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K大学の医学生サークルは70年の歴史


山本 (この話題は)流して。
   えー、で、まぁ5年生になりましたと。
   
拓也 はい。

山本 地域医療も(国際協力と)同時に並行していて
   
拓也 はい。

山本 NICEの理事が終わる月に
   自分のNGOを作ろうと思ったと。

   (自分で立ち上げたのは)何を作ったんですか?

拓也 そうですね…。
   実はその間にもう1つ(同時進行していたことが)あって。

   その地域医療をやっていた団体がですね、
   こう色々と、えー、

   地域医療で、
   元々は70年ぐらい古い歴史のある地域医療のサークルで
   えー…。

山本 それはK大学の中にある(サークル)? 

拓也 K大学の中にあるものなんですけれど。

山本 サークルっていうのは
   学生側のサークル?  
   それとも医師側のサークル?

拓也 学生のサークルなんですけれど。

山本 それで70年もやってたんですか?
   素晴らしい!!

拓也 で、戦前は旧満州に
   健診活動など行ってたようなぐらいの(サークルです)。
   
山本 学生が(行ってたの)?

拓也 学生が(行ってました)。
   学生が主体で医者をひっぱってきて
   (満州へ)一緒に行くというようなスタイルをとっていたと。

   戦後も秋田とか新潟だとかで
   えー、そういった健診活動をするようなことを
   昭和50年頃にやってたんですね。
   
   段々段々、学生がやらなくても
   むしろ学生がやれなくなっていくことで
   ほとんど見学ベースの
   実習ベースのサークルになってしまったので。
   
   まぁ、非常に、
   今後の方向性を色々考えている中で
   やっぱりこう(活動場所を)海外に入れようって
   流れができてきてですね、

   まぁそれで、自分が代表やってた時に
   総会があって
   海外でやりたいって声が上がって…。  

山本 何の代表?

拓也 その地域医療のサークルの代表。

山本 サークルの代表ね。

拓也 で、総会でブレインストーミングをやっていて
   
   海外でやり…。
   もう一度海外に(行こう)っていう声が出てですね、

   それで医療系を、
   国際保健を
   ちょっとこのサークルと一緒に
   やってみようかなってことで、

   でー、NICEに手伝ってもらってですね。
   えー、インドネシアで活動を始めたんですよね。
   
   ストリートチルドレンと売春婦を(中心にした)
  
山本 ストリートチルドレンと売春婦、
   (売春婦の差別的でない表現はセックス・ワーカーというんですが)
   まぁ、セックスワーカーをターゲットにしたんですか?

拓也 (ストリートチルドレンと売春婦)をターゲットにした
   活動をしてたんですけれど、
   
   ベースに現地の、向こうのNGOがあって…。
   
山本 ストリートチルドレンとセックスワーカーに対して
   何をするんですか?

拓也 えーっとですね。
   その時点では健康活動を。

   ストリートチルドレンには
   HIVとか性教育を(教えること)ですね、
   そういうことをやったり。

山本 セックスワーカーの方は
   HIVを予防するための
   いろいろな方法を教えるんですよね?
   
拓也 ストリートチルドレンもえーっと…。
   (HIVの)リスクがありますよね。

   なので、そういったリスクのあるような子たちに対して
   そういったコンドームの使い方や、
   えっと麻薬の知識だとか
   まぁ、そういったことをやってました。

(注:麻薬を同じ注射器の針で回し打ちをするとHIVに感染する)

山本 なるほど。

   まぁ、アフリカの子の場合、
   8歳からみんな、エッチ(性行為)しているとかですね、
   タバコとか6歳から吸っているのは、知ってるんですけれども。
   
   あのー、えー、国はどこでしたっけ?
   インドネシア…?

拓也 インドネシアです。

山本 インドネシアの子どもも
   性行為を開始するのが、
   10歳…

拓也 早かったですよ。

山本 10歳位前後だったりするんですか? 
   
