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自己紹介


山本  (最初にニックネームを決めるんですが)
    えー、何が良いですか?
    なるべく(本名とかけ離れた)
    原型をとどめない方が良いんですけど。

マック 原型をとどめない方がいい。
    何でもいいんですけどねえ。
    どうしましょうかねえ。
    じゃああの、パソコンはMacが好きなんで。
    マックでお願いします。

山本  じゃあマックで。
    マックは
    (これまでインタビューされた人の中に)いなかったから
    問題ないですね。
   
    で、まあ、あのー。
    例の、すでにブログに登場している、
    (元・青年海外協力隊・村落開発の)
    あの「メイさん」と
    (アフリカの)M国で一緒だったということですが。

マック そうですね。

山本  (私が既に)知ってる事も
    (ブログを読んでいる人のために、あえて)聞きますね。

    (青年海外協力の)派遣時期は
    (メイさんと)重なってたんでしょうか?

マック はい。
    重なってました。

山本  はい。
    えーっと、職種は何でしたか。

マック 私の? 
    私の職種は「エイズ対策」でした。

山本  分かりました。

・・・

38歳でシニアでなく青年海外協力隊に応募した理由は?


山本  今おいくつでいらっしゃいますか?

マック 今41です。

山本  はい。
    えーっと、なんか、普通の協力隊のかたよりも、
    だいぶご年配ですよね。

マック そうですね。
    あの、応募当時ぎりぎりでした。
    39歳までですから。

    38歳の年に合格したので、
    (これに落ちていたら)
    もうチャンスはないなあという感じやったんですけど。

山本  ほう。

マック これで落ちると、駄目やなあというところで。

山本  実際は
    20歳から39歳までが青年海外協力隊
    (への応募可能年齢)ですが、
    えーっと、40歳から69歳までが
    シニアボランティアで応募できるんですけれども、
    それはじゃあご存じなかったという事なんでしょうか?

20歳〜39歳の方、JICAボランティア(青年海外協力隊等)
http://www.jica.go.jp/volunteer/application/seinen/

40歳〜69歳の方、JICAボランティア(シニアボランティア等)
http://www.jica.go.jp/volunteer/application/senior/

注:
青年海外協力隊も、シニアボランティアも、
ボランティアといっても無償ではない。
協力隊は毎月総額で十数万円(現地手当と国内積立金等)、
シニアは毎月総額で三十数万円がもらえる。
このように、
青年海外協力隊で派遣されるよりも、
シニアボランティアで派遣されるほうが、
毎月もらえるお金が、かなり高い。
高すぎて批判の対象になり、最近やや減額されたほど。
よって、当時38歳だったマックさんは、
40歳まで待ってから応募したほうが
得ではなかったのか?、と山本は質問しているのである。

マック いや、知ってました。

山本  では、何故あえて協力隊にしたんでしょうか?

マック えーっと、まず、そうですね、
    自分の専門というのは、
    国際協力に関係あるかどうかはわかんないんですけど、
    「電気の関係」なんですよ。

山本  はい。

マック で、電気だと、シニアの方で確かに「要請」はあるんですけど、
    「高い専門性」が必要で、あの私のやって来た仕事とは、
    あんまり、こう合わない?

    その自分のやって来た仕事でシニアに応募したくても、
    応募できる「案件」というのがなかったもんですから、 
    その当時見たときは。

    まあ、シニアっていうのは、まだ今の段階では難しいかなと思って。

山本  なるほど。

・・・

職種を電気関係でなく、エイズ対策にした理由は?


マック でまあ、(年齢的な締め切りがせまってるけど)
    無理に、青年(海外協力隊)の方で。
    
    で、結局は、青年の方でも、
    その時にちょうどいい電気の「要請」がなかったもんですから、
    エイズ対策って言う(応募しやすいものに応募しました)。

注:
青年海外協力隊は、建て前としては、
途上国の政府や地方自治体などが、
こういうことで困っているから
こういう専門性(資格と経験)を持っている人を
送ってきて下さい、とお願いしている場所へ
日本政府がボランティアを送る、ということになっている。
このため、
途上国から「要請」された「案件」という言い方をする。
日本が、こういう人を送りたい、と言って、
一方的に送っているわけではない。一応。

山本  なるほど。

マック えー、そんなに条件が厳しくないものを選んだ訳なんですけど。

山本  なるほど。まあ、青年海外協力隊の場合は、
    別に、何の経験(や専門性)がなくても、いわゆるその

   「村落開発」、「青少年活動」、「環境教育」、「エイズ対策」
    などが、まあ誰でも応募できますよね、ぶっちゃけ。

マック はい。

山本  なるほど、でも、あの、確か電気関係の職種は、
    実際いくつかはあったと思いましたけど。

注:
青年海外協力隊には100以上の職種があり、
電気関係としては、具体的には、
「電気・電子機器」、「電気・電子設備」、「電子工学」など。

マック はい、ありました。

山本  要するに、その年のタイミングで、うまい案件がなかったと。

マック なかったと、ということですね。

山本  そうですか。

    案件自体はあったけれど、
    その(応募)条件に(あなたの経歴が)適合しなかった、
    ということなんですか?

