.

ある途上国、ある辺境の村、

ある「医者のいないところで」。


・・・

トム   娘が、熱だしちゃった・・
     俺、どうしたらいい?

ジェリー 何歳なのよ?

トム   1歳。

ジェリー 熱は、測ったの?

トム   いや、まだ・・。

ジェリー そのくらい、測りなさいよ!

トム   う、でも体温計、もってない・・

ジェリー 貸してあげるわよ。
     で、今、その子、どこにいるの?

トム   家。自分の部屋。

ジェリー この辺、病院もないし、医者もいないからねぇ・・。

トム   うん。

ジェリー 薬はあるの?

トム   10年前に、行商人から買った解熱剤が。

ジェリー そんなの、腐ってるに決まってるでしょ!

トム   うっ・・

ジェリー ええとね。こないだ外国の人からもらった本があるわ。

トム   本?

ジェリー Where there is no doctor (医者のいないところで)
     っていう題名。

トム   何、それ?

ジェリー お医者さんがいなくても、診断や治療ができるようにする本。

トム   へえー、そりゃ、すげえや。

ジェリー なんでも、聖書の次に、世界中の多くの人に読まれてるんだって。

トム   ほんと?

ジェリー 知らないわ。

トム   なんだよ。いい加減だなぁ。

ジェリー ま、いいじゃない。
     他にどうしようもないんだから、読んでみるわよ。

トム   どれどれ・・

ジェリー 後ろのほうの、黄色いページに、症状の索引があるわね。
     熱は、fever だから・・

     あ、いっぱいある。
     うーーん。

     とりあえずページ数の多い、
     75,76ページに行ってみるわね。

トム   OK。

ジェリー First Aid (救急時の処置)の章、みたいね。ここは。

トム   ・・この本、英語だ・・

ジェリー 日本語版も、他の言語もあるわよ。
     でも、あたしは、英語わかるから、訳してあげるわ。

トム   ありがと。

ジェリー 一人の人間の体温がとても高い場合、
     それを私たちは「発熱」といいます。

     発熱、それ自身は、病気ではありません。
     しかし、それは、
     たくさんの異なる病気のサイン(所見)です。

     また、
     高熱は、とても危険な場合があります。
     特に、小さい子どもにとっては、大変危険です。

トム   えっ、まずいじゃん。

ジェリー これ、きっと、
     高熱(42度以上)で頭(脳みそ)に
     ダメージを受ける可能性があることを言ってるのね。
     ま、いいわ。次、いくわよ。

トム   うん。

ジェリー もし、ある人が、発熱した場合、
     その1.
     彼または彼女を、脱(ぬ)がせなさい。

     小さい子どもは、完全に脱がせなさい。
     熱が下がるまで、裸(はだか)にしなさい。

     決して、子どもを、服や毛布で、
     くるんでは、いけません。

トム   えっ、そうなの!
     俺、風邪ひいた時は、
     布団を10枚ぐらいかけて、
     あったまって、じっとして、
     汗をかくと治るって、信じてたけど。

ジェリー あ、それねえ、迷信なの。
     ウソなのよ。

     あたし、お医者さんから聞いたことあるけど、
     布団10枚かけて、汗かくと病気が治る、
     っていうことの、医学的根拠は、全くないんだって。

トム   へえー。

ジェリー それどころが、脳みそにダメージを与える、
     42度を超える可能性が増えるから、
     やめたほうがいいって、言われたことあるわ。

     この本に書いてあること、正しいかも。

トム   で、でも、寒気がする時、暖まりたいよ、俺。

ジェリー それはね。
     確か、熱の上がり際(ぎわ)は、寒気がするので、
     その間(1〜3時間)だけ、毛布をかけて、

     そのうち、今度は、熱が上がりきると、
     逆に、暑くなってくるはずだから、

     そうなったら、毛布をとって、
     せいぜい、タオルケット、1枚にするのがいいのよ。

トム   へえー、そうなんだ。

ジェリー ともかく、この本は、
     熱がある子どもを、毛布でぐるぐる巻きにして、
     高熱による脳の障害が起きることを、
     やめさせることを、重要視しているみたいね。

     というか、
     一般の人が信じている誤解や迷信をとりのぞき、
     正確な医学的な処置を、簡単に説明しようとしている
     みたいだわ。  

トム   ふうん。

ジェリー ま、いいわ。次、いくわよ。

トム   うん。

ジェリー 新鮮な空気、または、微風は、
     熱のある人を害したりしません。

     それどころか、
     それらは、熱を下げることを助けます。

トム   なに、これ?
     なんでこんなこと、書いてあるの?

