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日本政府が行っている緊急援助である
国際協力機構(JICA)の
緊急援助隊(JDR)のことを
書こうと思ったら、
まず、
緊急援助と開発援助の説明から
必要であることが判明した。

で、
この部分(緊急と開発の違い)については、
以前、私は書いたのだが、
改めて、内容を改定し、記述する。。

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51726311.html


・・・緊急援助と開発援助とは・・・

まず、緊急援助と開発援助の定義の話。


緊急援助とは、
戦争や内戦が起こっている最中、
または、
地震や津波などが起こった直後に、
その地域にいき、
困っている人々に対して
なんらかの援助を行うこと、である。

普通は、
食糧や水の配布、
緊急性のある病気・怪我に対する医療、
住む場所を失った人への仮設住宅の提供、
(帰還のためなどで)移動が必要な人にその方法の提供、
などが
行われる。


開発援助とは、
戦争や内戦が既に終わって、
その国の「政府が確立した後」に、
その国(通常は途上国)の政府と
日本などの先進国が、
「二国間援助」をするという約束をかわし、
(原則としては)
途上国の政府側からの「要請」によって
日本などの先進国が、
資金援助や、技術協力をする、
というものである。

普通は、
無償資金援助(お金をあげて、道路などを作る)、
有償資金援助(お金を低利率で貸す。円借款)、
技術協力(医療・教育・経済などの専門家を派遣)、
という
三つのスキーム(枠組み)で行われる。
(例外もある。)



・・・緊急援助を行う団体・・・

で、
緊急援助を行っている団体は、


国際機関では、国連の

WFP(世界食糧計画)水と食料の配布など
http://www.wfp.or.jp/

PKO(国連平和維持活動)停戦後の選挙管理など
http://www.un.org/en/peace/

UNHCR(国連難民高等弁務官)難民の保護など
http://www.unhcr.or.jp/

UNOCHA(国連人道問題調整官)自然災害の対策など
http://ochaonline.un.org/

などの組織が、活動する。


政府機関では、日本の場合、

防衛省・自衛隊(紛争地帯などへの派遣)
http://www.mod.go.jp/

緊急援助隊(JDR)(自然災害への派遣)
http://www.jica.go.jp/jdr/index.html

という役割分担になっている。
(例外あり)


民間のNGO(非政府組織)では、

赤十字国際委員会(ICRC)紛争中の人道問題の監視
国境なき医師団(MSF)紛争中などの緊急医療援助

が、有名である。
なお、上記の二つのNGOは、
NGOといっても世界最大級のNGOであり、
国際機関なみの予算と、
数千人以上のスタッフの数を持っていて、
紛争地帯におけるスタッフの安全管理なども
それなりに徹底して行われている。

(ちなみに私は、以前MSFの理事をやっていた。)
(安全管理の詳細な方法については、また別に触れる。)
(というか、私の本のいくつかにも既に記載されているが。)


・・・開発援助を行う団体・・・

開発援助のほうは、(今回は)簡単に流すが、


国際機関では、
ユニセフなどが子どもの支援、
世界銀行などが、途上国政府への資金協力、
などを行う。


政府機関では、
アメリカ、日本、EUなどの政府が、
「二国間援助」をするという約束のもと、
各国の「政府開発援助(ODA)」
という名前の予算をつかって、
上記した三つのスキームなどの方法で
援助を行う。

日本政府の外務省内にある
「国際協力機構(JICA)」は
基本的に、この開発援助のほうを
行うための組織である。
(最近、独立行政法人になったが、本質的に変わっていない。)
http://www.jica.go.jp/

(が、この開発援助を担当するJICAによって、
 例外的に行われている
 緊急援助活動が、上記の
 緊急援助隊(JDR)による活動だ、
 と思って頂いて、間違いない。
 繰り返すが、
 日本のODAの9割以上は、
 開発援助に使われていて、
 緊急援助の占める割合など、
 1割に満たない。)


民間(NGO)たちは、
自分たちが考える「良いこと」を
途上国にいって実施するのだが、
NGOは、あまりに多数あり、
かつ、
玉石混合(良い団体と悪い団体が混在)のため、
活動内容を把握しにくく、よって説明しにくい。

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65159811.html



・・・緊急援助と開発援助の違い・・・

まず、
上記が基本であるが、

国際協力といっても、
緊急援助と、開発援助では
まったく違うことが行われている。

この二つは、
「水と油ほど違う」活動をしている。


緊急援助では、
今、目の前で死にそうな人を助ける、
という方針なので、
とにかく、明日以降のことなど考えず、

今、水を与え、食糧を与え、
医療も、
外国からきた医師などが治療をして助けてあげ、
仮説住宅をつくってあげ、
移動する手段を提供してあげる、

というのが、緊急援助である。

「あげる、あげる、あげる」
の連発である。

で、基本的に、戦争の最中などにある場合、
こうした方法で、助けるしかない。
(だから、それでいい。)


