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私は自分の略歴に、写真家、と書いている。

しかし、自分で書いておいていうのも変だが、
かなりそれは、疑問である。


まず、写真家って、何?


写真を撮る人、であるならば、
カメラのシャッターを押すだけなので、
カメラさえ、持っていれば。
誰でも写真家である。

1歳の子どもでも、
シャッターを押すだけなら、一応、可能だ。


今どき、携帯電話にもカメラは付いているので
国民のほとんど全員が写真家になってしまう。


で、
(他の職業をかんがみた場合)
医師なら、国家試験というのがあるので、
それに合格すれば医者だから、わかりやすい。

しかし、
写真家や、フォトグラファーには、国家試験がない。

だから、誰でも
「俺は写真家だ」
と言えば、写真家なのである。

写真家、と書いてある名刺なんか作った日には、
もうそれで、十分すぎるのではないか。


しかし、
それではあまりにもいい加減すぎると思うので、
一応、
以下の「三つ」のいずれかにあてはまる人物が、
一応、本物の(??)
写真家(またはフォトグラファー)に
該当するのではないか、と思う。


(1)
写真で飯(めし)を食っている人。

飯を食っている、というためには、
毎月20万円前後ぐらい、もらっている必要がある。

しかし、最近は、不況のため、
プロカメラマンの収入はどんどん減少しているので、
実はこれは、けっこう厳しい条件かもしれない。

(プロでも、十数万円ぐらいかも・・。まじで。)

ちなみに私は、
写真絵本からの印税が、
毎年平均、年間100万円ぐらいだと思うので、
これを12か月で割ると、
月8万円ぐらいにしかならない。

だから私は、少なくとも、
プロ写真家ではないんだと思う。

(しかし、最近の不況のせいで、
 プロ写真家たちの平均年収がどんどん下がっているので、
 もしかすると、
 なんらかの写真の仕事で、
 一回でもお金をもらった(収入を得た)ことがある人であるならば、
 プロ写真家、といっていい「ご時世」になってしまうかもしれない。
 で、あるならば、私はやっぱり、プロ写真家である(??)。)
 


(2)
写真集(またはそれに類するもの)を出版した人。

自費出版でない形で、
いわゆる商業出版社から写真集を出したら、
一応、写真家かもしれない。

しかし、私の場合、「写真が入っている本」を

「写真絵本」、と称して出版しており、
「写真集」、という言葉は、使っていない。

あれが写真集だと言い張るのは、
ちょっと気恥ずかしい気がする。

(私の本は、写真絵本、もしくは、
 「フォト・ジャーナリズム」に分類されるべき本、
 という感じかと思っている。)


(3)
写真展を、カメラメーカー系ギャラリーでやった人

カメラメーカーと言えば、
キヤノンとニコンがツートップだが、
この二つは銀座などにギャラリーを持っている。

その他、
オリンパス、ペンタックスなども、
神田や新宿にギャラリーがある。

いずれのギャラリーも、年に2回程度、
(プロ、アマを問わず)作品を公募している。

通常、数百の作品が提出され、
(1年が、52週あるので)
そのうち、26〜52人の作品が選ばれ、
1〜2週間の間、
銀座や新宿で、写真展ができる。

この作品の選出は、
いわゆる写真業界で有名な「先生」たちにより、
行われている。

これに選ばれれば、一応、写真家といっても
いいのかもしれない。

(しかし、アマチュアも選ばれるので、
 プロ写真家、ということにはならないが。)


で、
これに関しては、私は一応、
あっちこっちのメーカー系ギャラリーで
写真展をやってきたので、
一応、写真家と言ってもいいのかなぁ、と思う。


・・・

・・が、
そんなことはともかく、
昨今の大規模な景気の失速により、
各企業の広告費が削られたため、
(私の師匠たちを含む)
多くのプロカメラマン(職業カメラマン)は、
かなり、切羽詰まった状況に置かれている。

つまりその、収入が激減しているのである。


要するに、何を言いたいかと言うと、
もし、あなたが今、
「写真家になりたい」などと、万が一、思った場合、

「あなたの名前」と「写真家」という文字が書いてある
名刺を作って満足するぐらいが、一番適切であり、

間違っても、
この不況の時代に、
プロカメラマンになろうなどと、
馬鹿なことを思ってはいけない、ということである。

現在、相当に優秀なカメラマンでも、
食いっぱぐれているような、ご時世だからだ。



・・・

以下、参考までに、写真家(?)
としての私の経歴を紹介する。



略歴:

