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地上デジタル放送が始まり、
これまでのテレビでは
もうすぐ映像が見られなくなるというので、
私は、しぶしぶ、テレビを買い替えることにしました。

これまで使っていたテレビは、
非常に愛着のあるもので、
できれば、お別れしたくなかったのです。

その理由は・・


18歳の頃、
田舎から東京にでてきた私は、
様々なコンプレックスがありました。

1.田舎ものと呼ばれたくない。
2.女性と口をきいたことがない。(男子校だったため)
3.おぼっちゃんだから、何もできない。
4.やりたい夢がなく、あってもそれを実現する根性がない。

などなどです。


で、
18歳の頃から、
新宿の、歌舞伎町の居酒屋にいって、
時給700円で、皿洗いをしました。

午後9時から午前4時半まで、
皿洗いをし、お金をもらい、
大学に行って、寝る、という生活でした。

(大学にいくのは、「出席をする」ためです。
 代返(だいへん、代わりに友達が返事をすること)
 が、できない授業が多かったため、でした。)

この生活により、
私には根性がつき、
お金もたまり、

お金ができたことによって、合コンなどに行くことができ、
女性とつきあう術(すべ)をおぼえ、

いくつかのコンプレックスを、
なくす・・ことはできませんでしたが、
減らすことは、できました。


で、最後に残ったコンプレックスが、
いえ、夢が、

「大きなテレビを持つこと」でした。


・・・

なんで、それが夢なんだ、コンプレックスなんだ、
と言われると、返事のしようがないのですが、

自分で働いて得たお金で、
自分の住んでいるアパート
(ワンルームマンション)の部屋の、ど真ん中に
巨大なテレビを、据え置くこと。


ちょっと、想像して見て下さい。

8畳ぐらいの部屋に、
部屋には不釣り合いなほど、でかい
35型のテレビが、どかんとある様(さま)を。

(注:35型のテレビは、
 画面を斜めに測ると、90cmもあります。)

当時のテレビは、ブラウン管です。

今の
液晶のテレビですと、
40型でも、そんなに大きくありませんが、

ブラウン管のテレビですと、
その大きさは、
小錦(コニシキ)ぐらいありました。
ほんとです。

(あ、今の若い人は、小錦という相撲取りを
 知らない可能性がありますね。
 では、朝青龍と白鳳が、
 二人並んだぐらいの大きさでした。)

と、いうような大きさのテレビを
私は、自分の8畳のアパートに据えたのです。


バカでしょ?

でも、私はやりました。
バイト代金をはたいて、
たしか、24万5千円で、
秋葉原の「サトームセン」に行って買いました。

(「本当は、40万円以上するんだけれど、
  型落ち(古い型)の商品だから、特別です」
 という店員さんの口車に乗せられて、買っちゃいました。)



・・・

この行動は、やや意味不明でしたが、
きっと、当時の私としては、

「自分で稼いだ金で買った「でかい」ものが、
 自分の部屋の、ど真ん中に「でん」と存在していること」が、

「自力で、コンプレックスを克服していった
 青春時代の努力の証(あかし)、結晶(けっしょう)だった」

と思っていたのではないかと思います。多分。


しかし、そのテレビとも、
今日でお別れです。

先ほど、引き取り業者に、持って行って頂きました。

テレビの下からは、
20年間、たまりにたまった「綿ぼこり」が出てきました。


たくさんの、白い、わたぼこりでした。

小さい、プラスチックの破片や、ネジや、
なにかの部品も、いろいろありました。

どれもこれも、
なんの破片なのか、なんの部品なのか
さっぱりわかりませんでしたが、

なんとなく、いとおしく、感じました。


すべて、私がかつて、
その時々に、なんらかの生活をしていたことの、証拠なんだよな、
と思いました。


余談かもしれませんが、
20年間、テレビの下にたまった綿ぼこりのように、

私のお腹(おなか)にも、たくさんの
脂肪という名前の「ほこり」がつきました。

テレビの下にうずもれていた、プラスチックの部品のように、
私の顔には、
皺(しわ)という名の、破片が埋め込まれました。


どちらも、
私のまわりで、時間が流れてゆき、同時に、

私が、
なんらかの生活をし、
なんらかの仕事をしてきたことの
証(あかし)なんだよなと思いました。


「私は今まで、何をしてきたのでしょうか?」


今日は、せめて、
テレビの下にあったゴミたちと、
私の体にきざまれたゴミたちの、
両方を見つめながら、
これまでの人生を思い出してみようと思っています。

そして、
これからの人生を、想像してみようと思います。


やがて、この世から消えていってしまう、
ブラウン管のテレビのように、
やがて私も、いなくなる。

きっと、それだけのことです。


でも、私が作りだした綿ぼこりたちがあります。

本や、ブログや、あるいは
私の講演を聞いた人の記憶の中に刻まれたもの。


その綿ぼこりたちも、
やがていつか、片づけられてしまうことでしょう。


でも、
その綿ぼこりたちを見た人の、
誰か一人でも、その「ほこり」の一つを、
いとおしいと思ってくれた一瞬があったなら、

私の人生は「幸せ」だったんじゃないかと思います。


その幸せを感じる頃、
私はきっと天国で、ほほえんでいることでしょう。


もちろん、

先に天国に送られているはずの、あの「大きなテレビ」のそばで。