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今回の話は、
写真を(自分で)プリントするのが好きな方か、
あるいは、
将来、『色』を扱うなんらかの職業につきたい人、
だけ、読んで下さい。

(興味ない人には、つまらないと思います。
 いや、ほんとに。)


・・・

最近は、「ケニアのHIVエイズ写真絵本」を作るため、
ここ二か月ほど、急ピッチで仕事をしていた。

で、それもいよいよ最終段階となり、
埼玉県の山奥にある印刷工場にこもり、
それぞれのページの「4色カラー印刷」を行った。


そうしたら、
隣りの印刷機で、
土門拳(どもんけん)賞(写真界では有名な賞)
をとったことのある
某有名な写真家が、彼の写真集の印刷をしていた。

彼は、「白黒写真の印刷」を行っていた。


ちょっと覗(のぞ)いたら、
できあがった印刷物の中の白黒写真が、
通常より、「美しい」気がした。

で、私は、その写真家に聞いてみた。


「これ、何か、特殊な技術を使っているんですか?」

「ああ。ダブル・トーンを使って、印刷してるよ。」

「ダブル・トーン?」

「そう。・・この写真集を出版できたら、
 俺、死んでもいいと思ってるからね。
 がんばってるんだ。」


・・・

さて、
ダブルトーンを説明するには、
「色とは何か?」
ということを説明しないといけない。

まず、
「現実世界の色」
は、
赤・緑・青、の三つの色からできている。

(それぞれ、英語にした時の頭文字をとって、
 R・G・B、と略す。)

赤(波長: 625-740 nm): R (Red)
緑(波長: 500-565 nm): G (Green)
青(波長: 450-485 nm): B (Blue)


可視光(人間の目で見える光)は、
波長が、およそ 400-800 nm ぐらいまでなので、

上記の、赤・緑・青、の三つの色の光をたすと(混ぜると)
ちょうど、全ての「可視光領域」の光となり、

光の色は、『白』となる。


これら、赤・緑・青、の三つの色を
『光の三原色』と呼ぶ。


・・・

次に、
紙の上に表現できる、色を説明する。

紙の上に表現できる色は、
実は、現実世界の色よりも、ずっと少ない。(限られている)

現在は、技術が上がったので、
(現実世界の色に近い)
似たような色を表現できるようになったが、
それでも、
本当の色よりは、
表現できる色の種類が、まだ、ずっと少ないのである。

(これを(表現できる色の幅の)『色空間』が狭い、という。)


紙の上に表現する色は、
次の三つの色が使われる。

それらは、シアン、マゼンタ、イエロー、である。

シアン: 水色と青緑の中間のような色
マゼンタ: 赤紫
イエロー: 黄色

それぞれ、次の記号で表わされる。

シアン:  C
マゼンタ: M
イエロー: Y


これら三つを、
『色の三原色』、と呼び、

三つの色を混ぜると、『黒』になる。


要するに、濁っている色、インク、なのである。


・・・

(混ぜると白になる)光の三原色と、
(混ぜると黒になる)色の三原色は、
相補的な立場にある。


R(赤) C(シアン)
G(緑) M(マゼンタ)
B(青) Y(イエロー)


(上記の、RGBと、CMYの対立関係を覚えるのが、
 色の学習の基本である。)

(このままの順番で、この組み合わせを覚えると良い。
 RGB,と、CMY。
 呪文のように覚えなければならない理由は、以下。)


例えば、
紙の上で、R(赤)を表現したい場合、

(対立するC(シアン)を除いた)
M(マゼンタ)とY(イエロー)を混ぜると、
紙の上で、赤い色が再現される。

同様に、
紙の上で、G(緑)を表現したい場合、

(対立するM(マゼンタ)を除いた)
C(シアン)とY(イエロー)を混ぜると、
紙の上で、緑の色が再現される。


このように、
現実世界の色(例えば、赤)には、
紙の上での色(例えば、シアン)のように、
対立する、相補的な色、があるのである。


(あなたが、もしも『色』を扱うプロに
 なりたいのであれば、
 上記は、覚えておいたほうが良い。

 画家、写真家、デザイナー、
 イラストレーター、
 ファッション・デザイナー、
 インテリア・デザイナー、
 ルーム・コーディネーター、
 カラー、コーディネーター
 建築家、都市計画担当者、
 いやし系の職業のすべて、
 など、
 色の知識が必要な職種は無数にある。)

