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440万年ぐらい前、
人類がまだ、猿だったころ。

猿は、10〜30匹ぐらいが集まって暮らしていたが、
その中で、体が大きく、力の強いオスの猿が、
群れの「ボス」になった。

誰がボスになるかを決めるのは、
ボスになりたいやつ同士がケンカをして、
勝ったほうがボスになる、
という極めて単純なシステムだった。


社会構成は、
ボスとそれ以外。

それだけだった。


・・・

240万年前、
石器を作り、それを使う、最初の人類が誕生した。

これにより、狩りの効率がよくなり、
石器を作るのがうまい人は、
社会(群れの中)で一定の地位を得るようになった。


170万年前、
火を使う人類が誕生した。

火は「拝火教」などの宗教を産み、
社会に、祈祷師(きとうし)、巫女(みこ)などの役職を産む。


こうして社会構成は、
ボス、
祈祷師、巫女、
石器を作る職人、
その他の人々、
以上の4つに増えた。



・・・

1万2千年前、
人類は、農耕を始めた。

ここまでに既にできあがっていた社会階層が、
この農耕の誕生によって、さらにはっきり確立されてゆく。


権力者(ボス)は、
一般市民(その他の人々)を農業に従事させ、
収穫高のおよそ半分を献上させる仕組みを作った。

従わない一般市民は、暴力で罰を与え、
時には、見せしめのため、殺害し、
恐怖で権力を印象付け、一般市民に納税を義務づけた。

このシステムを作るため、
ボスには、
たくさんの部下が必要になった。

一般市民から、米などを徴収する係り。(役人)
集められた米を、貯蔵する係り。(大蔵省、財務省)

従わないものを罰する係り。(警察)

隣りの地域の権力者(ボス)が、
自分の地域に侵入したら撃退する係り。(軍隊)


こうして、国の原型ができあがってゆく。


社会の構造は、飛躍的に複雑化した。


・・・

数千年前、
めずらしい貝殻や、鼈甲(べっこう)などを使って、
米などの一定量と交換するシステムが生まれた。

「お金」(貨幣(かへい))の誕生である。

権力者たちは、
米などと交換できる価値のある、
貝類、べっこう、鯨(クジラ)の歯、などを集め、
お米などを安定して確保できるようにした。

自分の子々孫々も豊かであり続けられるように。

(財力は権力を産むことから、)
自分の子どもが、権力を引き継ぐことも、容易であるように。


・・

お金が使われだしたことにより、この時期に、

権力者は、遠くにいる人々も
自分の意思に従わせることができるようになった。

大量の重い米を、遠くまで運んで与えるのではなく、
(軽い)貝殻やべっこうを渡し、
その代わりに命令を聞かせるシステムを作った。


こうして、遠くの地域を支配する方法が確率する。


地方自治体の誕生だった。


国と地方自治体。
権力の構造は、現代に近いものになっていった。


・・・

紀元前3500年に、
まず、メソポタミア地方において、
楔形文字(くさびがたもじ)が発明される。

「文字」の誕生だ。


(その後、四大文明のそれぞれで文字が誕生する。)

