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50カ国の旅行を終えて、旅費の借金の返済


山本  ここ(旅行の話を)聞くと
    永遠に(このインタビューの)仕事が終わらないんで、
    (話を)飛ばすとですね。

    結局3年間で何カ国くらい行ったんですか?

マック 50カ国くらいですね。

山本  で、エリアとしては、
    ヨーロッパ、アフリカ、東南アジア等がありますが、
    どの辺に行ったんですか?

マック ヨーロッパ1年、アフリカ1年、南米1年ですね。

山本  アフリカから南米は、飛行機に自転車を積んで?

マック そうですね、南アから。

山本  で、最後に3年間終わったときに、
    400万円あった貯金は、いくらまで下がったんですか?

マック マイナス20万円くらいでしたね。

山本  マイナス20万円ですか?
    マイナス20万円は、どうやって都合つけたんですか?

マック (吹き出しながら)帰ってすぐ仕事しました。

山本  借金を親にしたとか、そういう事ですか?

マック (クレジット)カードでとりあえず借りておいて、
    帰って。。。

山本  働こうと?

マック そんときは、親に借りたと思いますね。
    でまあ、すぐに働きました。
    友達の(電気関係の)ところで。

山本  えーっと、猿岩石さんのように

   (日本テレビの電波少年という番組で、
    猿岩石さんというお笑いコンビが、
    地球一周旅行みたいなのをやっていた時期が昔ありました。)

    猿岩石さんは、確か、アジアを縦断するときに、
    レストランの皿洗いなどをして、お金を稼いでましたけれども、
    いわゆる現地でのバイトはやりました?

マック しなかったですね。

山本  じゃ、400万円は消費する一方?

マック 消費する一方でしたね。金を増やすというのは考えなかったですね。

山本  でもそれでも3年間、400万円でもつんですね。逆に言えば。

マック もちましたねえ。
    結局、使ったのはヨーロッパなんですよね、おっしゃるように。

    ヨーロッパで150万円くらい使ってしまいましたね。
    何も考えてなかったですし(お金の事)、
    寝るときはいつもユースホステルに泊まってましたし。
    時期も寒かったので(野宿が難しかったので)
    毎日お金は使う一方でしたね。

    アフリカに行けば、1年50万円くらいで、
    全部含めて、飛行機代も入れて50万円くらいだったと思います。
    その時、「あーこんなので旅行できるんやと」思って。
    そのことが最初から分かってれば、
    もっと上手に旅行できたんですが。

    最初からアフリカに行ってればねえ、
    ヨーロッパの物価の10分の1ですからね。
    ねえ、アジアとかも、お金を上手にやりくりしてれば、
    1、2年は旅できたのかなあと。

山本  分かりました。

    ここ(の旅行の話)を突っ込むのは、
    万が一(最後に)時間があったらという事で。

    で、3年間終わりました。
    (20万円の借金を返すために)何で働いたんですか?

マック 電気屋ですね。電気工事屋ですね。

・・・

青年海外協力隊との出会い


山本  青年海外協力隊の存在を知ったのは、帰って来てからですか?
    それとも。

20歳〜39歳の方 - JICAボランティア
http://www.jica.go.jp/volunteer/application/seinen/

マック 知ったのは、旅行中です。アフリカで。

山本  要するに、旅行してれば、日本人が目立つから、
    どっかで協力隊の人に会いますよね、嫌でも。

マック そうですね。

山本  そこで、こういうもの(協力隊)があるんだと。

マック そういうことですね。

山本  んで、これは俺も行ってみたいなと思ったという事ですか?

マック そうですね、
    僕が隊員に会ったのは、ニジェールだったかな。

    あっガーナで最初に、
    「そういう人がいるんやで」という事を、
    自転車旅行仲間から聞きまして。

    彼が
    「そこでな、昨日漫画をずーっと読んでてな」
    みたいな話を聞いて、で、
    「ちょっとイメージちゃうやんか」と。

    名称としては、物々しい名前で、何とか協力隊で。

    一人で外国で仕事してるんやと。
    でも昨日あそこ行ったら面白かったで的な話を聞いたらね、
    「あーそうなんや」と。

    でもやっぱり、「あれっ」って思ったんですよね。

    でまあ、先へ進んでいって、ニジェールって国がありますよね。
    そこで4人くらいの隊員に出会ったんです。
    じゃあちょっとよーく見てみようと思って。
    そうすると、思っていたよりは気楽にやってるんだなと思って。

    こんなんでいいんやろか、という思いもあったし、
    もっと他に出来る事はないんやろうか、と思ったりもしたし。
    自分もやった事がないんで、じゃあちょっとやってみたいなと。

    ニジェールの砂漠の中にあるような町で、
    コンピューターを教えてどうするんやろう、
    とか、思ったりはしましたね。
    なんだか、変だなあと、そう思いましたね。

山本  なるほど、
    まあ、批判的にも思ったけれども、
    自分がやった事でもないから、
    一方的に批判するのもどうかと思うので、
    まずは自分もやってみたいな?、くらいですか。