(また、カラー・コーディネートは、
 ほぼ全ての職種に関係するはずである。
 理由は、身の回りの色は
 人間の精神的な安定度(沈静、高揚)に
 少なからず影響するからである・・が、
 この件は、また別に触れる。)


・・・

で、もどって、

(もとは、現実世界にあった風景を撮影したはずの)
写真を、
紙にプリントする場合、
二つの方法がある。


一つは、
RGBのまま、プリントする方法。

もう一つは、
CMYに変換して、プリントする方法。


RGBのままプリントすることも
一応、可能であり、
またそれは、現実世界の色に近いのだが、

1枚1枚、時間をかけて焼く(プリントする)しかないため、
非常に時間がかかり、コスト(料金)もかかる。
このため、
大量の本を印刷するのには、向かない。

CMYに変換してからプリントをすれば、
表現できる色の種類は減るが
(色空間が狭くなるが)
一気に、大量の印刷物を、低価格で制作できる。


と、いうわけで、
今回の私の本、ケニア写真絵本も、
CMYに変換してから印刷している

通常、CMYだけでは、メリハリが弱いため、
黒である、K(Blackの最後の文字)を加えて、
CMYK,の4色で印刷するのが、
通常のカラー印刷なのである。

(家庭用のプリンターも、基本的に、この4色である。)

つまり、
(本当の色の)RGBを、
(偽物の色の)CMYKで、
なんとか(無理矢理)表現しようとする、
というのが、印刷の基本である。


(今回は、専門用語が多くなりすぎるので触れないが、
 RGBのままプリントするには、
 プロラボ、と呼ばれるプロ専用のプリント業者に依頼し、
 『ダイレクト・プリント』ができる業務用の機械が必要になる。
 家庭用のプリンターや、印刷機器では、これをできない。)

参考: 堀内カラー
http://www.horiuchi-color.co.jp/


・・・

で、実際に、
CMYKの4色で印刷する場合、
印刷工場にある、巨大な機械を使う。

長さ20mぐらい、幅5mぐらいある
大蛇(だいじゃ)のような機械で、

4mおきぐらいの間隔で、
CMYKのそれぞれの色が、
1m四方ぐらいの大きな紙に「のせられて」いくのである。

で、その1m四方の紙が、大蛇の中を
グネグネと移動し、4つの色がどんどんのせられた結果、
写真ができあがっていくのである。


通常、
汚い色(濁った色)から順番に、紙にのせてゆく。

(以下が、その順番である)


1.K(黒色)

2.C(青緑)

3.M(赤紫)

4.Y(黄色)


こうして、最後に乗せる
(比較的、綺麗な)黄色が
汚れないようにするのである。


上記の4食を混ぜることにより、
現実の世界にあった、RGBに近い色、
または、それら(RGB)を混ぜた、あらゆる色を
(CMYKで)再現する、ということを
基本的に、印刷工場の会社の人(職人たち)が、
必死になって、やってくれるのである。


で、私は、一応、
(上記のような色の知識がある人なので)

「ここ、ちょっと、写真が、赤い(Red)から、
 M(マゼンタ)と、Y(イエロー)を少し減らして」

などと指示をだし、色を調整してもらう、
という仕事をしていたのである。

埼玉の山奥にある、工場で。


(私は指示するだけ。作業するのは工場の人たち。)
(というか、私は『大蛇』のような機械に触ってはいけない。)



・・・

ここで、ようやく、
白黒写真を印刷する時の、
『奥儀』、
ダブル・トーンの話に入る。

ええと、
白黒写真を印刷する場合、

上記のCMYKのうちの、
K(黒)だけを使うと思ったら、
大間違いである。

それだけだと、
まっ白か、真っ黒になりやすく、
中間域の、微妙に黒いところや、
微妙に白いところ、など、
「灰色に含まれるいろいろな濃さ」が
表現できない。

これを『トーン』
(階調、微妙なグラデーション、段階的な色の濃さ)
がでない、という。


このため、どうするかというと、
次の3色(?)を使うのである。

黒、灰色、ニス(光沢)である。


(灰色にも、たくさんの、微妙な種類があり、
 それを事前に、写真家が選ぶのだが・・)

