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ジャワ島でのNGO経験後、どうして大手のNGOに就職しなかったのか?


山本 で、ここで(ジャワ島でのNGOでの経験が終わった段階で)ですね、
   それまでの団体Aでの経験を得た上で、
   私があなただったら、この時点で、
   セーブザチルドレンとか
   アムネスティとか
   国境なき医師団とかへの、
   大手NGOへの就職を試みるんですけれども、
   なんで製薬会社に戻ったんですか?

セーブザチルドレン日本
http://www.savechildren.or.jp/

Save the Children UK(イギリス)
http://www.savethechildren.org.uk/

Save the Children US(アメリカ)
http://www.savethechildren.org/

アムネスティ・インターナショナル
http://www.amnesty.or.jp/

ヒューマン・ライト・ウォッチ
http://www.hrw.org/ja

国境なき医師団・日本
http://www.msf.or.jp/index.php

赤十字国際委員会 International Committee of the Red Cross (ICRC)
http://www.icrc.org/

テツ えっと、あのー
   もちろん待遇であったり、仕事の面での不満はあったんですけれども、
   現地で活動していて一番感じたのは、
   どちらかというと、自分がまだまだ若いということを感じたんですね。
   若いと言うのは、経験が足りないという意味で、
   経験値が不足しているということなんですけれども。

   以前いた会計事務所と比べて、
   NGOでの仕事が楽だったという意味ではなくて、
   でもやはりあの、仕事のやり方・進め方が違うので
   若干のんびりとしている部分もあって、
   そういう意味で、もう少し社会人としての経験値を積むんだったら
   また営利企業のほうで働きたいなというのを感じまして。

山本 そうですか。

テツ はい。

・・・

精神的な問題への援助活動は難しい、という話


山本 あともう一点は、これは私の個人的興味なんですけれども、
   災害が起こったときにですね。あのまぁ、
   肉体的なケア、その医者が病気とか怪我を治すだけじゃなくて、

   そのPTSDなどの、

注:PTSDとは
心的外傷後ストレス障害 Post-traumatic stress disorder。
精神的ダメージ(トラウマ)によってもたらされる症状たち。
不眠などの過覚醒、事件の追体験(フラッシュバック)など
特定の症状群を満たすものをいう。
(精神的ダメージ後の障害の全てをPTSDと言うわけではない。)
診断基準がいくつかあるが、異論も多い。
よってその治療法や予防法も、確立されていない。

   まぁ(自然災害が起こった後の、PTSDなどの)精神的な問題を
   「治す」というよりは
   「予防をしよう」という試みが、
   まぁ10年くらい前からよく言われていたんですけれども、
   あの実は、
   極めて難しいと言われていまして、
   予防しようとしたときは実はもうなっちゃっていて、
   なっちゃうともう、
   どうしようもない(治すのが難しい)というのが
   PTSD(という病気である)という側面があるんですけれども、

   それは、あなたさっきメンタルの。
   精神的トラウマ、(精神的)外傷を治すプロジェクトに関わった
   と言いましたけれども、何やってました?

   はっきり言うと、うまくいかなかったんじゃないですか、
   と私は言おうとしているんですけれども。

注:
山本はこれまでの経験から、
精神的なトラウマに対する救済活動
(医療活動や、心理カウンセリングなど)は、
その多くの場合、うまくいかないことを知っている。
理由は、うまくいったかどうかを
どうやって判断するのか、その基準を作ることすら難しい、
からである。

テツ あーあのーなんでしょう、プロジェクトの課題と言うか、
   目標設定としては、そういう精神的な問題、
   トラウマに対応するというのはあったんですけれども、
   実際の活動としては、「学童保育」に近い部分がメインになっていて。

   というのも、
   震災の2ヵ月後くらいの時期だと、まだ全然建物が復旧していなかったり、
   食べ物はあるんだけれども、
   生活のリズムというものが、まだできあがっていないので、
   我々のプロジェクトにおいて毎日子どもを預かる、ということを、
   意味があることとしてやっていたんですね。

   なので、専門的というんでしょうか、
   精神的なトラウマに関するということであれば、
   現地の大学と提携してカウンセリングであったり、
   様子をモニタリング(経時的な監視)したり、
   といった活動は実際にやっていたんですけれども、
   それはメインではなくて。

   どちらかといえば、日常では、
   さっき学童保育と言ったような、
   図画工作であったり、スポーツの大会であったり、
   あとは遠足を実施したりして、、、

山本 あ、わりと一般的な「情操教育」のようなものをやっていて、
   個別に本当に精神的な障害を持った子どもたちを、
   カウンセリングするようなことをやっていた、
   ということではない、ということですか?

