.
「あなたは何人(なにじん)ですか?」

この国の50歳以上の人に尋(たず)ねると、
次のように答える。

「わたしは中国人です。」


でも、


「あなたは何人(なにじん)ですか?」

この国の30歳以下の人に尋(たず)ねると、
次のように答える。

「わたしは台湾人です。」



そして、もう一つ、

「あなたは、台湾を独立させたいですか?」

という質問をした時、
この国の半分以上の人は、次のように答えるのです。


「いいえ。
 台湾は、今のまま、中途半端な状態のほうが良いのです。」



・・・

普通の日本人には、理解しがたいと思うので、
台湾の複雑な政治・外交の状況を説明する。


・・・

台湾にはもともと、
「台湾原住民」、と呼ばれる人々が住んでいた。

その出自(しゅつじ)にはいろいろな説があるが、
一応、中国南部あたりからやってきたのではないか、
という説が有力である。

しかし、中国で最大の民族とされる、
「漢(かん)民族」とは明らかに異なる種類の民族であった。

(少なくとも、顔が、全然違う。)


・・・

1624年頃から、
オランダとスペインが、台湾に上陸し、
貿易の拠点および軍事拠点を作った。

1642年に、オランダがスペインに勝ち、
以後、オランダによる台湾の支配が続く。


・・・

オランダには、「東インド会社」という会社があり、
途上国で農地の開発(プランテーション)などを
行いたがっていたのだが、
そのためには、大量の労働力が必要だった。

台湾で農地開発を行うために、
オランダの「東インド会社」は、
福建省と広東省から、たくさんの漢民族を募集して、
台湾に移住させた。

(こうした人々は、「客家(ハッカ)人」と呼ばれた。)


・・・

ちなみに、
この頃、中国本土は、
漢(かん)民族の王朝である、「明(みん)」が支配していた。

しかし、
この頃の明は、すでに滅亡寸前の状態で、
皇帝に実権がなく、反乱もあいついでいた。


あまりに政情が悪かったため、
この理由で、台湾に移住していった人もいたらしい。


・・・

1644年、
漢民族の明は、完全に滅び、その混乱に乗じて、
(中国の北東部で誕生した)
満州(まんしゅう)族の「清(しん)」は、
一気に勢力を拡大し、中国を統一する。


しかし、ほろびた明の中に、
「鄭成功(ていせいこう)」という軍人がいた。

彼は、明滅亡後も、
満州族などに中国が支配されるのは許せん、として、
抵抗していた。

1661年、
鄭成功は、台湾を中国奪還(明朝再興)の拠点とすることを目指し、
当時、まだ台湾を支配していたオランダと戦争をし、これに勝利する。

以後、しばらくの間、この
鄭成功の一族による台湾統治が続いた。

・・・

1683年、
清は、鄭成功の子孫たちに勝利し、
台湾は以後、清の支配下に入る。

実は、これが、
台湾が、中国の政権によって、支配されるようになった
最初なのである。


つまり、台湾は、中国のすぐそばにありながら、

小さいこと、
暑くて住みにくいと思われていたこと、
資源がほとんど何もとれないこと、
教育などが進んでおらず野蛮であると思われていたこと、
などの理由で、

相手にされておらず(重要だと思われておらず)、
中国の支配下に組み入れられたことは、なかったのである。


驚きである。


なんでかというと、

台湾よりも、はるかに中国から遠い、
日本の「邪馬臺国」(やまたいこく)が、
中国(当時は、魏(ぎ))に朝貢(ちょうが)して、
国(魏の属国?)として認めてもらったのは、
紀元後266年である。

で、
台湾が、中国から認めてもらった(相手にしてもらった)のは、
その、1400年以上も後(あと)、ということになる、からだ。

(逆にいえば、現在から、わずか、326年前、である。)


(つまり、中国と台湾の(オフィッシャルな、正式な)関係は、
 意外なことに、
 326年しか、歴史がない、ということになるのだ。)


・・・

ともかく、
1683年、
(満州族が作った国である)清は、

今後、
中国本土のほうで、漢民族などによる反乱が起きないように、
明時代に官僚として働いていた漢民族の人たちを、
大量に台湾に移動させた。

(みんな、男であった。)
(妻子は、中国本土に残された。)

その直後に、さらに念のため、
中国本土と台湾との、人の移動を禁止した。

このため、
この頃、清政府によって台湾に送り込まれた漢民族の官僚たちは、
台湾原住民の女性と結婚(再婚)をし、
それが、現在のマジョリティーとなる台湾人を作っていったと
考えられている。

この頃、誕生した、
中国本土の人と、台湾原住民との混血の人たちを

「本省人(ほんしょうじん)という。


以後、しばらく、この状態が続いた。


(こんため、本省人が、本当の台湾人である、
 というアイデンティティーを持つ人も増えた。)



・・・

そして、
1894年、1895年、
日清戦争が勃発する。

日本は、清に勝利したことにより、
台湾などを割譲された。


(この時、清政府が、あっさり台湾を日本にくれた理由が、
 上述したように、
 台湾は、小さくて、暑くて、資源はなくて、・・など、
 役に立たない島だ、と思うから、日本にあげてしまえ、
 と、考えていたことが、
 はっきり文書の記録として残っている。