これらにより、
農業技術を後世に伝えたり、
宗教行事の作法などを、
後世に伝えることができるようになった。

さらに、
その国の歴史を、書いて残すことが始まる。


歴史には、本当のことだけでなく、ウソも書かれた。

権力者は、自分の偉大さをたたえさせ、
かつ、
自分は神の子孫である、などということを示す、
フィクション(創作)の物語を作った。


これらにより、さらに権力者の権威は
ゆるぎないものとなる。


・・・

紀元前2000年の古代ギリシアの哲学者たち、
また
紀元前770年からの中国の春秋時代の諸子百家など、

権力者に使える官僚(役人)の中で、
過去の歴史を暗記するのが得意な人や、
王に都合のよい、架空の歴史を著作できる人が
重用された(重くもちいられた)。

そうした人々は、
国の運営方針などを、
権力者に進言(しんげん)するようになった。

政治学、哲学、宗教が組み合わさったような
「学問」あるいは「思想」が誕生する。

孔子(紀元前551‐479年)などは、最も有名な人物の一人。
彼は、「儒教」を生みだす。

この儒教に代表されるように、
「権力者が、いかに愚かな一般大衆を
 効率よく支配できるようにするか」
というのが、当時の「学問」の中心だった。


・・・

その後、
ヨーロッパの中世(西暦476-1453年)において、
「封建制度」が長く続いた。

土地の所有権を根幹に置いた、
国王・領主・家臣という主従関係が基本であった。


この中世の後半、15〜17世紀に
大航海時代とよばれる、植民地の取得合戦が始まる。

安定した財源と、安定した権力を獲得した、
ヨーロッパの権力者たちは、
自分たちのさらなる発展を求めて、
国外に「何か」を求めた。

アフリカを始めとする多くの国々が、
ヨーロッパの植民地とされ、
土地の農作物、鉱物資源、奴隷などを
ヨーロッパやアメリカ大陸に輸出する仕組みが生まれた。


次いで、
16〜17世紀のヨーロッパにおいて、
「絶対王政」の時期が訪れ、
国王のもとで、強力な中央集権体制がとられる。


・・・

250年前(1760年代)、
ついに、イギリスで、「産業革命」が起こる。

アフリカなどから送られてくる、
農作物や、鉱物資源を原料とし、
それを加工して商品を作り、売ってもうける。


この現象が、以後ずっと続くことになり、
「世界の経済格差」は広がってゆき、
先進国と途上国、という言葉が生まれるようになる。


また、一方、ヨーロッパの社会では、
工場や会社、商店で働く人が増えていったため、
文字の読み書きや、算数のできる人の需要が増し、
社会に「学校」が多数建設されるようになる。


一般民衆のための「教育」の普及が起こった。


しかし、
それが、どのような「教育システム」であれ、
その教育システムに適応できる子
(いわゆる勉強のできる子)は、社会の成功者になり、
適応できない子は、社会の落ちこぼれになってゆく
(という現象が、この頃から始まる)。


高学歴の子どもが、良い企業に就職でき、
お金持ちになってゆく構図が、
この頃、完全にできあがってしまった。


(このように、教育、というものは、
 諸刃の剣(もろはのつるぎ)であり、
 社会を発展させると同時に、
 社会の中の経済格差をかえって広げる側面もある。)


・・・

産業革命の各国への広がりにより、
中産階級であった、商人たちが、
工業製品を売って儲け(もうけ)、
金(かね)を貯蓄することによって、
社会的な権力をどんどんつけてゆく。

いわゆる、「ブルジョワジー」の台頭だ。

ブルジョワジー(裕福な商工業者)は、
当時、税金をまぬがれていた貴族に不満を持ち、
社会の体制がおかしいと思うようになり、
「絶対王政」の打倒を考えるようになる。

こうして、「フランス革命」に代表される
民主革命が起こる。


しかし、
できあがった社会は、
「過去の歴史的な権威で支配していた王政」
に変わって、
「現在、経済力を持つブルジョアジーによる支配」
だった。

(決して、民主的な社会、というわけではなかった。)


こして、(先進国側の)近代国家には、

ブルジョアジー(裕福な商工業者)と、
プロレタリアート(貧しい賃金労働者)

という二つの階層ができた。


・・・

一方、途上国側にも、変化が起きていた。

アフリカなどの植民地でも、
先進国からきたヨーロッパ人に
その国の統治をまかされた(一部の)現地の人々が、
権力を握ってゆく。

また、同時に、
農作物や鉱物資源を輸出することで、
その一部のアフリカの人々は、
巨万の富を得てゆく。

こうして、途上国にも、
貧富の差が、広がった。


(一般の人は、よく誤解しているが、
 アフリカなどの途上国に住んでいても、
 その裕福層の人々は、
 日本などの貧困層の人々よりも、
 はるかにお金持ちであり、
 そうした人々に援助をしてあげる必要など、
 まったくない。)


