.

このブログは、前回の続きです。

青年海外協力隊派遣前と後_村落開発_メイさん_派遣後_その1 7817字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65444771.html

青年海外協力隊派遣前と後_村落開発_メイさん_派遣後_その2 6973字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65444772.html



・・・赴任6か月めまでの、体制作り


山本:着いて3ヶ月ぐらいと、途中経過と、
   2年後帰る前くらいの三段階で分けて、
   簡単に説明すると、それぞれ、どういう感じだったでしょう?
   最初の3ヶ月くらいは何してたの?

めい:最初、6ヶ月ですかね。

山本:そっか。まず、最初の1ヶ月は(首都での)現地研修だよね。

めい:研修です。

山本:省庁回りをしたり、
   後はホームステイをしながら語学を勉強したりとか。

めい:私の派遣国ではホームステイじゃなかったです。

山本:あ、そう。

めい:でも、アフリカの国、そういうところが多いと聞いてますよ。
   ホームステイをやらせてくれるほどの
   家とかがないと思うんですけど。

   うちらは、みんなで集団生活みたいな感じで、
   そこに現地語の講師が来て、1週間(語学)研修をやって、

   1週目は、(関係する)省庁周りと言うか、
        現地のJICAからオリエンテーションを受けて、
   2週目が、語学研修で、
   3週目が、現地のフィールドトリップと呼ばれるもので、
        (住む)家の確認、住む地域の確認、
        あと、同僚(カウンターパート)への挨拶と
   4週目にもう一度語学訓練をやって、

   それ以降は、配属先の車がいつ出るか次第で赴任です。
   で、1ヶ月ですね。

山本:配属先の車が中々(北部の任地に向かって)
   出発しなくて苦労したんだっけ?

めい:しましたね。(苦笑)

山本:Eメールに書いてあったもんね。

   ・・ま、細かいことを突っ込むときりがないので、
   本筋の話を続けると、

   1ヶ月後くらいから半年後までの間に
   何をしたかを聞いていきましょう。

めい:はい。家。

   まず、住む家が出来てなかったので、
   家を作らせることに1ヶ月くらいかかって。
   本来であれば、JICAと現地との取り決めで、
   ベッドや家具は配属先(地上自治体等)が支給するんですけど、
   そういうのも全く備わっていなかったので、
   まず、ほぼ1ヶ月、
   住める環境にするのが優先でしたね。

山本:はい。じゃあ、実際には2ヶ月目が
   そんな状況であったと。

めい:そうですね。2ヶ月がそんなです。

   大工さんとの交渉など(予定が)ない限りは
   朝、オフィスに顔を出して、名前を覚えていったり、
   挨拶しながら同僚の仕事内容を聞いたりしていって、
   過去のフィールドワーカーが出したレポートを読ませてもらったり、
   さらに、同僚がフィールドへ行くときに、余裕があるようだったら、
   それについていって、現状把握をするというのが
   最初の6ヶ月です。

山本:で、次は?

めい:5ヶ月目くらいから、バイクが来るんですよ。

山本:で、(派遣される前に、日本で)免許は取れたんだっけ?
   自動二輪の?

めい:(派遣される前の年の、2006年の)12月ごろには
   もう(免許は)取れていたので。

山本:(練習で)こけて怪我したとか、(メールに)書いてたけど。

めい:あたし、(自動二輪の免許を)取るのは苦労したんですけど、
   (協力隊の)テスト受かる前に取れていたので、

   ただ、取れていても、
   (あぶないから)運転したくないと思っていたんですけど、
   (現地に)来てからは乗らないと話にならない状況だったので。

   で、同じ任地に、
   農業省に(配属された)他の村落開発の(協力)隊員がいて、
   その人が、食品加工とかをやっているグループと
   かかわりを持っていて、
   自分も(ミーティングに)ついていくうちに、
   そこで識字クラスをやってみたいと言う話が出たりして。

   これが、5ヶ月目とかの話ですが、
   そのころには、次第に仕事の広がりが出てきたので、
   同僚とずっと一緒というよりは、
   同期の隊員やそれ以外の他の人とつながりが出てきたので、
   それをもとにして識字クラスについて取り組んでいく感じでした。

   クラスの立ち上げと、授業が始まった後は、定期的に見に行って、
   先生たちも教え方が分からないので、教育法を教えたりとか。

   言葉も半分以上が現地語を使って、
   英語で補足しながら説明するような感じで
   コミュニケーションをとっていくのが、それ以降ずっとでしたね。

   実際にやってみると、この(途上国政府の)識字プログラムが、
   現実に即していないと言うのが分かりますし、

   (生徒の方も、授業を続けて受けていくのは)大変だろうなぁ
   というのが、
   生活やその他の面から見えてきて、

   クラスに継続して参加してもらうためには、
   「どうして文字を読めることが大事なのか」
   を分かってもらわないといけない、
   という風に考えたりしていました。

   色んな知識、例えばエイズについての知識も、
   知りたいと思った場合に、
   絵だけじゃなくて、文字も読めると、
   こういうことも勉強できるよね、
   というのを実感してもらったり。

