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このブログは、前回の続きです。

青年海外協力隊ケニア、エイズ対策あず帰国後その1 5224字
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青年海外協力隊ケニア、エイズ対策あず帰国後その2 7786字
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azutan31






・・・

山本 で、行ってみたら、話が違って、
   (エイズ予防の)イベントをやって、人を集めて、
   VCT(自発的相談と検査)をする仕事をさせられるのかと思っていたら、
   (住民への予防啓発活動をすると思っていたら、)

   実際には、(病院内の)子供部屋で、
   (HIVに感染している)子供の遊ぶ相手と、
   パンとご飯と牛乳を配って栄養指導とか。

   場合によっては、
   (その子どもの)悩み相談・カウンセリングをやる、
   という話だったんですが。

あず (こくり)

山本 で、変な質問ですが、どう思いました?

   要するに、協力隊の人って確か、任期の2年間の間に
   5〜6回レポートみたいなのを書くはずなんですよ。

あず 書きますね。

山本 で、行って1ヶ月目ぐらいに、
   私はこれからこういうことをやります、
   と言うのを書いたと思うんですけど。
   何を書きました?

あず 1ヶ月目の時のは、その、まだ前の任地だったので。

山本 あ、そうかそうか。じゃあ、2回目の派遣で、村まで行きました、と。

あず その時はもう第2報告書になっていて、項目内容も変わってるんですね。

山本 あ、そうだね。

あず でも、私、第1報告書と第2報告書の項目を
   ミックスさせた内容で、無理やり書きましたね。

   チルドレンズクラスの活性化と、
   あと、大人に対してのヘルス・トーク、
   これは別な管轄の人たちがやっていたのですけど、
   私も最初は関わっていたんですね。

   最初の頃に、検査を手伝ったりとか、で、そちらの改善とか。
   また、VCTですね。えと、周りの県と比べたら、
   ちゃんとしている病院だったんですね。

   で、やっていることも素晴らしかったので、
   他のところ(地域や病院)に広めていくような活動をしていきたいとか。
   確か、そういったことを書いたように記憶しています。

山本 専門的なことを言うと、あそこはさ、
   VCTでのHIVの抗体検査をダブルチェックする場所だけれども
   後は、(陽性が)判明した人に、
   CD4リンパ球が、例えば、800くらいあったのが
   200とか300とかを切ると発症だよ、というような、
   CD4(リンパ球の数)を測る機械、検査機器も、
   あの病院の中にあるんだ?


参考:
CD4リンパ球とは、以下。
血液中の中にある、白血球は、
人体に侵入した細菌などを殺す機能がある。
これを、免疫力という。
この免疫力を司っている白血球たちの中で、
もっとも重要な、中心となる大事な白血球を、
CD4リンパ球、という。
HIVウィルスは、このCD4リンパ球に感染し、
細胞を破壊してしまい、どんどん数を減らしてゆく。
正常な状態では、800個/立方ミリメートルあり、
このくらいあれば細菌などに感染しないのだが、
300個以下ぐらいまで減ると、
結核、肺炎、下痢、ある種の癌などの、
あらゆる病気を発症してくる。
こうなった状態を、エイズというのである。
で、
普通、アフリカなどの途上国では、
HIVの感染の有無を診断できるHIV抗体検査は
実施することができるが、
CD4リンパ球の数を測定することは、できない。
測定する機材と試薬の値段が、高いからである。
通常、先進国でないとできない。
よって、
HIVの進行の度合い(重症度)がわからないことが多い。
(抗HIV薬を、医者が処方するべき、そのタイミングがわからない。)
しかし、
ケニアの、あずたんのいた病院は、
この測定装置もあるのだから、
途上国の中では、かなり上の病院(恵まれた病院)であった、
と考えてよい。



あず あります。ラボ(検査室)があるので。

山本 それはすごいね。相当レベル高いよね。
   (アフリカにしては)

あず そうなんですよ。というのも、私が入る以前に、
   8年か9年前になるんですけど、
   スペインのドクターが、ボランティアとして入っていて。

   私が来たころには、もう離れていて、
   T市とか、あと、他の場所の病院に手をつけていたんですけども。
   で、その人が、いろいろ改善をしてくださっていたみたいで。

山本 なるほど。
   あなたが最初に行った西の田舎の病院には、
   CD4を測る機械なんか当然ないよね?