    (それとも)
    案件がそもそもなかったんですか?

    どっちですかね?

マック 案件はありました。

山本  条件は何だったんですか?

マック その時で、条件というか、

    例えば、アフリカ(の案件)で、私の覚えている限りでは、
    ボツワナという国があったと思うんですけれども。

山本  はい。

マック ボツワナで電気の要請があったんですけども、
    それは例えばダムの管理のような、
    水力発電所の管理のようなのがあったんですよ。

山本  ええ。

マック そうなると、「実務経験が、5年」とかいうのがあって、
    そういう場所での。

山本  ダムの、電力管理とか。

マック 要は、電力会社で働いた人でしか行けないような感覚の、
    私はそれよりも、もっと全然違う分野で(働いていたので)。

山本  末端の(一般家庭での仕事でしたね)。

マック なんで、これはちょっと難しいなと。
    そんな感じの(案件)でしたね。

    あとは電子とかの分野の、
    もっと小さな、電子回路をどうするかとか。
    回路図をどうするかとか。

    そういう学校で教えるとか、があったんですけど。
    まあ私は工事の方をやってましたから、

山本  はい。

マック あまりそういう分野でもないしということで。

山本  ええ。

マック 要請はあったんですけれど、電気関係では。

山本  はい、分かりました。
    
マック はい。

・・・

生い立ち、工業高校電気科からファッション系へ


山本  えーっと。

    まっ、生い立ちを軽く聞きましょうか、
    それとも、えーっちょっと待ってください。

    えー、現在41歳で、えーっと応募した当時38歳。

マック そうですね。

山本  お生まれは。

マック 生まれは大阪です。

山本  だいたい中学校まではあまり参考にならないので、
    高校からいきましょうかね。

マック はい。

山本  高校も大阪ですか。

マック 高校も大阪です。

山本  えー普通、割と、なんと言いますか、
    受験校系とですね、(そうでもない学校と、)
    私立(と)公立とかありますけど。

マック 私はあのー、工業高校の電気科でした。

山本  あーそうですか。あっじゃーそのころから、一応、電気系の。

マック そうなんですよね。
    電気の勉強して。
    
    親父も建築関係で、自営業をしてまして。

    「お前、これから、勉強もいいけど、
     手に職持った方がええんとちゃうか。」

    というような考え方をしてたんで。

    「ちょっと電気の方を勉強せえや」
    ということで。

    まあそんな感じで、電気の勉強をして。
    でも、やっぱり高校を卒業して、服飾の勉強がなぜかしたくなって、
    ちょうどその頃はデザイナーズブランドが、分かりますかね?
    ああいうのが流行ってまして。

山本  服の方ですか?

マック そうです、洋服です。アパレルというか。

山本  アパレルの方ですね。

マック デザイナー、というか、
    まあそっちの方の勉強がしたいなあ、ということで。

山本  はい。

マック まあ2年間勉強して。

山本  はあー、そうなんですか。

    それもその、いわゆる、
    Tファッションデザイン学院とか色々ありますけど。

マック 大阪M学園とか、ああいう感じのところですね。

山本  で、2年間勉強したと。なるほど。

マック はい。

山本  それは、高校卒業して、直後?

マック 直後です。

山本  2年間デザインの勉強をして、就職は?

マック 勉強はしたんですけど、
    あー、自分にはデザインの才能はないなあと、ちょっと思って。

山本  はい。

・・・

就職は関西の大手家電メーカーの苦情処理係で12年


マック で、そうですね、その後、
    関西のM電工という会社があるんですけど、
    そこの「苦情処理」の部門がありまして、
    そっちの関係の会社に入りました。

    で、12年間勤めて。

山本  苦情処理ですか?

マック そうです苦情処理です。

山本  要するに、
    電話が消費者から掛かって来て、
    何かおかしいって(言う)のを受付する(んですよね)。

    どちらですか?
    電話で対応する人と、
    実際にその故障を直す人と。

マック あー両方やってました。

山本  両方やってた訳ですか。

マック 極端に言えば、電話を受けて、
    すみませんとなって(謝って)、
    ○○が壊れてますと聞いて、
    私が行って直すという感じですね。

山本  なるほど、口で、こうやって(と)説明しながら、
    でも直んないと。

マック なおんない場合は、じゃあ行きますよと。

    まあ契約している業者さんがいましたので、
    その人たちに行ってもらうんですけど、
    まあそれでも駄目な場合は、じゃあ私が行きますという事で。

    それはそのお客さんの感情として怒られてる場合もあるし、
    商品が直せない場合の両方あるわけですが。

    これはすごい怒ってはるから、
    普通の業者さんじゃ駄目だなと感じれば、私が行きますし、
    この商品はこの業者じゃ直せないなとなっても私が行く訳です。

山本  すると(大企業である)M側にいたんですね、
    普通、修理は
    中小企業に代行でやってもらう企業が多いみたいなんですが。

マック そうです、M電工の子会社です。M電工出資の子会社です。

山本  ですよね、普通、T芝とかH立なんかはそんな感じですから。
    で、これを12年もやっていた。
    長っ!
    そうですか。

マック 長いですね。

・・・

会社で出世はしたか?


