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このブログは、前回の続きです。

青年海外協力隊ケニア、エイズ対策あず帰国後その1 5224字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65434027.html


azutan21






・・・
  
山本 で、あなたはケニアだから、
   (現地に派遣される前の、事前の)合宿は、
   福島(JICA二本松)でした?

あず あ、はい。そうです。

山本 福島で二カ月半?

あず (笑)(忘れた・・)

山本 で、(合宿でおもに言語を勉強するんだけれども)
   英語を勉強する場合と、現地語を勉強する場合が
   あるんだけどもー、あなたの場合、どっち?
   スワヒリ語?

あず いや。あたしは、英語でした。

   スワヒリ語を教わる場合は、
   職種とか、(派遣される)場所とか(によって)、
   スワヒリ語しかつかわない地域の場合、
   スワヒリ語を教わることになるんですね。

   あとは、もう、英語が、ネイティブぐらい、
   全然できる人とかだと、希望次第では、
   そっち(スワヒリ語)のほうに。

山本 それ(勉強する言語)は、自分で選べるの?

あず 基本的には、選べないですね。

   でも、どうしてもっていう場合は、
   変更できる場合もあります。

山本 じゃあ、基本的には、JICA側から、
   「おまえ、英語、勉強しろ」って言われると?

あず そうですね。


・・・

山本 で、現場にいく前の段階では、
   ホームページで公示されていた案件
   (途上国からの依頼内容)は、
   どのような内容でした?

   (なぜ、こんなことを聞くのかというと、
    行ってみたら、話が違うことが多いから。)

あず 内容は・・・

山本 あ、あなた確か、
   途中で(派遣場所を)移動したんでしたよね?

あず そうなんですよ。うふふっ(笑)

山本 まあ、いいや。
   じゃ、その移動する前の、紙に書いてあった内容は、
   なんでしたか?

あず いや、あの、派遣先は病院だったので、
   病院の中の、エイズ専用のクリニックを拠点において、
   私のカウンターパートの人と、
   エイズの予防・啓発、を行ってください、と。

山本 はい。

あず とても、アバウトな(笑)

山本 そうですね。

あず HIVポシティブの人に対しての、薬や・・
   ヘルス・トークだとか。
   それを行って下さい、と。

山本 ヘルス・トークって、どんなことするんですか?

あず 栄養についての話であったり、
   重複感染(ちょうふくかんせん)や二次感染を防ぐための
   (小さい声で)(コンドーム)
   の装着のしかただったりとか。(ニヤリ)

山本 あ、避妊具ね。

あず はい。そういったことだったりとか。

   あとは、母子感染で、
   お母さんがポシティブ(HIV陽性)で、
   子どもがネガティブ(HIV陰性)だった場合の、
   粉ミルク、(の話)とか。
   (その)作り方と、(粉ミルクを)支給したり、とか。
   
   そういったことに、なってたんでしょうかね。

   (もし、あのまま最初の任地に派遣されていて)
   やっていれば。(笑)

山本 それは、行く前に、自分は(現地で)
   そんなことはするんだろうな、というイメージは
   もっていました?

あず いや、なかったですね。はっきり言うと。
   全然、向こうのこともわからないですし、
   自分がどういうことができるのかとか、
   そういうこともわからなかった・・

山本 そうですよね。

あず ただあの、技術補完研修のときに、
   いろいろな講師の方が、
   自分たちが行ってきた経験談を話して下さって、

   そんな(話の)中で、
   こういったことが(自分は)できればいいなぁ、とか。

   そういったビジョンは、持ってたんですけど。

山本 そこ(技術補完研修)で、普通、
   エイズ対策だったOBの人が、5人ぐらい来て、
   「俺は、こんなことやった」みたいなことを
   言われたりはしませんでした?

あず あった、ありました、ね。

山本 それで、イメージできた・・わけでもないんだ?

あず やっぱり、その国々によったりとか、

山本 案件によって違う?

あず 案件による・・?
   そこまで違うとは思わないんですが、
   やっぱり、違ったりとか、だったんで・・

   あとは私の場合、どちらかというと、
   活動もあれだったんですけども、

   語学の心配だったり、
   初めて、長期間、外国に行くことになってたんで、
   そっちのほうが、むしろ、心配で心配、
   というのがあったんで。

山本 初めてなんですか、外国?

