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少女 「お母さん、どうして人を殺しちゃいけないの?」

母親 「なに、馬鹿なこと、言ってるの!
    ダメだからダメに決まってるでしょ」

少女 「それじゃ、わからないもん。
    教えて、お母さん」

母親 「・・あなたが、もし、他の人から殺されたら、
    嫌でしょう?
    痛いでしょう? 怖いでしょう?

    だから、
    お互いに、嫌なことはしないことにしたのよ。
    それが、『社会』っていうものなのよ。」

少女 「じゃあ、私が殺されてもいいと思ったら、
    人を殺してもいいのね?」

母親 「! ・・なに、馬鹿なこと言ってるの・・」

少女 「だって、そういうことなんでしょう、『社会』って。」

母親 「・・あなた、もしかして、死にたいの?」

少女 「ううん。まず、知りたいだけ。
    世の中、おかしいこと、だらけだもん。」

母親 「・・・」

少女 「わたし、1日3回、ご飯を食べてるもん。
    お野菜を食べて、お肉を食べて、生きてるもん。

    でも、それって、
    植物や、動物を殺しているって、ことでしょう?」

母親 「そ、それは・・」

少女 「わたし、悪いことだと思うの。
    他の生き物を殺して、わたしだけ生きているなんて。
    絶対、まちがっているわ。」

母親 「・・・」

少女 「わたし、いろんな絵本や本を読んだわ。
    お母さんも、優しい気持ちが大事って、いってたわ。

    わたし、すべての生き物は、おんなじだと思うの。
    平等だと思うの。
    どうして、人間は他の動物を殺して食べちゃうのかしら?」

母親 「そ、それは、生きていくために、どうしても必要だから・・」

少女 「あたしは、牛さんや、豚さんや、野菜さんを殺してまで
    生きていたいとは、思わないわ。

    それだったら、わたし、
    自分が死んだほうがいいと思うの。」

母親 「ち、違うわ。それは、違うわ。
    世の中は、自然の中でも、弱肉強食といって、
    強いものが、弱いものを、食べて、なりたってきたのよ・・」

少女 「じゃ、私より強い人が、私を食べちゃってもいいのね?
    私より弱い人を、私が殺して食べてもいいのね?」

母親 「違うわ! 人間は、と、特別なのよ。
    そ、そう、人間は、特別なの。」

少女 「どんな風に、特別なの?」

母親 「・・・・・」

少女 「ねえ、お母さん、どうして人間は特別なの?」

母親 「・・学校の先生にきいて、お願い・・」

少女 「じゃ、明日、学校の先生にきいてみるね。」

母親 「・・・・・」


・・・・・
・・・・・

少女 「先生、人間は、どうして
    他の動物や植物を食べてもいいんですか?」

先生 「生きていくために、必要だからだよ。」

少女 「でも、それって、殺しているってことでしょう?
    悪いことじゃないんですか?」

先生 「どんな生き物も、なんらかの生き物を食べて、生きているんだ。
    これは、しかたがないことなんだよ。
    それを悪いこと、とは言わないんじゃないかな?」

少女 「じゃ、人間が人間を食べちゃ、いけないんですか?」

先生 「うーーん。・・それは難しい問題だね。
    じゃ、ちょっと長い話をするね。」

少女 「はい。先生。」

先生 「ほとんど全ての動物には、天敵、といって、
    その生き物を食べる動物がいるんだ。

    例えば、海の中のプランクトンを小さい魚が食べる。
    小さい魚を、大きい魚が食べる。
    大きい魚を人間が食べる、
    という風に、それぞれの動物には、
    天敵と呼ばれる生き物が存在しているんだよ。」

少女 「ふうん」

先生 「で、この天敵がいることは、悪いことばかりじゃないんだ。

    たとえば、もし、大きな魚がいなかったら、
    小さい魚がふえすぎて、
    海の中のプランクトン全部を、一気に全部食べちゃうかも
    しれない。

    プランクトンが絶滅して、一匹もいなくなるかもしれない。

    そうしたら、小さい魚も、食べるものがなくなって、
    その後、同じように、絶滅しちゃうかもしれないんだよ。

    だから、小さい魚の数が、増えすぎないように、
    自然界の中で、バランスをとるために、
    ある程度、大きな魚も、つまり天敵も、
    いたほうがいいんだよ。」

少女 「ふうん。わかったわ。
    人間が、大きい魚を食べていいのも、
    大きい魚が増えすぎて、小さい魚を絶滅させないために
    食べたほうがいいって、いうことね?」

