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このブログは、前回の続きです。

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・・・自分の帰国後、識字教育学校たちは、どうなった?


山本:まあ、分かりました。

   2年目がそのように、
   7クラスから4クラスへと減って、
   で、あなたは(2010年)2月3日に帰ってきました、と。

   もうすぐ3月になり、第3期目が始まると思うんですけど、
   それら(識字学校たち)はどういう感じになりましたか?

めい:そう思いますよね?ふふふ。(その後、爆笑)

山本:あ、まず、その前に、
   あなたの地域に後任の隊員は入ったんでしたっけ?

めい:私が延長していたので、1ヶ月くらい重なったんですけど。

   (後任の)彼女には、私の仕事を引き継いでもらうというよりは、
   自分で(業務を)探すという感じにしてもらって、
   今は何をするかで悩んでいる状態だと思います。

   私、ずっと後任は要らないと言っていたんですね。
   でも、JICAが入れると決めたので、
   後任の人が入ったんですけど。

   結局、うちのオフィスの活動自体は、
   現地の人がたずさわる方が、
   日本人がするより効率的だと思うので、

   逆に、ボランティアとして必要なこと、
   あるいは、「技術移転」とかも
   よく言われていることだと思うんですけど、
   そういう観点で行動してもらうことの重要性を、
   JICAの調整員さんや同僚に対して説明しました。

   自分がしたように、業務の一部を受け持つだけというよりは、
   オフィスの同僚やフィールドワーカーに付き添って行動した方が、
   自分自身の活動の継続性や、村の人とのコミュニケーションとか、
   同僚への知識移転とか、
   そういう観点でより良くなるのかと思いました。

   これは、自分自身の活動も踏まえた反省点でもあるんですけど。

山本:じゃあ、これからどうなるかは全然知らない?

めい:で、識字クラスのプログラムが変更することになっていて、
   それは、
   私が延長することを決めた(2009年)9月くらいに
   分かったんですけど、
   要するに、9月に政府の決めていた予算がストップして、
   報酬が支払われなくなったんですね。

山本:3百円が来なくなったのね?

めい:そうです。それすら。

   元々、政治の公約で、
   成人の識字教育を強化するという話があって、
   2010年以降にプログラムを再度作り直すのに備えて
   予算が止められたという話なんですけど。

   なので、
   私が帰る直前の1月から新しく始めるということで、
   フィールドワーカーのトレーニングを実施したり、
   一部の地域で、
   インストラクターのトレーニングを実験的にしてみたり、
   ということを、
   以前の識字プログラムと並行して、行なっていました。

   1月から10月までと期間を変えて、
   週4日2時間ずつというのは変わらないんですけど、
   後は、インストラクターへの報酬を二倍に増やしたり、とか、
   テキストを少し厚くしたり、といった改定を進めていました。

   まだドナー(資金提供団体)探しをしている段階で、
   お金をどうやって持ってくるかは
   分からないんですけどね。

   でも、ドナーが決まっていないのに、報酬の額を倍増すると
   お金が足りなくなったりするはずなんですけど、
   色々決定しないうちに、動き始めている感じでした。

   そういう流れが背景にあったせいか、
   2年目の識字プログラムでは、
   12月にきちんと試験が実施されて、
   帰ってくる前に、合格者まで出たのを確認できたので、
   その点は、良かったですけどね。

   中途半端になるので、新しいプログラムには、
   あまり関わらないようにしてたんですけど
   フィールドワーカーへのトレーニングには参加したり、
   自分の担当地域で今後の変化に関する説明をしたりはしました。

山本:2年目は合格者出たの?

めい:(満面笑顔)出ました、出ました。

山本:残りの四つから?

めい:一つのクラスでは、1年目も2年目も出て、
   それぞれ4人と3人だったんですけど。

   他の三つのクラスでは、4人合格のところと、後1人ずつで。

   一つのクラスでは色んな状況が重なって
   今年で活動を終了させることが決まっていたので、
   奇跡的に受かってくれて、本当に良かったですね。

山本:なるほど。
   これで活動の大体の話が分かりましたね。



・・・2年間の派遣で、良かったことは?