(で、結局、ダブルトーンとは、何か、というと、
 黒と、灰色の、2色で、
 階調(トーン)を表現しようとすること、を言うのである。)


印刷工場にある『大蛇』のような機械を使って、
通常は、(上述したように)
K、C,M、Yの順番で
紙の上に、色が塗られてゆくのだが、

この4色の中身を、変えてしまうのである。
ダブル・トーンのために。


K(黒色)は、そのまま

C(青緑)の代わりに、灰色(数十種類から選ばれた灰色)

M(赤紫)は、空(から)にする

Y(黄色)の代わりに、ニス(光沢)


これらにより、

比較的、暗い階調(濃さ)の部分を、
黒を多め、灰色を少なめで表現し、

比較的、明るい階調(薄さ)の部分を、
黒を少なめ、灰色を多めで表現する、

ことができるようになる。

もちろん、それらの上に、
必要がある場合、ニス(光沢)を塗って、
「艶(つや)のある表現」
を追求してゆく。


・・・

と、いう「ダブル・トーン」の話を、
上記の写真家と会った時に
教えて頂いたわけだ。


大変そうだった。


彼は、いつも、自宅の暗室で、
(古典的な手法で)
白黒写真のプリントを(自分で)行っている人なのだが、
こうした、印刷工場で、大規模に、それを行う場合、
まったく勝手が異なる。

よって、
通常は、うまくいかないらしい。

自分が表現したい、白黒の世界が
描写できないことが多く、
「泣きを見る」ことが多いのだそうだ。

しかし、
彼は、白黒の写真集が数冊めということで、
流石に慣れてきたらしく、
このダブル・トーンの癖も、
見極めてきた、とのこと。


で、そこで『奥義』が使われることになった。


厳選された、『ある色』が混ぜられた灰色を使い、
かつ、
ニス(光沢)の中にも、『ある別の色』を混ぜ、
さらに
それらを紙にのせてゆくことで、
結果として、
独特な階調表現を可能にしていた。


(『ある色』は、彼の企業秘密なので、はっきりとは、言えないが。)



ともかく、
言わんとすることの一つは、
写真というのは、
撮影するのも大事だが、それ以上に、
プリント(印刷)のほうも、大事なのである。

なんでかというと、
(ホームページへの掲載を除けば)
写真の最終形態は、
なんらかの紙媒体への印刷、であるからだ。

そこで表現のクオリティー(質)が落ちてしまっては
元も子もない。

よって写真家は、
撮影するだけではなく、それ以上に
プリント(印刷)にこだわる
『鬼』
である必要があるのだ。


(自宅の家庭用プリンターに
 そのまま画像データを流して、
 自動(オート)でプリントさせているうちは、
 写真家とは言えない。

 また、永久に、写真がうまくならない。

 少なくとも、CMYKを手足のように操り、
 現実世界の色である、千変万化のRGBを再現できることが、
 プロの最低条件である。)




一方、

この埼玉県の山奥の印刷工場に、1週間こもって、

全長20mの、白黒の『大蛇』を睨(にら)み続ける『鬼』がいる。



「今回の、この写真集が出せたら、死んでもいい」



ダブル・トーンの微妙な階調たちと勝負しながら、

ふと、つぶやいた、その『鬼』は、


けっこう、かっこ良かった・・
























補足:

ダブルトーンの、灰色に混ぜられる
『ある色』について、
もうちょっと、ヒントをいうと、

白黒だけの階調では表現できないトーンが、
いくつかの『色』では表現できる、のである。

ある種の、微妙な『目の錯覚』を利用する・・というか。

さらに書くならば、
一見、白黒の写真集に見えるのだが、
実際は、灰色やニス(光沢)に色が入っており、
それらは「階調」を表現するために使われている、ということ。

で、実は、『ある色』の正体(しょうたい)は、
上述してきた全ての文章を読み、かつ、あなたに
『行間を読む』能力があれば、ある程度、わかるはずである。



ヒントは、混ぜるのではない。



混ざるのである。