あず (長期間は)初めてです。

山本 あ、それでも(協力隊に)うかるんだ。

あず (こっくり)

山本 普通の、アメリカとかイギリスとかは?

あず ないです。

山本 それはまた、ずいぶん、思い切りましたね、お嬢さん。

あず ははは(笑)
   そうですねぇ。

山本 よく無事で帰ってきましたね。


(注:この時、山本は誤解しており、
   あずたんの、初めての海外渡航が、
   いきなり協力隊のケニアだと思っていた。
   だから、上記のような言いまわしをしていた。
   実際は、そうではなく、
   彼女は観光旅行等で、数カ国の海外旅行の経験があった。後述。)


あず いえいえ。本当に、まわりのサポートがあって。

山本 ・・・

あず なので、今、考えると、ほんとに、
   (派遣される前に)
   自分がこうしたい(どうしたかったか)っていうの・・・
   っていうことですよね?

山本 はい。

あず (当時)あんまり、考えてなかったかもしれないです。

山本 ま、あの(数か月前)
   ケニアでも(ケニアにお互いがいる時も)ききましたけど、

   「協力隊になんで応募したんですか」っていう、
   月並みな質問を、私があなたにした時に、

   「ま、一回、こういうことやってみたかったんですよ」
   って、軽く言ってたよね?

あず (うんうん)

山本 やっぱり、漠然とした感じで、
   この「国際協力系」をやってみたかったっていう、こと?

あず はい。ほんとに、そうなんですね。
   はっきり、ぶっちゃけた話をいうと。

山本 はい。

あず ほんとに、漠然としか、考えていない状態で。
   やっぱり、

   試験をやったりとか、
   技術補完をやったりとか、
   語学訓練を受けたりとか、そういった中で、

   あ、こういうのなんだ、こういうのなんだ、っていうのを
   たびたび、実感をしていった感じなので。

山本 なるほど。
   福島(の合宿)でも、そういうのは、何か教わるんですか?

あず あ、もちろん。
   語学の中で、一般的な英語と、
   活動で使うだろう、英語の勉強っていうのが、
   午前中と午後の部に分かれてるんですね。

山本 はい。

あず で、その午後の部が、技術的な、英語の勉強だったんです。
   そういった中で、また、エイズに関連した、ことを、
   みんなの前でプレゼンしたり、とか。

山本 なるほど。わかりました。


(教師系の隊員だと、午後の部の中で、
 他の隊員たちを前にして、生徒にみたてて、
 英語や現地語で、先生として授業をやる練習をすることもある。)


・・・

山本 じゃ、ま、いいや。
   ついに(現地に)行きました、と。

   いつから行ったんでしたっけ?

あず 9月24日。

山本 2年前(2007年)の?

あず はい。

山本 人によるみたいですが、最初の一カ月ぐらいは、
   その国の首都で、関係する省庁をまわったり、
   場合によって、ホームステイなどをしたり、
   するようなんですが、
   あなたの場合は、どうでした?

あず あ、それは、
   JICAのほうで、(現地での)語学訓練を決められて、
   現地のスワヒリ語を学ばなければならなかったので。

山本 福島では英語やってたのに、向こういったら、

あず スワヒリ語なんですよ。

   それは、もう、もともと(福島の合宿で)
   スワヒリ語をやっていた人も、スワヒリ語をやるという。

   一ヶ月間、みんな決められてて、その一カ月の間に、
   (山本さんも)行かれた、と思いますが、
   キベラ・・

山本 あ、はい。
   キベラ(ケニア最大のスラム(貧困層の集落))ね。

あず キベラのツアーがあるんですね。
   日本人のボランティアの方が、運営している、
   ツアーなんですけど、それに行ったり、とか、

   あとは、ま、ケニア人のお家で、ホームステイ。
   (首都の)ナイロビで、なんですけども。

山本 何日ぐらい?