あず いやー、ないと思います。
   ・・どうでしょうね。分かりません。

山本 あったら、逆に、ケニア全土が
   (医療レベル的に)進んでいる(高い)と言うことだけどね。

あず でも、ラボ。ラボという科を見たことがないので、どうでしょうね。

山本 分かりました。ま、いいや。(次にいきます。)

   大人と子供のそのヘルス・トークを改善させて、
   活性化させて、というのを(JICAへの提出文書に)書いたと。
   他は?

あず その、VCTのこと。

山本 VCTは、他の進んでいない病院に広めていこうと思ったということ?
   で、何かやったの?
   他のエイズ(担当の)隊員が(近くに)いて、協力(する)とか?

あず いや、実際にはやらなかったです。

山本 あ、やらなかったんだ。

あず というのも、それを書いた後ぐらいに、
   (ご本人が、HIVとともに生きる人である)
   Eさんたちの、HIV感染者のグループの人たちが
   コミュニティを作って、
   工芸品を作って販売という方に、
   (私は)携わる(たずさわる)ようになったので。

山本 じゃあ、村落開発のような
   「インカム・ジェネレーション・アクティビティ」
   (収入を産みだす活動)を
   始めてしまったということだ。

あず そうです。そっちの方がえらく忙しくなってしまった、
   というのが、正直な話です。
   あとは、チルドレンズクラスの子供たちも、受け持つようになって。

   同僚のDさんは、VCTカウンセラーの資格も持っていて、
   担当していたんですけど。

   元々、VCTのカウンセリングは、
   国が派遣していた2名のボランティアで対応していたんですが、
   ある日突然、派遣が中止になって、いなくなってしまって。

   で、病院では、雇うお金がないしということで、
   同僚はVCTの方に行きっぱなしになって、私は一人になっちゃって。

山本 子供部屋が?

あず そうです。で、私一人っきりになって。
   その同僚の彼女は、私が来て早々に、
   長期休暇を取るということで、1、2ヶ月いなくなってしまって。

   で、他の人に助けてもらいながらなんですけど、
   ほぼ一人でクラスを担当したりして。

   少しして(その休暇から)帰ってきて、
   またVCTのボランティアの人がいなくなったから、
   VCTの方に呼ばれて行っちゃってという感じでした。

・・・

山本 言語は、まず、その、英語とスワヒリ語と、その、現地語の、
   あそこ、何族の人が多いんでしたっけ?忘れちゃったな。

あず キクユ族です

山本 そっか、キクユ語だ。あなたが喋れるのは、英語とスワヒリ語と。
   スワヒリ語はどの程度喋れるの?

あず どの程度、うーん、一般会話ぐらいは。
   というよりも、私、活動で、最初に英語喋れないよ、と言っていたら、
   英語よりも喋れないスワヒリ語で話しかけられてたんで。

   だから、多分、英語よりスワヒリ語のほうが出来るんじゃないかな、
   と、思うレベルです。
   自分でもよく分からないですが、
   仕事でも、まあ、何とか使えるレベルと言うか。

山本 子供の悩み相談に応じられるほどの、
   スワヒリ語のレベルはあったと。

あず そうですね。

山本 それは素晴らしい。

あず いえいえいえ。

山本 でも、まだ、いい方ですよね。
   隊員によっては、派遣先に行ってみたら、
   話が違うどころか、やる仕事が全然なかったりする人もいるので。
   それに比べれば、まだ良かったんじゃない?

あず 私、1個目の派遣先がまさにその状態で。
   やってもらうこと(があるかな)・・みたいな感じに
   向こうの(カウンターパートの)方でも、なっていたので。

山本 はい。

あず クリニックの受付をやってくれと言われて、
   私、2ヶ月くらいずっと受付をやってましたからね。

山本 なるほど。名前聞いて、年齢聞いてと。

あず そうですね。問診ですよね。言ってしまえば。
   つたない英語とスワヒリ語で。え、え?みたいに聞き返して。
   来月の予約ですね。とか。

山本 なるほど。レジストレーション(受付)をしていたわけですね。

あず まさに前のところが、そういう感じでした。

山本 やることがないから、来た協力隊員に何か仕事を作ってやるみたいな。

・・・

山本 他の隊員は、あなたが最初に予想していたような、
   いわゆる何らかのでかいイベントをやって、
   例えば、エイズデーでも何でもいいのですが、
   人を沢山呼んで、VCTをやるみたいなことをやった隊員もいるの?
   ケニアの同期の13人の中で。