先生 「うん。そうだよ。」

少女 「じゃ、人間を食べてくれる、天敵はどこにいるの?」

先生 「・・それが、いなくなってしまったんだよ。
    昔は、虎とかがいたんだけど、
    鉄砲を使うようになってから、人間のほうが強くなり、
    虎などの人間の天敵を、ほぼ絶滅させてしまったんだ。」

少女 「ええっ、じゃあ、人間は、増えていくばかりなの?」

先生 「・・うん。残念ながら、そうだよ。」

少女 「じゃ、人間が食べている、大きな魚が食べられすぎて、
    いなくなっちゃったりしないのかしら?」

先生 「うん。マグロの数が減っていっている、
    という研究者もいるよ。」

少女 「牛さんとかも、そのうち、いなくなっちゃうの?」

先生 「いや。牛は、牧場で育てられてるから、大丈夫。
    必要な数だけ、いっぱい育てるから。」

少女 「じゃ、人間の数が、どんどん増えたら、
    牛さんの数も、どんどん増やすのね?」

先生 「うん。そうだね。」

少女 「じゃ、そのうち、地球上、全部、牛さんの牧場になるの?
    すると、森に住んでいる、クマさんとか、
    他の動物は、みんないなくなっちゃうのね?」

先生 「うーーんと、南米のアマゾンなどの熱帯雨林の森が、
    年々、急速に減っていっていることは、本当なので、
    ある意味、そういうことになるかな。

    牛さんを育てるには、牛さんが食べる、
    大量の穀物も必要になるし・・」

少女 「じゃ、牛さんを、どんどん増やす。
    牛さんの食べるものも、どんどん増やす。

    だから、森はなくなっちゃう。
    だから、他の動物は、みんな死んじゃう。

    それもこれも、
    みんな、人間が増えすぎるせいって、ことかしら?」

先生 「ま、残念ながら、そういうことになるかな・・」

少女 「・・人間には、本当に天敵はいないの?
    どうしようもないの?」

先生 「しいて言えば、人間自身が、人間の天敵だったんだ。

    昔は、人間の数が増えすぎて、食べ物が足りなくなると、
    戦争がおきていた。

    戦争で人の数が減ると、またしばらく世の中は安定する。
    それが、天敵のいない人間の数をコントロールする、
    ひとつの方法だったんだ。」

少女 「じゃ、戦争は、したほうがいいのね?
    人間の数を減らすために。」

先生 「いいか悪いかは、わからないけど、
    過去の歴史は、
    そうして動いていた部分もあったことは事実だろうね。
    でも、最近は、その戦争も、できなくなったんだ。」

少女 「どうして?」

先生 「核兵器が生まれたからだよ。
    原爆や水爆を使った大きな戦争をすると、
    放射能で、地球全土が汚染されて、
    おそらく、人類はすべて滅亡してしまう。

    ・・他の生物も、たぶん、全部死んじゃうけど。

    だから、
    お互いに戦争できない、ことになっちゃった。

    これは、
    戦争が起こりにくくなった、という意味では
    よいことなんだけれども、
    人間の数をコントロールする方法の
    一つが、失われた、という意味では、
    問題だったかもしれないね。」

少女 「じゃ、もう、人間の数を減らす方法はないから、
    このままどんどん増え続けていくしかないのね?」

先生 「・・・たぶん、しばらくの間は、そうだね。」

少女 「どのくらい増えているんですか?」

先生 「まず紀元ゼロ年が、 2.5億人ぐらい。
    西暦1000年が、 3億人ぐらい。
    西暦1800年に、10億人になって、
    西暦2009年に、68億人。」

少女 「ええと、じゃ、
    二千年間ぐらいは、横ばいだったのに、
    ここ二百年で、急に増えたのね。
    それは、どうしてですか?」

先生 「16世紀ごろの大航海時代、あるいは植民地時代に
    世界中に人間が広がったためと、

    18世紀の産業革命で、
    石油や石炭などの化石燃料をつかって、
    人間がエネルギーを使った生活を始めたためかな。」

少女 「エネルギーを使った生活をすると、人間の数は増えるんですか?」

先生 「うん。まあ、そう。
    科学が進歩して、農薬や化学肥料が開発され、
    あとトラクターなどの機械が生まれると、
    農業の収穫高が、飛躍的に増える。

    一方で、農業に適していない地域では、
    鉱山で鉄を掘ったり、工場でものを作ったりすることも
    始まった。

    同時に、
    自動車や鉄道が生まれ、それを動かす石油や石炭が
    見つかったことで、
    大量にとれるようになった食糧の一部が、
    鉱山や工場のある地域の人々に、とどけられるようになる。