・・・

二つの世界大戦が終わった後の、西暦1945年。

アメリカを中心とする国際連合は、
疲弊したヨーロッパの復興を目指すことになり、
このため、
「国際協力」と呼ばれる分野が誕生する。

また、
日本やドイツなどの国々が、
戦争の賠償責任として、
迷惑をかけた国に、お詫びの援助をする、
という形での「国際協力」も始まった。


国連は、ヨーロッパの復興が終わった後、
徐々に、アフリカやアジアの貧困の問題にも
取り組むようになる。


・・・

途上国に対する援助は、
それが、
(複数の国の予算からなる)国際連合であれ、
(一つの国の予算からなる)政府開発援助(ODA)であれ、
国際協力は、大筋で、次のような形で行われる。


国連または、先進国から来た、
国際協力の担当官たちが、
その途上国の首都などにおいて、

(上記の経緯で、既に)
裕福になっている途上国の支配層から、事務所や家々を借りる。

(信じられない高額の値段で、事務所や家を借りる。)


通常、途上国の物価は、
先進国の5分の1から、20分の1の間である。
よって、普通、月収で、
1〜2万円あれば、十分生活できる。

家賃は、2〜3千円が普通である。


ところが、国連または先進国から来た
「愚かな」国際協力担当官たちは、

なんと、
(既に裕福になっている)途上国の支配層に、
数十万円〜百万円ほどの家賃を、毎月払い、
ますます途上国における、貧富の差を拡大させる。

(実際、これはしょっちゅう行われている。)


さらに、国連または先進国が、
途上国に学校などを建設する時も、
(既に裕福になっている)途上国の支配層が
経営する建設会社に、その建築を依頼する。

このため、また大量の金が、
途上国の裕福層のほうに流れる。


また、国際協力団体は、
必ず、途上国においても、その活動のために人を雇う。
スタッフを雇うのだ。

雇われるスタッフは、通常、
英語が話せて、大学を出ている、など、
高学歴の途上国の人、である。

この人たちは、上述の
「教育システム」に適合できた成功者たちである。

この人たちに、国際協力団体たちは、
10万から30万ぐらいの(高額すぎる)月給を支払う。

普通の途上国の人は、月給1万円ぐらいなのに、
その10〜30倍もの給料をもらうのである。

このため、さらに貧富の差は広がってゆく。


・・・

こうした国際協力(?)が行われている中で、
さらにとどめをさす現象が、
貧困層を襲うことが多い。

それが、インフレーション、すなわち、
物価の上昇である。


先進国の企業であれ、国際協力団体であれ、
商品や道路、学校などを作るために、
(また、そのために働く人々を養うために)
穀物や木材、砂利、コンクリート、などを
大量に購入する。

(1)
もともと途上国には、
それなりの生活をしていく分しか、
それらの資源はないのに、
外国人が、それらを買い占めるため、
まず、品物が不足する。

(よって貧困層には、食べ物などがいきわたらなくなる。)

(2)
品物が、不足すると、
(重要が増え、供給が足りないため)
経済学の基本原理により、物価は上昇する。

(これを「ディマンド・プル・インフレ」と言う。

(3)
さらに、
外国人は、その国の適正価格を知らないため、
適正な価格の2倍〜5倍でも、(ぼられても、)
気付かずに、それらを商店等から購入してしまう。

このため、ますます物価は上昇し、
貧困層の人には、到底購入できない値段にまで、
穀物などの値段が上昇する。

(米や、パンが、もはや買えなくなってしまうのだ・・)