山本 で、戻ってきて、最初の感想に戻りますが。

めい:でも、楽しかったです。

山本:じゃあ、良かったことと、悪かったことと、
   三つずつくらいあげてみましょうか。

めい:私、配属は県庁所在地、県のオフィスだったんですね。
   活動先は村で、配属先では県庁の役人さんと同じ立場で、
   その双方を見れたのが良かったです。

   私、(現地に)行く前は、
   お金を搾取する役人と、ひどい目にあっている村人、
   みたいな変なイメージがあったんですけど。

   政府の役人も、中央からお金が配分されないと仕事が出来ない、
   というのは仕方ないことですし、
   おかしいところがありながらも、彼らなりに頑張っているんだな、
   と思えるようになりましたし。
   そういう限られた中で、(自分たちは)何ができるのかな、
   と考えるのは面白かったですし。

   村落開発という職種だと、
   プログラムオフィサー的なことだと思うんですけど、
   村人と一緒に現場での活動ができたのも面白かったですし。

   両方を見て、自分の中の変な先入観が変わって、
   良かったなと思います。

山本:はい。

めい:後は、配属先が、何も求めてくることがなかったので
   本当に自由にさせてもらえたので(良かったです)。

   そういう意味では、助けみたいなのも全くなかったですけど、
   自分らしくやりたいようにやれて、
   同僚から、止められるというよりは、
   分からないことは、相談して、教えてもらうことができましたし。

   技術移転・知識移転みたいなことは、あまりできなかったですが、
   経験を積ませてもらったという点では、すごく良かった。

山本:もう一点ぐらいあります?

めい:うーん、どんな感じの(ことを言えば)?

山本:合格者が出たこととか、嬉しくなかったです?

めい:それは、すごく嬉しかったですよ。

山本:じゃあ、それ言ったほうがいいと思いますけどね。

めい:ああ、そうですね。
   合格者のこともあるんですけど、
   個人的には、インストラクターが頑張らないと、
   クラスが消えていくと思っていたので、
   自立とかお金のためだけじゃなくて、
   (インストラクターが)
   やりがいを持って取り組んでくれたらいいな、
   と最初から思っていたので。

   だから、生徒が来なくても、彼らが教室に行く回数が増えたり、
   私との約束の際には、必ず、
   時間より前に来るようになってくれたり。

   私自身が識字教育の重要性を伝えきれなかったりとか、
   反省とか後悔があったんですけど、
   少なくとも、彼らが仕事に対して誇りを感じたり、
   私に対する態度でそれを示してくれたりしたということについて、
   彼らに感謝していますし、嬉しいなあと思います。

山本:七つクラスがあったうち、三つつぶれたんだけど、
   残った四つのクラスの中で?

めい:3人です。

山本:3人のインストラクター(先生)が、
   あなたの期待に応えてくれたということだよね。

めい:と思います。

山本:残り1人のインストラクターは、
   もうなくなるクラスの担当だった人ですか。

めい:そうです。本人の問題か取り巻く環境が原因かは分かりませんが。

   残りの3人については、教えることに自信がついていましたし、
   教え方のアドバイスを積極的に取り入れてくれてましたし、
   元々それぞれの村が近かったり、
   顔見知りで助け合うような環境だったとはいえ、
   お互いの授業を見に行って、いいところを学び合っていましたし。

   私がいる場所だとどうしても
   私に意見を求めがちだったんですけど、
   そうじゃなくて、
   私がいない所で自主的に活動してくれてたと言うのは
   本当に嬉しかったですね。


・・・2年間の派遣で、悪かったことは?


山本:悪かったことは?

