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2010年1月27日、
93歳の彼の、

「最後の授業」が始まった。


「最後」となる理由は、
彼が年老いて引退するからではない。


翌週、彼が「死亡するから」である。



・・・

「国際協力や開発は、
 先進国が主導するものであってはならない。

 もちろん、国連などの国際機関が主導するものでもない。


 途上国の現地の人々が、
 自ら(みずから)、どんな将来を求めるのか?

 そのために、現地の人々が「必要としていること」、
 すなわち、"needs" は何か?

 ということから考えなければならない。


 また、そうして始められた「活動」は、
 その土地の住民たちが、自ら行ってゆくべきものであり、

 私たち外国人がやるべきことは、
 あくまでその活動を、
 傍らで(かたわらで)サポートするようなもので
 なければならない。

 それこそが、途上国に、いや世界に、
 ”公正で、ずっと続いてゆく変化”を産むのである。


 私の最後となる授業をきく、
 ”若い世代”の君たちに、この言葉を贈る。


 "Just and Lasting Change"

 "for Future Generations" 」

 

・・・

今では、(国際協力の世界では)当たり前になった上記の概念を
最初に提唱したのが、この人、「国際協力の巨人」、
「カール・E・テイラー」である。

Carl E. Taylor (1916-2010年)


かつて、間違いだらけの手法で行われていた
「先進国たちが主導する国際協力」を
根本から否定し、
まったく新しい概念を生み出した男が、彼である。


1978年までの国際協力は、
以下のような誤った(あやまった)方法で行われていた。

先進国たちが、自分たちの国の
(政府開発援助:ODAの)お金を途上国へ送り、
その代わり(代償)として、

その途上国の資源(石油等)を先進国(日本など)へ輸入したり、
または、先進国の企業を途上国へ進出させたり、
あるいは
国連の常任理事国になるための票を獲得する、
といった
各国の外交政策のために行われていた。

また、そうして途上国に投資されたお金は、
途上国内で、政府高官やその親戚が経営する大企業に投入され、
途上国内で、貧富の差は、ますます広がっていってしまった。


・・・

こうした現状を踏まえて、
1960年代から、彼は、
「プライマリー・ヘルス・ケア」(PHC)
という、まったく「新しい概念」を創出した。

創出しただけではない。

彼はそれを実践し、統計学的なデータをとり、
「費用対効果」(cost effectiveness)においても、
(開発の方法論において)もっとも優れている方法が、

この「プライマリー・ヘルス・ケア」
であることを証明し、
最終的に、ユニセフとWHOに認めさせたのである。


・・・

「プライマリー・ヘルス・ケア」とは、
医者が、途上国の田舎に行って、
その地域の健康状態を改善してあげるのではなく、
(ましてや、外国人が入って何かをするのでもなく、)

地域の住民が、主体となり、
コミュニティー(目的を持った地域共同体)を作り、
その地域の、様々な問題を
「自分たちで」解決してゆく素地を作ること、である。

最初に問題として取り組まれるのは、
いわゆる「健康問題」への対策であるが、

最終的には、「貧困からの脱出」が本当の目的であり、
経済格差の是正まで持っていくことこそが、
彼、カール・E・テイラーの持論であった。


この方法論は、今、流行りの言葉となっている、
エンパワーメント(個人の能力を発揮できる土壌を作ること)
の概念も、生み出すこととなる。


・・・

プライマリー・ヘルス・ケアの実践において、
最初に取り組まれる、
健康問題の解決については、以下の8つがある。

(詳細は、以前、ブログに書いたのでそちらを参照)



ポイントは、以下は、
別に医者や看護師などが、いなくても、住民たちだけで、
十分できる対策(活動)である、ということである。

(最初に、ある程度の研修さえ行っておけば)


1.健康教育(知ることだけで防げる病気も多い)

2.栄養の改善(タンパク質やビタミンの多い食事の話)

3.母子保健(子どもへのワクチン接種と、母親への妊婦健診等)

4.一般的な病気への対策(肺炎、下痢、外傷などへの対応)

5.風土病への対策(マラリアに対する蚊帳など)

6.必須医薬品(WHOの提唱する最低必要な薬の所持)

7.環境衛生(安全な水と、衛生の確保)

8.コミュニティーに住んでいるヘルスワーカーの採用


上記の、保健医療の部分に限った、住民活動を、
「選択的プライマリー・ヘルス・ケア」
という。

一方で、
カール・E・テイラーが、もともと提唱していた、
その後、さらに、
「貧困からの脱出」と「経済格差の是正」に挑戦してゆくものを
「包括的プライマリー・ヘルス・ケア」
という。