1965年12月8日生

1978年、南アフリカを訪れ人種差別に衝撃を受ける。

1980年、父から、一眼レフカメラの、
    「ペンタックスMEスーパー」を買ってもらう。

    東南アジアのタイなどの写真を撮った。

1984年、大学入学後、皿洗いで稼いだお金で海外に行き、
    数々の途上国を撮影する。

    この頃は、「ニコンFM2」を使う。
    白黒写真が中心だった。

1990年、医師免許取得。

1992年、大学院に入り、論文作成の合い間、撮影の勉強をする。

    この頃から、「キヤノンEOS1(および1N)」を使う。

    ポジフィルム(スライド用フィルム)を使うようになり、
    撮影が難しいため、露出に関する技術が飛躍的に上達する。

    この頃、ペンタックス67も中古で2台購入し、中判カメラも使いだす。
    1台は改造し、その場で見られるポラロイド撮影ができるようにした。

    さらに、大型フラッシュ(プロ用の2400ワットなど4台)も入手。

    これら(中盤カメラ、そのポラロイド、大型フラッシュ)により、
    いわゆる商品撮影(ブツ撮り)ができるようになり、その技術を習得。

1996年、大学院卒業。その後、小さい病院の院長になる。

    プロ写真家の先生について、撮影の修行をする。
    この頃、大判カメラの使い方も勉強する。

1997年、「ペンタックスMZ3」を購入。
    軽いので、当時、持ち歩く時は常にこれ。

1998年、「リコーGR−1S」を購入。
    コンパクトカメラの中で最高の画質を誇る。スリランカを撮影した。

2000年、数々の国際協力団体に、同時に所属する。
    その後世界各国で医療活動の合い間に撮影を続ける。

同年、月刊カメラマン 6月号 p84 「広田尚敬大賞」を受賞。
   中判カメラ、Pentax67 II を使って鉄道写真(SL)を撮影したもの。

同年、「キヤノンEOS・D30」(安価なデジタル一眼レフ)登場。325万画素。
さっそく購入し、イランのアフガニスタン難民キャンプなどを撮影。


2001年、「ニコンD1x」が登場。530万画素。
アフリカなどに持っていき、国境なき医師団時代の活動を撮影する。


・・・


2002年、全国キヤノンンサロンで、写真展「ペルシアの末裔」を開催。
イランの写真展。これが写真家・山本敏晴のデビュー作。

同年、銀座ニコンサロンで、写真展「天寿五年の瞳」
西アフリカ・シエラレオネでの医療活動の合い間に撮影した写真たち。

同年、アサヒカメラ 2002年7月号 p85-89
「つかの間の安息 寿命35年の国シエラレオネ共和国」

同年、CAPA 交換レンズマガジン 2002 vol.4 p86-91
「イランのアフガン難民 真実を伝える写真たち」

同年、フォトテクニック 2002 7/8月号 p8-9
「Best Shop 1 国際医療ボランティア医師が撮ったイラン」


2003年、オリンパスギャラリー「平和という贈りもの」
シエラレオネが停戦となったため、人々の喜びを表す写真展。

同年、写真絵本「シエラレオネ 5歳まで生きられない子どもたち」(アートン)
文章の本「世界で一番いのちの短い国」が売れたため、写真絵本も作成した。
小学館児童出版文化賞、ノミネート作品。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4901006533/


2004年、新宿・大阪ニコンサロン「彼女の夢みたアフガニスタン」
テレビ朝日「徹子の部屋」に出演し、広報してもらった写真展。

同年、写真絵本「彼女の夢みたアフガニスタン」(マガジンハウス)
アフガニスタン難民キャンプで知り合った少女が帰国し医師となり祖国を救う。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4838714971/

同年、アサヒカメラ 2004 4月号 p31-36
「彼女の夢みたアフガニスタン」

同年、CAPA 2004 8月号 p86-89
「プロ機の光跡:ニコンD1x:彼女の夢みたアフガンスタン」

同年、NIKKOR CLUB 2004 summer (No.189) p9-12
「彼女の夢みたアフガニスタン」を掲載。


2005年、全国キヤノンギャラリー「あなたのたいせつなものはなんですか?」
カンボジアの子どもたちに描いてもらった絵と、その子の背景にある写真たち。

同年、写真絵本「あなたのたいせつなものはなんですか?」(小学館)
写真絵本・たいせつなものシリーズの第一作。カンボジア編。
小学館出版文化賞、ノミネート作品。
日本絵本賞読者賞、ノミネート作品。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4097278916/

同年、アサヒカメラ 2005 8月号 p64-68
「家族の肖像・・カンボジアより」

同年、月刊カメラマン 2005 1月号 p96-102
「カメラマン最前線:天寿五年の瞳」


2006年、ペンタックスK10Dを購入。1020万画素。
防塵防滴機構があり、軽量で使いやすいため、持ち歩き用。


2007年、キヤノンEOS−1Dsマーク3を購入。なんと、2110万画素。
商業出版に必要な、1600万画素を軽く超える解像度。


2008年、ペンタックス・フォーラム「沈みゆく島の大切なもの」
地球温暖化で沈むと言われているツバルの写真展
相模原フォトギャラリー賞、ノミネート作品。

同年、写真絵本「地球温暖化、しずみゆく楽園ツバル」(小学館)
地球に温度計が突き刺さった絵が衝撃的。私たちに、何ができるのか?
小学館児童出版文化賞、ノミネート作品。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4097262955


2009年、ペンタックスK7を購入。1460万画素。
ペンタックスでは初めてのファインダー視野率100%のカメラ。

写真絵本「ルーマニア どこからきてどこへいくの」(小学館)
協力隊のルーマニア隊員が集めてくれた絵が、あまりにうまかったので作成

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4097263730

同年、写真絵本「HIV/エイズとともに生きる子どもたち ケニア」(小学館)
母乳を飲めばHIVに感染する。しかし飲まなければ餓死。そんな子どもたち。
土門拳賞ノミネート作品。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/409726401X


・・・

2010年、ペンタックス・フォーラム

題名: 「ルーマニアの記憶・・大切なものは何?・・」


大切なことは、どこから来て、どこへ行くのか、忘れないこと。


2010年4月14日(水)〜4月26日(月)
10:30〜18:30
火曜定休、入場無料

新宿西口から徒歩5分
新宿センタービル内
ペンタックスフォーラム

http://www.pentax.jp/forum/