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研修医が終わった後は?


山本 2年ですか、そうですか。
   で、えーっとまぁ、研修医が一応終った後に…。

サクラ はい。

山本 26歳位?
   浪人したから27歳位になっちゃうのかー。

サクラ そうですね。

山本 えー、研修が終わった後どうしたんですか?
   T大学(の医局)にそのまま残って、その医局から、
   お前ここ行けって言われるところ(大学の関連病院)にー、
   行ったって感じですか?

サクラ そうですね。
    T大学に1年居て、でー、

    2年目の前半がB病院の新生児(病棟)で、

    で2年目の後半からI県のT病院で、
    あそこで3年半やってました。

山本 あ、そうですか。

サクラ はい。

山本 慈恵(東京慈恵会医科大学)の場合はですね、
   (医局にもよりますが)
   あのー例えば2年ごとに、
   本院っていう、その新橋等の(大学)病院と、
   あといわゆる地方の小さい病院とかに、
   交互に2年づつ行ったり来たりするんですけれども、

   まーその期間はともかくとして、
   T大学(の医局)もそんな感じですかね?大筋では。
   そうでもないんですか?

サクラ えーと、T大学はー、
    7年間がデューティー(義務)なんですけどー、

    最初の大体3、4年はもうずーっと外ですね。
    ある程度出来るようになって、
    自分の専門が決まれば、あのいわゆる「オーベン」。
    「オーベン」というか研修医の・・。

山本 ちょっと待って下さい。

   (医者でない人が理解できない単語なので説明しますが)
   「オーベン」とは、ですね、

   大体自分よりも数年上の(医者の)先輩で
   直接研修医を指導する立場の医師(のこと)、
   と言っていいでしょうかねぇ。

サクラ えーっとー、えーっとですね。
    大体5年目になって自分の専門も決まってくると、
    大学に戻ってー、で
    そこで専門のドクターとしての研修を受ける。
    かつ、下の研修医の指導もする。

山本 はい。
   それをオーベンと(サクラ)先生は言われたんですか?

サクラ オーベンとー・・、そうですね、
    その時は皆言ってましたがー、
    多分(一般的に)皆が言っている様なオーベンとは
    ちょっとまた違いますね、きっと。

山本 そうですか。

サクラ そうですね、はい。

(注:わかりにくいので、再度、解説する。
 一般的には、研修医などを指導する、
 医者になって5〜10年めぐらいの先輩医師のことをオーベンという。
 これに対し、サクラ先生が思っているオーベンの定義は、
 (この後の彼女の言動から察するに、)
 上記のように研修医を指導するだけでなく、
 (医者としての経験を数年みにつけたので、今度は)
 自分も、(循環器、消火器などの)専門医としての訓練を
 大学の医局で受けるようになった段階の医師のことを言っているようだ。)

山本 ま、分かりました。

   えーっ、で、その7年間のデューティー、
   いわゆる
   (大学の医局を辞めずに残って)居なきゃいけない期間、
   っていうのが、T大学にはあった訳ですね?

サクラ はい。

山本 あっそうですか。
   慈恵(東京慈恵会医科大学)には無かったですね。
   はー、7年間いなきゃいけなかった。へー。
   7年間っていうのは、研修医が終った後7年ですか?
   それとも、研修医期間も入れて?

サクラ トータル7年。

山本 トータル7年ですか。

サクラ はい、はい。

山本 て言うことは、5年ですから32歳になっちゃいますね、
   もう既に。

サクラ そうですね、7年間居れば。

山本 それと、えーっと、

サクラ で、私は(自分の都合で)居れなかったんんですよね、7年。

山本 はい。

サクラ I県のT病院で3年半やった後に、あのー…
    私は実は小児科の循環器を専門にしようかと
    思ってたんですが、

    でー、大学に戻って、
    そのいわゆる私が言ってる「オーベン」ですよね、
    として大学に戻って来てくれって言われて、
    でー、その時にちょっと、ふと考えたんですよ。

    このまま戻ったら、多分その大学の、あのー、
    こういわゆる「縦社会」の中から、
    ちょっとこう出れないだろうなと。

    それはそれで多分、すごく昇進して
    良いのかもしれないんですけれども、
    ちょっと身動きが取れないなと。

山本 は。

サクラ でー、もうちょっと若いうちにこう
    色んな事を経験したいなー
    っていうのがあって、
    実は7年のデューティーを、あのー、
    やりたくありませんと(医局長に)言いました(笑)。

山本 あー、そうですか。
   で、結局何年で辞めたんですか?