マック そうですね、そんな思いもあったし。
    自分の中では、協力隊への思いっていうのは、
    そこで一旦終わってたんですよね。
    まあそんなもんかと。

    でもニジェールとか(自転車で)走ってると、
    すごい過酷なところで人って生きてるじゃないですか。
    そんな状況をみて、
    「放っとけないな」と、走りながら思ったんですよね。

    自分は毎日毎日移動していて、
    ご飯とか食べさせてもらったりしても、朝に成れば出て行く訳で。
    どうすれば自分はこのもてなしに応えられるんだろう、
    とか思ってたりもして。

    じゃあ、協力隊とかに入れば、何かが出来るのかなと。
    そこでぴったり、嵌(は)まったというか。

    他の国際協力の方法も知らなかったですから、
    それまではそんな国際協力のような事は考えた事はなかったので。
    あーこれいいやん、と。
    あー、じゃあ俺にもできるんやろうか、と。

山本  (協力隊の人と出会った)最初の最初は、ニジェール・・
    いや、その前は、ガーナで。

マック そうですね・・

    (いや、)一番始めはモロッコで。

    変なおじさんが声をかけて来たんですよ。
    「日本人ですね」と。

    何このおっさんと思いますよね、
    そしたら、実は俺は日本人を2年間、
    家で預かってたんだと。
    何やねんと思いますよね。
    
    でも、とりあえず泊めてやるっていうんで、ついていったんですと。
    そしたら、その日本人の写真とかが飾ってあって、
    よく見ると協力隊員とかいう言葉がちらほらと見えたので、
    それが最初ですね。

    で次がガーナですね。

山本  今言ってた、泊めてくれたおっさんてのは、
    現地の、モロッコの人ですね。

マック そうですね、結局はその隊員の
    カウンターパートのおっさんだったようですね。

注:
青年海外協力隊などの政府系(JICA系)の国際協力の場合、
途上国側の官僚か地方自治体の職員(地方公務員)などが、
相棒としてあてがわれ、現地で行動をともにする。
この相棒のことを「カウンターパート」と言う。

山本  ということは、地方自治体の職員とかでしょうか。

マック うん、結構良い家に住んでましたね。

山本  公務員?

マック でしょうかね、もう忘れてしまいましたけど。

山本  接触して、で、そんときは一応終わったと。
    で一応国際協力というのがある事を知ったと。

    じゃ具体的に自分が(協力隊に)応募しようと思ったのは、
    旅行中ですか、それとも帰って来てからですかね。

マック 応募しようと思ったのは、
    旅行が終わる半年くらい前でしょうかね。
    旅行中から、帰ったらすぐに応募しようと思ってましたね。

山本  そのころは、南米にいた筈ですよね?

マック そうですね。

山本  南米は、私も、
    ブラジル、ペルー、コロンビアぐらい行ってるんですけれども、
    あそこ(南米)はまず、日系人が多くて、
    協力隊もそういうところに入ってると思いますけれども。

    どこの国にいるときに、
    そう(協力隊に応募しようと)思いました?

マック 最後にいた国なんで、ブラジルですね。

・・・

国際協力への直接的な、きっかけは?


山本  直接的なきっかけとなった、人とか、出来事とかありますか。

マック アフリカに戻ってしまいますね。

山本  ニジェールの?

マック そうですそうです、そのニジェールの。

    実はもう一つ出会いがあって、
    ニジェールの後ケニアに行ったんですが、
    ケニアで日本人で学校のようなものを経営している人がいて。

    でその人は、ジャイカなどとは関係を持たず、
    男性なんですが、自分のお金だけで活動している人で。
    こんなやり方もあるんだなと。

注:
ジャイカ JICA-国際協力機構
Japan International Cooperation Agency
http://www.jica.go.jp/

    言ってみれば、ジャイカボランティアとは反対側の、
    日の目を見ないような活動をしている人がいて。
    これはこれで凄いよなと。
    
    じゃあ自分は何が出来るだろうかと考えだしたのは、
    その人も含めたアフリカでの出会いがきっかけですかね。

山本  それ、団体名と名前分かります?

マック 分かりますよ。団体名というか、
    その学校の名前が「ニュートピア」っていうんですけど。
    場所がケニアとウガンダで。

ウガンダ ちいさな学校-ニュートピア
http://newtopia-academy.com/

山本  ケニアの学校あるところの、都市の名前は、ナイロビ市ですか?

マック ナイロビです。
    ナイロビの端っこのスラムの中でやってらっしゃいました。

山本  じゃあ、キベラスラムの中ですか?

注:
キベラスラムとは、
ケニアのナイロビ付近にある、大きなスラム。

マック キベラではなかったですね。

山本  あーそうですか。

マック シランガっていう名前やったなあ、
    キベラよりも小さいスラムでしたね。

山本  じゃあ、ニュートピアで検索すれば出るという事ですね。

マック はい。

山本  わかりました。

・・・

日本に帰国した後、青年海外協力隊へ応募、でも落選


山本  で日本に帰って来て、まず借金返すために働いて、
    で同時にインターネット等で協力隊の事を。

マック 調べましたね。

山本  でまあ、(日本に帰ってから)一番最初の、
    (青年海外協力隊の)春募集か秋募集に応募したって事ですか?

