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国連JPO制度は、
国際公務員(国連職員等)を目指す人にとって
最初の登竜門となるものだ。

このため私は自分の著書やブログなどで
何度も紹介してきた。

今回、昨年度(2009年)のJPO試験に合格された方に、
ご自身の今後の展望をお聞きしたのと同時に、

今年度(2010年)にJPOに応募したい方のために
具体的なアドバイスを頂いた。

今年度のJPO試験の締め切りは、
来週の水曜(2010年6月9日)である。

このため、本日から6回(6日間)連続で、
JPO試験に関する記事を掲載する。

特に、最終日は、ご本人からのメッセージもあるので
要チェック!

では、JPO制度への応募および試験対策の
決定版をお届けする。


・・・

現在の状況について


山本 えーと、(お菓子を)自由に食ってくださいね(笑)

(注:インタビューを始める前に、
 宇宙船地球号・事務所の前にあるコンビニで、
 飲み物とお菓子をいっぱい買ってきている。
 甘いもの系と、しょっぱいもの系を、二つずつ。)

テツ やっぱり緊張しますね。

(注:テツさんは、これまで、
 国際協力をしている人、これからやろうとする人への
 インタビュー(山本との対談)の「書き起こし」のほうを
 宇宙船地球号のボランティアスタッフとして行って下さっていた。
 今回、逆に、自分がインタビューされる立場なので
 ちょっと緊張している。)

山本 それでは最初、ニックネームを決めるのですが、
   (事前に頂いたEメールでの連絡では)

   ニックネームは「テツさん」で、、、
   カタカナでテツなんですね。

テツ はい。

山本 これは、(自分の)本名とはかけ離れたやつ(名前)なんですね?
   たしか、実家の犬の名前。。。

テツ 猫です。

山本 猫(笑)。あー、実家の猫(笑)
   それなら大丈夫ですね。
   (あなたが誰かは)特定されないと思いますから。

テツ はい(笑)

山本 えーと、現在が
   2010年4月27日の午後5時40分くらいですね。

   えーと、「AE/JPO試験」に受かったんですが、
   まずその正式名称は・・

   国連の
   アソシエート・エキスパート/ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー
   試験に受かったと。 


(注:AE/JPO派遣制度とは、以下。
 日本人の国連職員の人数が、欧米のそれよりも非常に少ないため、
 外務省は、なんとかそれを増やそうと思っていたのが、まず背景にある。
 で、外務省は
 「国連に派遣されている間、その分の給料を(日本政府が)支払うから、
  日本人の国連職員を、もっと置かせてよ」
 と、国連の各組織に頼み、毎年数十人、一回2年間、
 日本人を国連内へ派遣させてもらう制度を作った。
 通常、国連職員になるためには、「国連競争試験」と呼ばれる、
 すべての国の(日本人以外も含む)人々が、
 競争して受ける試験に合格しなければならないのだが、
 AE/JPO試験は、日本人だけしか受けないので、それよりは合格しやすい。
 ただし、それでも倍率は、15倍ぐらいの狭き門である。
 応募する条件は、大学院修士を持っていることが必須。
 英語の能力は、TOEFLのCBT、IBTなどの点数が高い方がよい。
 英語以外の他の国連公用語(仏・西・露・中・アラビア語)が堪能でも可。
 社会人経験2年間は、必須である年とそうでない年がある。)
 なお、国連競争試験は国連事務局の正規職員になるための試験であり、
 それに対して、AE/JPO試験は、原則、国連本体以外の専門機関で
 準職員になるための試験である。

外務省・国際機関人事センター
http://www.mofa-irc.go.jp/

JPO派遣制度
http://www.mofa-irc.go.jp/boshu/boshu_aejpo.htm

Club JPO 国際公務員就職情報
http://homepage3.nifty.com/clubjpo/


   その、AE/JPO試験に受かったのはいつですか?

