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大学卒業後、修士にいった本当の理由は?


山本 普通、みんな大学までは「型どおり」に行くと思いますけれども、
   大学院に行くと言うことは、普通は
   なんらかの目的があって普通、修士(課程)に行くと思うんですよ。

テツ あ、はい。

山本 ということは、修士に行った段階で、
   修士を取った後は何をやろうと思っていたんですか?
   大学からソルボンヌに行った時に。

テツ ただ、その修士(に進むという道)も、
   大学1年のときからずっと考えていたというよりは、
   どちらかという差し迫った時期に決めたことで。

   1回目の留学が終わった後に
   次はどうしよう(と迷っていた中で)の選択肢でとった
   ということもあるんですね。

   具体的には大学3年の秋から4年の夏まで日本にいなかったので、
   いわゆる新卒としての就職活動ができなかったんですよ。

   そこでまぁ、
   就職活動のほうを考えずにきたものだから、
   残された選択肢として
   修士に進んで、もう少し勉強をしよう
   という形を取ったんですけれども、、、

山本 では、はっきり言うと、その、
   (大学時代に)フランスへの交換留学に1年間行っちゃっていたために、
   就職活動の時期を失ってしまったと。

   それで、いわゆる(大学)院に進んで、
   あのー、ごまかすしかない、と言うか(笑)

テツ あ、そうなんですね、ごまかすというとあれですけど、
   そのとき手元にあった選択肢では、これよさそうだな。ということで、

   これ(奨学金をもらいながら、海外の大学院に行くことは)、
   「ルノー財団」というフランスの車の会社が作った財団が
   支援していたプログラムだったんですけれども、
   それで、もう1年勉強してみたいなという、、、
   その後については、当時はあんまり考えておらず。

・・・

大学院にいくための奨学金について


山本 その話が出たのでちょうどいいので奨学金の話をするとですね、
   その、(大学時代)フランスに1年間留学したときには、
   少なくとも生活費がかかると思うんですけれども、
   学費は多分交換留学だからタダだとして、
   その交換留学している間のパリでの生活費は誰が出したんですか?

テツ 基本的にその奨学金で、、、

山本 誰の?

テツ その、母校(大学)のOBの、先ほど挙げた如水会ですね。

山本 あー女偏に口の水の会、、、

テツ そうです、
   如水会が1年間であったり10ヶ月であったり
   留学期間の長さだけ支援してくれるので。
   後は航空券代も支給されて。

   その当時、特に大学時代は経済的に親に頼っていたので、
   具体的に親からいくら出してもらっていて、
   それと、現地で使ったお金に占める奨学金の割合
   とかは細かく認識していないんですけれども、

   ただ、まぁフランスでの日常の生活費は十分、
   その奨学金からまかなえる感じでしたね。

山本 最低で、フランスは1年間200〜300万円かかるんじゃないですかね。

テツ 詳細には覚えていないんですが、
   毎月10数万円支給されていて、
   後は学内の寮に住んでいたり、
   あとはまぁ日常的には学食を利用できたので、そんなには。

山本 なるほど、一般のアパートに住むよりは安いということですね。
   なるほど。(大学時代の留学の件は)わかりました。

   次がそのー、ソルボンヌの修士課程を取るときは、
   ルノーという自動車メーカーがやっている
   奨学金を取ったということですかね。

テツ プログラムとしては、その、
   ルノーが10年前くらい、それ以上前ですかね、
   日産に対して資金提携とかをした際に作った、
   「ルノー財団」という団体があり、そちらのほうから。はい。

RENAULT JAPON (日本語)
http://www.renault.jp/

ルノー財団(英語版)
http://www.fondation.renault.com/fondation/tabid/54/language/en-US/Default.aspx

ルノー財団(フランス語)
http://www.fondation.renault.com

La Fondation Renault(フランス語)
http://www.fondation.renault.com/fondation/Index/tabid/54/language/fr-FR/Default.aspx

ルノー財団プログラム フランス派遣留学生募集要項(日本語) 
平成22年度(2010年度)
http://www.me.titech.ac.jp/gakubu/h21/H22runofrance.pdf

山本 それはどうやって知ったんですか?
   その奨学金の存在を。

テツ えっと、大学の掲示板で。
   交換留学から帰ってきて、
   今後の進路をどうしようかなと考えていたときに、
   (新卒としての正規の)就職活動には間に合わなくて、
   そのときに消去法的に探していたら、
   その、大学院という方法もあると。

山本 で、応募したら受かったというわけですね。なるほど。
   これは結構(お金が)出るんですか(もらえるんですか)?