テツ えっと、、、カウンセリングもやっていて、、、
   ただ何と言うんでしょう、その、
   (プロジェクトをやっている施設に)遊びに来る子ども達は、
   逆に(家から出て来れるだけ)元気なので、
   やはりプロジェクトのメインではなかったと思います。

山本 あぁそうですか。

   それじゃ、個人的には(私の意見としては)、
   それはそんなに(緊急状態での支援活動として)
   意味があるのかなって思うんだけど、
   あなた自身はどうでしたか?

   これってやって意味があるプロジェクトと思いましたか?
   それとも
   やってもやらなくても
   (あまり)変わんないんじゃないかと思いましたか?

注:
一般論として、
国際協力活動というものは、実は、
やってみると、思ったような活動ができないことが多く、
やってもあまり意味がなかった(のではないか?)、
という結果におちいることが多い。
これが多いので、私は、
「本当に意味のある国際協力」をするためには
活動を始める前から知っていかなければならない多くの側面
(これまでの国際協力の失敗の歴史や、それにより蓄積された学問)
を紹介する事業を、一応、しているのである。

テツ あの、どちらかと言うと、

   その地震が起きたことで、
   結果として自分達スタッフはその現場(村々)にいたんですけれども、

   まぁその気晴らしというんでしょうか。
   元々(経済的にも)そういうことが不足している農村において
   我々の活動を通じて、子ども達に何かもたらすことができたというのは、
   やってよかった、意義があったことだと感じています。

   ただ、プロジェクトとしては地震と結びつけて資金をもらっていた以上、
   トラウマという観点からアプローチすることで
   プロジェクトと地震との関連性を出そうとしていたんですけれども、

   ただ、そちらの(精神ケアの)方面で
   きちっと効果が出ていたかどうか、というのは、
   成果として見えなかったので、全然実感はなかったですね。

山本 そうでしょうね。

   私のブログを読んでいれば、
   よく出てくる「緊急援助と開発援助の違い」というもので、

緊急援助と開発援助、援助オリンピック 5894字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65294338.html

   まぁ、
   それ(子どもたちに情操教育をすること)は
   (自然災害直後の))緊急援助でやるようなものではない
   (かもしれない)ですので・・

   まぁこの話しは、長くなるのでやめておきます。

   ええ、まぁいいや(笑)。
   で経験値が足りないと思って製薬会社に戻りまして、
   (その会社が)あっさり合わなくて、辞めて、

テツ ええ、そうです。

山本 (次に)不動産投資会社に入ったら、
   リーマンショックで潰れたというわけですね。

テツ そうですね。

山本 なるほど。
   でもこの製薬会社と不動産投資会社で働いているときも、
   将来的にはNGOに戻る気でいたんですか?

テツ はい、少なからずは。

   ただ、その時やはり、
   (既に)現場でNGO(というもの)を経験したので、
   別にNGOにこだわらなくても
   国際協力がやっていければと考えていて、
   それを頭に置きながら営利企業で働いていた、という感じですね。

山本 えっと、NGOにしろ協力隊にしろそうなんですけれども、
   一度やってみるとですね、その、あの、

   (今回参加したNGOが)悪いということを言っているのではなくて、
   要するに、自分が思っていた(国際協力のイメージ)と
   なんか違うなと思って、

   まぁある意味、幻滅してしまってですね、
   国際協力をやろうと思っていたのを止めてしまったり、
   あるいは少なくとも、
   NGOという枠でやるのを辞めてしまうという人もいる(んですが。)

   (例えば、)私がよく(ブログに)書いている、
   (青年海外)協力隊の例を見るまでもなく、
   (そうした例は)多いんですけれども、そういうことはなかったですか?

テツ えぇ、まぁ、
   あまり大きくない規模のNGO団体の活動を経験したという意味では、
   これで一旦はいいかな、という感じ方をしたというか、

   逆に言うとやはり、
   国際協力の分野であれば、
   別にNGOの活動にこだわらなくても、
   開発コンサルティングであったり、色々な関わり方があると思ったので、
   違ったアプローチをしたいと考えていたと思います。

注:
開発コンサルティングとは、
日本のODA(政府開発援助)などの予算をつかって、
外務省やJICA(国際協力機構)等から依頼された案件(プロジェクト)を
代行して実施して収益を得ること。
これを業務としている会社を、開発コンサルタント会社という。

・・・

そもそも、なんでNGOに興味があったのか?