めい:そもそもあそこのオフィスに
   JICAボランティアが必要なのか、
   という点については、
   JICAオフィスと何回も話し合いをしました。

   そして、私は、後任も要らないと
   (現地にいた時に)言っていました。

   私自身は、一杯学ばせてもらったし、
   すごく楽しかったと思うんですけど、

   そして、
   (日本政府も、人を派遣した実績さえあればいいので)
   協力隊はそれでいいのかもしれないんですけど、

   こんなに大量の税金(1〜2千万円)を使って、
   そこに(日本の人材を)入れ続ける意味があるのかなと思いました。
   私が、配属先のオフィスで必要だったのかなとも思いますし、
   悪かったことというか、まあ、疑問ですかね。

山本:その話は、また長くなるので、最後にやりましょう。
   二つ目ありますか、他に?

めい:これは私自身の性格に関する反省なんですけど、
   派遣国の現地の人たちは、
   悪いことがあっても言わないんですね。

   見てない振りをする、あるいは、
   (そういう場合は)黙って離れていくような。

   だから、人前で怒ったり、感情を出して強く言うことに対して、
   拒否反応を示すんですね。

   私、短気ですし、ものの言い方がすごく強いので、
   やはり最初、そこですごく失敗をして。

   性格的なところを気をつけていれば、
   もっと人間関係がいろんなところでうまくいっていたのかな
   と思います。

   最後に(識字教室で)一クラスつぶれてしまったところも、
   (インストラクター)本人とはうまくいっていたんですけど。
   その人を裏であやつるリーダーみたいな人がいて、
   彼女と私の関係がこじれたんですよね。

   そのリーダーとうまく人間関係を築いていれば、
   クラスだって、
   つぶれることなく残っていたかもしれないですから。

   短気にならずに、相手としっかり接することで、
   ミスコミュニケーションは減らせていたのかなと思います。

   そのリーダーの人も英語がすごく出来る相手だったので、
   お互いにはっきり言い過ぎてしまったところがあったんですけど、
   他の人たちに対しては、現地語で会話せざるをえないために、
   逆にトーンダウンして、怒りきれないことがありました。

山本:最初、七つの学校を開設したときには、
   そのインストラクター(先生)は
   男女、それぞれ何人ずつでしたか?

めい:男性が1人ですね。

山本:残り6人は女性と。最後残った三クラスはどうですか。

めい:一番良かったクラスは途中で先生が変わったんですね。
   そこが、女性から男性に代わって。

山本:じゃあ、今は女2人と男1人と。

めい:その変更を行ったクラスでは、
   コミュニティが識字クラスをすごく支えていて。

   元々の女性の先生もすごく頑張っていたんですけど、
   コミュニティでの話し合いの中で、
   学習者が減っていた際に、
   どうやって立て直すか対策を話し合って、
   教室の場所をもっとニーズがある場所に移そうという話になって。
   学校から教会に場所を移したんですね。

   で、元々、教室まで近くなかった女性の先生の家が
   さらに遠くなってしまい、
   授業を開催するにあたって不便だったので、
   そのときに、新しい先生に変更したという経緯があります。

山本:悪いこと、もう一点(ぐらい、聞きたいの)で、

   車が(任地へ)出版しなかったとか、
   (自分の住む)家ができてなかったとか、
   生活環境では色々あったと思うけど、
   他に、具体的に何かある?

めい:自分の不注意が大きいんですけど、私、警察に二回行きました。

山本:それは、どういう理由で?

めい:一回目が、家の鍵を閉め忘れて、
   ウオッチマン(警備員)に家に入られました。
   現金ほとんど置いてなかったんですけど、盗まれました。

   で、もう一回は、
   首都に行って戻って来る際に乗っていたバスで、
   普段だと荷物を足元に置くんですけど、
   その時は、落花生を食べた後の殻をそのまま捨てる人がいたり、
   その前の時に利用した際に、子供が車内で粗相をしたりして
   バッグを汚されそうになったので、
   棚の上に置いていて、その後、寝ていたら、
   途中の休憩地点で、見てみたら、
   かばんが丸ごとなくなっていました。

山本:まあ、でも、現金もそんなに入ってなかったよね?