山本  えーっと、失礼ですが、下請けの中小企業で、
    普通12年もいれば、
    多少の出世とか、給料があがるとかありますよね。

マック そうですね。

山本  まあ係長とか、そんくらいまで行きましたか。

マック その時で主任まで行ってました。

山本  主任てのは、どのくらいの(偉さですか?)。

マック 係長の手前くらいでしょうか。
    主任、副長、課長っていうのがあったんで。

    で、もうすぐ「お前副長になれよ」って言われてた時にやめました。
    それが33歳のときですね。

山本  えーっと、失礼ですけど、
    給料って言うのは、年に何%くらいあがったものなんですか?

マック 覚えてる限りでは、毎年5000円くらいは昇給してましたね。

山本  初任給なんかお聞きする事は可能ですか?

マック 17、8万円くらいだったと思うんですけど。

山本  年々5000円あがっていったと。

マック そうですね、それぐらいだったと思うんですが。

山本  それはちなみに、総額ですか、いわゆる手取りですか。
    保険だのなんだのひかれた後の。

マック 手取りです。

山本  手取りでですか。じゃあ額面上は。

マック 20数万円でしたね。

山本  なるほど、わかりました。でまあ、12年やりました。

マック ちなみにボーナスは5ヶ月(分)くらいでしたね。

山本  1年間で?

マック 年間で。

山本  5ヶ月ですか。夏と冬足して。

・・・

苦情処理係の仕事は好きだったか?


山本  その仕事はどうでした、
    好きでした、嫌いでした?

マック 正直好きでしたね。
    好きで面白かったですね。

    ルーティンワークではあるんですけども、
    電話を受けて、修理を業者に指示してという。

    まず電話相手が毎日変わりますから、コロコロと、
    掛かってくる電話は全然違う内容の電話ばかりやし。

    やることも、色々な商品を担当していたので、
    種類があったので、飽きる事もなかったんですよ。

    で、分かりやすいんですよね、怒ってるお客さんが、
    最後には喜んでくれるっていうのが、
    自分にとっては成果がとても見えやすくて。

   「あー楽しいな」って気持ちはずっと持ってましたね。

山本  医者みたいなもんですね。

マック ですかね。

    「心を直す」とは良く言われてましたけど。

    「お前、商品を直すんやなくて、お客さんの心を直すんやぞ」
    って、いつも言われてて。

山本  あっ、それいいっ、泣かせますね。(感動)
    なるほど。

マック 「なんぼお前上手に直したところで、
     お客さんの心がそのままやったら、意味はないんやぞ」と。
    
    「商品が直せなくとも、お客さんの心を直せばそれでいいんや」と。

山本  それ、誰が教えたんですか? 先輩ですか?

マック それは私の上司です。一番最初の。

山本  M社が言ったんじゃなくて、上司の方がそう言ったと。

マック そうです、その子会社の上司でしたね。

    ・・確かに、その人には、
    未だに「お世話になったなあ」と・・

    その後全然お会いする事もないんですけど。
    やっぱりあの人の、そういう感性は(印象に残りました)、

    すごいその人は変わってましたからね。
    考え方が。

    その方はM本社からの出向社員として、子会社に来てましたね。
    でも、もしかすると、
    その当時は左遷だったのかもしれないですね。
    社風にあわなかったんですかね、本社の方の。
    それぐらい、ちょっとずれた人でしたね、
    サラリーマン的な部分からは。

山本  どのへんがずれてたんですかね?

マック たとえば、そうですね、どんな感じで言えばいいのかなあ。

山本  M社のような、超大手企業には合いそうもないと。

マック うーん、ハチャメチャですね。

    実際に合ってみれば分かると思うんですが。
    説明しにくいです。
    なにか分かりやすい例でもあれば説明しやすいんでしょうが。

    うーん、何やろ、
    「座って考えてる間に、動けや」って感じでしたね、常に。

    「そんなん言ってるあいだに行かんかい、現場に」と。
    現場主義の人ではありました。「電話で済まそうと思うなよ」と。

山本  わかりました。
 
    で(その仕事が)好きで、係長手前までいったのに、
    まあ結局その、12年で辞めた。
   
    ちょっと待ってください。
    専門学校(は普通)2年だから20歳、
    12年ということは32歳になってるということですね。

マック (専門学校の卒業後)半年くらいは
    無職で家で過ごしてから、その会社に入りました。
    その当時、
    すでにフリーターのような事をしてたような覚えはありますね。

山本  最初の半年?

マック 会社に入る前ですね。

山本  なるほど。

マック どさくさまぎれに入社したような感じですね。

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・・・

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