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全ての人が生活しやすい社会を目指す。
差別がなく、
障害者の方でも仕事や日常生活がしやすい仕組みを作る。

そのために、
いろいろな考え方が生まれてきた。

簡単に、これまでの歴史を紹介する。


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バリア・フリー (Barrier free)

1974年、国連の「障害者生活環境・専門家会議」が、
「バリア・フリー・デザイン」を提唱した。

(緑の車いすのマークが目印。)


具体的には、(足などが動かない)身体的な障害者の方が、
車椅子で移動しやすいように、
段差などを、道路や建物の入り口から取り除くことが
最初の考え方だった。

段差などの「障壁」(バリア)を取り除く、という意味で
バリア・フリーという名前がつけられた。


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ユニバーサルデザイン(Universal Design、UD)

1985年に、アメリカの、ノースカロライナ州立大学の、
ロナルド・メイス(1941-1998年)という人が、

上記のバリア・フリーを発展させた形で、
ユニバーサル・デザイン、という考え方を提唱した。

身体的な障害者の方だけでなく、
どんな人にも、使いやすいデザインのことを言う。

具体的には、、

一般の人が使う場合でも、
安全で、かつ使いやすい、ドア・エレベーターなど。

障害者に対してもその対象を拡大し、
身体障害者が使用しやすいトイレの普及、
視覚障害者への点字や音声案内、

その他、
外国人のために、(地下鉄などの交通機関で)絵文字の普及、
高齢者のために、(新聞等で)大きな文字の使用、
など。


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で、以上の二つを踏まえた上で、
今日は、この分野における、もう一つの話題を紹介する。

それが、
「カラー・ユニバーサル・デザイン」だ。


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まず、色覚障害の統計(疫学)から。

日本人の場合、
男性の約5%、女性の約0.1%が、色覚に障害を持っている。

人口の5%、ということは、
20人に一人の割合でいるわけであり、かなりの数になる。

つまり、
一般に知られているよりも、この事実は社会にとって
大きな問題なのである。


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次に、
色覚障害者の呼び方について、である。

どのように呼ぶのが適切か(差別的でないか)
ということに関して、議論が続いている。

色盲、色弱、色覚異常、色覚障害、などの表現があるが、
どれも、ネガティブな語感があるため、
一部の当事者の方から、どの表現もそれぞれ、反発を受けている。

で、いろいろ調べたところ、
おそらく、以下のように呼ぶのが、もっとも適切である。
それは、

社会において少数派の、色覚における「特性」を持つ人

というものである。

つまり、「特性」であって、
けっして「障害」ではない、という考え方が、
おそらく、もっとも妥当ではないかと思う。

しかし、今回の記事では、
ブログの文字数が増えすぎないように、
以下、単に、色覚障害者、という
医学的な用語をそのまま用いる。


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3番目に、
色覚障害の、種類について。

色覚障害には、いろいろな程度があり、
全ての色を、まったく感知しない人から、
赤と緑の2色付近の色だけを感知できないタイプなどがある。

後者のほうが、人数が圧倒的に多いため、
今回は、以後、この赤緑(せきりょく)色覚障害について
記載してゆく。

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ここで、ちょっと、歴史について触れる。

明治時代の富国強兵の頃から第二次世界体制の敗戦まで、
日本は軍国主義をとってきた。

このため、軍隊で使えない人材は、
能なし(のうなし)と考えられてきた。

日本軍では、少し遠く離れた味方の部隊同士の連絡のために、
「手旗信号」(てばたしんごう)が用いられていた。

色の付いた、大きな旗を振ることで、
迅速に連絡をすることができる方法だった。

色覚障害の人は、これに使われる「色」がわからないため、
軍隊では、「役立たず」とみなされていた。

(このため、指揮官クラスへ昇進することがなかった。)


ここから、
色覚障害者への差別が始まった、
という説もある。


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さて、話は変わって、
一般に、小学校の1クラスは、
40人ぐらいである。

そうすると、その中に、平均で、
2人ぐらい、色覚障害の子どもがいることになる。

以前(私が小さい頃まで)は、
子どもたちは、強制的に「色覚検査」を受けさせられ、
誰が色覚障害をもっているかどうかを
学校側が知ることなり、そこから親へも通知された。

しかし、
この検査の結果が漏れた場合、
それがもとで、学校内で、
差別や「いじめ」が起きる、かもしれない、という理由で
いつの頃からか、この検査は、行われなくなった。


この検査をしなくなったことが、
良かったのか、悪かったのかについては
いろいろな意見がある。

で、
悪かったことの一つ、としてあげられるのは、
小学校で検査をしなくなったため、
その子どもが、会社(企業)に就職しようとする時まで、
本人が「自分が色覚障害であること」に気づかない、
ということである。

例えば、デザイン系の会社、
メークアップアーティスト、美容師、、
ファッション系の企業の就職試験では、
色覚障害の検査が、入社試験の一つとして
行われる場合が多い。

で、そこで落ちて、初めて本人は知るのである。
「私は、色覚障害だったんだ」と。


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その他にも、大きな問題が社会で起こっている。

子ども関係のものと、
大人関係のものを、
一つずつ、紹介する。

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子どもに対して、色覚障害が大きな問題となるのは、
教科書、である。