あず 13人が全員、エイズの隊員ではなかったのですが。

   大きいイベント・・
   私と同期ではないんですが、いましたね。
   配属先も違うんですけど。
   私たちは基本的に病院なんですけど、
   その人はNGO(非政府組織)の方に入って。

山本 はい。

あず ユースグループを作って、
   学校でヘルス・トークをさせてくれと交渉したり、
   エイズデーなんかには、テントを出して、
   そこでVCTをやったりとか。
   そういうことをされていた人もいます。

山本 で、あなたは、先ほど話されていた、
   子供部屋の仕事などをやっていたのですが、
   どうでしたか?実際にやってみて。

   話は違うなと思ってました?
   それとも、とりあえず、この仕事でいいや、
   やりがいがあっていいな、と思ってました?

あず 最初は与えられた仕事が何であれ、
   やってみようと思っていたので、
   やってくれ、と言われること自体がありがたい話なので、
   そういう気持ちでやっていました。

山本 でも、1年半は長いから、
   数ヶ月経つと疑問に思いますよね?

あず それはそうですよね。
   ただ単に人が足りないから、
   人員補充みたいな感じだったら、
   別に、私がいる意味ないんじゃない、みたいな。

   現地スタッフが出来るような仕事であるし。
   日本人が、わざわざケニアまで来てするような仕事、
   じゃないんじゃないか、とかいう風には思いました。

山本 確かあなたは、自分が日本に帰った後に、
   M州の病院に後続の隊員が来る必要はない、
   と私におっしゃってましたよね。

あず そうですね。

山本 そういうことも、JICAケニア(事務所)に言うんですか?
   私は(次の隊員は)要らないと思います、って。

あず はい。

山本 それは、帰るどのくらい前に言うんですか?

あず 確か、帰る半年くらい前ですかね。
   基本的には、派遣されて1年くらいで聞かれることなんですが、
   私たちの場合は、ちょっと(派遣が変則的で)ケースが違うので。

   あ、でもそうですね、1年残っている時期に聞かれたので、
   派遣されて3ヵ月後くらいに聞かれました。
   ただ、3ヶ月じゃ、何が分かるわけでもない段階ですし。
   いやあ、多分要らないと思います、みたいに、
   あやふやな感じでは伝えました。

山本 あと、もう一点聞きたいのは、例の、2年間行ってる間に、
   5回ぐらいJICAケニア(宛て)に書くじゃないですか。
   5回の、大まかな、書く内容は覚えていますか?
   行って1ヶ月かな、最初のは書くじゃないですか。

あず あ、はい。

山本 それは何をやりたいとか書くんですか。
   まだ1ヶ月だったら、
   首都での言語の研修をまだやってるか、
   終わっているか直後ぐらいで、
   現場には行ってない段階ですよね?
   それとも、行ってから書くの?

あず あれ、3ヶ月、3ヶ月ごとだったと思います。確か。

山本 じゃあ、西部の田舎に行ってから、
   2ヶ月くらい経ってから、書いたんだね。じゃあ。

あず そうですね。

山本 じゃあ、(状況がわかった頃なので)書けるね、それなりに。
   何書いたの?

あず 一応、項目は決められてて。
   その、一番最初に書くのが、治安のこと、
   (生活)環境のことだったと思います。

   住宅環境だったり、町の環境だったりとか、
   そういうことの他に、今後の活動についての計画みたいなのを、
   カウンターパートと話し合って、
   方向性を決める、という項目と。

   大まかに言うと、そんな感じで、
   後は5項目くらいに細かく分かれていて。

山本 はい。

あず ただ、途中から、私たちの提出する、
   レポートの項目が変わったんですね。
   今はどうなってるか分かりませんけど。

山本 なるほど。

あず で、2号、3号、4号ぐらいは、大体同じ内容で。

山本 それは?