 この記録が残っていることが、後述する、
 台湾が、中華人民共和国に服従せず、
 独立するべきだ、という人の、根拠(恨みのもと?)になっている。)


その後、
台湾内で、日本による支配に対して
抵抗運動は、いろいろあったが、
基本的に、この「日本の台湾支配」は、
1945年の、
日本の第二次世界大戦の敗戦まで続いた。


・・・

この頃、中国本土で、大きな動きがあった。

日清戦争の敗北などでわかるとおり、
この頃の清は、国力を失っており、
ヨーロッパ諸国や日本の
半植民地、となっていた。

このような国状を憂(うれ)えた
伝説の英雄、
「孫文(そんぶん)」は、

1912年、「辛亥革命(しんがいかくめい)」を起こし、
中華民国を誕生させる。

(孫文は、三民主義、というものを提唱し、
 民族・民権・民生を、スローガンにしていた。
 とにかく、民のための国を作る、という方針で、徹底していた。)

(アメリカのリンカーンの言っていた、
 人民の人民による人民のための政治、とは
 似て否なるものである。
 詳細は、また今度。)


(ちなみに、孫文は、
 中国人からも、台湾人からも、両方から尊敬される、
 唯一の存在であり、
 中華のスーパースターである。
 ただし、漢民族に対してのみ、であるが。)


・・・

1927年から、
中華民国の中で、

(孫文の部下だった)
蒋介石(しょうかいせき)の率(ひき)いる、国民党と、
毛沢東(もうたくとう)の率いる、共産党が、
内戦を始めた。

これを、「国共内戦(こっきょうないせん)」と言う。

国民党は、資本主義よりなので、アメリカなどが支援し、
共産党は、もちろん、ソビエト連邦などが支援した。


・・・

最初は、国民党のほうが、圧倒的に優勢だったのだが、
蒋介石のとった政策には、いろいろ問題があり、

(具体的には、
 孫文亡き後、自分が後継者に収まるために、
 蒋介石は、いろいろな政治工作など、汚いことをやり続け、
 このため、国民党は、右派と左派に分裂して抗争を始め、
 その別れた左派と共産党が団結していってしまった。)


国民は、内戦により、非常に貧しい状態が続いたため、
「これだったら、共産主義の、みんな平等のほうがいいや」
と、多くの人が思うようになった。

結局、
1949年に、

毛沢東の共産党は勝利し、
「中華人民共和国」を、中国本土に誕生させる。


敗れた、蒋介石の国民党(右派)は、
台湾に逃げた。


このため、この1949年以後、

台湾にある、国民党の「中華民国」(1912年〜現在)

中国にある、共産党の「中華人民共和国」(1949年〜現在)
が、
同時に、存在していることになる。


これを、「二つの中国」という。

この状態は、今でも続いている。


・・・


中国本土の国力および軍事力に比べれば、
台湾の国力および軍事力など、
「屁(へ)」のようなものである。

中華人民共和国は、台湾を、ひと思いに、
もみつぶそうとした。

が、できなくなったしまった。

それは、朝鮮戦争が勃発したためだった。

・・・

1950年に朝鮮戦争が始まり、
1955年に、一応の停戦となるが、

この時、当初、
朝鮮民主主義人民共和国(俗に言う北朝鮮)のほうが、
大韓民国(俗に言う韓国)よりも、
圧倒的に優勢だった。

これを見たアメリカは、
「このままでは、東アジアが、全て共産主義になってしまう」
と思い、
韓国と台湾を守ることにしたのである。

このため、
朝鮮戦争は、膠着状態となり、
台湾をめぐる問題も、膠着状態となった。

だって、
流石の中国も、核兵器を持つアメリカと一戦するほどの
勇気はなかったからだ。


・・・

1971年、
国際連合が、
中華民国(台湾)から中華人民共和国に
中国の代表権を、移行した。

これにより、
中華人民共和国が、一応、本当の中国となり、
国として認めてもらえることとなり、
台湾(中華民国)は、孤立してしまった。


(台湾は、国連から蹴りだされ、
 同時に、ほとんどの国は、
 台湾との国交をなくし、
 代わりに、中華人民共和国と国交を結んだ。)


現在、
台湾と国交を結んでいる国(国として認めてくれている国)は、
一応、約二十ぐらいはあるのだが、
いずれも、アフリカや中南米の小国であり、
ほとんと国際的な影響力は、ない。

・・・

一方、年々、
中華人民共和国の、GDPと軍事費が増大してゆく中、
アメリカは、現在、
仮想敵国を、ロシアから、中国に移し、
警戒してる。

このため、
台湾の位置は、日本と同じように
「不沈空母」
として重要であると考えており、
(表だっては表明していないが)
裏で、事実上、
アメリカは、
台湾を軍事的に強力に支援している。