ジェリー ルーマニアなどの東ヨーロッパには、
     風にあたると、風邪をひく、
     という迷信があるのよ。

     だから、普段から、
     どんなに暑い夏でも、
     蒸し暑い35度ぐらいのバスの中でも、
     クーラーもないのに、
     窓を絶対あけない国もあるの。

     そういう国では、
     ふだんでも、風にあたらないのに、
     病気のときに風にあたるなんて、
     とんでもないって、思ってるのよ。

トム   げぇーっ!

ジェリー その2.
     また、熱を下げるために、
     アスピリン(aspirin)をとりなさい。
     これについては、379ページをみなさい。

トム   379ページ?

ジェリー 後ろの方に、緑色のページがあるわ。
     ここに、いろいろな薬の使い方と、
     副作用が一覧ででているみたい。

トム   ほう。わかりやすいな。

ジェリー アスピリンは、

     大人は、300mgの錠剤を使って、
     一回に1〜2錠を、
     4〜6時間おきに使いなさい。

トム   子どもは?

ジェリー あなたの子どもは、1歳だったわね。

     1歳の子どもは、75mgの錠剤を使って、
     一回に4分の1の錠剤を、
     1日に4回まで、使っていいです。
     4回以上は、使ってはいけません。

トム   副作用は?

ジェリー あるみたいよ。

     12歳以下の子どもには、
     アセトアミノフェン"Acetaminophen"のほうが、安全って
     書いてあるわ。

トム   なんだ。アスピリンじゃ、ダメなんだ。

ジェリー これ、あたし、お医者さんから聞いたことあるわ。

     子どもには、アスピリンは、あまりよくなくて、
     胃炎とか脳炎を、おこす可能性があるんだって。

     アセトアミノフェンのほうが、
     安全なのよ。確か。

トム   アセトアミノフェンも、載ってるの?

ジェリー となりにあるわ。

     1歳の子どもの場合、
     500mgの錠剤を使って、
     それを4分の1にして、125mgにして、
     1日に4回、口からのませなさい。

トム   ほう。これでOKだな。

ジェリー ・・この本、坐薬については、書いてないわね。

トム   ざやく?

ジェリー お尻から入れる薬。子どもの解熱によく使うの。
     まあ、いいわ。

トム   ところで、アセトアミノフェン、持ってる?

ジェリー この村にきている、行商人(ぎょうしょうにん)の
     オバサンが、アスピリンは、売っていたわ。

トム   アセトアミノフェンはないの?

ジェリー 無いかも。聞いてみるけど。

トム   げっ。

ジェリー ともかく、次、いくわよ。

     その3.
     発熱した、どんな人でも、必ず、たくさんの水を飲みなさい。
     ジュースでも、他の水分でも、なんでもいいです。

トム   お酒は?

ジェリー あなた、1歳の子どもに、お酒のませるの!?

トム   い、いや・・

ジェリー ええと、
     小さい子どもには、特にベイビーには、
     水を一度、沸騰させてから、さまして、
     それを与えなさい。

トム   なんで?

ジェリー 水の中にいる、バイ菌を殺すためだと思うわ。

トム   へえー。めんどくさいね。

ジェリー でも、やるのよ!

トム   うう・・

ジェリー 水を飲むことは、定期的に排尿させるために
     必要です。
     もし、彼または彼女の尿が少ない場合、
     あるいは、尿の色が濃い場合、
     もっとたくさんの水を飲ませなさい。

トム   なんで、たくさんの、おしっこをする必要があるの?

ジェリー 体から、老廃物を、出すためだと思うわ。

トム   ほう。

ジェリー いよいよ、このページの最後ね。

     その4.
     もし、可能ならば、
     この熱の原因を発見し、それを治療しなさい。

トム   げっ

ジェリー これは、難しいわね。

トム   わかるわけ、ないよ。

ジェリー なにか、書いていないかしら・・

トム   ・・

ジェリー あ、あったわ!

     最初にみた、黄色いページの索引のところに、
     patterns in different diseases, page 26-27,30,31
     (異なる病気による、発熱のパターンの違い)
     と、あるわよ。

トム   お

ジェリー じゃあ、それを読んでみるわよ!

トム   ええっ、まだ読むの?
     アスピリンか、アセトアミノフェンを飲ませりゃ、
     それでいいんじゃないの?