あず 今、どういったことをやっているか、
   計画を立てて、計画に沿ってやっているかどうか、
   新しいことをやっているなら、それについて、とか。

   活動についての反省点だったり、とか、
   うまくいってることを書いたり、とか。

   あとは、ケニア人についてとか、食事についてとか、
   そういう生活レベルの話ですね。

山本 で、最後のレポートはいつ?

あず 帰る3ヶ月前に提出です。

山本 その内容は、まとめみたいなことを書くんですか?
   どういうことをしましたとか。

あず そうですね。最終的なことを。

山本 それに対して、JICAケニアの人は、何か言ってくるの?
   こういう風にしなさい、というアドバイスとか。

あず そうですね。コメントを書いてくれるので、その紙をいただいて。

山本 3ヵ月ごとに出すたびに?

あず そうです。基本的には。
   基本的には、なので、毎回は来ないんですけど。

山本 なるほど。

あず 後は、中間報告会というのがありますし、
   (任期の)中間と最後に、JICAスタッフの人を対象に、
   まあ、中間の場合は1対5で。

山本 普通、2年行ってる場合は、1年終わった段階で、
   ナイロビのJICAケニアに行って、

あず (うなずく)

山本 協力隊員1人に対して、JICA職員等が5人とかで、
   パワーポイントか何かで喋るわけ?

あず そうですね。私たちの場合は、パワーポイントはなく、
   ただ、事前に、やっていることの概要を書かされて、
   それを送っておいて、その内容に沿った質問等を
   受けて答えるだけの、簡単なものだったんですけど。

山本 なるほど。

あず 最終報告は、プレゼン形式で、
   パワーポイントを使ったものでした。

・・・

山本 あと、あれですね。トラブル。
   健康で、トラブったことはあります?

あず ありますね。これは、派遣されてからずっとなんですけど、
   ずっと、虫がいたと思います。おなかに。

山本 寄生虫?

あず (こくり)

山本 あの、「メベンダゾール」って知ってます?
   駆虫薬の名前なんですけど、

あず (首をかしげる)

山本 国境なき医師団とか赤十字とかは必ず使う薬なんですけど。
   駆虫薬は、虫を除去する薬は、飲まなかったですか?

あず あ、飲んでましたよ。飲んでも飲んでも、入ってくるんですよ。
   多分、病院の、カップあったじゃないですか。

山本 はい。

あず あれ、乾燥してないんですよね。
   洗った後、生乾きでも、次の日使うみたいな。
   あたし、多分、あれでやられてたと思います。
   市販の、普通の薬を飲んで、つぶしてつぶして、
   と対処してたんですが。

山本 無鉤条虫とかサナダムシがいたのかな、体の中に?

あず ふふふ。怖いこと言いますね(笑)
   今はでも、多分、大丈夫です。

山本 あ、そうですか。

あず 日本に帰ってからの健康診断で、
   大丈夫と言われたので。

山本 あ、便の検査で
   「虫卵」(ちゅうらん)がなかったんですか?

あず (うなずく)

山本 それは(現地で)おなかが痛くなったりしていたんですか?

あず 基本的には、あの、PPですね。

山本 下痢ですか。

あず (うなずきながら)PPです。
   もう最初の赴任地に行ったときに、
   そういう状態になって、熱が出て。

   2週間くらいダウンして、
   結局、病院に行って、検査したら虫がいて、っていう。

山本 虫卵がどこかで出たんですかね。

あず 生野菜を食べたんですよ。エイズ対策の会議で集まって、
   それで、まあ、ここの生野菜は大丈夫と言われて、
   食べた野菜が当たったらしく。

山本 それは誰に言われたんですか?

あず JICAの上のスタッフの方に言われて。

山本 へえ。

あず それで、何人かの人がおなかを壊したらしいですよ。

山本 なるほど。

あず 派遣早々、それだったみたいですよ。

山本 他は病気はあります?