山本:はい。

めい:先ほど、話題に挙げたモリンガの木についても、
   食用としても使えるし、
   水を浄化するのに使えたり、と言うので、

   モリンガの植林活動をしながら
   ワークショップ(体験型の講座)をしたり、
   水の浄化や料理のワークショップの際に、
   文章に書かれたものを確認しながら、
   デモンストレーション(作業の実演)を見たりして。

   識字クラスという(文字だけに限定する)ものだと、
   人が次第に来なくなってくるのが分かっていたので、
   いかに他の動機付けをして、
   参加し続けてもらうかと言うことで。

   前半は、
   インストラクター(識字教育の先生)との関係作りを重視して、
   また、技術的なところでも徹底的に訓練したので、
   その人たちが来なくなる心配はなくなったんですけど。

山本:あ、ちょっと待って。
   インストラクターと言うのは、
   (各地の識字教育の)学校の先生のこと?

   それとも、
   学校の先生たちに教え方を指導する役割の人
   (先生の先生)のこと?


(注:普通、国際協力の世界では、
 (田舎にいる)先生たちをある程度大きい都市に呼んで集めて、
 数週間かけて、先生の先生が教育の仕方を教える研修会をする。
 その後、先生たちは田舎に戻り各地でその教育を実践してゆく。)


めい:「先生の先生」と言うような役割は、
   本来、うちのオフィスがやらないといけない仕事なので、
   でも、それが全く(行われて)なかったので。

   私の地域の先生たちは、
   一切トレーニングを受けてない人たちだったので、
   OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング=実地研修)
   ということで、
   とりあえず授業を開催してもらって、
   少しずつ教え方を学んでもらっていく
   というものでした。
   トレーニングというか、まさに実践でしたけど。

   後は、先生たちの方でも、生徒が来なくなると、
   やる気がなくなってしまうので、

   参加する生徒数の多い少ないに関わらず、
   教えると言う仕事が素晴らしいことであると言うことを
   プライドとして実感できるようにしてもらいながら、

   後は、生徒の側の問題として、来る方が興味をもってくれるような
   さっきあげたようなワークショップも交えながら、
   というような形が2年間ずっと続くんです。

山本:(絶句しながら)いやー、大変だね。


・・・そもそも、識字教育の必要性があるのか?


めい:そのくらい必要性が感じられていないと言うか・・

   みんな、文字が読めるようになった方がいい、と
   口では言うし、それを頭では分かっているんですけど、

   実際に、文字が読めるようになったら
   どういう生活の変化があるかとか
   何か得するか(便益があるか)というのが、
   見えにくいんですよね。

   私自身も、正直なところ、2年間、それがつかめなくて。

   それがもっとうまく伝えられたらいいのに、
   と思っていたんですけど、

   同僚であったり、
   他のNGOの人たちにいっぱい相談したんですけど、
   こういう理由があるから、識字クラスって大事だよね、
   っていうその理由が、どうも見つからなくて。

   お題目としては、いっぱいあると思うんですけど、
   現地の生活に密着した、これが理由だ、と言えるものがなくて、
   結局、未だに分からないんですけど。

   各クラスにすごく真面目に来る人が大抵何人かいたので、
   生活で忙しい中、どうやって毎日来れるの?
   と聞いたりしていたんですけど。

山本:その真面目な人たちは、
   (識字教育に来る理由を)なんて言っていたの?

めい:その人たちが言っていた理由の中で、
   これかもしれない、というのがいくつかあって。

   まず、
   (1)「孫に笑われて恥ずかしかった」。

   教科書とか何か読むものを見せられて、
   読んでほしいとお願いされたのに、
   読めなくて恥ずかしい思いをした、というのがあり。

   あと、みんながすごくよく挙げるのが、
   (2)「教会でバイブル(聖書)が読みたい」という理由。

   あと、もう一個、よく言われる理由が、
   トレーニングなどで例として出てくるからか、
   (3)「ビジネスを始める上で、役に立つから」というもので。

   小規模のビジネスなら既にやっているし、
   文字が読めるようになって、
   ビジネスがどう変わるかまでは理解してないと思うので、
   本当のところはどうなの?と思う動機ですけど。

   この(うちの)二つ目、
   (聖書が読みたいこと)が一番多くあげられていました。

   最初の二つが、
   生活に密着している意見だなぁと思ったんですけど、
   7、8人くらいいた、クラスにちゃんと参加している人から
   聞いた意見です。

   で、まぁ、この人たちが、
   こういう理由で参加していたとしても、
   他の人が同じ理由で(識字教室に参加)したいかというと、
   それはまたちょっと違うと思うんですね。

   じゃあ、その他の人をエンカレッジする(励ます)ための何か、
   というのが、私には分からなかったです。2年間。

山本:そうだね。


・・・2年間は、自己満足だったか?


