際委員会(ICRC)も、
   あまりの攻撃のひどさに、現場からやむなく撤退する。

   このため、この後、どれほどひどい惨状に、
   「人間の盾」となった市民があったのか、確認できない。

2009年5月16日

    英連邦の宗主国であるイギリスのブラウン首相は、
    (英連邦に含まれるスリランカに対し)
    「空爆や重火器の使用の自粛をする」
    と既に過去に約束したことを守るよう要請した。

    イギリスは、シンハラ人政府が、この約束を守っていないという
    確かな証拠がある、と批判した。


    同日、国際人権団体のNGOたちも、
    シンハラ人政府とLTTEの双方が、
    戦争犯罪および重大な人権侵害をおこしている可能性があると指摘。


2009年5月17日

   LTTEは、「敗北宣言」をし、「武器を置く」と声明をだした。
   「民間人も、すべて解放した」と言った。

   しかし、それでもシンハラ人政府は、
   「信用できない」として攻撃をやめず、
   とどめをさすための、攻撃を続けた。


2009年5月18日 

   逃げ出そうとした、プラブハカラン議長ら、LTTE幹部を
   政府軍が射殺。

   妻マディーとの間に生まれた、跡継ぎの長男も、射殺。


   シンハラ人政府は、殺害したプラブハカランの映像を
   防衛省のホームページで公開し、完全に勝利したことを宣言した。

http://www.defence.lk/new.asp?fname=20090519_03



   これにより、約25年におよんだ内戦が終結した。


   最悪の形で。



・・・


シンハラ人政府の大統領は、この日、
これからは、
民族間の対立をなくしていくよう努力する、
と会見で述べたが、

これだけむごいことをしておいて
そう言われても、到底信用できない。

民族間に生まれたお互いへの憎悪は、
10年や20年では、決して消えることは
ないと思う。


そしておそらく、
LTTEの残党によるテロが、
またすぐ始まると思う。


あと、
インド南部など、海外に逃げてきたタミル人(難民など)は
100万人以上いるのだが、その多くは、
「政府軍の軍事強硬策による、暴力から逃れてきた」
と言っている。

この人たちを、これからシンハラ人政府はどうするのか?


また、
この内戦後の復興には、
先進国からの支援が必要なはずだが、

もっとも援助をしてくれるべき
英連邦の宗主国、イギリスとの約束を
シンハラ人政府は守らなかったため、

イギリスが、
「内戦が終わりましたか。はい、そうですか。」
と、支援をしてくれるとは思えない。

(それでは、イギリスの面子(めんつ)がつぶれるからだ。)

よって、国の北東部など、内戦でぐちゃぐちゃになってしまった場所に住む
タミル人たちの生活は、当分ぼろぼろの状態が続くと思う。

つまり、タミル人たちの不満は、今後も蓄積されていくのだ。



・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・


以上が、スリランカ内戦の顛末(てんまつ)だ。



ここまで、がんばって読んだ人は、
驚いたのではないだろうか?

これほどひどい内戦も
あまり他に例をみないのではないか?


私は、
ルワンダやカンボジアにまけないくらい
このスリランカ内戦も酷い(ひどい)話だと思う。



いったい、人間というのは、
どこまで愚かになれるものだろうか・・



というのが、正直な感想だが、

世界をなんとかしようと、
国際協力をやろうという人は、

こうした現実から目をそむけてはならない。


歯をくいしばって、絶望的な事実を見つめ、
なんとか、対立する両者に、話し合いをさせる場を
つくっていかなければならない。


こういう面では、
ノルウェーなど北欧の国々はがんばっていて、

金(その次は、技術)を出すしか能がない、
どこかの国の援助とは、
一線を画する。



もし、みなさんが、
戦争や内戦で苦しんでいる人々を救い、
不幸になっている女性と子どもたちを救い、

そして、

人間という種(しゅ)を救いたいのであれば、

是非、この、戦争や内戦の調停、という分野に
挑戦して頂きたい。







・・・平和構築および人権に関する組織、国連系、政府系、民間系の順・・・

国連人権高等弁務官(OHCHR)
Office of the High Commissioner for Human Rights
http://www.ohchr.org/EN/Pages/WelcomePage.aspx

国連人権高等弁務官(OHCHR)の説明、外務省国際機関人事センター
http://www.mofa-irc.go.jp/link/kikan_info/ohchr.htm

スリランカの拷問/虐待問題、国際社会の批判の的に
http://www.news.janjan.jp/world/0711/0711085371/1.php


国連平和維持局(PKO、PKF)
United Nations Peacekeeping
http://www.un.org/Depts/dpko/dpko/index.asp

内閣府内・国際平和協力本部事務局
http://www.pko.go.jp/


国連難民高等弁務官(UNHCR)
UNHCR - The UN Refugee Agency
http://www.unhcr.org/cgi-bin/texis/vtx/home

国連難民高等弁務官(UNHCR)日本事務所(NPO)
http://www.unhcr.or.jp/


国際協力機構(JICA)
http://www.jica.go.jp/

平和構築 課題別取り組み 事業案内 - JICA
http://www.jica.go.jp/activities/issues/peace/index.html

英国国際開発省(DFID)
DFID - UK Department for International Development
http://www.dfid.gov.uk/

米国国際開発庁(USAID)
U.S. Agency for International Development
http://www.usaid.gov/


ノルウェー国際開発庁(NORAD)
Norwegian Agency for Development Cooperation (Norad)
http://www.norad.no/

ノルウェーの外務省
Ministry of Foreign Affairs - regjeringen.no
http://www.regjeringen.no/en/dep/ud.html?id=833

ノルウェーの開発協力 (Norway - the official site in Japan)
http://www.norway.or.jp/policy/humanitarian/development/development.htm

紛争地域におけるノルウェーの和平・調停活動
http://www.norway.or.jp/policy/peace/peace/peace.htm


(注; ノルウェーは、JICAに相当するNORADが二国間の長期援助を、
    外務省が、多国間援助と、緊急人道援助を行っている。)


赤十字国際委員会(ICRC)
International Committee of the Red Cross (ICRC)
http://www.icrc.org/

国際赤十字赤新月社連盟(IFRC)
International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies (IFRC)
http://www.ifrc.org/

日本赤十字社
http://www.jrc.or.jp/


赤十字への山本のインタビュー、 「赤十字とは何か?」
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_01.html
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_02.html
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_03.html
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_04.html
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_05.html
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_06.html
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_07.html
http://www.ets-org.jp/hosoku/sekaitokoi_008_08.html


AMNESTY INTERNATIONAL
http://www.amnesty.org/

AMNESTY INTERNATIONAL JAPAN
http://www.amnesty.or.jp/

AMNESTY INTERNATIONAL JAPAN, News Release
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=414


Human Rights Watch
http://www.hrw.org/

Human Rights Watch, News Release
http://www.hrw.org/en/news/2009/05/10/japan-back-un-action-sri-lanka