拓也 そうですね、はい。

山本 なるほど。

拓也 性行為するのがっていうよりも
   ストリートチルドレンや
   (貧乏で、他に収入を得る方法がない)
   売春をしないといけないような
   リスクのある子どもたちは
   そういった年齢から(性行為を)していた。
  
山本 なるほど。

   それで思い出しましたけれど、
   女の子がよく
   東南アジア、タイをはじめとする(国では)、
   まぁ10歳前後から売春を無理やり(やらされることが多く)

   借金を貸してもらっているなどの理由で
   (性行為を)させられることは
   知っていたんですけれども、
 
   まぁ、男の子もちょっと
   これは差別になるんですけれども
   ヨーロッパ系の…。

拓也 あぁー。

山本 白人って言っちゃいけないんだけど。

   ヨーロッパ系の方々に、
   同性愛の方々が多く、
   (東南アジアの)男の子が売春させられるっていう・

  (借金の「かた」などのため)
   (売春を)しなきゃいけないケースもあるんですけれど、
   
   そっちも関わってた?

拓也 僕は(関わって)なかったですね。
   
   まぁインドネシアのスマランっていうところだったんで、
   あまり観光都市ではなかったんで
   白人は少なかったですね。

   でもそういった(男の子の売春の)リスクはまぁ、
   なかったかなと思います。
 
山本 じゃ、割と普通の女の子が(売春する)って言うことですね。

   わかりました。

・・・

インドネシアのストリートチルドレンからHIVへの興味


拓也 で、段々段々そういったHIVとかに興味を持ち始めて
   でー、自分の中で国際協力、
   国際保健の道っていうのも自分の将来の中で
   考えられるかなっていうような
   考えになってですね、
   
   それで、HIVの現状を知りたいなら、やはり
   アフリカに行った方がいいんじゃないかってということで
   アフリカに行ったのが
   そのNGOを設立したきっかけですね。
 
山本 あっインドネシアのストリートチルドレンと
   セックスワーカーの時は
   まだ自分の団体は作っていなくて、
   
   単にNICEのコネで(海外の現状を)見てたぐらいですか?
   
拓也 NICEのコネと学生団体を作っていて、
   NGO団体ではなかったんですよ。
   
   euphriaっていう、
   まぁ別に(名前を)出しても大丈夫なんですけれども、
   K大のeuphoriaっていう学生団体…。

euphoria 〜top page〜
http://euphoria-std.org/

山本 それって地域医療の団体とはまた別の団体なの?  
   
拓也 地域医療の団体から(euphriaが)独立したんですよ。
   
山本 euphriaってのが生まれたの?

拓也 生まれたんです。
   
山本 なるほどなるほど。

拓也 はい。

山本 わかりました。
   euphriaってのは?

拓也 インドネシアのスマランっていう
   今も活動しているんですけれども。

   実は今年の9月に僕も
   (スマランに)行ったんですけど、また。
      
   まぁ、そこで活動していて
   また、そういった国際保健の道も
   そん中で生まれてきたって。

山本 なるほど。
   まぁ、HIVの本場はアフリカだから、
   アフリカに行かなきゃってことで、

   (新しく)作った団体の名前はeuphriaではなくて…。
    
拓也 euphriaとは関係なく
   自分の中で行ってみたいと個人で行きました。

山本 そうですか。

拓也 はい。
   
山本 (NGOを作ったのと)同じ5年生の時に?

拓也 5年生の時に。
   まぁインドネシアから帰ってきた時に、
   まぁラストチャンスだと思って
   えー(アフリカに)行きましたね。

山本 ちょっと話が飛びますが(笑)
   
拓也 そうですね(笑)

・・・

海外旅行の費用は、どうやって捻出したのか?


山本 聞いているとかなり
   旅行してるんですけれども。
   
拓也 はい。

山本 私、学生時代に(旅行のために)バイトをしていた人では
   あるんですけれども・・

   (私の場合、バイトしていた理由は)
   英語(の勉強)と
   途上国行って写真撮るためだったんですけれども。
   
   あなたの場合は親が、あのー、
   浄土真宗でしたっけ?
   
拓也 はい。

山本 お寺でしたっけね。

拓也 はい、はい。

山本 ちょっと失礼な言い方ですけれど、
   いわゆる「坊主丸儲け」ってよく言いますけど(笑)
   
拓也 ははっ(笑)

山本 あの、(実家は)お金持ちだったんでしょうか?

拓也 いやー(苦笑)
   そういう風ではないんですけれども…。
  
   えっと、実家がお寺って言っても
   自分の父親は二男なんで
   一応(お寺を)継いではいないんですよ。

   要は(お寺を)手伝っているような状況で
   別にその家系的に寺から(お金がいっぱい)流れてくる
   ルートもないですし、
   
   まぁ自分の父親、教師ですけれど
   普通に教師としての給料しかもらってこないですね。

山本 地方公務員?