ジェリー 解熱剤を飲んでも、一時的に、熱が下がるだけよ。
     病気を治しているわけじゃないわ。
     原因を治さないと、熱はまた上がってくるわ。

トム   げっ

ジェリー じゃ、続けるわよ。ええと、ねっ

トム   うう・・


















・・・

補足1:

Where there is no doctor
(医者のいないところで)
は、
David Werner という人が作った本。

途上国の、田舎で、
病院もなく、医者もまったくいないところで、
なんとかして、
人々を救うために、作られた本。


私が読んだ感想としては、
いわゆる、「民間療法」
として知られているものの中で、

明らかな医学的な間違いを指摘し、
それを直させることを主眼としている気がする。

また、医者や看護師でなければできない
いわゆる医療行為を、それほど使わずに
病気に対処しようとしている点には
好感が持てる。

内容は、まあまあ、良いと思う。

(いろいろ、足りない部分もあるが、
 ページ数の関係で、しょうがないのだと思う。)


補足2:

この本の具体的な欠点もあげておく。

上記のストーリーに登場する二人は、
最後に、病気の原因を見つけようとしているが、
実は、どうあがいても、見つけられない。

彼らが参照しようとしているページには、
病気による発熱の仕方の特徴(種類)が、
描かれているだけである。

熱の経時的変化によって、病気を診断できるのは、
三日熱マラリアなどぐらいで、
発熱の形だけで、いろいろな病気を診断することなど、
臨床的には、不可能といってよい。

(実際には、血液検査、胸部X線などの、たくさんの検査が必要。)

また、この本には、
発熱の経時的変化以外の方法で、
診断をする方法を、
(見つけられる場所には)ほとんど記述していない。

(ないこともないのだが、
 索引から探すことはできない。
 なお、
 本を全部読めば、ある程度書いてあるが、
 それではあまりにも時間がかかりすぎ実用的でない。)

よって、この本は、
あくまでも、

対症療法(一時的に症状をとること)が
主体であり、

原因療法(根本的に病気を治すこと)には
あまり触れられていない。

が、
途上国の田舎において、医者も病院も薬も
ろくにない状態であれば、
このことを批判するには、あたらない、と思う。

むしろ、
『対症療法を適切に行えるようにする』だけで、
十分、上出来と言っていい。


また、一方で、
病気が発生する前に、

日頃の健康を維持し、
『病気の予防をすることの大切さ』を

この本では強調して書いてあり、
その部分(予防教育の重要性)こそが、

この本の核心ではないか、と私は思う。


もっと、はっきり言えば、
医者のいないところで、
コミュニティー(一般の人々)ができることは、
予防につきる、と言ってよい。

国際協力をやったことがない人は、
ぴんとこないと思うが、
予防に勝る医療など、存在しないのである。

途上国においては、特にそうである。


以下を読めば、それが理解できるようになる。


参考:
人生の損失の指標 4,093字 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/52160017.html


補足3:

基本的に、この本は、
村の健康を向上させるための
コミュニティーにおいて、

それを担当する
コミュニティー・ヘルス・ワーカー
(医者でも看護師でもない、村在住の保健係)


使用するべき内容となっている。

つまり、
病院を作り、医者を呼べるほどの予算がない状況で、
その村の保健医療を改善したい場合、

この本を教科書として、
村のコミュニティーで、
授業(ワークショップ)を行い、

最初は、コミュニティー・ヘルス・ワーカーがこの本を使えるようになり、
最終的には、村人全員に、予防の知識が広まってゆけば、十分な成果と思う。

その意味において、非常に有用な本である。


以上より、この本は、
プライマリー・ヘルス・ケアと
非常に関係しているといってよい。

プライマリー・ヘルス・ケアとは、
医者ではない人たちが、
自分たちの健康増進のために、
予防教育を中心とした、様々な啓発・準備活動を行っていくことである。


参考:
プライマリーヘルスケアの歴史的背景 5,897字 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51946633.html


ともかく、医療系の活動をしに、途上国に行く予定のある人は、
この本を一冊もっていくことをお勧めしておく。

あなたが仮に、医者や看護師でも、
(途上国の田舎にいく場合は)持っていったほうがよい。

途上国の民間にある「迷信」がからんだ呪術的な医療の理解についても
書いてあるし、
また、自分が専門としていない科(分野)の病気をみた場合、
医者でも十分に役に立つ情報が、そこに記載されているからだ。

いわば、日本の臨床医(開業医)の定番となっている、
以下の三つの本を、全部まとめて、しかも途上国向けにアレンジしたもの、
と言える。


今日の診断指針 2002
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4260102680

今日の治療指針 2009
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4260007122

今日の治療薬 2009
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4524253513



参考リンク:

"Where There is No Doctor"
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0333516516

医者のいないところで(日本語版)
http://wndoc.hp.infoseek.co.jp/