(4)
それらに加えて、
国際協力団体たちは、
途上国にインフラ(社会基盤)を作ろうと、
道路やら鉄道などを作ろうとする。

そうした公共事業の開始を、
途上国政府に、促す(うながす)ことが多い。

しかし、途上国政府には、そんなお金(予算)はないので、
自分の国の財務省(大蔵省)で、
紙幣(お金)を大量に刷って(印刷して)お金を作る。

このお金を、またまた
(既に裕福になっている)途上国の支配層が経営する
建設会社に支払い、インフラを作れ、という。

こうした紙幣の増刷を行いすぎると、
その国にある紙幣(1枚あたり)の価値が(相対的に)下がるため、
物価は上昇する。

(これを「マネー・サプライ」の過剰によるインフレという。)


以上の、(1)〜(4)の原因などにより、
国際協力や開発を行ったために、
途上国の貧困層が、以前より、
もっと貧困におちいってしまったケースは、
ざらにある。


(よって、国際協力を行う場合、
 上記のようなことが起きないように、
 十分な注意をしなければならない。)


・・・

上記と少し関連するが、
国際協力の基本は、
「教育」だと思っている人も多いが、
実際は、
教育をすればその国の状況が良くなるとは、
限らない。

理由は、教育とは、上述のように
その「教育システム」に適合した子どもが、
社会の勝ち組になっていき、

その「教育システム」に適合できなかった子どもが、
社会の負け組になっていく現象を
引き起こすから、である。


(このため、国際協力として
 途上国で「教育」を行う場合、
 いかにこの、負け組や落ちこぼれを
 生み出さないようにするかに、
 十分な注意と配慮をしなければならない。)

(上記は、極めて難しい。
 基本的に人間は、自分さえよければいい、
 自分さえ良い教育を受けて、金持ちになれればいい、
 という考え方の人のほうが、圧倒的に多いからである。)


・・・

さて話は変わる。

1990年代になり、状況は新たな局面を迎える。
それは、
企業(会社)のほうが、国家よりも強くなってしまったことだ。


2000年に、
グローバルインクという組織が
国家のGDP(国内総生産)と企業のGDP(売上高)を比較した。

なんとその結果、
上位100位のうち、53が企業で、47が国家だった。

(半分以上が、企業だった。)


さらにこの頃、
「タックス・ヘイヴン」"tax haven"(租税回避地)
(税金がないか、または税金が非常に低い国や地域)
を利用した、企業の金儲けが、流行する。

(モナコ、バミューダ諸島、ケイマン諸島など)

この「タックス・ヘイヴン」を
直接および間接的に利用した、企業の戦略が始まる。

簡単にいうと企業は、
次のような方法で、
国(または地方自治体)に対して、優位な立場に立てる。


「法人税を安くし、うちの会社を優遇してくれないと、
 他の国(または地域)に、会社ごと移転しちゃうよ?

 いいの?

 そうなったら、うちの企業が支払っている
 莫大な税金が、あなたの自治体は、もらえなくなるよ?

 それに、
 うちの企業が、この町にいるお陰で生じている、
 副次的な産業も、衰退するよ。

 社員たちの住居のレンタル、飲食、交通、レジャー、全部だよ。
 わかるよね?