・・・

ところで、戻って、

1949年に、共産党に敗れたため、
台湾に逃げきた
蒋介石の国民党の人たちは、
かなりの人数だった。

この人たちを、「外省人(がいしょうじん)」という。


いきなりやってきて、政府を作り、
偉そうにしているので、
基本的に、もともといた
「本省人」(上述)とは、仲が悪かった。


おまけに、蒋介石は、
やがて、中国本土を、われわれの手に取り戻すんだ、
ということで、
(今の、朝鮮民主主義人民共和国(俗称は北朝鮮)のように)
戒厳令をしき、
情報の統制、マスコミの統制、教育の管理、などを行った。


(要するに、
 政府に都合のいいニュースだけをマスコミに流させ、
 インターネットなど、もちろん禁止、
 学校では、蒋介石と孫文をあがめる授業をさせて、
 お前たちは中国人だ!、だから将来、中国本土に攻め込むんだ!、など。)


要するに、
民主主義とはほど遠い、独裁政権が始まってしまったのだ。


・・・

1990年代から、ようやく台湾は、民主化されてゆき、
1996年に、初めて、民主的な選挙で、総統が選出された。

以後、現在、二つの大きな政党がある。


民進党: 中華人民共和国が嫌いで、台湾を独立させたい。
     できれば、中華民国として国連に認めさせたい。
     無理なら、台湾として国連に認めさせたい。

国民党: 中華人民共和国と、仲よくし、
     最終的には、いっしょになってしまおう。
     なんとか、香港・上海のような感じで、
     資本主義で市場経済のまま、経済特区、として、
     中に入れてくれるといいな。


というのが、非常におおざっぱな、
二つの政党の方針である。

要するに、国民党のほうは、昔とすっかり、
方針が変わってしまったのだ。
180度、違う。


(その経緯は、ややこしすぎるので書かない。)


・・・

ともかく、一つ、はっきりしていることは、

中国本土にある中華人民共和国は、

「台湾が、独立を宣言したら、
 (それが中華民国の名称であれ、台湾の名称であれ)
 ただちに、攻撃をしかける」

と宣言している、ということ。


中国が本気になって攻撃した場合、
台湾など、
三日どころか、3時間(?)で壊滅すると言われており、

台湾の一般市民は、それを知っているので、
独立を望む人など、ほとんどいない、のである。


また、
蒋介石の時代に、洗脳教育を受けた世代や、
その前の世代の、
実際に中国で生まれて、台湾に逃げてきた人は、
自分は「中国人だ」という
アイデンティティーを持っているが、

最近の若い人は、
自分は「台湾人だ」と思っており、
今さら、中華人民共和国に入るのも変だし、
かといって、
独立するために、
中国本土と、「ことを起こそう」とも思っていない。


(ちなみに、台湾は、これまで、
 オランダ、日本、満州人の作った清、など、
 外来政権に支配されてきた歴史が長いため、
 中国への帰属意識は、もともと薄い。
 また、
 考えようによっては、
 1949年にやってきた蒋介石の国民党も、
 外省人という、外来政権である。
 このため、
 外来政権に支配されることに、
 慣れてしまっている国民性のため、
 植民地のような(国でない)状態であることが普通であったので、
 今の台湾が、国でも地域でもない、中途半端な状態なことも、
 あまり、気にならない、ようなのである。)


と、いうわけで、台湾の人にとって、ベストなのは、
「現状安定」
であり、

今のまま、(独立した)国でも(中国本土に所属する)地域でもない、
よくわからない状態のまま、
細々と、国際社会で生きていく、ということなのである。


よって、現在の総統は、国民党から選ばれているが、
二大政党は、どちらも、国民の顔色をうかがいながら政策を作っており、
(日本の自民党と民主党のように)
両者の差は、それほどはっきりはない、状況になっていっている。

(基本的には、どちらも、やや親中国派、になっている。)


・・・

ただし、
中国本土にある中華人民共和国は、
もともと大国であることに加えて、

毎年、10%以上の経済成長を誇り、
そこから多額の軍事費を捻出している。


よって、台湾の人の中には、
少なくとも、これからの50年ぐらいの間に、
中華人民共和国は、台湾を呑み込んでしまうだろう、
と言っている人も多い。


・・・

さて、こんな不安定な国に暮らしているのだから、
さぞや、台湾の人は、暗いのだろう、
と思うと、
全然、そうではない。

非常に明るく、情熱的な人が多い。
そんな印象がある。



すくなくとも、今日までの五日間の滞在で、私はそう思った。

















・・・

補足:
台湾と国交のある国は、現在23?

[オセニア] 
パラオ、ツバル、マーシャル諸島、ソロモン群島、キリバス、ナウル。

[中南米]  
セントルシア、グアテマラ、パラグアイ、ベリーズ、エルサドバズル、セントビンセントおよびグレナディーン諸島、ハイチ、ニカラグア、ドミニカ、ホンジュラス、パナマ、セントクリストファー・ネーヴィス。

[アフリカ] 
ブルキナファン、サントメ・プリンシベ、スワジランド王国、ガンビア。

[ヨーロッパ]
バチカン市国。


・・・

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