テツ えーと、去年、2009年度の試験を受けていたので、
   6月の終わりに願書を出して、面接をして、
   年末、12月の後半に返事をいただいた感じです。

山本 えー、ちなみに、派遣されるのは、
   国連はいっぱいそのー、(組織がいっぱいあって)

   (国連)本部から、
   UNDP(国連開発計画)から
   えー、UNICEF(国連児童基金)から、
   いっぱい(組織が)ありますが、

   JPO制度で派遣されるのはどちらの組織ですか?

Welcome to the United Nations It's Your World
http://www.un.org/

テツ えーと、私はWFPという、世界食糧計画のほうに行きます。
   ワールド・フード・プログラム、ですね。

WFP 国連世界食糧計画
http://www.wfp.or.jp/

山本 わかりました。

   今は、JPO派遣期間は2年間ですね。
   昔3年の時期があったんですけれども。

テツ はい、そうですね。

山本 えーわかりました。では、えーと、それが
   (最初に話しておくべき今回のインタビューの)概要なんですが、
   それでは(経歴の)最初から行きましょうかね。ざっと。

テツ はい。

・・・

生い立ち、高校時代まで


山本 えーと、今お歳は何歳ですか?

テツ はい、今年30になりました。

山本 はい、えーと男性ですね。
   生まれは何県ですか?
   全てアルファベット(の頭文字)で(暗号化して)もいいですけど。

テツ あ、いえ全然問題ないです。
   九州の鹿児島県出身です。

   生まれが奄美大島なんですけど、
   18まで鹿児島県内にいて、大学の進学で東京のほうに来た感じですね。

山本 えっと、高校の名前ですが、私立のL高校という、
   これは俗に、「鹿児島のL」と呼ばれているところでしょうか?

テツ はい、そうですね。

山本 えー、私東北の人なのでよく知らないんですけれども、
   いわゆる名門(の私立高校で)・・

   たとえば昔、
   開成(高校)とL(高校)というのが
   東大合格率が高い2大高校というか、
   そういう時期がありましたよね?

テツ あ、はい、(そういう)時期、ありましたね。
   最近はそうでもないみたいなんですけど(笑)

山本 あ、(今は)そうなんですか。昔はそうでしたよね。

テツ はい、昔は。

山本 えーと、じゃぁ基本的に中学校まで、
   まぁ少なくとも成績がよくて、このL高校に入れたという。

テツ あ、自分は中学校からだったんですけれども。

山本 中学校から入れるんですか? Lって。

テツ そうですね。
   中高一貫の学校で、150名がその(中学から入れる)枠で、
   あとの100名が高校からの枠ですね。

山本 それでは、
   小学校から中学校に入る時に受験があったということですね。

テツ はい。

山本 すごいね。。。
   小学校から勉強しないといけないんだね。

(注:山本は子どもの頃、塾に行ったことがなく、漫画ばかり読んでいた。)
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/64876562.html

テツ 個人的には5年生のときから準備していました。
   塾に行って、6年生では週6回コースとかで。

山本 ちなみにですね。
   塾はなんと呼ばれる名前の塾だったか言えますか?

テツ はい。
   池田塾という、鹿児島が地盤の塾だったんですけれども。

池田塾 池田教育ゼミナール
http://www.synapse.ne.jp/ikedazemi/

山本 それはその塾には週に何回行っていたんですか?

テツ 週6回コースという・・
   実質週5回だったんですけれども、
   日曜日は午前午後みたいな感じで。

   1回が3時間、、、2時間半くらいだったと思います。

山本 それでは、毎日学校が終わった後に(塾に行く?)、

テツ はい、そうですね。

山本 6時くらいに、夕ご飯食べた後に(塾に行く?)、

テツ そうですね。6時くらいから9時までですかね。

山本 それでは、午後5時くらいに自宅でご飯を少し食べて。

テツ そうです。街中までバスで移動して。

山本 そうですか。
   まぁ東京の子もね、そうやって生活していますから、あれですけど・・
   そうですか。
   この件は、色々私は突っ込みたいんですけど、
   (話が)長くなるので、後で(時間があれば)。

テツ あ、そうですか(笑)

山本 まぁ、そういう
   (塾に行かなければ、いい学校に入れない現在の)教育システムが
   いいかどうかは置いておいてですね(笑)。

   で、Lに入りまして、中高過ごして、卒業されて、
   で、大学名は言っていいんですかね?