開発援助を行えるような
その国の政府が安定した状態では、
とりあえず、いますぐ
大勢の人が死んでしまうほど
ひどい状況ではないので、
援助(または開発)の「持続可能性」について、
考えることになる。

外国人が、未来永劫、永久に
食糧や水を与え続け、
医療をしてあげる、ことは
予算的にも不可能であり、
かつ、
(もしもそれをおこなってしまうと)
途上国の人も、援助慣れ(援助漬け)となり、
自分たちで国を(自ら)良くしていこうという
意欲が失われていってしまい、
将来的に、かえって良くない効果がある、ことが
これまでの各国際協力団体の経験から
わかっているため、

(開発段階に入った国々では)
(あげる、あげる、あげる、ではなく)

食糧や「安全な水」を自力で確保する
方法を教え、
医療や教育も、将来的に、
(途上国の人が)自分たちで行えるような
体制を作っていくことを支援し、
それらに
どうしても必要なインフラ(社会基盤)の
整備を協力する(最低必要な道路などだけは作ってあげる)
というのが、
開発援助である。


簡単にいうと、

緊急援助は、「ばらまき型」の援助であり、
将来の持続可能性など、考えなくてよい。
(今すぐ、大勢の人が死にそうなのだから、しかたがない。)
また、
外国人が、一方的に、
水や食料を「恵んであげる」、
医療をしてあげる、という体制で行う。


開発援助は、「持続可能性」を考え、
将来的に(外国からの援助がなくなっても)
自力で国を良くしていく体制を
整えていくことを考える。
また、
あくまで、途上国の人が主役であり、
外国人は、脇役であって、
よけいなおせっかいは、必要最低限に
しなければならない。
なお、
途上国の人々が、自分たちの国を
自力でよくしていこう、という姿勢を
支援することを
「オーナーシップを高める」という。


・・・マスコミが取り上げる国際協力・・・

で、国際協力の世界全体でみると、
予算の規模でみても、
かかわっている人の人数の多さでみても、
国際協力の9割以上は、
「開発援助」として、行われているのである。

開発援助は、
主に、国際機関と政府機関が行っているため、
(途上国政府からの要請によって)
先進国の官僚などが途上国の首都へいき、
途上国側の担当官と、
いろいろな打ち合わせをする。

「会議をする」のである。

たくさんの会議をし、
どのようなプロジェクトをすれば
その国の「未来のため」に良いかを
話し合い、調整し、構築してゆく。

で、実際のプロジェクトは
誰がやるのかというと、
その8割以上は、
その途上国の国家公務員や地方公務員が
上(省庁)で作られたプロジェクトに従って
実行するのである。

(日本人が、直接的な活動をするわけではない。)

(誤解しないでもらいたいのだが、
 持続可能性を考えると、これでいいのだ。
 なぜかというと、
 外国人が、直接的に、医療や教育をしても
 やがてどうせ自国に帰ってしまうのだから、
 始めからその国の公務員で
 やっていける体制を考えたほうが、
 合理的なのである。)

教育でも、医療でも、経済でも、
なんでもそうである。

(一部、先進国から来た、
 医療・教育・経済などの専門家が、
 途上国政府の官僚(担当官)などに
 助言や研修をすることはあるが、
 あくまでも脇役であって、
 主役は途上国の人々であることに
 かわりはない。)

(と、いうわけで、
 開発援助においては、ほとんどのケースで、
 日本人は、会議をいっぱいして、
 プロジェクトを途上国の人と構築する、
 という形で、
 「間接的に」関わっているのである。
 自分で直接的な行動を、
 途上国の田舎までいってやるわけではない。)

(誤解のないように書いておくが、
 実際に、途上国の田舎で、
 そのプロジェクトが行われいるかを
 監視(モニタリング)するために、
 ひと月に1回、などの頻度で、
 視察にはいっている。
 が、それは数時間程度であって、
 そこでずっと活動するわけではない。)


さて、
ところが、テレビなどのマスコミは
国際協力の主力が、
(上記のような)
開発援助であるにも関わらず、
それをいっさいとりあげない。

なぜかというと、
途上国の中でも、かなり都会である
首都で、クーラーのきいた部屋で、
会議をしてばっかりいるのが、
開発援助の主な仕事であるからだ。

が、
その会議は、もちろん必要なものなので、
大変、重要な意味があることなのだが、
テレビ局の人には、それがわからない。
(ピンとこない。)

テレビ的には、
直接、日本人が、
学校の先生をしたり、
医者や看護師が患者さんを治療したり、
途上国の貧しそうな人とふれあったり、
植林や農業を直接自分でやっている姿を
撮影したがる。

(もちろん、開発援助の中でも、
 一部のNGO(非政府組織)の人々や
 青年海外協力隊の人々などが、
 そうした(直接的)活動を行ってはいるが、
 それは国際協力全体からみると
 ほんの一部だ、ということである。)