   というのは、普通、一般論として
   (欧米の大学院に留学した場合)
   生活費が200〜300万円で、学費が300万円くらいで
   合計500〜600万、、、

テツ 留学に関してということですか?

山本 はい、そうですね。
   1年間でそれくらいかかるんじゃないかと思うんですけれども、
   どれくらい(お金が)出たんですかね?

テツ えっと、(自分の認識としては留学費用は)そこまでの額じゃなくて、
   ルノー財団においては月に1000ユーロの生活費と、

山本 月15万円?

テツ はい、月15万円と大学への学費負担であったり、
   あと教科書類は全て揃えてくれたんですけれども、その程度でした。
   個人的な感覚ですけれども、
   フランスであれば、学生として生活するのに
   あまり(お金が)かからないというか、
   学生寮であったり、
   あるいは寮に住んだ場合でも家賃補助のお金が出たりしますし。

山本 大学からですか?

テツ いえ、それは(フランスの)国の制度としてですね。

山本 あ、それは外国人であってもそうなんですか?

テツ 学生であれば、大学生であってもその他の身分であっても、
   家賃補助の対象になるとのことだったので。手続きをすれば。

   ヨーロッパ大陸で勉強するのであれば、そこまでは費用がかからない
   というイメージが、自分はありますけどね。

山本 失礼ですけれども確認すると、
   お父さんは学校の先生という、地方公務員ですよね。
   地方公務員はその、
   所属する地方によって給料が大きく変わるんですけれども、
   鹿児島の場合は、、、

テツ 鹿児島はあまり財政状況がよくないという風に聞いています(笑)
   具体的な給料がいくらとか、
   どの程度状況が悪いかまでは知らないんですけれども。

山本 わかりました。

・・・

奨学金の取得に関する参考リンク:


日本学生支援機構
http://www.jasso.go.jp/

日米教育委員会(フルブライト):FULBRIGHT
http://www.fulbright.jp/

ロータリージャパン: ROTARY
http://www.rotary.or.jp/

海外長期研修制度/国内長期研修制度: JICA
http://www.jica.go.jp/recruit/choukikenshu/index.html

日本/世界銀行共同大学院奨学金プログラム 日本人向け特別枠
http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/COUNTRIES/EASTASIAPACIFICEXT/JAPANINJAPANESEEXT/0,,contentMDK:21442083~menuPK:4091050~pagePK:1497618~piPK:217854~theSitePK:515498,00.html


・・・

修士取得後、すぐNGOに行かなかったわけは?


山本 で、結局その、卒業して8ヶ月後に、
   修士終わって税理士法人Tに入るんですけれども、
   やっぱりそのいきなりNGOに就職とかは考えなかったんですか?(笑)

テツ そうですね、今考えてみると不思議で、全然その当時あまり、
   逆に選択肢に入れていなくて、

   あのやはり1回、営利企業で働いてから(その後NGOに行く)
   というようなイメージがあったので、、、

山本 それは何でですか?

テツ ・・・やはり、即戦力でない、というのを自分も感じたんだと思います。

山本 机上の空論しか知らないという。
   それで実践(経験)がないという。

テツ そうです、そうです。
   どちらかというと、「しっかりした」という表現は変ですけれども、
   そういう(会社のような)組織、営利企業の方が、
   社会人として学ぶのにすごくいいというイメージがあったんだと思います。

山本 それではこの時点で私の本なんか、、、(読んでましたか?)

   あ、平成16年(2004年)だから当然読んでいるはずないですね。

テツ そうですね、読んでないです。

山本 2年くらいはいたんですね。

   それで、税理士法人Tは、
   私もあの、
   CSR(企業の社会的責任)ランキングをやっている関係で、ですね、
   CSRリポートの最後の第三者機関からのコメントに、
   よく出てくる企業のひとつなんですけれども、
   例えば「あずさ」(監査法人)なんかとともにですね、
   (CSRリポートの最後によく掲載されている
    第三者機関からの監査によく登場する会社ですね。)

   えっと、まぁ、
   (税理士法人Tで働いた経験は)どうでしたかね?