    エネルギーを使って大量にものを「運ぶ」
    ことができるようになったんだ。

    こうして、地球のすみずみまで、
    食べ物がとどけられるようになり、
    そして、全ての地域に、人が住めるようになった。

    よくも悪くも。

    こうしたことが起こるには、
    石油などの資源から、エネルギーをとりだすことが
    最も重要なポイントだったんだけど、人類は、ある日、
    その方法をみつけちゃったってことになるね。」

少女 「それを、みつけちゃったので、
    人間は、急に数が増えちゃったのね?」

先生 「そうだね。」

少女 「この人類の増加の勢いは、止まらないんですか?」

先生 「国際連合に、人口をコントロールしようとしている
    UNFPA(国連人口基金)という組織があるんだけど、
    どうやら、しばらくは止まりそうもない、
    と言っているよ。

    あと50年で100億人前後になり、
    120億から140億まで増えたところで、
    食糧生産がおいつかなくなり、
    なんらかの「大きな危機」が起きるかもしれない、
    と言われているけど・・」

少女 「その頃は、世界は、牛さんを育てる牧場と、
    牛さんが食べる穀物畑ばっかりになるんですか?」

先生 「牛だけじゃないけど、人間に必要な生き物だけが、
    生き残っている世界になっている可能性はある。」

少女 「人間に必要のない生きものは、みんな死んじゃうんですか?」

先生 「いや、流石(さすが)に全滅はしないと思うけど、
    そうとう減ることになると思うよ。
    今も、毎日100種類以上の種が、
    絶滅していっている、と言われているし。」

少女 「100種! ・・・」

先生 「うん」

少女 「・・人間の数は、もう増えすぎているんですか?」

先生 「環境を研究している学者さんたちが言うには、
    20億人ぐらいが妥当だ、と言っているみたいだね。
    今が、68億だから、3分の1以下、というところ。

    あと、
    日本のことを考えると、
    江戸時代の人口が4千万人だったんだ。
    今、1億2千万人だから、やはり、3分の1。

    このくらいが、
    産業革命前に、エネルギーを大量に使わなくても
    生きていける、人類の限界なのかもしれないね。

    このエネルギーの大量消費を続けている以上、
    地球温暖化などの、あらゆる環境問題が
    起きるのは、まあ、しょうがないというか・・」

少女 「・・じゃ、やっぱり、
    人間を殺したほうがいいんじゃないですか?」

先生 「いや、その、殺すかどうかはともかくとして、
    人間の数をコントロールする、ことは必要だと思うよ。」

少女 「殺す以外に、他にどんな方法があるんですか?」

先生 「国連は、一応、女性の権利を高めて、
    女性を学校にいかせ、社会で働く機会を増やして、
    結婚する年齢を遅らせ、出産を開始する年齢を遅らせ、
    そうして間接的に出産数を減らすことを考えているようだよ。

    他にも、
    エイズ対策などとあわせて、避妊を勧めたり・・」

少女 「それで、人間の数は減っているんですか?」

先生 「いや、現実は、増える一方・・」

少女 「じゃ、やっぱり、殺すしかないんじゃないですか?」

先生 「うーーん・・」

少女 「それなのに、どうしてみんな、人を殺すのは悪いことだ、
    って、私に教えるんですか?」

先生 「たぶん、悪いことには、ふたつあって、
    倫理的に悪いこと、と、法律に違反すること、の
    2種類だと思う。

    どちらも、自分がされたら嫌なことは、しない、
    ということが、基本なんだと思うよ。

    一応、ほとんどの人は、
    自分が殺されるのが嫌なはずだから、
    お互いに殺されることのないように、
    そういう「倫理」と「法律」を作ったんだと思う。」