サクラ えーっとー、5年で辞めました。

山本 5年で辞めました。

サクラ はい。
    で、その色んなものを見たいなっていうのは、
    やっぱりちょっと途上国で医療がしたいな
    ってことだったんですがー。

山本 あのー例えば自治医大等ではですね、
   あのー、その(卒業後の)デューティーを
   途中で辞めるとですね、

   (医学部の在学中)学費をですね安くしてもらってる分、
   (卒業後のデューティーをしないなら)
   数百万円を払わなきゃいけないってことを
   聞いてるんですけれども。

サクラ えー、えー。
    そういのは、無いです。

山本 そういうのは無いんですね?
   辞めたいっていえば、あっさり辞めれる、
   別に罰則は無い訳ですか?

サクラ いやっ、あのー…、止められます。

    (ただし)やっぱり小児科医が少ないのでー。

山本 えぇ。

サクラ 私は、
    最初「医局を辞める」とは言わなかったんですけれども、
    「ちょっと他の事も勉強したい」って言ったんですよ。

山本 はい。

サクラ で、そうすると、やっぱり
    忙しい小児科の人事の関係もあるので、
    「それは駄目だ」と言われたので…。

    で、辞めますと自分から言いました。

山本 なるほど。
   ここはまた新たな(隠された)問題が(ありそうですが)、
   突っ込むと長くなりそうなので、突っ込むのは止めて。

サクラ アハハ(笑)

・・・

国際医療NGOへの登録は?


山本 で、まーとにかく辞めて…。
   ま、私は国境なき医師団の理事してましたけれども、
   一応あのー、ま
   他の団体でもそんなに変わらないと思いますが、

   医者としての「臨床経験が5年間」無いと、
   雇わないっていう風な採用条件を出して、
   医師を募集している団体が多い様な気がしますけれどもー。

サクラ はい。

山本 それと、まぁ5年も経ったということで、
   先生が興味のあるその途上国に募集できる段階になった
   っていうのも、辞めた理由の一つになるんでしょうかねぇ。

サクラ 一つは、小児科の専門医が5年で採れるので、
    それが大きな、あのー、自分の決め手でしたね。

山本 えっとー、なるほど。
   で、その国境なき医師団や、他にも一杯、
   ま赤十字などですね、まー、団体がありますけれども、
   その辺の(団体への)登録、
   もしくは、(説明会に)話を聞きに行って登録する為の、
   まー準備というか、行動しだしたのは
   いつ頃からだったんですか?

サクラ えーとー、辞める前の、辞める1年前ですね。

山本 その時何歳ですか?
   31、2歳ですか?

サクラ 30歳ですね。

山本 あっそうか、30歳ですね。

サクラ はい…、はい。
    で、周りに誰も居なかったので、
    とりあえず(山本)先生の本を買って、
    実は先生にメールをしてるんです。

    ウフフフフ(笑)。

山本 私、山本敏晴にメールをしたってことですか?

サクラ はい。そうです、はい(笑)。

山本 多分、(メールソフトの中に)記録は残ってると思いますけど。

サクラ で、この本を薦めていただいて、これを読んでー…。

山本 あっ、「世界と恋するお仕事」。

世界と恋するおしごと―国際協力のトビラ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093876401/

サクラ はい。
    あのー、ちょっと勉強をしようかなと思いました。

山本 あ、そうですか。

サクラ はい。

山本 まーその本には確か、
   (医療系の国際協力をやる様々な方法が書いてあって)

   国境なき医師団とあとアムダの人も出てたと思います。
   あとJICAとWHOも出てますよね。

国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/index.php

アムダ
http://amda.or.jp/

JICA
http://www.jica.go.jp/

WHO
http://www.who.int/en/

サクラ はい。

山本 それ何年ですかね?