あず それも人によりけりなんですけれども、
   三日四日ぐらいだと思います。

山本 その間、(ホームステイしていない時は)
   例の、あの、ドミトリー(首都にある寄宿舎)に
   住んでたんですか?

あず そうですね。
   ホームステイの時、以外は。

   あ、ドミトリーじゃないです。
   私たちの場合は、スワヒリ語の語学訓練をやっていた場所で
   寝泊りしながら勉強していました。

山本 あ、そうですか。

あず 宿泊施設も、ついている所でした。

山本 10人ぐらいまとめて?

あず 13人、まとめて。
   ちなみに、女が10人で、男3人でした。

   女、ぎちぎちです。ふふふ

山本 ははは。


・・・

山本 あとは、お金ですけど、
   普通、4〜5万円ぐらいを、
   お小遣いというか、現地生活費として、もらうようなんですが、
   どのくらい? そんなもんでしたか?

あず そうですね。そのくらい。

(注: 途上国の物価は、日本の5分の1から、
    10分の1ぐらいなので、問題なく生活できる。)

山本 それ以外に、家賃補助手当みたいなのが、
   でる場合もある・・

あず そうですね。
   それはほんと、人によりけりです。
   配属先が、家を用意してくれなかった場合。

   自分で家を、部屋を探して、家賃を払う場合は、
   JICAのほうから、お金をだしてもらう、
   っていうことが、あるんですけども、

   あたしの場合は、もう、すべて、
   (配属先に)やってもらってたので。
   
山本 配属先の地方自治体等に?
   あ、病院に?

あず はい。病院に。
   病院の、スタッフ・クオーター(スタッフの寮)の
   一室を借りて。

・・・

山本 で、あの、最初にケニアの西のほうの、
   ど田舎に、行きましたよね?

あず はい。
   
山本 結局は、そっちは、半年ぐらいで終わっちゃったんですか?

あず いやいやいやいや(ぷるぷるぷるぷる)
   二か月です。

山本 二か月。(苦笑)

あず うふふ。
   行ってすぐ、
   (治安の問題が起こり、プロジェクトが中止になり)
   (首都に)招集されて、集められて、って感じで。

山本 じゃ、そっち(のプロジェクト)は、
   聞いても、あれだね。(意味ないよね。)

   じゃ、(次の派遣先の)残りの1年10カ月は・・

あず いえ。1年と半年です。

   (首都で)避難待機中と、日本に帰ってきて。一時避難で。

山本 あ、一回、日本に帰ってきてたんでしたっけ?

あず はい。
   ですから、実質、(次の派遣は)1年半ですね。

山本 その二回目の派遣は、最初から、
   M州に行ってたんでしたっけ?

あず あ、はい、そうです。
   もう、(首都での研修とかは)何にも、なし。

   ただ、その時も、
   (山本)先生にも、あの時(現地にいる時)
   話したと思うんですけど、
   「ムンギキ」、いるじゃないですか。

山本 あの、地元のヤクザ、みたいな人たち?

あず そうですね。あそこらへんに多いらしく。
   元々、ケニアに残っていた近くに滞在していた隊員から、
   ちょっとなんか(ムンギキのグループが)暴れているらしいよ
   という情報をもらったか、事件が起こったかで。
   で、初めて(行く)場所じゃないですか、自分の元々の任地でもないし。

山本 はい。

あず で、すごいびびってしまって。
   (ムンギキは)人もがんがん殺してしまっている人たちですし。
   で、前の任地で、あたし、家がなかったんですけど。

   今回(二回目の派遣場所)も、
   「家があるある」といわれながら、
   ケニア(人の言うこと)なので80%以上、信じられなくて。

   それで実際に行ってみて、家がなかったらどうするのか、
   ホテルがあるかどうかも、
   町に(JICAから)誰も入ったことがなくて
   分からないですし。

山本 はい。

あず 情報がない中で不安だったのですが、
   2ヶ月間すでに滞在していて、ケニアのHIV事情だとか
   勉強不足を感じているところもあったので。

   1週間とか2週間とかナイロビにいて
   VCTとかセミナーを回りながら、
   (M州の)現地の頃合いを見てから赴任しました。


参考:
VCT: Voluntary Counseling and Testing
自発的に受ける相談と検査。
HIVのテストを本人が望んでいる場合、無料で、
カウンセリングとテストをセットで提供する手法。
日本の場合、各市町村の保健所などが、
これに類するものを行っている。


山本 なるほど。

あず で、結局、家は、なかったんですけどね。(笑)

山本 私が行ったときに(あずたんが)住んでいた、
   1階建てのフラット(アパート)と言うのでしょうか、
   あそこにはいつから入ったんですか?