山本 それで思い出したんですけれども、
   そもそもあなたは最初に、
   国連系と政府系とNGO系があるとした場合に、
   いきなり「NGO系でやりたい」と思っていたと言っていましたよね。

テツ そうですね。

山本 それは何ででしょうね。
   だって、(お母さんの募金していた)
   黒柳徹子さんのUNICEF(を知っていたん)だったら、
   モロに国連系ですから、、、

テツ そうですよね、、、

山本 何でなんでしょうね?

テツ もしかしたら、
   国連などが、政府に近い公共の機関であるのに対し、
   NGOは組織として、何て言うんでしょう、
   経営学としてのアプローチがしやすかったと、
   (当時の)自分は考えていたかもしれないですね。

山本 なるほど、その、
   自分の経営技術を、海外経験を生かすのに、
   NGOでこそ、それが生かせると。

   国連やJICAは
   当然立派な会計士が入っているだろうから、
   自分が入らなくてももういるだろうし、ということですかね。

テツ というのもあったと思います。

・・・

一回目のJPO試験失敗と、その後の米国公認会計士の取得


山本 なるほど、、、わかりました。

   で、(日本の会社で)会計業に戻ってやっていくうちに、
   クビというか、(リーマンショックで)会社が潰れてしまった後に、
   JPO試験を受けて、、、

   あ、(それで思いだした。)

   でもあなた、1回目にJPO試験を受けたのが、
   2005年って言ってましたから、、、

テツ 2005年度なので、
   会計事務所(T社)で働き始めてから2年目ですね。

   そのときも、書類審査は通って、
   そして面接が同じ時期、9月にあって、
   そこで、まぁ駄目だったという感じでしたね。

山本 あぁ、面接で落ちたということですかね。

テツ そうですね。

   ただ、この面接の時に指摘されたのが、

   (1)社会人としての経験不足、

   (2)途上国生活がほとんどないと言う弱み、

   (3)そして、公認会計士といって、CPAと略するんですけれども、
      財務会計分野を専門にしたいのであれば、
      そういう公的な資格も必要であろうと。

山本 CPAというのはなんの略ですかね?

テツ サーティファイド・パブリック・アカウンタント、です。

注: certified public accountant

山本 証明された、公共の、会計士、ということですね。

テツ はい。
   というようなことをその場で言われて、
   で、実際に届いた面接の結果も駄目だったと。

山本 なるほど、、、それでわかりました。

   それでは2005年のJPO応募で、
   1回目のJPO応募時点では、
   途上国の経験もないし、
   CPAの、公認会計士の資格も
   米国でも日本でも持ってなかったので、

   その2つを得ようと思って
   途上国に1度行ってみたり、
   公認会計士の試験を米国か日本で取ろうと思ったというわけですかね。

テツ まぁ結果としてそうですね、
   公認会計士というのは、
   米国でも日本でも(取るのが)簡単じゃないというか、
   何事もそうかもしれないですけど、
   覚悟を決めて取り組まないといけないので、

   数年、他の仕事に就きながら、迷いながら、
   中々実際の勉強は始められない状況だったんですね。

   それで、ちょうど一昨年(2008年)の年末に会社を辞めたときに、
   まぁこれがいい機会なのかなと思って、
   5〜6年前から考えていた資格試験の勉強をしたというか。

山本 その、(資格をとるための)お金なんですけれども、

   この米国公認会計士の資格を取ろうと思いますよね。

   まず、勉強をするのに、
   日本に(そのための)予備校があると言いましたよね。
   どこに、渋谷にあるんですか?

テツ 渋谷にもありますし、ええと、
   渋谷、新宿、あとは虎ノ門ですかね。

山本 あの、渋谷にあるやつ私聞いたことがあるんですけれども(笑)
   これは、えっと、あの、(その学校の)名前言えます?

テツ あ、はい、TACという、
   日本の公認会計士の合格実績がすごくある学校で、
   私は、その、そういうイメージがあったので、
   米国の方の試験対策もいいのかなということを思って。

   その他にも2〜3社あるんですけれども。

資格の学校 TAC [タック]
http://www.tac-school.co.jp/

山本 TACというところで、何ヶ月くらい勉強をしたんですか?