テツ はい、大丈夫です。

・・・

大学受験について、海外留学を期待していたこと


山本 では、一橋大学商学部に入って。

テツ はい。

山本 あの、2つ聞きたいことがあってですね。

   なぜ一橋大学だったのか?ということと、
   なぜ商学部だったのか?という点なのですが。

テツ まず一橋大学というのは、
   高校3年の時に、
   色々な大学を調べていて、
   「留学制度が充実している学校」というのを探していて、

国立大学法人 一橋大学
http://www.hit-u.ac.jp/

   それで、一橋にOB・OGが中心となった
   「如水会」という団体があるんですけれども、、、

山本 あのー、どういう漢字を書くんですか?

テツ 水の如くですね。

山本 あーーー、女編に口ですね。

如水会 公式サイト - 如水会員あつまれ!
http://www.josuikai.net/

一橋大学 海外留学奨学金制度
http://www.hit-u.ac.jp/admission/campuslife/oversea_edu.html

テツ はい、そうです。そういう会があるんですけど、
   そのOBが中心となった会の方で、
   (学生が留学するための)基金を出しているので、
   今の事業規模はちょっと分からないんですけれども、
   当時は年間40名くらいの学生が
   1年間、色々な協定を結んでいる大学に留学しているということで、
   そういう制度があるということで、一橋大学を選びました。

山本 いろんな大学というのは、
   例えばアメリカとかイギリスとかなどの、大学ということでしょうか。

テツ そうですね。

   あと、やはり一橋大学というのは、
   もともと、商学系の学校として創立された経緯があるので、
   例えばドイツだったり、フランスだったり、
   スウェーデンなどの、経営系の大学との提携ですね。

山本 なるほど。英語圏じゃないところの大学も、、、

テツ はい、結構ありました。アジア圏も。

   それが一橋(を選んだこと)の理由ですね。

山本 はい。次に商学部という理由は?

テツ それは、高校生くらいのときに
   国際協力に関心を持ち始めたんですけれども、
   どういうふうに自分が関わっていけるのかを考えた時に、
   「お金が大事」なんじゃないかなというのを、
   考えていたりしたことがあって、
   数字をベースにする仕事ということを考えて、商学部ですね。はい。

山本 やはり、「お金が大事」じゃないかと。

テツ はい。

山本 なるほど。

   では、これ(に関して)も、
   じゃぁ、後で時間があれば(詳しくお聞きします)。

   次がですね、えーと、
   平成14年度、これいつだっけ、
   2002年に(大学を)卒業されたんですよね?

テツ はい。

・・・

フランスの大学院へ


山本 そして、パリ第一・第九大学(経営学専攻、修士課程)。

Universite PARIS 1 - Pantheon Sorbonne
http://iae.univ-paris1.fr/fr/index.php

Universite Paris-Dauphine
http://www.dauphine.fr/

テツ はい、ソルボンヌ大学とかですね。

   その話の前に1点(追加で言っておくべきことがある・・)というんでしょうか、

   在学中に、一橋時代に交換留学(制度)を利用して、
   1年間、フランスの商学系の大学に行っており、

   そこでは、英語で授業を履修できたので、英語で専門的な授業をとりながら、
   日常生活であったり、フランス語の(語学としての)授業を通して
   フランス語を学んでいくというような形で、
   1年間、大学3年から4年にかけて、
   フランスに滞在しておりました。

山本 それによって、大学にいた期間は4年から5年に延びたんですか?
   それとも・・

テツ えーと、私の場合は延びなくて、
   4年間で卒業させてもらったんですけれども、

   交換留学制度の中で「単位交換」システムというのもあったので、
   現地の大学で履修した授業のうち、
   一橋大学の科目に内容が該当するものがあれば
   現地で取得した単位が認められるということで、
   それをうまく活用して4年間で卒業しました。

山本 はい。そうですか。
   えー(もう1点)お聞きしたいのは、
   フランスの商学部に留学されたということですけれども、
   その時点で、ある程度フランス語がしゃべれたんですか?