サクラ 2006年…、じゃないでしょうか?

山本 (2006年)位ですよね?

サクラ (2006年)位じゃないでしょうか?はい。
    で、片っぱしから登録しました。

    あのー、アムダにも電話を掛け、
    MSF(国境なき医師団)にも話を聞きに行って。

山本 あ、そうですか。MSFは国境なき医師団の略称ですね。

サクラ 国境なき医師団です、はい。

山本 えっとアムダは岡山に在る
   日本(では)最大の医療系のNGO(非政府組織)ですね。

サクラ そうですね、はい。

山本 じゃぁ、他にも、
   ケア・インターナショナルとか、
   シェアとか、
   大手(のNGOが)一杯ありますけど、
   そういうの全部、登録したんですか?

ケア・インターナショナル
http://www.careintjp.org/

シェア
http://share.or.jp/

サクラ いやっ、やってないです。
    色々話は聞いたりはしてたんですが、
    何かどれも、今はいいですみたいな感じで…。
    で、結局あたったのが、国境なき医師団とー、アムダ。

山本 二つ。

サクラ はい。
    だったと思いますね。

山本 あ、そうですか。

・・・

熱帯医学修士の取得へ


サクラ ただ、あのー
    国境なき医師団の説明会を聞きに行った時に、
    英語も必要で、
    熱帯医学の知識もあった方がいいというので、
    自分はちょっとまだまだだと思って、あのー、

    じゃ先にちょっと勉強をしようと思って、
    長崎(大学)の方の
    修士課程を受けようと思ったんですよね。

山本 あのー、3か月の(短い方)?

熱帯医学研修課程ホームページ(3カ月コース)
http://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/3months/

サクラ いえ、1年のマスター(修士)のコースです。

山本 あ、そうですか。

サクラ はい、はい。

山本 で、受けたんですか?それ。

サクラ 受けました。

山本 えーっと、それが2006年でー。

サクラ 2007年の4月から(200)8年の3月まで修士の1年受けました。

山本 あーそうですか、そうですか。

サクラ 3ヶ月の方も応募して、
    まー両方合格したんですけど、あのー

    (1年の修士課程のほうを選らんだ理由は)
    1つは1年のコースで、英語でやるんですよね。

    あとはー、えー
    8月の1ヶ月は海外で実習が出来るっていうので、
    ま長い目で見たら
    しっかりここで勉強しておくのがいいかなと思って、
    3ヶ月(コース)を辞めて、
    あの1年のコースにしました。

山本 なるほど。
   それは2007年の…

サクラ 4月から、(200)8年の3月まで。

山本 正式名称は
   長崎大学・医歯薬学総合研究科・熱帯医学・修士課程
   でよろしいんですね。

長崎大学医歯薬学総合研究科熱帯医学修士課程
http://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/mtm/

サクラ はい。

山本 の修士。

サクラ はい。

山本 これ、「マスター・オブ・何」になるんですかねぇ?

サクラ 「マスター・オブ・トロピカル・メディスン」ですね。

山本 あーなるほど。「熱帯医学修士」ですね。

サクラ M、T、M。( Master of Tropical Medecine )
    ウフフフフー(笑)。

山本 (一般の人は、MTMと)聞いても誰も分からないという。

サクラ それ何?っていつも聞かれる(笑)。

山本 そうですよねー。
   MTMって言って分かる人は、
   熱帯医学が(普段から)頭にある人じゃないと分かんないですもんね。

サクラ はいー。
    けど、すごくー、あのー行って良かったですね。
    良かったと思います、はい。


・・・

各NGOの説明会へ


山本 わかりました。
   で、えーっと、
   国境なき医師団の説明会みたいなの…、来てましたよね?