めい:任地先でも銀行口座があり、現金を持ち歩いたりしないので。
   全然持ってなかったです。
   警備員に関しては、千円くらいですかね。

山本:バッグは?

めい:バッグはもう出てこなかったですけど、
   日本で保険に入っていたので。
   (被害額の)三分の一程度は(戻ってきました)。

山本:警備員と言うのは、アパートの?
   それとも警察か何か?

めい:アパートのです。
   赴任国では、JICAからの推奨で、
   少なくとも夜だけは警備員をつけるようになっていたので。
   私は街中に住んでいたこともあり、
   朝と夜、一人ずつ雇っていて、家に常駐してもらっていました。

山本:で、その雇った人に盗まれた、と。

めい:(うなずく)

山本:協力隊に限らず、
   国際協力で(国際協力をやっている人)の死亡原因の一位が
   ほぼ常に、交通事故なんですが、
   その手の危ない経験はなかったですか。

   現地では、バイクにも乗っていましたよね?

めい:現地で転んだのは一回だけですけど、
   特に大きな怪我でもなかったので。

   あ、でも、そういう意味では、
   任国外旅行で隣国(モザンビーク)に行った方が危険でしたよ。

   車事情がより悪かった気がするんですけど、
   乗っていたバスが脱輪しましたね。

山本:へー。任国外旅行は2週間?

めい:2年間の任期の間に2週間ですね。
   今はまた変わったらしいんですけど。

山本:今は?

めい:2倍になったらしいです。1年につき2週間。
   そして、1年間は繰り越せるみたいです。

   私費であれば、日本に帰ってくるのも容易になったみたいですね。

山本:働いてないといけない期間に休日になるわけだから
   また無駄な税金が上がりますね。

   では、以上で、
   あなたに関する、いいこと悪いこと三点ずつですね。


・・・青年海外協力隊に応募したい方へ、メッセージ


山本 次、協力隊に応募することを考えている人への
   メッセージをお願いします。
   何か、これだけは言いたいこと、とかあります?

めい:ない。ないですね。(キッパリと)

山本:俺も話し聞いてて、そんな感じかなと思ったよ。
   (あなたは、そういうんだろうな・・と思って質問をしました。)

めい:人は人、自分は自分。

山本:このインタビューの前に、
   前回の2年半前のインタビューを読んでたら、
   やっぱり、この人(メイさん)は、
   自分というのがすごく強い人なんだなと思って。

   良くも悪くもなんだけど。

   だから、(2年半前にインタビューをしたときに)
   現地でも喧嘩するんだろうなあと思って聞いてたけど、
   (で、実際、そういうこともあったみたいだけど)
   まあ、それでいいと思います。

   じゃあ、JICAに依頼されたと仮定して、
   派遣隊員のOGとして、
   これから協力隊に応募する人の説明会なんかで、
   3分ぐらい話すとしたら、どういう内容を話しますか。

   多分、これから実際にあると思うんですけど。

めい:あ、でも、実際にそういうのがあれば、
   私は一生懸命やりたいんですよ。

   それは「協力隊に行きなさい」という意味ではなくて、
   税金を使って、日本とほとんど接点のない国にいた以上、
   その国のことを伝えるのも一つの役目かなと思っているので。

   後、行く前は、アフリカ=貧しい=かわいそう
   というイメージがあったんですけど、
   今は、本当に貧しいの?本当にかわいそうなの?
   という疑問があるので、

   私が見てきた、お金がない中で楽しく暮らしている人たちとか、
   (学問という意味での)賢さはないけど、
   生活の知恵がすごくあるし、
   助け合いというのが自然な形である環境と言うのは、
   もうちょっと、
   ちゃんと整理しないと具体例とかは出せないんですけど。

   アフリカ=かわいそうではなく、
   アフリカの人たちから私たちが学ぶことがあるんじゃないかな、
   というのを伝えたいと思います。

山本:それで充分じゃないですかね。分かりました。
   これで(最低、聞かなきゃいけないことは)一通りですかね。


(続く)

・・・

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