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現在、入院中なので、
たまには、思いっきり暗い内容を書きます。

私の心の、ネガティブな側面の話なので、
あまり読んで気分のいいものでは、ないと思います。

それでも、あえて、
人間「山本敏晴」の「闇(やみ)」を知りたい人だけ
読んで下さい。

一言でいえば、
思春期の悩みから始まる、私のゆがんだ「死生観」の話です。

(客観的に見れば、よくある話にすぎないかもしれません。)


倫理教育上は、よくない内容なので、
若い人は、なるべく読まないで下さいませ。
















・・・・・・・・・・


年(とし)とともに、

誰もが子どもに返ってゆく、

と人は言う。


けれどそれは多分、『ウソ』だ。


思い通りに飛べない心と

動かぬ手足。


抱きしめて燃え残る夢たち。


様々な人生を抱いた『療養所(サナトリウム)』は、

やわらかな日溜まりと

悲しい静けさの中。




さだまさし 作詞・作曲 「療養所(サナトリウム)」

http://www.youtube.com/watch?v=rZ8etFEE2xY


・・・

中学生から高校生にかけて、
やりたいことが見つからず、もんもんとしていた頃、

それに「とどめ」をさすように、

「アトピー性皮膚炎」と
「アレルギー性鼻炎」を発症した。


アトピー性皮膚炎は、
私の肌をボロボロにしていき、

それを友達に見せたくない、というコンプレックスを
心の中に作っていった。

だから、友達とお風呂に入るのを極力避けるようになった。


アレルギー性鼻炎は、
鼻水が止まらないだけではなく、

副鼻腔炎(昔の、蓄膿症)を起こし、
私の頭を、ぼーっとさせるようになり、

授業中、集中できなくなってしまい、
唯一のとりえだった、学校の成績を大きく下げた。

高校時代、360人中、ビリ近くまで成績は落ちた。


やりたいことも見つからず、
なんの取り柄(とりえ)もなく、

ただ家と学校を往復し、
ぼーっとし、

そして「俺は最低だ・・」と思う日々。
その繰り返し。


そんな頃、
ラジオから流れてきたことがきっかけで
効くようになったのが、
「さだまさし」の曲だった。


彼の作った歌で印象に残ったものはたくさんあり、
私は、数十曲を暗証している。

それぞれの曲を、何百回も聞いたからだ。
カラオケにいけば、歌詞などみないでも歌える。


そんな私の、心の奥深くまで入ってきたのが、
最初に掲載した「療養所(サナトリウム)」という歌の歌詞である。


・・・

人間は、必ず、死を迎える。

また、死ぬだけではなく、
必ず、老いてゆく。

年をとれば、
体が、手足が、動かなくなってゆき、
病気をかかえるようになり、

なによりも、心が夢を追って飛べないようになる。


そういう日が、いつか、私にも来る。


まだ、
自分の夢すら見つかっていない、思春期の私は、
(ずっと先に起こるであろう)
そうしたことを考え続け、暗く落ち込んでいた。



「人間は、そうまでして、どうして生きるのだろう?」




この質問に、答えなどあるはずもなく、

私はひとり、悶々とし、

一時期は、自殺ばかり考えていた。



しかし、
ある日、こんなことを考えた。


どうせ、死ぬ。
自殺してもいいし、自然の流れで死んでもよい。

どちらも「あり」である。


ただ、もし、どうせ自殺して死ぬのならば、
あと1年だけ、
全力でがんばってみよう。

もし、この1年やってダメだったら、
諦めて、本当に自殺しよう。


どうせ、死ぬんだ。
何も恐れるものは、ない。

友だちに嫌われようが、
だれかに馬鹿にされようが、
かまうことはない。

ほおっておけばいい。


残りの1年間の人生だけを考え、
その間、全力で生きよう。
自分のやりたいことを、やってみよう。



これが、私が最初に作った、
自分の人生の、「予定」だった。


こうして、「私」という人間は、動きだした。

屈折した思春期の底で。


・・・

なりふりかまわず、
全力でがんばったところ、
ちょっとだけ、良い結果がでた。

だから、その年(とし)は死なず、
翌年もがんばることにした。


次の1年も、メチャクチャ、がんばったら、
またちょっとだけ、良い結果がでた。

だから、死ななかった。


そして次の1年も・・



こうして、
私は、「自殺」という選択肢を
選ぶことは、これまでなかった。


・・・

そんな中、一方で、時間はどんどん流れ、
もちろん、私は、
老いていく。


「予定」どおりに。


1985年、学生時代、
椎間板ヘルニアを発症し、
以後、腰痛と下半身のしびれが持続。

2002年、アフガニスタンでの
国際協力活動の時、事故で、
右腕が動かなくなり、
その後、一応、回復するも、
握力等が半分もなくなってしまう。

2007年、持病のアレルギー体質により、
気管支喘息が増悪し、
さらに、
喉頭の浮腫(声帯のむくみ)が生じ、
体調によっては、かすれた声しか、だせなくなった。

(このため、
 仕事の一つである「講演」をするのが、やや難しくなった。)


(しかし、こうしたことが徐々に起こっていっても、
 私は、基本的に、平静だった。

 さだまさしの「療養所(サナトリウム)」を聞いて以来、
 自分にいつかこうしたことが起こることを
 知っていたからだ。

 またそれが将来起こることを、
 私は、これまで片時(かたとき)も、忘れたことはなかった。)



そして、

2009年11月、
最近、なんども舌を噛むな、おかしいな、
と思って、自分の舌を触って調べたところ、
その真ん中のあたりに、「しこり」を見つけた。


「腫瘍」だった。



・・・

その後、いろいろ検査を受けた結果、

2009年12月21日に都内某病院に入院し、
手術をすることになった。


このような経緯になったが、
本人である私は、
普段とあまり変わりない精神状態である気がする。


「予定」されていたものが訪れたものだと考えている。


(生きている限り、必ず「それ」(死と老い)は起こるのだから。)




ともかく、
舌の手術をして、舌を削ることになるので、
今後、発音・発語・発声を含めた、
いくつかの障害が起きる可能性がある。


なお、手術は、
全身麻酔で行うが、

麻酔事故自体で死亡する確率は、
一般的にいって、
1万分の、6前後である。


・・・

というわけで、
今後、ブログが更新されなくなることが
もしかすると、あるかもしれない。

また、

私が、この世からいなくなった場合、
「ある本」が、
出版社から自動的に発行されることになっている。


実は、かなり前から、そのように手配しておいた。



いや、





「予定」しておいたのだ。 全てを。  あの、思春期の昔から。



















療養所(サナトリウム) さだまさし

http://www.youtube.com/watch?v=rZ8etFEE2xY