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中国の山奥、標高1000メートルのところで
お茶を育てている一家があった。

そこに、芳ちゃん(ほうちゃん)という女の子がいて、
ある悩みを持っていた。


中国では、
茶碗(ちゃわん)にお茶の葉を入れ、
それに湯を注ぎ、
そのまま飲む、という風習がある。

(日本は、お茶を飲むとき、
 お茶の葉を「きゅうす」に入れる。
 ここに文化の違いがある。)


中国では、茶碗に「お茶の葉」も入っているため、
口の中に、葉っぱが入ってくることがあり、
ちょっと、飲みにくい。

また、お茶の「出涸らし」(でがらし)となった
お茶の葉は、茶碗にへばりつくため、
洗うのが、大変、面倒くさい。


実は、芳ちゃんの毎日の仕事は、
家族が飲んだ茶碗を洗うこと、である。
もちろん、お茶の葉は、邪魔だった。

「なんとかできないかしら?」

芳ちゃんは考えていた。


・・・

ある日、山菜を採りに行ったお母さんが
山から帰ってきた。

たくさんの山菜を、糸で縛ったまま、
お母さんは、台所に、バサリと置いた。

ぞんざいに置いたにも関わらず、
山菜は「ばらけ」なかった。


それを見て、芳ちゃんは、
「ピン」と閃(ひらめ)いた。

「そうだわ! 
 お茶の葉を、あらかじめ糸でしばっておけば、
 飲む時も、口に入ってこないし、
 コップにへばりついて、洗うのが大変になることも
 なくなるわ!」


・・・

芳ちゃんは、お茶の葉っぱたちを糸で縛ってみた。

でも、ただ縛るのでは、面白くない。

芳ちゃんは、「お花の形」になるように、
綺麗にそろえて、お茶の葉を編(あ)んでみた。

最初に作ったものは、
「牡丹」(ボタン)の花の形のそれだったが、
もちろん、
お茶の葉で作ったので、
赤にはならず、緑色の花になった。

これを、芳ちゃんは、
「緑牡丹」(みどりボタン)と名付けた。


・・・

「緑牡丹」は、まず芳ちゃんの家族で使われ、
「こりゃあいい、便利だ」
ということで、近所の人に広まった。

だって、
お茶っぱが口に入らず、洗う時も簡単なのだから。


そのうち、遠くの人も買いに来るようになった。


芳ちゃんの家は、もともとお茶を栽培していたので、
ついでに、たくさんの「緑牡丹」を作るようになり、
それを売った。



(注:「牡丹」は、中国の「国花」で、
   平和と繁栄の象徴である。)


・・・

しかし、「緑牡丹」ばかりでは
作っていても面白くない。

芳ちゃんは試しに、
いろいろな花の形を作ってみた。


それらの花を茶碗に入れ、お湯を注ぎ、
それを上からのぞくと、

茶碗の中で、葉たちは、広がり、
徐々に、
大輪の花を開いてゆくように見えた。


そして気付いたのだ。


透明な「コップ」にいれれば、
この様子を見ることができると。


・・・

こうして、
「花の形をしたお茶の葉たちにお湯を注ぎ、
 それが開花するように見えることを楽しむこと」
を、
芳ちゃんは発見した。

いや、発明したのだ。


こうした、透明なコップに入れて
観賞することも楽しむお茶を
「工芸茶」(こうげいちゃ)
という。


・・・

工芸茶には、三つの側面がある。

1.味を楽しむ。
2.香りを楽しむ。
3.見て楽しむ。

この三つ、すべてが、
楽しくないといけない。


お茶の葉だけだと、
色や香りの種類に限界があるので、

ある日、芳ちゃんは、
糸で縛るお茶の葉の中に、
「本物の花」も混ぜてみることにした。

バラ




そこにお湯を注ぐと、
そのブレンド(調合)によっては
絵もいわれぬ香りがすることがあり、
また、
お湯の中で、花たちは、
茶の葉とは違った様子で、揺れ動き、
コップの中で、まるでダンスを踊るようであった。


こうして、様々な形の、工芸茶が、
「咲き誇って」いった。


・・・

「工芸茶」の
「見て、嗅いで、飲んで、楽しむ」
という話は、口こみでどんどん広まってゆき、

やがて、
中国全土から、多くの商人が買いに来るようになった。


これが、わずか二十数年前に始まった
「芳ちゃん」のストーリーである。



このような発想を用いて、
途上国の貧しい地域の
「村おこし」に使うことはできないだろうか?


貧しい人に、単に職業訓練をして、
その商品を都会に持って行って売るだけでは、
実際は、あまりうまくいかない。

それが、「商品」として、立派に成立するもので
なければ。


「芳ちゃん」のように、
それがブランドとして成立するところまで、
持っていかなければならないのかもしれない。


















補足:

芳ちゃんの実家が栽培していたお茶は、
1000メートル以上の高山でしか育たない、
「黄山毛峰」(こうざんもうほう)
と呼ばれる種類のお茶で、
「中国十大名茶」(ちゅうごくじゅうだいめいちゃ)
として知られるお茶だった。

(もともと、香りが非常に良い、のである。)

それが便利に(手軽に)飲める、ということも
「工芸茶」が普及した背景の一つだった。


だから、この工芸茶のマネをして、
東南アジア諸国等で「村おこし」をやってみようと思っても、
そう簡単にはいかない、とは思う。

が、ともかく、紹介しておく。