テツ あの、少し補足訂正すると、あの、
   Tという名前がついた会社はたくさんあるんですけれども、
   監査法人だと、会計監査業務であったり、
   CSRの活動を監査する仕事だったりすると思うんですけれども、

   私の場合、税理士法人Tでしたので、
   もちろん母体は同じなので、
   監査法人Tと一緒に働くことはあるかと思うんですけれども、
   どちらかというと、コンサルティング主体の会社で、
   国際税務の分野だったんですけれども、
   その国際税務であれば、「クロスボーダー」というか、
   多国間にわたっている、
   そういう事業をしている企業に対するコンサルティング
   であったので、まぁ外国語の知識であったり、
   その、過去に勉強していた会計の知識であったりが
   生かせるということで、働いていました。

注:クロスボーダー取引とは、
近年のIT技術の発達やグローバル化などにより、
国際間の取引が国境を越えるようになっている取引。
ボーダーレス化した取引の事。

山本 それでは、フランス語がしゃべれるので
   採用になったんじゃないかということですかね。

テツ はい、それもあると思います。英語がメインではありましたけど。

山本 で、どうですか?
   (T社での)2年4ヶ月の経験はよかったと思いますか?

テツ はい、
   コンサルティングってすごく忙しいイメージがあって、
   実際毎日すごく忙しかったんですけれども、
   やはり最初に勤めた企業で、なんというんでしょう、
   社会人の基礎というものはそこでできたと思うので。

   やはり会社に入って1年ぐらいの間は、
   社会人としてのマナーであったり、
   Eメールの書き方が分からなかったり、
   そういう基本的なことにつまずいたりということが
   あったと思うんですけれども。

   そういう面も含めて、
   仕事をしながら勉強になったところがあると思うので。

山本 で、(その後、国際協力を始めるわけですが、)
   いきなり(NGOで自然災害後の)ジャワ島ですかね、

   その(自然)災害があって、(会社を)辞めるわけですけれども、
   これは休職ではなくて、退職した理由は、なんかあるんですか?

   その、ひとつには、
   なんか(会社が)嫌になってしまったというのもあったんですかね?

テツ はい、そうですね。

   一つには、その、土日休みもあまりない
   ものすごく忙しい環境というものに、
   もう戻らなくていいかな、という考えがあったんですけれども、

   もうひとつ、国際税務というのが分野として、
   すごくニッチ(狭い分野の、隙間産業)なんですよね。

   その、まぁ色々なコンサルティングがある中で、
   その税務という(職種な)ので、
   すごく(自分の専門性が)狭められてしまうので、

   まぁ後々、自分が国際協力の仕事をしたい中で、
   やはり税務を専門で続けていくと、
   まぁそれが応用がきかない、
   という部分があるのかなという風に思って。

   それで、2年4ヶ月で辞めたんですけれども、
   例えばこの仕事を5年10年続けてしまうと、
   自分が、そういう国際税務としての専門家になってしまうので、
   その後の進路として、国際協力のほうに行きづらいかな、
   ということを考えていたと思います。

山本 そのニッチとおっしゃったのは、
   ニッチな分野(ということ)であって、
   大きな分野と大きな分野の狭間にある(小さな分野)
   という意味で使ったということでよろしいですかね。

テツ はい、そうですね。はい。

・・・

会社を辞めるのに、ご両親の反対はなかったのか?


山本 で、まぁ思い切って(会社を)辞めましたと。
   ふつうまぁ・・

   この段階では(ご両親のいる鹿児島から)東京に出て来ているんですよね。
   (しかし、それでも)

   大手の税理士法人Tをやめるときに、
   私があなたの親であれば、当然反対しますけれども、
   親御さんには、(何も)言わなかったのですか?(笑)

テツ まぁ、もちろん言っていたんですけれども、
   ただどちらかというと、
   「そんな子だよね、あなたは」みたいな感じで(笑)

   もうちょっと諦めていたということじゃないと思いますけど、
   「ある程度わかっていた」というのはあったかと。

山本 というのは?

テツ というのは、やはり
   もう以前から、海外でこういう仕事がしたいというのは、、、

山本 こういう仕事というのはどういう仕事ですか?

テツ あ、国際協力の仕事がしたいという話はしていたので、
   まぁその延長線上にあるジャワ島での、
   NGOでの仕事というのも、
   まぁ給与待遇という細かい話までは触れていなかったんですけれども、
   もちろん営利企業から移ると条件的に悪くなるのは当然ですし。

   でも、もともとやりたかった仕事だよね、ということになって、
   全然(会社を)辞めるなっていう風には言われなかったですね。

山本 では、親にポロッと
   将来国際協力の仕事がしたい、と言ったのはいつごろですか?

