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「何かいい物語があって、

 それを語る相手がいる限り、

 人生、捨てたもんじゃない。」



"You are never really done for ..

.. as long as you have got a good story ..

.. and someone to tell it to."




この言葉が口癖だった、ある男の伝説を、
今日は、お伝えしよう。

「この世に存在しなかった」ある男の物語を。


・・・


西暦1900年。

イギリスからアメリカへ、
大量の移民たちを輸送するために、
年に5回、海の上を往復する、大きな船があった。

毎回、2000人もの人が、大西洋の上を運ばれてゆき、
やがてニューヨークに着くと、
人々は「歓声」をあげ、船から駆け下りていった。


ある日、
その船の中に、一人の赤ん坊が
捨てられていた。

ニューヨークで新しい生活を始める時に、
邪魔になると思った移民の誰かが、
船の中に置いていったのだろうか。


船員の一人が、その赤ん坊を拾った。

もちろん、その子を捨てた移民を探すすべはなく、
しかたなく、彼は自分で育てることにした。


その赤ん坊につけられた名前が、

「1900」(ナインティーン・ハンドレッド)


新しい世紀の始まった、その年の名だった。



・・・

この移民船の船員たちは、
協力して、この子を育てた。

親もなく、学校もない場所で、
それでも子どもは、すくすくと育った。


この船には、楽団があった。

長い航海の間、客たちを飽きさせないために、
ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、トランペットなど、
十人ほどで構成される、
けっこう大きな楽団だった。

その子は、
その中でもピアノが大好きで、
その音を聞き、音色の組み合わせを聞き、その躍動を聞き、
音楽を体で覚えていった。


楽譜もない、この船の中で、
すべてを聞いて覚え、

ある日、彼は、それを真似して、弾(ひ)いてみた。


学校のない、この船の中で、
ピアノの調べ(しらべ)が、
唯一の「教科書」だった。



・・・

また、この子は、
一度も、船から降りたことはなかった。

だから、
イギリスにも、アメリカにも、市民として
登録されていない。

よって、戸籍も市民権もない。

だから彼は、正式には、
「この世に存在していない」、
子どもだった。


それでも彼には、人々から呼ばれる「名前」がある。

それが、

「1900」(ナインティーン・ハンドレッド)



・・・

青年に達すると、
彼は素晴らしいピアニストになった。

クラッシックを覚え、
そこから派生させる音楽、
すなわち、
自己流のジャズを「作曲」し、同時に「演奏」する。

ピアノを弾きながら、
「無限」に作曲をしてゆく彼は、
まぎれもない、天才だった。


ピアノの「88個の鍵盤」の上を指がすべり、
そこから毎日、
聞いたこともない音楽が生み出されてゆく。


それを聞く移民たちは、狂喜し、
目を丸くし、
耳をそばだて、
彼の音楽を、心に刻みつけた。


二度と同じものを聞くことがない、

「常に一度だけの演奏」

「常に一度だけの感動」。


鍵盤の上には、彼の無限の可能性が
「住んで」いたのだ。


・・・

そんな彼も、
ある日、
通りすがりの移民の女性に恋をし、

それがきっかけで、ついに、
陸地へあがってみたくなった。

彼女のいる、憧れのニューヨークへ。


しかし、
テロップを降りかけた彼は、
そこで、長らく考え込み、
結局、船を降りることは、なかった。


そして、時は流れた。



・・・

数十年が経ち、
船は老朽化して、壊すことになった。


いよいよ、降りなければならない船の中で、
彼、すなわち、
「1900」(ナインティーン・ハンドレッド)は、
あの日、ニューヨークに降りなかった理由を
語りだす。




「あの大きな街に・・

 終わりが見えなかった。


 終わりがない。

 端っこ(はしっこ)がないんだ。


 船を降りる、タラップまでは良かった。

 さっそうとコートを羽織り、帽子をかぶって、

 カッコいいんじゃないかと思った。


 タラップを降りることは、平気だった。

 それは問題では、なかった。


 問題は、目に映ったものではなく、

 「目に映らなかったもの」なんだ。


 わかる?


 あの巨大な都会・・

 そこには、すべてがあった。


 しかし、終わりがなかった。

 端っこが、なかった。
 

 すべてのものの行きつく先が見えなかった。

 世界の終わりが。


 ピアノは違う。

 鍵盤は、端っこから始まり、端っこで終わる。

 鍵盤の数は、88と決まっている。


 ピアノは、無限ではない。


 その代わりに、

 「ピアノを弾く人間が無限」なのだ。


 人間の奏でる(かなでる)音楽が無限。

 それがいいのだ。

 納得がいく。


 あのタラップで、目の前に広がっていたものは、

 際限なく続く、何千万、何億という鍵盤だった。


 無限に続く、端っこのない鍵盤。

 あらゆる種類の、はてしないもの。


 ニューヨークという、巨大な鍵盤の上で、人間が弾ける音楽はない。

 あれはきっと、「神のピアノ」だ。



 もともと僕は、誰にとっても存在しない人間だ。

 ただ、僕は、

 僕のピアノを聞いた人の、記憶の中だけに住む、幻影。

 有限の鍵盤の上を歩き、そこから降りることをこばむもの。

 それが、僕。


 愚かだと思うかい? それとも・・



 

 しあわせだと 思うかい?



 


















海の上のピアニスト 予告編
http://www.youtube.com/watch?v=TzleAV3CqGo

Legend of 1900 - Playing Love
http://www.youtube.com/watch?v=lgXW6XDnhXA

The Legend of 1900 - Trailer
http://www.youtube.com/watch?v=LA8v9MamhJE






補足1:

海の上のピアニスト
は、
1998年のイタリア映画。

英語の題名は、
The Legend of 1900

監督 ジュゼッペ・トルナトーレ

主演 ティム・ロス

原作 アレッサンドロ・バリッコ



補足2:

有限の鍵盤の上を歩いているのは、
主人公の彼だけではない。

人間は、なんらかの社会的な制約のために、
自分の住む場所にしばりつけられることが多く、
そこで生きてゆく。

また、そもそも人生には、
(長くても)80年前後という
有限の時間の長さがある。

いずれにしても、
なんらかの「端っこ」のある世界で
人は生きてゆくのだと思う。


もし、その「端っこ」がなくなり、
宇宙の果てまで行けるようになり、
無限に生きられるようになったら、
人は、どのように生きてゆくのだろう?

それは素晴らしいことかもしれないが、
もしかすると、
恐ろしいことかもしれない。

例えば、「死ねない」人が、
もし本当にいた場合、
その人は、どのような苦悩をかかえて生きるのだろうか・・

まったくわからない。


一つだけ言えることは、
それがもし、そうなった場合、

それは、もう、「人間の生き方」ではない、のだと思う。

だから、この映画の主人公の生き方は、普通なのかも、しれない。



補足3:

ちょっと、英語の勉強。


「何かいい物語があって、
 それを語る相手がいる限り、
 人生、捨てたもんじゃない。」

"You are never really done for ..
.. as long as you have got a good story ..
.. and someone to tell it to."


この中の、
You are never really done for ..
の部分は、より直訳風にすると、以下。

「(自分の人生)のために、あなたは、まだ、
 (やるべき仕事)を、終えてはいない」



さて、私は、どうかな?

まだ、やるべき仕事を終えていないかな?


私の乗っている「船」の「端っこ」は、
ずっと前から、見てきたつもりだったんだけど・・