テツ いえ、ほとんど、その、しゃべれませんでした。
   現地に行った時点では日常会話も覚束(おぼつか)ないような
   感じだったんですけれども。

   参加した留学制度においては、
   英語で授業を履修できる程度の語学力があればいい
   といった要件だったので、
   フランス語のレベル自体は、1年間、大学で履修したくらいですね。

山本 えっと、すると、私があなたであれば、
   その、英語圏を選ぶと思うんですけれども、
   一橋の留学制度で
   アメリカやイギリスやオーストラリア等々は、なかったんでしょうか?

テツ えっと、もちろんあったんですけれども、
   私には、大学での商学部の学問が
   「アメリカ生まれの学問を日本で日本語で勉強している」
   という印象があったので、
   アメリカに行っても(言語の違いだけで)
   同じことを勉強するのかなと思って、

   そういう点でちょっと違ったところをと思って、
   ヨーロッパのフランスを選びました。

山本 なるほど。
   その、ヨーロッパとアメリカは
   (いろいろな分野で)結構敵対していますよね。

テツ そうですね(笑)
   当時は知らなかったんですけれども、やっぱり行ってみたら、
   いろいろなところで視点は違いましたね。

山本 ええ、国際協力の世界でも対立しているという側面がありますからね。

   で、まぁこれは一年間ですかね。

テツ ええと、修士(のこと)ですか?

山本 ええ、一橋を2002年に卒業した後に、
   パリ第一・第九大学(経営学専攻、修士課程)、
   いわゆるソルボンヌ大学で、経営学を専攻し、修士課程に入り、
   で、一年で卒業されたんですね。

テツ はい、フランスも含め、ヨーロッパ大陸では
   1年で修士課程を終えることができる学校がよくあるみたいですね。

山本 これは、「マスター・オブ・何」になるんでしょうか?
   えっと、ビジネス・アドミニストレーション、、、
   いわゆる「MBA」(経営管理学修士)になるんでしょうか。

(注: MBA: Master of Business Administration )


MBAランキング
http://www.mbajapan.org/

テツ はい。

山本 MBAの中のひとつ、というか。

テツ ええ、ただMBAの本流というんでしょうか、
   履修期間が2年間で言語が英語である、
   アメリカで取ったものしかMBAとして認めない、
   という人達もいるようなんですけれども、
   私の場合は、全部フランス語で、期間は1年間というものでした。

・・・

日本の税理士法人に就職


山本 えー、で、修士取りました。

   で、えーとこれは平成15年ですから、
   2003年の6月に、まぁ外国ですから(夏休み前に)卒業されて、
   それで翌年の4月に税理士法人T社に入社していますけれども、、、

テツ あ、はい、そうですね。

山本 これは、6月に卒業してから翌年の4月まで
   10ヶ月ほどありますけど、その間は何していたんでしょうかね?

テツ えっとー、半分以上の期間において就職活動はしていたんですけれども、
   新卒で(活動の)タイミングを逃すと
   全然(就職先候補に応募でき)ない、という感じで・・

   実質そうですね、8月に日本に帰ってきてから
   数ヶ月就職活動をやっていたんですけれども、

   実際にはあまり多くの会社と面接をするまでには至らず、
   結局年末に連絡をとった会社で、税理士法人T社ということで決まりました。

山本 えっと、就職活動は後で細かく聞きますね。
   今はつっこむと長くなるので。
   えっと・・(とりあえず、現在の状況まで一通り、話しを進めます。)

・・・

NGOで、自然災害にあった子どもの援助へ


山本 で、2年ぐらいそこにいらして、
   「一身上の理由」で退職してますけれども、
   これはえっと、なんですかね。

テツ これは次のNGOでの仕事を・・

   国際協力の分野に元々関心があったんですけれども、
   実際に友人がいるNGOから誘いを受けたので、それが理由ですね。

山本 それでは、
   「NGOで働いてみないか」、という誘いがあって。

テツ はい、以前よりその友人に対して「NGOの活動に関心がある」
   ということは伝えていたんですけれども、
   ちょうど2006年の5月ですね、「ジャワ島中部地震」というのがあり、
   その、ちょうど震災直後ということで、
   「プロジェクトに人が必要なので来ませんか?」と声をかけられて。