テレビ局のディレクターは、
上記の直接的な活動だけが
国際協力だと思っていることが多く、
また、
そうした「わかりやすい国際協力」を
テレビで流さないと、視聴率がとれない。

と、
いうわけで、
一般の人には、
あやまった国際協力の情報
(主役ではない、直接的国際協力だけが
 国際協力の全てである、と思わせる情報)
が流れていき、
多くの人はそれを事実だと思ってしまう、
ということである。


・・・援助オリンピック Show the Flag !・・・

で、
緊急援助と開発援助の話に戻るが、

要するに、
テレビなどのマスコミが撮影したいのも、
一般の人々が理解しやすいのも、
直接的な国際協力だ、
ということである。

直接的な国際協力とは、
緊急援助と、開発援助の一部である。

また、
それらを両方たしても
国際協力全体の、1割にも満たない部分だ、
ということである。


が、
マスコミは、そこをとりあげたがる。

そこで!

有名になって、知名度を上げて、
募金をたくさんして欲しいNGOも、

国際社会で貢献していることをアピールし、
国連安保理の常任理事国入りを狙っている
どこかの国(あなたの国)も、

ともに、マスコミの注目する「大災害」の時に、
自分の組織の部隊(?)を送り、
われさきにと、現地に到着し、
自分たちが、途上国の現地で、
「直接的に」活動している姿をみせたい、
(テレビでとりあげられたい)
と考えるのだ。

あたかも、
戦争で勝利した土地に、
自分の国の旗を立てようとする
兵隊たちのように、
殺到するのである!


"Show the Flag !"


これが、災害が起こった時に、
現地に殺到して、自分の団体の存在を
アピールしようとする援助団体たちを
揶揄(やゆ)するために作られた標語だ。

日本語では、
「援助オリンピック」という。


1988年、
(西アジアの、黒海とカスピ海の間にある)
アルメニア共和国で、大地震が起こり、
2万5千人以上の人が死んだ。

そこに援助団体が殺到し、
(われさきにと)先陣争いや、
陣地争い(なわばり争い)が起こり、
実際に現地で、ケンカや小競り合いが起こった。

援助団体の人どうし、
殴りあいのケンカなども、起こったのである。

(もっと汚い、お互いの団体の活動の
 足の引っ張り合い、けなしあいなどもあった。)


で、(良かったのは(?))
その殴りあいの様子も、マスコミに報道されたのである。

これにより、
国際協力団体、というものの意義や体質が疑問視され、
(名前を売り、金が欲しいだけなのか、と思われ)
以後(欧米の)マスコミ(の一部)は、
援助団体のことを批判的にみるようになった。

http://www.jica.go.jp/jica-ri/publication/archives/jica/kenkyu/06_43/pdf/03.pdf#search='アルメニア地震 援助オリンピック'


・・・他人の不幸を喜ぶ人・・・

緊急援助の活動をしている人というのは、
どんな人か、おわかりだろうか?

例えば、
1時間前に、どこかの国で大地震が起こり、
マグニチュードが、7以上で、
大変な被害が予想される、という情報が、
テレビなどから入ってきたとする。


あなたは、すぐ行けるだろうか?


あなたが、まっとうな人なら、行けるはずはないのだ。

あなたが会社員なら、いけるはずがない。
あなたが医師でも、いけるはずがない。

だって、明日も会社や病院で
(あなたがいなければなりたたない)
仕事があるからだ。

(あなたが、普段の仕事において、
 重要な役割をしめていればいるほど、
 あなたは明日急に、外国にいくことなど
 できない。
 社会的な常識人であれば、できるはずがない。)


では、
外国で災害が起こった時に、
すぐに出発できる人とは
いったいどういう人であろうか?

一つは、
緊急援助を専門に行っている
大型の団体の場合、
そのために出発されるべき人たちを
あらかじめ、事務所においておき、
(普段は、あまりすることはないが、
 給料をちゃんと払い、一応、事務所に置いておき)
いざ、災害が起こったら、
すぐ出発できるようにする、
という方法だ。

で、
こうした人たちが、
普段、何を考えているかというと、


「あーあ、暇だなあ・・
 どっかの国で、地震かなにか、
 おこんねぇかなあ・・」

「おれ、いっぺん、
 途上国にいって、かっこよく
 緊急援助っての、やってみたいんだよね」


という風に考えている人もいる、ということである。


世の中を、平和(?)にするべく
活動するべき国際協力団体のスタッフが、
実際は、
他人に不幸が起こることを望み、
自分がかっこよく活躍できる場ができることを望む、
という

「究極の自己満足野郎」である、場合も多い。


(以上は、極論であるが、
 ひとつの側面としては、事実である。)

(もちろん、普段から日頃の業務を
 個人ではなく、「チームで担当」しており、
 緊急の災害などに対して、
 人員をさける(すぐに途上国に出発できる)
 ようにしている優秀な組織もある。)



・・・

で、以上が、前置きである。

これらを踏まえた上で、
「日本の緊急援助の歴史」を、次回、概説する。