テツ 期間でいうと、4ヶ月くらいですかね。
   あの、講義がDVDになっているので、
   それを1回2時間半とか3時間というものを、
   合計で300時間ほど視聴したと思います。

   そうではなくて、講義形式、、、
   実際に授業を受ける形であれば、
   毎週土曜日か日曜日に週1回ずつに学校に通う形で、
   1年間でカリキュラムが組まれているんですけれども、

   自分の場合はその、
   もっと早く勉強をしたかったので、
   予備校でDVDを借りて、その場で観ながら勉強をする、
   というスタイルをとっていて、試験勉強をしていました。

山本 それで、あなたはDVDを自宅に持って帰るんですか?
   それともその場で予備校に行って見るんですか?

テツ えっと、自分はその場で観ていました。
   ただ、色々な形態があってですね、
   米国公認会計士という試験を受けるにあたり、
   授業を受けるというやり方と、
   あとはDVDが家に送られてくるので、
   家で勉強をするというやり方もあるんですね。

山本 あーそうですか。

テツ で、自分の場合、家でするよりも、
   実際に予備校に行ってやるほうが勉強のリズムを作りやすいと思ったので、
   予備校で、DVDを借りるといった形式を取っていました。

   というように何通りか(勉強方法が)あるんですけれども。

山本 で、あなたは江東区に住んでいるんでしたっけ?
   それで通ったところ(TACの学校)というのは、、、

テツ 神保町にあったので。

山本 あぁ、なるほど。都営新宿線で1本?

テツ そうですね。水道橋よりで、
   でも神保町から歩けるところにあったので、
   ちょうど去年(2009年)の今頃であれば、
   週に5回とか6回とか学校に通って、毎回DVDを見て、
   それを踏まえて勉強をするというのをやっていました。

山本 で、(米国公認会計士の)試験等は、
   さっきあなたはオレゴン州に行ったと言っていましたが、
   それはいつ、、、

   あ、えっと、
   まず、(TACに)4ヶ月間通ったというのは
   何年の何月から何年の何月ですか?

テツ 2009年のうち、4月は旅行に行っていたのでその期間が空いていて、
   3月から7月あたりまでの4ヶ月、というのが、
   メインで勉強をしていた時期です。

   それ以外でももちろん、
   8月と11月に2回試験を受けているので、
   その試験のスケジュールに合わせて勉強をしているんですけれども、
   学校に通ったというのであれば、その4ヶ月ですね。

山本 わかりました。
   で、一応試験は受かって、あとは(会計士業務の)実務経験があれば、
   米国のUSCPAというものが、取れそうだ、と言うような。

テツ ええ、先ほど説明したような過程を経れば、
   名刺に書いていいというか。はい。

山本 なるほど。わかりました。

・・・

JPO試験と、米国公認会計士試験が、重なった?


山本 で、JPOの試験を受けようと思った時期と、重なっていますよね。

テツ あ、そうですね、はい。

山本 確かJPOの試験は
   (去年、2009年は)4月〜6月に応募でしたよね。

テツ はい、そうです。

山本 その、あなたはDVDを見て、
   CPAを取ろうとしているときに、まさに重なっている、、、

テツ はい、そうですそうです。

   今年は違うんですけれども、
   去年までは書類を出す時点で、
   語学の試験も受けないといけなかったんですね。

   なので、英語であればTOEFLで、
   フランス語であれば、それに相当するもので。

山本 なるほど。

テツ (JPOのための)書類の準備と、
   あとその(米国公認)会計士の勉強が重なっていたんですけれども、
   実際に語学試験の、、、
   その、自分はフランス語の試験だったんですけれども、
   その試験を受けて、その結果を含めて6月までに
   (外務省国際機関)人事センターに送付するというものを、

外務省・国際機関人事センター
http://www.mofa-irc.go.jp/

   時期は重なっていたんですけれども、
   同時に、(会計士の)勉強をしながらしていました。

山本 そうですか。その、フランス語で受けたというのと、
   今ちょっと混同したんですけれども、
   JPOの試験は、、、

テツ あ、はい、
   JPOの語学試験は英語かフランス語から選べるので、
   自分の場合はフランス語受験で、

   前回の2005年もそうだったんですけれども、
   フランス語で受験しました。

・・・

・・・

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