マック そうですね、帰国したのが5月でしたので、
    その春の募集にぎりぎり間に合ったんですよね。

    そうですね、帰ってすぐ応募しましたね。
    で仕事も探していると、一次試験は合格しましたと通知が来ました。

    で二次で落ちましたね、一回目は。
    意外と自分でもいけるもんだなと思いましたね。

山本  一回目は職種は何で応募したんですか?

マック その時は「電気」でしたね。電気機器というのがありまして。

山本  応募者も、電気機器は少ないんじゃないんですか?

マック 定員割れの電気系の職種もありましたね、
    電気機器も(応募者が)少なかったですね。

山本  ですよね、(応募者数などの)データは
    (ネット上に)公開されてますからね。

    私もそう(電気関係の応募者は少ないだろうと)思います。

    (で、書類選考の一次試験を合格した後)
    広尾のジャイカ地球広場に行って、
    (二次試験で)面接受けて落ちたということですか?

JICA地球ひろば
http://www.jica.go.jp/hiroba/index.html

マック そうですね。

山本  じゃあ、2回目は(その年の)秋に受けたんですか?

マック 秋、受けましたね、多分、受けた筈です。

山本  で、それは?受かったんですか?

マック それも落ちました。

山本  2回目も落ちたんですか?

マック それはいきなり落ちましたね、一次から。

山本  それも電気で応募したんですか?

マック そのときは、電気で応募しましたね。

    でもすごい僕は迷い性で、
    応募したんですけど他のも色々と見てて、
    その時に「エイズ対策」ってのを発見して、
    この問題ならちょっと勉強すれば大丈夫かなと思ったんです。

    結局勉強はしなかったんですが、電気で受験しようと思って。

    会場についてから、エイズ対策の問題を見てみると、
    「これなら出来そうかな」と思って。

    その時は(まだ)試験問題をみてから、
    職種の変更が出来たんです。
    電気で応募したけど、エイズに変更しますとか、
    村落に変更しますとか。

山本  へえー、その当時は? 今は?

マック 今は出来ないですね。

    で、問題見てから、エイズ対策にしようかなと思いました。

    で、試験は受けてみたんですけど、
    まあ勉強は全然してなかったので、
    やっぱり解答は出来ずで。
    技術試験で落ちましたね。

    その時には、エイズ対策とかの職種のほうがいいのかなと、
    電気関係の少ない要請の中で選ぶよりもと。
    エイズ対策なら要請はたくさんありましたし、
    エイズ対策にしぼった方が良いのかなと思いましたね。

山本  なるほど、2回目も落ちて、で次は3回目ですよね?
    そしたら翌年の春また受けたんですか?

マック そうですね、春に受けましたね。

山本  で、それも電気ですか?
    あーそれはエイズ対策ですね。

マック そうですね。

    一応エイズ対策も電気も両方勉強してましたね。
    私はまた会場で変更できるだろうと期待してましたから。
    するとその年から変更はできませんと言われまして、
    結局エイズで受験しましたね。

山本  でそれは受かったんですか?

マック 受かりましたね。

山本  3回目で受かったという事ですね。

マック そうですね。

・・・

青年海外協力隊に応募する時、会社にまだ通っているはずでは?


山本  いつも、僕が問題にしているのはですね、
    応募される方は普通会社で働いてる訳ですよね?

    で応募したときに受かるか落ちるか分からない訳ですよ、
    当たり前ですけど。

    あなたは、3回目で受かった、
    までのその間は、
    会社等への所属はどういう状態だったんですかね?

マック アルバイトですね。

山本  パート、アルバイトって事?

マック そうです。でも電気工事の仕事では、
    基本日給月給の世界なので。

    雇用関係を結ぶ場合もありますけど、
    職人の請負仕事が多いですね。

    なのでアルバイトみたいだったけれど、
    特に気にもしてなかったですね。

山本  そういう意味では、恵まれてる業界といえそう。

マック そういわれればそうでしょうね。
    人間関係で仕事を作るので、
    戻る気になれば今からでも仕事はできますから。

    そんな感じだったので、
   「合格したらやめるからな」とは断ってましたね。

山本  ぶっちゃけ、日給15000円とか、時給1500円とか、
    そんな感じでやってたわけですか。

マック そうです、そうです。

山本  はあー、なるほど。
    分かりました。

    で旅行から帰って来て、12(年を)足すから、
    32、3(歳)で、1年半だから33、4になってるのか?
    あれ、でも計算が4年くらい合わないですね。

マック 33(歳)で会社を辞めるでしょ、
    それで3年旅行行って36じゃないですか。
    で、2年間仕事して、38歳なんですよね。

山本  で合格したと。

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