・・・

1978年、
カール・E・テイラーは、次の宣言を草案した。

世に言う、「アルマ・アタ宣言」である。


カザフスタンの都市、アルマ・アタ(現アルマティ)において、
ユニセフとWHOの賛同のもと、
彼は、次のような「全十条」からなる宣言文を発表した。


1.健康とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態。これは基本的人権の一つ。

2.健康に関して、先進国と途上国の間の大きな「不公平」は容認できない。

3.全ての人々の健康(Health for All)を達成するため、格差を縮小する。

4.人は個人および集団として、自らの健康の実現に参加する義務と権利がある。

5.西暦2000年までに全ての人々の健康(Health for all by the year 2000)を。

6.プライマリー・ヘルス・ケア(PHC)は、それを達成する鍵となるもの。

7.保健分野だけでなく、地域の産業開発も含む(農業、教育、通信など)。

8.すべての政府はPHCを国家戦略とし、国内外の資源を活用し実現を目指す。

9.全ての国々は、個々の国に対して、奉仕の精神で協力するべきである。

10.軍備にまわされている予算を、各国は社会・経済開発に転用するべきである。



・・・

この、「アルマ・アタ宣言」宣言によって、国際協力の世界は、
ようやく正しい方向に「変化」を始めた。

1978年に、彼がこの宣言をして以来、
今でも、ずっと、
ユニセフが、WHOが、各国の政府機関(JICA、USAID等)が、
この宣言を尊重し、これに沿った国際協力をしようと努力することになった。


まさに、「ずっと続いてゆく変化」が、始まったのである。


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2010年1月27日、
93歳の彼の、

「最後の授業」の「最後の言葉」は、これである。


 "Just and Lasting Change"

(公正で、ずっと続いてゆく変化を)

 "for Future Generations"

(未来の世代のために)


















補足:

この講義の1週間後、
2010年2月4日、
カール・E・テイラーは
前立腺癌のため、永眠。

家族にかこまれ、息をひきとった。

彼は、
世界で初めて、
「国際保健」"international health"
という概念を生み出し、
その学会を作った。
(Global Health Council)

彼は、
世界で初めて、
「国際保健学部」という学部を
ジョンズ・ホプキンス大学に創設した。

彼は、
世界、70カ国以上で国際協力活動をし、
世界、100カ国の国々の生徒に対し、教鞭をとった。

著作した論文の数は、190。


国際協力の世界、最大の巨人が、逝った。

しかし、彼の残したものは、二つある。


「公正な、ずっと続いてゆく変化」

「100カ国に及ぶ、未来の世代」
である。



















参考ブログ:

プライマリーヘルスケアの歴史的背景 5,897字 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51946633.html

医者のいないところで(2004改訂) Where There is No Doctor 5656字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65325655.html

女性が医者にかかれないところで Where Women Have No Doctor 3022字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65325673.html







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参考文献

Just and Lasting Change
: When Communities Own Their Futures
Carl E. Taylor
Johns Hopkins Univ Pr; illustrated edition版 (2002/2/27)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0801868254



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参考リンク:

Carl E. Taylor, Global Health Legend, Dies
Global Health Council
http://72.3.236.96/news/article/12001

Professor Carl Taylor, 1916-2010
Johns Hopkins Bloomberg School of Public Health
http://www.jhsph.edu/dept/ih/carltaylor

CaringBridge - carltaylor - Welcome
http://www.caringbridge.org/visit/carltaylor

Carl E. Taylor
http://en.wikipedia.org/wiki/Carl_E_Taylor

Carl E. Taylor, MD, DrPH
http://www.sephli.org/meetfac/taylor_carl_e.htm

Celebrating the Life of Carl Taylor
http://www.future.org/news/20100208/celebrating-life-carl-taylor

Stories from the Field: Just and Lasting Change
http://aphaih.wordpress.com/2008/07/02/stories-from-the-field-just-and-lasting-change/

Carl E. Taylor
The founder of Hopkins' international health program
worked to improve medicine in Third World countries
http://articles.baltimoresun.com/2010-02-11/news/bal-md.ob.co.taylor11feb11_1_preventive-medicine-dr-taylor-agenda-for-health-care

カール・テイラー先生 (Carl Taylor 1906-2010)
日本赤十字九州国際看護大学・喜多悦子
http://www.jrckicn.ac.jp/cgi-bin/president-diary2.cgi/?year=2010&month=02&day=12

2010-02-09 カール・E. テイラー先生のこと
http://d.hatena.ne.jp/noriokasahara/20100209

Global CHE Networkさん「Dr. Carl Taylor」
http://ja-jp.facebook.com/note.php?note_id=448968025639&comments&ref=mf


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Michael Jackson - Heal The World
http://www.youtube.com/watch?v=DwrSVDRP-2Y