あず あれは、えーと、赴任してから、1、2ヶ月後くらいです。

山本 それまではどこにいたの?

あず ホテルです。M町の。

山本 あの、商店街の前みたいな場所の。

あず そうです、そうです。
   あそこのホテルを病院のスタッフの人に教えてもらって。
   一番いいところで、ホットシャワーが出るところ、
   という条件とのことで。

山本 ホットシャワーは出ました?

あず 出たんですよ。

山本 ああ、そうですか、それはすごいですね。

(注:普通は、出るといってても、出ない。)

あず 出るところじゃないと、
   泊まらないみたいなことを主張したら。
   そしたら、じゃあ、とっておきの場所をみたいな感じで。

山本 すごいね、
   (ケニアでは比較的大都市の)
   T市のホテルでも出なかったけどな。

あず でも、あれです。ホースの先からちょろちょろっと
   ゆっくり出るような感じなんですけど。

(注:本当に、したたる程度)

山本 でも、出るだけ幸せですから。

あず 本当、そうですよね。
   後に入った家では、お湯、出なかったですからね。

・・・

山本 それで、案件の内容は、
   いわゆるHIVに関する(予防)啓発とヘルス・トーク?

あず あ、でも、基本的に最初の案件の要請と同じでしたね。
   予防啓発と(HIV)ポジティブの人たちへのケア・サポート。

山本 それはあまりにも広すぎるというか、漠然としてるというか。

あず 要請、(細かくは)覚えていないんですけど。
   大きい二つの項目があって、
   後はこまごまとした詳細が書いていたと思うんですけど。

   実際、向こうに最初に行ったときに感じたんですけど、
   要請内容と、現地のスタッフの人たちが
   私たちに求めていることというのは。
   全然違ったりすると思うんですが。

山本 はい。

あず 行ってみたら、チルドレンズクラスという
   (HIV)陽性の子供たちが集まるクラスを
   やってくださいと言われたので。
   まぁ、要請とは違いますが、お願いされたので。

山本 ちなみに、行くまでは、要請はどんなものだと思ってました?

   先ほど挙げた、予防啓発とポジティブの人のケアという
   漠然としたものは理解していたわけですが、
   実際に行ってみたら、子供の、
   「サイコ・ソーシャル・ルーム」という
   「精神的、社会的問題を解決する部屋」
   の担当になったじゃないですか。

   で、それを「違っていたと感じた」ということは、
   行く前はもうちょっと違うものを
   考えてた(イメージしていた)わけじゃないですか?

あず そうですね。

山本 それはなんだと思ってました?

あず あの、私たちのケニアでのエイズ対策の
   カウンターパート(途上国側の相棒)になる人っていうのは、
   CCC(包括的治療センター)クリニックにおける
   総括的なポジションの人なんですね。


参考:
CCC:comprehensive care center
包括的治療センター。
HIV感染者などのために、
総合的な治療を行う場所。通常、病院内の一角にある。
治療だけでなく、病気の知識の教育、食事指導、精神ケアなど。


   で、そういう人と一緒に活動するっていうことになると、
   例えば、大まかに言うと、「世界エイズデー」(12月1日)に、
   病院でイベントを行うときに、
   VCT(自発的相談と検査)を大々的に(打ち)出して、
   患者さん、お客さんというか、
   検査を受ける人(受けたい人)を呼び込んだりとか。