少女 「お互い、というのは、人間同士が、そう決めた、
    ということですね。」

先生 「そうだね。」

少女 「人間だけで、他の動物なんかを無視して、
    かってにそう決めたんですよね?
    毎日100種類以上、絶滅させているのに。」

先生 「・・・」

少女 「お母さんが、人間は特別だって、言ってました。
    どうして、人間は、特別なんですか?」

先生 「・・人間が、もし特別なものだとしたら、
    その根拠を考えるには、
    やはり、天敵がいないこと、をあげることになるかなあ。

    他の生物よりも、圧倒的に強くなりすぎてしまった。

    木の枝を振り回すことから始まって、
    道具を使うようになり、

    木の枝を薪(まき)として燃やすことから始まって、
    エネルギーをとりだすことを覚えた。

    また、言葉を発明して、後世に技術をつたえ、
    かつ進化させていくことを可能にした。

    チンパンジーも道具をつかうし、
    イルカも言葉をつかうようだが、
    やはり、そのレベルが違う。
    各段に違う。

    人間は、そういう意味で、特別なのかもしれない。」

少女 「他の動物より、圧倒的に強くなったから、
    何をしてもいい、ということですね。」

先生 「いや、まあ、そうではないが、
    結果として、人間の被害にあっている動物たちは
    いっぱいいるのだと思うよ。」

少女 「わたし、お母さんから、
    強い人が、弱いものを助けてあげるのが、優しさだって
    教わりました。

    でも、人間は、強くなったら、
    その強さを利用して、どんどん強くなるだけみたいです。」

先生 「・・・」

少女 「強くて、傲慢になっている、人間を、殺しちゃいけなんですか?
    それは、悪いことなんですか?」

先生 「・・結局、悪いことかどうかは、
    見る人の立場によって、変わるんだと思うよ。

    見る生物によっても、変わると思うし。

    例えば、
    癌の末期で、骨に転移してしまって、
    痛くて痛くてしょうがない人は、
    お医者さんに、殺してくれ、と頼むことがある。

    癌の骨転移(こつてんい)は、
    ものすごい痛みを伴うことがあるから、なんだけど。

    で、
    あるお医者さんは、「それ」を実行して逮捕された。

    その患者さんにとっては、いいことをしたのに、
    少なくとも、望むことをしたのに、

    社会の倫理と法律に違反したから、という理由で、
    人殺しとして、つかまってしまった。

    そういう例もある。


    地球という星からみれば、人間は癌細胞だ、という人もいる。
    増えすぎてしまい、その増殖を止める方法すらない、
    という意味で。

    しかも、まわりの生物を、絶滅させまくっている。

    だから、ほとんど全ての生物からみたら、
    人間を殺すことは、悪いことではない可能性があるだろう。

    でも、人間(という種)の立場からみれば、
    それは悪いことだろうし、

    また、一人の人間として考えてみた場合も、
    「殺して欲しい」と思っていない、ほとんどの人にとっては
    殺されることは、悪いこと、嫌なこと、になる。


    子どもの頃に、やってはいけないこととして、

    人を殺してはいけない、
    物を盗んではいけない、
    人を傷つけてはいけない、

    などを教わると思うけれど、
    これはやっぱり、

    あなたは、
    「将来、普通の人間社会で暮らしてゆく可能性が高い」
    のだから、
    まわりの人が、それに適合するような人物に、育てようとして、
    上記のようなことを、「正しいこと」だとして教えている、
    ということになるんだろうね。


    悪く言えば、人間社会を維持するための「洗脳」、
    ということになるのかもしれない。

    よく言えば、あなたへの「愛情」でもある。
    あなたの将来を心配する誰かからの、道しるべ、ともとれる。


    こうしてみると、本当に、なにが正しいのか、なにが間違っているのか、
    全然わからないね。


    だって、

    「善や悪を決める、ということ自体」が、

    このように、

    「洗脳」のような「闇」の部分と、

    「愛情」のような「光」の部分を、

    あわせ持っているのだから。


    うーーーん、こりゃ、まいったね。」


少女 「・・先生、一人で、しゃべりすぎ」

先生 「いやいや、ごめん、ごめん。」

少女 「で、結局、結論は、どっちなの、
    人を殺すのは、いいことなの、悪いことなの?

    先生、さっさと教えて下さい!」

先生 「ええと・・、あっ、そうか、
    ひとつ、わかったことがあるよ。

    あなたが、さっき自分で言ったように、
    『人間だけで話し合って、勝手に決めてはいけない』
    んだよ、きっと。

    だから、
    人間を殺すことが、いいことか悪いことか、も、
    人間だけの話し合いで、決めてはいけない問題なんだ。

    というわけで、
    他の動物に聞いてみるといい。

    例えば、イルカは、実はけっこう難しい言葉まで話すらしいよ。

    『あのサメは 敵だ 逃げろ』、とか、
    『あの魚は うまそうだ 追いかけろ』、とか、
    少なくともそのくらいは話しているらしい。

    だから、

    『人間は、危険だ、殺そうか?』、という話を
    イルカどうしでかわしている可能性は、十分あるよ。

    と、いうわけで、まずは、
    イルカ語の勉強でもしてみるといいんじゃないかね?」

少女 「ええーーっ、そんなぁー・・」

先生 「だめだめ。なにごとも勉強だよ。
    楽をして、結論をいそいじゃ、いけません。

    まず、しっかり勉強して、
    いろいろな人や『動物』の意見をきかないと!」

少女 「・・なんか、誤魔化された気がするぅー」

先生 「はっはっは」