テツ あの、比較的早い時期だったと思います。
   大学、あるいは高校で実家にいたときに、もうあの、
   母親がUNICEFの募金などをしていたと思うので、
   そういった家庭環境もあって、はい。

山本 でも、母親がUNICEFに募金をしていても、
   あなたがやる理由にはならないですよね。

   それとも、
   (その段階で既に)はっきりとあなたが親に、
   将来的に国際協力をやりたい、とお母さんに言ったんですか?
   高校時代に。

テツ 言っていたと思います。
   こういう方向に進みたいと。

山本 なるほど、
   (NGOに入ってジャワ島で活動する時も)
   じゃぁお父さんもお母さんから聞いて知っていたんですかね。

テツ はい。

・・・

NGOの待遇は?


山本 なるほど、、、
   それでは(NGO時代の)給料のことを聞きますかね。

   あなた要するに、
   ボランティアで無給で行ったのか、
   それとも一時的にせよ、(有給の)スタッフとして、
   お金をもらって行ったのか、、、

テツ 私は契約上はボランティアという待遇で行ったんですけれども、

   ただまったくのゼロではなくてですね、
   国内積立金というのがあり、
   それが毎月8万円ですかね。日本の銀行口座に振り込まれていました。

   で、あと現地での生活費に関しては
   一日10ドルで月300ドルですか、、、

山本 月3万円くらいですか、、、8万円を足して11万円くらい、、、
   まぁ十分ですね。

注:
この金額は、青年海外協力隊よりも、やや低いぐらい。

テツ はい、というような待遇でした。
   まぁ、あとはもちろんプロジェクトで必要な移動があったりすると、
   旅費というんでしょうか、
   そういうのは組織からもらったので、
   ボランティアという待遇だからといって、
   自分でお金を出さないといけない
   と言う状況ではありませんでした。

山本 まぁいわゆる(自分自身の金銭的な負担がある)「手弁当」ではなくて、
   必要十分なお金は出ているということ(体制)だったんですね。

テツ はい。

山本 なるほど。で(会社を)辞めるときにですね、
   最大の問題となるのはお金(当面の生活費)の問題でですね、

   2年半で会社を辞める時に、
   2年半で結構あなたは貯金はできていたんですか?

テツ そうですね。
   やはりあの、先ほどの話の流れのように、
   将来はNGOのほうでやっていきたいという気持ちがあったので、
   社会人としてもらっている(給料の)中では、
   ほとんど貯金のほうに回していました。

山本 そうですよね。
   (お金は、貯まっていたはずですよね。)

   まぁ大学院卒なので、
   雇うほうとしても、
   最低でも給与が20万円台後半以上が、最低の基本給ですから、
   結構な基本給をもらっていましたよね。

テツ はい、そうですね。

山本 手取りで20万円台ですか?30万円台ですか?

テツ ええと、手取りで30万円台でした。

山本 そうですよね、わかりました。
   ええ、院を出ていればね、しかも超大手ですもんね。
   わかりました。
   でもこれは(経歴をお聞きする上で)必要な側面のひとつですものね。

テツ はい。

山本 で、次が(ジャワ島でのNGOでの活動を)5ヶ月で終わって、
   次が製薬会社か。。。

   しかし(NGOの経験が)5ヶ月は短いですね(笑)
   まぁいいか。
   それが終わった時点で・・

テツ それがというのは、インドネシア?

山本 ああ、インドネシアのジャワ島が5ヶ月で、、、

テツ 多分組織(NGO)としては5ヶ月というよりも
   どちらかと言えば半年だったり1年とかで
   契約したかったんですけれども、

   そのどちらかというと
   この団体Aの実施するプロジェクトの多くは
   本部でジャパン・プラットフォームという団体から
   緊急援助として資金援助を受けているので、
   そうするとどうしても
   フェーズ(プロジェクトがどの程度進んでいるかの段階)
   ごとにお金を申請するので、
   そのようなプロジェクトの組み方がされる以上、
   雇い方も、その期間ごとの契約にせざるをえなかったようなんですね。

山本 なるほど。
   ジャパンプラットフォームというのは、
   外務省が緊急援助型のNGOに、
   割と早めにお金を出す仕組みの名前で、
   基本的には
   ピースウインズジャパンという日本最大のNGOのひとつの
   大西健丞さんという方が作ったシステムでですね。

   これにより緊急援助型のNGOに、
   国の外務省から大量のお金が
   比較的速く導入できるようになった仕組みです。

ジャパン・プラットフォーム- NGO 国際緊急援助 国際協力
http://www.japanplatform.org/

ピースウインズジャパン
http://www.peace-winds.org/

大西健丞(おおにしけんすけ)公式ホームページ
http://www.onishi-kensuke.net/


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