あず ケニアではなくて、活動には関係ないんですけど。
   私、ザンビアに「赴任国外旅行」で行って。
   あそこの、ザンベジ川で、ラフティングをやって。

山本 カヌーみたいなやつですよね。

あず そうです、何人かで乗って。
   で、午後いっぱい使って、遊んだ上で。
   ホテルより簡易的に泊まれる、
   ゲストハウスみたいなところに滞在していたのですが。

   ちょうどプールがあったので、
   テンションが上がっていて、
   また水に飛び込んでとしていたら、
   ちょうど旅行が終わって、
   ケニアに帰国します、という晩に高熱を出して。

山本 それは虫ですか。

あず それも、多分、虫と言うことなんですけど。
   そこで、もう入院ですよ。

山本 ザンビアで?(驚き)

あず ははは。ザンビアで。(笑)

山本 それはかっこわるいな。(苦笑)

あず はは、ちょっと。(笑)
   でも、あの辺りで入院するんだったら、
   絶対ケニアでする方がいいなと思いました。

   ああいう中途半端な途上国では、入院しない方がいいですね。
   危ないですよ、本当に。

山本 針刺しでB型肝炎とかうつるかもしれないよね。
   使いまわしとかしているかもしれないし。

あず 一応、そこも、JICAの人が薦めている
   と言う病院に行ったんですけれども。
   ナースステーションと病室がすごく離れているのに、
   ナースコールもなくて。

   で、点滴をしているのに、
   途中でトイレに行きたくなったときに
   (ナースを)呼べないし、
   (点滴の針を挿した状態で移動する)キャスターも手元にないので、
   どうやって行けばいいんだろう、という状態で。

山本 ま、こうして(手を浮かせて)行くしかないよね。
   自分で(点滴を持って、上に、頭より高い高さにかかげて)。

あず で、その時、よろよろで、
   看護婦さんを呼ぶ声が出せないし、
   頭上にかけられた点滴袋を取る気力もないので。

   見よう見まねで、点滴を外して、
   一人で、トイレに行って、用を済まして、ふと見てみたら、
   手から血が、ばぁっとなっていて。(苦笑)

山本 ははは。

あず よく見ると、床に染みがぽたぽた付いてて、
   エクスキューズ・ミー、ソーリーと看護婦さんに声をかけたら、
   嫌な顔をされながら、どうして呼ばないのと、怒られちゃって。
   そんな感じの所でした。

山本 じゃあ、他に大きな病気をすることもなく。
   それくらいなら、まあ、ラッキーな方かな。

あず そうですね。マラリアとかにかかっている人も
   ケニア隊員には、あまりいませんでした。

山本 (マラリアの)予防薬とかも飲まなくて大丈夫なんだっけ?
   あそこ(ケニアの一部の地域)では。

あず そうですね。私のところでは。

山本 ケニアでは標高が高くて、平均気温も18度と涼しいので、
   比較的大丈夫かと。

あず ただ、(標高の低い)海側の地域に派遣されている隊員で、
   マラリアに感染していた人もいたんですけど。
   ナイロビとか西部の方で感染したというケースは、
   私の知る範囲ではないと思います。

・・

山本 交通事故関係は、ありました?

あず 私は全然なかったです。

山本 バイクの後ろとかにも乗ってました?

あず (うなずきつつ)
   これ、JICAには言っちゃだめ
   (バレちゃダメ)なんですけどね。
   禁止なので。

山本 いやいや、でも、みんな結構やってましたよね?

あず みんなというか、そうですね。
   うちの任地の場合はそれが使えないと、
   どうしようもないので、乗ってましたね。

山本 自分で運転とかは?

あず それは全然していないです。

山本 基本的には禁止だよね?

あず そうですね。

山本 現地の、やくざの名前って、なんでしたっけ?

あず ムンギキです。

山本 そのムンギキの人たちに、危ない目に合わされたりとか、
   問題はなかったですか?

あず 基本的に、このグループは、白人だから
   (それに対して)何かするとか、
   お金を持ってそうだから、
   何かをするという集団じゃないんですね。

   一応、政治的なことで、デモを起こしたり、
   とかするような人たちなので。

   ただ、問題を起こすときには、他の部族を対象としていて、
   (JICA事務所としては、協力隊員への忠告として)
   「ケニア人同士の抗争に巻き込まれないでください」と言うような感じで。

   やっていることが、たちが悪い人たちなので、狙われないように、
   と現地スタッフからも言われていたんですが。

山本 ムンギキの人は基本的にキクユ族なんですか、
   それとも関係なく、ごちゃまぜなんですか?

あず 基本的にキクユ族の人たちです。
   歴史的にもこの部族から生まれたグループと聞いているので。


azutan32





(続く)
・・・

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