めい:だから、
   (この2年間で)やってきたというほどのことは、
   やってないんです。

山本:ふむ、そうだね。
   そうだねというと、それで終わってしまうけど。

めい:いや、でも、私は本当にそう思っています。

   ただ、そういう現実があるんだな、
   ということを知れただけでも良かったな、と。
   まさに「自己満足」ですけど。


(注:山本敏晴の著書の中に「国際協力は自己満足ではいけない」
 という主旨のことが、何度も書かれており、
 めいさんはそれを読んでいて、私の考えを知っているので、
 上記のような発言をしている。)


   でも、うちの(地方自治体の)オフィスは
   それでいい(現在の状況のままでいい)
   と思ってやっているわけですし、

   私に対しても、(識字教育プログラムを)活性化して、
   合格者を(数字で)増やしてくれ、
   ということが求められていたわけでもないので。

   (識字)クラスが消えてなくなっていたところに、
   クラスが復活しただけでも大喜びだったので。

   それで喜んでいる(地方自治体の)人がいたのなら、
   それでいいのかなとも思いますけど。


・・・ヒト・モノ・カネのうち、モノ(場所)は?


山本:(上記について、いろいろ言いたいことはあるが)
   哲学的な(観念的な)話は、後に回して、

   まず、物理的な(客観的な)話の確認をすると。

めい:はい。

山本:最初に、学校を作るために、農業関係の協力隊員に同伴して
   クラスの立ち上げをやっていたと話していたけれども、
   基本的に、ヒト・モノ・カネみたいなものが
   その際に必要になると思うんだけど。

   この場合のモノと言うのは、要するに、
   土地と学校の場となるスペースと言うか、

   教会の場所を間借りするにしても、
   あるいは、村長の(家の)部屋にしても、
   何らかが必要になると思うんだけど、新たに作ったの?
   それとも、既にあるものを借りたの?

めい:学校(小中学校)を借りたりしていましたよ。
   あるいは、借りる教室のないようなところでは、
   木の下に集まってみたいな。

   そういう(青空教室のような)場合には、
   黒板がないから、黒板を買ってくれとか要望が出たり、
   でも、雨季で(屋外での開催は)現実味がないので、
   そういう地域では、
   結局は教会にあつまるようにしたりしました。

   現地の学校は大抵の場合、午後2時ごろに終わるので、
   その後、教室を間借りすると言うのが、
   一番現実的だったんですけど。

山本:午後何時ごろから何時ごろでやっていたの?

めい:地域によって自由に決めてよかったんですけど、
   1時から3時までか、
   2時から4時まで、でしたね。

山本:それは来る方(である生徒側)も、いやだろうねえ。

めい:でも、朝の方が女性は忙しいので。
   一応、朝よりは午後の方が現実味はあります。

山本:地域によって違うと思うけど、
   それは曜日で言うと何曜日にやっていたの?

めい:月から金までの中から、4日を選んでいるところがほとんどです。
   だから、わざわざ集まらないといけないんですよね。

山本:俺なら、教会の前か後にやるべきだと思うけどね。

めい:でも、みんな教会の後とかでもやりたがらなかったですね。
   教会の後は、
   コミュニティ・ミーティングが入っていることが多いみたいで。

山本:コミュニティ・ミーティングで、
   識字の必要性を説いてもらうっていうのは?

めい:まさに、一番うまくいっているところは、
   コミュニティの人たちから、
   特に、男性からの理解がある場所でした。

   私が、(クラスの運営状況で)おかしいことがあると指摘したら、
   偉い人がそういうミーティングの場で、
   がつんと言ってくれましたよ。

山本:あ、そうだ、言うの忘れてたけど。

   あなたは、「大人への識字教育」という説明をしたけど、
   一般的に(途上国で)は、

   大人の「女性の」識字率が低いことが問題になっているので、
   ネパールとか、大人の女性に特化した識字教育を
   やっているところもあるんだけど、
   あなたのいた国では、男性・女性双方に対して実施していたの?

めい:(苦笑しながら)
   そこがまた、お題目の問題なんですけど。

   ほとんどの教室は、女性だらけなんです。
   で、成人向けの識字教室なので、男性の人も対象にしているし、
   女性より割合が低いながらも、
   現実に男性で読み書きが出来ない人も、いるんですけど。

   男性で、一、二回参加してみる人も
   プライドがあるからか、来なくなる場合がほとんどですし。

山本:それは、女ばっかりの中に、
   俺がどうしていないといけないんだ、みたいな?

めい:恥ずかしいんでしょうね。

山本:まあ、それはそうだろうね。

めい:後は、先生が女性である場合に、
   そんな女性に教えてもらうなんて嫌だ、
   と反発したり、とか。

   先生が男性である場合には、
   生徒には男性も女性もいるんですけど、

   先生が女性のクラスで、
   男性の生徒というのはほとんどなかったです。
   (名目上は)男女ともに開かれたプログラムでも、
   そういう実態でした。

山本:まあ、それはそれで「あり」だと思うんだけど。

   場所については、今、言ったとおり、
   教会や学校や木の下を借りてやっていた、と。


(続く)

・・・

このブログの続きはこちらへ
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65444774.html