 法人税、下げてくれるよね?」


というような、ある種の脅迫を、
企業は国や地方自治体に対してできるようになってしまったのである。


というわけで、現在、
国家よりも強くなってしまったのが、
資本主義社会の「大企業」たち、なのである。


・・・

この強くなりすぎた企業をコントロールするために
生まれた方法の一つが、
CSR(企業の社会的責任)という概念だ。

企業に、三つの原則を提案する。

1.経済(利益の追求)だけでなく、
2.環境(持続可能性)への配慮をしてもらい、
3.社会の法律を守り、社会貢献をしてもらうこと。


国連環境計画などが、
GRI
"gloval reporting initiative"
というCSR報告書の
報告の仕方のガイドラインを示している。


一方、一般の市民も、
企業の暴走を止めることに尽力する必要がある。

金儲けだけでなく、環境や社会性に配慮している
企業の商品を、優先的に買うようにすれば、

それを行っている企業は、未来に残っていき、
そうでない企業は、駆逐(淘汰)される。


これが、
「CSRに基づく、消費者の買い物の仕方」
が、重要な理由である。


・・・

繰り返すが、

現代社会は、
「教育システム」に適合した子どもが、
高学歴を得、一流企業に就職し、
お金持ちになり、権力を握る、
という構図が、基本になっている。

「教育システム」に適合できなかった子どもは、
社会の落ちこぼれになり、貧困に陥る。

よって、
もっとも重要なことの一つは、
以下のことではないか。


「子どもに教育をする時、
 教わったことを、決して、将来、
 自分のためだけに使ってはいけない。

 そうした倫理観(または道徳)を、
 勉強を教えるよりも前から教えだし、

 かつ、勉強を教えながらも、
 繰り返し、教えなければならない。」


「将来、生活に十分なお金、
 例えばそれが、
 (国民の平均年収の)550万円ぐらいだとしたら、
 それ以上のお金を稼げるようになったらすぐ、

 (教育システムに適合できず、日本で)
 貧困に陥ってしまっている人を救う活動(事業)を
 始めようとしたり、

 アフリカなどの途上国で何百年もの間、
 搾取され続けてきた、途上国の貧困層のほうに、
 援助する方法を模索しなければならない。」


「途上国にも、富裕層と貧困層があるため、
 国際協力(開発・援助)をする時に、
 途上国の格差を、かえって広げないように、
 十分な配慮と注意が必要である。」


「教育システムに適合し、その結果、
 金儲けが得意な人が集まってできてしまった集団、
 すなわち「大企業」に対しては、
 厳重な監査のシステム(制度)が必要だ。

 国連環境計画などのGRI、
 国際標準化機構(ISO)を始めとする、
 企業への監査システムは絶対に必要で、

 同時に、
 消費者のほうでも、
 良い企業と悪い企業を選別し、
 その上で商品を購入する仕組みが必要だ。」


(上記が、うちの団体、NPO法人・宇宙船地球号が
 提供している、パソコンと携帯電話で見られる、
 「商品別のCSRランキング」である。)



CSRランキング2008(パソコン版)
http://www.ets-org.jp/csr/

CSRランキング2009(携帯電話版)
http://www.ets-org.jp/csr/m/



・・・


結局、歴史を振り返ってみれば、

人間が「農業」を始め、社会に階層をつくり、
また、
文字を発明し、「教育」を始めたことが、
格差社会の原因となった「根本」である側面がある。

(それらを決定的にしたのは、「産業革命」であったが。)


つまり、極論を言うならば、
人間は、完全な「猿」まで戻らなければ、
貧困や格差はなくならない、
というのが、一つの事実である。


しかし、残念ながら、
私たちは、「文明の道」、を歩きだしてしまった。


もしかすると、人類滅亡までの時期を
早めるだけの道なのかもしれないが、
それでも、もはや、止められないのも、
一つの事実である。


止められない以上、
少しでも、その中で、「ましな道」を
選ぶ必要があるのではないか。


根本的な解決は、おそらく(永久に)できないものの、
それでも、最善の道を模索してゆきたい。


完全に、

人類という種(しゅ)の可能性に、

絶望してしまうまでは。
















・・・

関連ブログ:

人類の歴史(猿人、原人、新人)、そして 2433字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65337783.html

貧困の定義と、その開発指標 その1 8,720字 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51793984.html

貧困の定義と、その開発指標 その2 7,509字 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51817170.html

国際協力の歴史(国際機関編)その1 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65094484.html

国際協力の歴史(国際機関編)その2 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65095358.html

企業の社会的責任(CSR)とは? 6,040字 (企業の社会的責任、CSR)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/52280787.html

宇宙船地球号とCSR(企業の社会的責任)の歴史 (企業の社会的責任、CSR)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65074017.html