注:ジャワ島中部地震とは、
2006年5月27日、インドネシアのジャワ島中部で発生した地震。
6000人前後が死亡。2万人以上が負傷した。

山本 そうですか。
   で、(その誘いで)入ったのが
   「NPO法人A」(だったん)ですよね。

テツ はい、そうですね。

注:
このインタビュー中では、諸般の事情により、
テツさんが所属していた団体の名前を隠すことにした。
以下、NGOのA団体、または、NPO法人・A団体、
となっている。

注:
なお、NGOとは、非政府組織(non government organization)
のことで、国連と政府系の団体以外の、すべての組織をさす。
この膨大な数のNGOたちのうち、
日本においては、所属する都道府県から、正式な手続きを得て、
NPO法人(non profit organizaion、特定非営利活動法人)
としての、「法人格」を取得した組織をNPOというのである。
で、
テツさんの所属していたA団体は、NGOであり、
かつその中でも、NPO法人格をちゃんともっている団体だった、
ということである。

山本 私、国境なき医師団の理事等をやっていたので、
   この(A団体の)創設の経緯をある程度知っているんですけれども、
   元々国境なき医師団内にあった組織だったんですけれども、
   そこが分離独立して生まれた組織のひとつですね。

国境なき医師団日本
http://www.msf.or.jp/index.php

   えっと、まぁこの話も触れると(今回の話の)本流から
   外れすぎますので今日は触れないようにしますが(笑)

   えっと、で、これは5ヶ月だけ(所属して)いたということですね?

テツ はい、現地に5ヶ月滞在して。

山本 えっと、その災害の、救助活動、援助活動をしていたと。

テツ はい、援助活動をしていました。

山本 現地は具体的にどこにいました?

テツ ジョグジャカルタという都市があって。
   ちょうどジャワ島の真ん中にあるんですけれども、
   この大きな街の近くの村々が、地震で壊滅的なダメージを受けていたので、
   それらの村に対してのプロジェクト、と言うんでしょうか、

   子どもを対象にしたNGOとして、プロジェクトをしていました。

山本 えっと、(自然災害における、緊急)援助活動なので、
   普通は「シェルター」という仮設住宅を作ってあげるやつか、
   食べ物を配るか、水を配るか、医療をやるか、

   あとはもうちょっと長くやるのであれば、
   移住後の(再)就職活動支援なんかをやる場合もあるんですけれども、
   どこら辺をやっていたんですか? ちなみに。

テツ ええと、そこが、
   子どもを活動対象としたNGOの限界というところなんですけれども、
   実際にシェルターを作ったりするというノウハウはないんですよね。

   資金的にも(限界が)ありますけれども。やはり能力的な限界があり。

   なので、緊急支援というよりは、
   実際に子どもに対する「トラウマ」の方を、、、

山本 「精神的トラウマ」の?

テツ はい、
   精神的なトラウマに対する改善を施すようなプロジェクトということで。

山本 そうですか。

テツ ただ、そこに至るまでの経緯として、
   インドネシアではこの震災直後から
   食べ物が不足している危機的な状況というのは
   なかったみたいなんですね。

山本 あ、そうなんですか。

テツ 私自身は、実際に震災から2ヵ月後に現地入りしたんですけれども、
   まぁその時点で例えば、
   地震が起こったらすぐに入るような
   国境なき医師団のような団体も、
   だいたいもう(緊急援助は)終わりかな、
   というようなフェーズ(活動時期)
   に入っている段階で。

山本 それでは、入ったのは、
   (地震)発生後24時間以内とか36時間以内とかに
   入ったわけではなくて、

テツ はい、団体A自体は、どんなプロジェクトができるかの視察ということで、
   発生2日後とかには現地に入っていたんですけれども、
   とりあえず、食料がないから人々が飢えているとか
   そういう状況ではなかったので
   団体として実施するプロジェクトとしては、
   子どもへ対する支援に決まったんですね。

山本 メンタル(精神的なもの)とか、、、そういったものへの支援ですね。

テツ はい。

・・・

再び、日本で就職活動


山本 なるほど、わかりました。

   で、(日本に)帰って来まして、ええと、
   2007年の1月に帰ってきて、

   次の就職が翌年の4月ですから、一応4ヶ月間ありますが、
   G製薬会社に、ええと最大手の製薬会社のひとつですよね、これ?