例えば、算数の教科書において、
次のような問題があったとする。

「赤い玉と、緑の玉をたすと、
 合計、いくつになりますか?」

この教科書には、実際に色のついた
赤い玉が1個、緑の玉が2個、
その他、いろいろな色のついた玉があるイラストが
掲載されている。

もちろん、答えは、合計3個なのだが、
赤緑色覚障害の方には、
赤も緑も、灰色に近い色に見えるため、
計算をすることができない、という問題が生じる。

つまり、
教科書を作る際に、
色覚障害を持つ児童にも配慮した構成にする
必要があるのである。

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大人に関する問題で、もっとも大きなものは、
各地の市町村、地方自治体が作っている
ハザードマップである。

ハザードマップとは、
地震などの大きな災害があった時に、
住民が避難する場所を示すもの、である。

通常は、近くの学校の校庭などになっているもの。

で、
このハザードマップには、
いろいろな色が使われているが、
避難場所が、赤や緑で表示されている場合、
上記の色覚障害の方は、
それが判別できない可能性が高い。

つまり、災害が起こった時に、
正しい場所に避難できない可能性がある。

これは、大変な問題である。

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以上から、
カラーユニバーサルデザイン機構
という組織が作られた。

先日、NPO法人格を取得した。

この法人は、
色覚障害者に起こっている、
様々な問題を、徐々に解決していこう、という主旨の団体だ。

上記のような教科書の問題、ハザードマップの問題、
などを指摘し、
教科書を検定したり、
地方自治体に助言を与える事業などを行っている。

最近は、
大企業たちのCSR(企業の社会的責任)のブームにのって
CSRリポートを作る時も、
色覚障害者でも読むことができる色を使うような
指導をするようになった。

一般の工業デザインでも、
例えば、赤は認識しずらいので、
オレンジを使うことを推奨している。


(で、先日、NHKの大河ドラマ「龍馬伝」をみていたのだが、
 耳の不自由な方のために表示される、音声字幕を見ていたら、
 主人公の(龍馬の)セリフには、オレンジが、
 他の役者のセリフには、白が使われていた。
 このように、テレビ業界にも、
 カラー・ユニバーサル・デザインは、入りこんできている。)


繰り返すが、色覚障害の方というのは、
男性の総人口の5%もいるのであるから、
日本だけでも、人口は、300万人以上いるのである。

よって、こうした配慮が、
社会に広がってゆくのは、良いことではないか、と思う。


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さて、一方で、
色覚障害という、
普通に考えると、欠点、と思われるものを、
逆に、長所にした人物もいる。

私の先輩の一人だ。

私の母校、慈恵医大の数年上に、
O(オー)先生、という医師がいる。

彼は、医学部時代に自分が色覚障害であることに気づき、
普通の医者になることを断念した。

やはり、正常な色彩が見えないと、
患者さんに対して、誤診をしてしまう確立が高くなる、
と考えたからだ。

特に、なんといっても、最大の欠点は、
「血の赤い色が見えない」、ことだった。

医師なのに、
血が赤く見えない、ということが
もっとも気になったことだった、と言う。

で、
彼は医学部を卒業し、
医師国家試験に合格した後も
患者さんを診療する臨床医にはならず、
大学の研究室に残って、研究者になった。

彼は、解剖学の教室に入った。

そうしたら、
なんと、彼は、自分の欠点だと思っていた
色覚障害が、逆に長所になった、という。

理由は、
顕微鏡で、体の組織をみた場合、
組織の染色に使われる染料の赤と緑が、
彼には見えないため、
人よりも、より深い、より奥まで、
人体の組織を観察することができたのだ、
という。

彼はこの「特性」により、
数多くの論文を書き、
ついに、先日、教授になった。

現在、S大学の教授に就任している。


自分の欠点、と思われるものを
長所に変えてしまった、という人もいる。


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もう一つ、似たような話がある。

戦時中に話は戻るが、
日本軍は、手旗信号が見えない、
ということで、色覚障害者を差別し、
軍隊の要職につけなかった。

ところが、
アメリカ軍では、逆だった。

軍隊の人は、
どこの国でも、
迷彩色の服を着るが、
色覚障害の人には、
その迷彩色が通用しなかった。

このため、
森の中などで、
敵の兵隊を発見するための、
偵察要員として、色覚障害者は、
アメリカ軍では、重用された。

日本では、役立たずだと思われていた色覚障害者が、
アメリカ軍では、重宝されていたのだ。

結果は、アメリカが戦争に勝った。


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つまりは、適材適所。

どんな「特性」を持つ人にも、
必ず、自分の能力を発揮できる場所はある、のではないだろうか?

















関連ブログ:

障害のある方の定義 1551字 (国際協力、開発学)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65315428.html





関連リンク:

バリアフリー - 国土交通省
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/index.html

バリアフリーの情報館
http://www.wamnetrunner.com/

東京都福祉保健局 ユニバーサルデザインとは
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/chiiki/machi_uni/sho1.html

Color Universal Design Organization-
カラーユニバーサルデザイン機構
http://www.cudo.jp/