サクラ はい。

山本 何でしたっけ?あのーウェルカムパーティーじゃなくて。

サクラ 「ウェルカム・デイズ」は、あの
    修士の間の1年間に受けて、でーあの、そのー。

注:ウェルカム・デイズとは、(ここでは)
国境なき医師団に興味のある人たちへの説明会。
http://www.msf.or.jp/work/train0708.pdf

山本 私が喋(しゃべ)ったやつでした?

サクラ いや、(講師は)先生ではなかったです。

山本 あーそうですか。

サクラ でー、その修士の1年の間に「A団体」にも登録をして。

注:
サクラ先生が、アフリカの某国に実際に派遣された団体は、
国境なき医師団でも、アムダでもなかった。
が、その団体名は、ご本人の希望で、A団体としておく。

山本 ああ、A団体ですか。有名どころの一つですね。

サクラ はい。
    でー、あの卒業が、ま3月、あのー
    (翌年の)3月で卒業出来るので、
    4月から海外に行きたいっていうので、
    MSFとA団体に、仕事はないですか?
    ないですか?って聞いてたんですよね。

    で、最初にオファーが来たのがA団体だったので、
    あのー、じゃあ行きますということで、
    それが2008年の2月ですね。

山本 はい、なるほど。そっか。
   3月に(修士課程が)終るんですよね?

   で、2月にもう(A団体から)オファー(要請)が来て、
   出発は4月以降だったんですね。

サクラ はい、そうです。

山本 (派遣された国の名前を隠すために)
   じゃあアフリカの某国にしようかな?

   アフリカの某国へ、えーっと派遣されて、
   じゃあ小児科の案件だったんですね?

サクラ えーっとー、いえ、違いますね。
    あの(笑)、ジェネラル・ドクター(一般臨床医)。

山本 あー、何でも有りね。

サクラ 何でも有りで。
    ただ病院ベースではなくて、
    コミュニティベースなので、
    基本的には重症な患者さんは、
    もう「(大きな)病院に送る」しかないので、
    まっ、何とか出来るかなーと思って。

(注:途上国の小さい診療所で、医師が外来をする場合、
 自分で診療できそうもない場合、
 またそうした設備が診療所にない場合、
 大きな病院に(車などで)転送することが多い。
 つまり、難しい病気は全部、転送してしまうのだから、
 必要なのは、いわゆる「振り分け作業」になる。
 だから、
 簡単な病気を診療するだけで、
 難しい病気は、転送してしまうのだから、、
 (サクラ先生は)自分でもなんとかできると思った、ということ。
 こうした医療を、一次医療、という。
 また、後方で受け入れてくれる大きな病院を、二次医療という。
 このような、病院間での関係構築を、
 事前に行っておくことが非常に重要になる。)

    その前にすみません。
    話が前後しますが、あのー、
    修士の1年の間の、
    夏休みの期間に

    長崎の離島でちょっと勉強させてもらって
    (小児科の病気しか診たことがなかったので)
    大人の(内科の)簡単な疾患を診させてもらって、
    ちょっとは勉強をしたので、

    じゃあ何となく
    (ジェネラル・ドクターをやっても)
    大丈夫かなというような感じで、OKしました。

山本 そうですか。

サクラ はい。

山本 (漫画の)「Dr.コトー診療所」をやってた訳ですね。

サクラ そんなに、こー、良いものではなかったですけど、
    面白かったです、はい。

山本 結構まー、大人(の病気は)違いますけどねー、
   子供とねー、色々。

サクラ 違いますね、はい。

山本 でも、ま、いいや、それは置いといてですね。
   で、まぁゼネラル・ドクターで
   アフリカの某国に行くことになって、
   最初の話ではー、派遣期間はどの位?
   何ヶ月間(の契約)でしたかね。

サクラ 半年。

山本 半年ですね、はい。

・・・
・・・

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