   何というか、そういう大きいプロジェクトを立ち上げていく
   という方に私はずっと考えていたので。


(注:本人が「HIVに感染しているかもしれない」と思っていても、
   それが周りの人に、ばれるのが嫌で、VCTに来ない人が多い。
   その施設に行くだけで「あいつは病気だ」と疑われるから。
   よって、みんな、VCTに行かない。
   すると、気付かないうちに、社会にHIVが蔓延してゆく。
   だから、少しでも多くの人に、VCTを受けてもらうことが、
   HIV予防を行う上で、もっとも大切なことの一つ。
   このため、世界エイズデーなどのイベントが行われている。)


山本 なるほど。(現地に)行くまではね。

あず 行くまでは。どうしても、フィールドを使った、
   大きい活動(イベント、予防啓発活動)
   という方に考えていたんですが。

山本 広報手段として、ラジオにしろ、ポスターをばらまくにしろ、
   VCTに来る人を呼ぶ(増やす)ようなことを
   やるだろうと思っていた、と。

あず そうですね。現地の村にいても。
   村人と話をして、問題点(needs)を聞いて、
   それを活かすとか。

山本 村落開発っぽいような。

あず そうそう、そんな感じです。
   村落(開発の職種)と同じです。

山本 で、行ってみたら、病院の一角の子供部屋で
   子供の相手をしなさいと言われたと。

あず そうですね。授業やってくれ、みたいな。
   ふふふ。

山本 で、授業でやった内容としては、
   エキササイズ(ラジオ体操のような運動)をやって、
   他に何してましたっけ。

あず あとは、一応、先生が来る前までは
   多分、同僚のDさんが一回やってくれとお願いしてたと思うんですが、
   栄養の話をやったりとかしてました。

山本 (細菌の感染を防ぐために)手を洗えとか、
   (免疫力を強くするために)たんぱく質を食べろとか。

あず そうです、そうです。

山本 ビタミンを取りなさい、とか。

あず 公衆衛生的な勉強と栄養摂取に関する勉強とですね。
   あとは、たまになんですが、
   (心の)カウンセリングもしていました。

   基本的には同僚のDさん(女性)の仕事だったのですが、
   仕事を割りふられて、やっていました。

   彼女の場合は、年齢が上の子供たちの「性に関する悩み」を扱ったり、
   「家庭に問題」がある子供たちの悩み相談だったりしたのですが、
   私の場合は、年齢がちょっと下がって、
   「学校でいじめ」られているんだけど、みたいな悩み相談で。

山本 なるほど。

あず 後は、お母さんから事情を聞いて、
   非行に走ったり、お金を盗んだりしていると言う子供に、
   別個に話を聞いたり。

山本 あそこ(勤務していた病院)は、
   (本人がHIV陽性であるという)告知は何歳でしたっけ?

あず 12歳ですね。

山本 性教育とかを、アフリカで開始する年齢が、
   確か、普通10歳くらいだと思うんですが

あず そうですね、私のクラスでもそうでしたが、
   12歳、13歳くらいで、ちょっと年齢は高めにして。

山本 ああ、そうですか。

あず で、そのときに、私はその授業にはたずさわらなかったんですね。
   というのも、毎日来る子供たちを年齢層で分けていたんですが、
   下は6歳から、上は16歳まで一気にばっと来るので。

   性に関しては、低年齢の子たちには聞かせないようにしてたので。

   同僚が、ちょっと年が高めの子供たちを教室に集めて、
   そこで性教育。で、その間に、私は、ちっちゃい子達と一緒に別なことをして。
   理解できるような年齢の子だったら、また、別に授業をやったりだとか。

山本 カウンターパートは結局、Dさん(女性)だったんですか?
   他に、同僚の人がいましたか?Fさん(男性)が上司でしたか?

あず Dさんでした。
   Fさんは、上司というわけでもなく、同僚と言う位置づけですね。
   どちらかと言うと、CCCの方を担当している人で。
   でも、彼は病院のスタッフではなく、
   ボランティアと言う形で手伝いに来ている人だったのです。
   (所属する)組織が違う人というので。

山本 クリントン財団からお金をもらっている人とか、
   (様々な欧米の国際協力団体から、それぞれのスタッフの給与がでていて)
   いろいろ(な立場で働いている人が)いるみたいだったね。

あず そうです、そうです。
   必ずしも全員が病院のスタッフというわけではなくて。

山本 はい、わかりました。


azutan22

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(続く)