テツ はい。

山本 これまた就職活動、、、これは新卒じゃなくて中途採用ですね?

テツ はい、中途採用で。
   ジャワ島から東京に帰ってきてから探した感じで、

山本 4ヶ月で見つかったということですね。

テツ はい。

山本 あー、すごいですね。
   平成19年(2007年の前半)ということは、
   えー、これまだ「前」ですよね。
   アメリカのサブプライムローン(の問題)や
   リーマン(ショック)の・・・

注:
サブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)の問題が
アメリカで住宅バブルの崩壊につながったのは2007年夏ごろ。

注:
リーマンショックは、2008年9月に、
アメリカの大手の投資銀行である
リーマン・ブラザーズが破綻し、
全世界の経済に大きな打撃を与えたこと。
http://lehman.ohebashi.com/

テツ あ、はい、2007年前半なのでそうですね。

山本 なるほど。
   えー、それと、この製薬会社ではどういった仕事を?

テツ 管理会計の仕事ということで、
   営業の「MR」と呼ばれる人たちが、
   営業活動でどのように予算を使っているのかというのを把握して、
   実際の予算と実績を比較して、
   すごく乖離(かいり)があるようであれば、
   その原因を探るという仕事をしていました。

山本 えー、「MR」というのは、
   「メディカル・リプリゼンタティブ」でよろしいでしょうか。

テツ はい。そうです。

山本 まぁちょっと解説すると、
   大学病院(の教授や医局長)などに
   (製薬会社が)自社の(新)商品、薬などを紹介して、
   「営業」する立場の人、と考えてよろしいでしょうかね?

テツ はい。

山本 まぁ、書き起こしをする人(と読む人)が知らないと思うので
   言っている(説明している)んですけれども。

テツ あ、はい。

山本 えっと、これは7ヶ月でお辞めになられているんですけど、
   これは何か理由があるのでしょうか。

テツ えーと、これは(笑)、、、
   「環境が合わなかった」というのが一番の原因ですね。

山本 「対人関係」という意味でしょうか?

テツ えー、まぁ、・・
   あと、会社の風土が保守的というのでしょうか、ちょっと、あの、
   入社前に私が思っていた、聞いていた話と違っていたので。

山本 あ、そうですか。
   まぁ(今回の話しの)本論と違うので触れないようにしますね。

   えーと次は、2007年の11月に、
   C不動産投資顧問株式会社ですね。

テツ あ、はい。

山本 これは、もうその当然、
   (前の会社に)合わないと思った時から、、、

テツ 探し始めて、

山本 探し始めて・・、そうですよね?

テツ はい。

山本 では逆に、
   こちらが逆に決まったから、前の製薬会社をやめたということですかね?

テツ ええ、勿論そうです。

山本 ええと、この会社に、1年ちょっと(いて)、で、、、

テツ ええ、こちらの会社は不動産の投資ファンドという会社で、
   正にサブプライムの問題で影響を受けた業界なんですけれども、
   この会社では、投資家から預かったお金をどのように運用しているかを
   定期的に報告する仕事をしていました。

山本 なるほど。
   それでは、リーマンショック等が起こると、
   真っ先に人材が切られる会社ではありますね(笑)

テツ そうですね。

   まぁ、ただ実際に、切られたというか、あのー、
   会社のほうで潰れてしまった感じなんですけれども(笑)


山本 わかりました。
   えっと、以上が経歴(履歴書に書いてある内容)で、

   その、最後の、
   不動産の投資のレポーティングをしていた会社を辞めたのが、
   2008年12月ですから、、、
   今からちょうど、1年半前くらいですよね。

テツ ええ、そうですね。

・・・
・・・

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