拓也 えーっと、私立の(教師)。

山本 そうですか。
   なるほど。
   学校の先生か。

   えーじゃ、そのさっきから言ってる、
   ワークキャンプやそういった個人旅行のお金は
   どうしてたの?

拓也 バイトですね。
   
山本 何してました?
   カテキョ(家庭教師)ですか。

拓也 カテキョですね。
   正直、カテキョしかしてなかったです。
   最後の方は、はい。

山本 まっ、ぶっちゃけた話、
   東京の私立のK大学であれば
   カテキョの給料は(そうとう高いはず)。
   時給で…。

拓也 まぁ、そうですね(笑)。
   
山本 あのー(自給)2500円。
   最低、2500円。
   いいとこで5000円以上
   いったんじゃないでしょうかね。

   そうですよね?

拓也 そうですね。

山本 自給どれくらいでした?

拓也 もちろんあのー…。
   
山本 ものにもよりますよね。

拓也 ものにもよりますけれど(笑)
   まぁ大体5000円ぐらいですね。   

山本 なるほど、そうかぁ。

   私の個人的な話ですが、
   変なプライドがあって、

   「医学生だから楽なバイトをする自分」
   ていうのが、許せなくて、
  
拓也 あぁー(笑)

山本 自給700円の皿洗いを(新宿の)歌舞伎町でやってました。

拓也 あぁ、ほんとですか。

山本 えらいでしょ?
   だけど誰も誉めてくれないの。

拓也 はっはっはっ(笑)
   いやー、でも、それが必要だったなって
   今思いますね、やっぱ。

山本 私はそういう心、持ってましてね

・・・

ウガンダでエイズ孤児を救う活動の支援を開始


山本 まぁいいや。

   でー(笑)
   カテキョで貯めたお金で、
   えー、で、旅行に使って
   アフリカに(行った)、
   ウガンダでしたっけ?

拓也 はい。

山本 ウガンダに行きましたと。

注:ウガンダ:東アフリカにある、ケニアの西隣りの国
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/uganda/index.html

拓也 はい。

山本 で、それは、行ったって(言っても)・・

   まず当然事前に、アレンジメント(計画の根回し)、
   アポイントメント(現地の関係者と会う約束)
   (が、必要になるはずですが・・)

   と言いますか、
   どっかのNGO等に(最初、行った)?

拓也 一応NICEを通じて、
   まぁ、現地のNGOにアポ(イントメント)取って(行きました)。 
   
   まぁ一応、(エイズ関係の)プログラムが
   (そのNGOに)あったので
   まぁそれに乗るような形で、
   (活動を)やってました。   

山本 なるほど。
   で、(アフリカのウガンダを)見て、
   AIDSの現状を見て
   これやろうって思ったわけですか?

拓也 そうですね。
   まぁ、HIVの現状…。
   HINの現状を見たい気持ちで行ったんですけど
   自分としては、まぁ、その、
   AIDS孤児と出会って、
   その現状を見て
   ま、これはやらないといけないかなって(思って)。

注:
エイズ孤児とは、
母親がHIV感染者の場合、
(妊娠しても、なんの対策もしなかった場合)
3分の1ぐらいの子どもが、
HIVに感染した状態で生まれる。
で、母親は先に(エイズを発症して)死んでしまうので、
子どもはHIVに感染したまま、孤児になる。

   まぁ、いつかやらないといけないかなぁって
   思っていたんですけれども。
   
   なんか、自分と同じぐらいの年齢の(ウガンダの)青年がですね
   こう、
   全然お金がないのに、
   そのAIDS孤児のために、学校を作ろうとしていたりだとか、
   まぁそういうことをしている現状を見て

   まぁ自分ももうじき国(家)試(験)だから
   あんまり今からそういう活動を始めるのは
   どうなのかなと思っていたんですけれど。

注:医師国家試験のことを
医学生は、国試(こくし)と呼ぶ。
   
山本 5年生だったんですか?

拓也 そうですね。

山本 えぇ。

拓也 それまで全く勉強していなかったので
   さぁ、こっから
   (国家試験の勉強を)やらなきゃいけないぞって
   思っていた矢先に
   ウガンダに行ってしまって
   えー、帰ってきたら(国試の勉強を)やろうと
   思っていたんですけれど
  
山本 えぇ。

拓也 まぁ、そのまぁ、自分と同じぐらいの(年齢の)青年が
   その青年が
   まぁー、お金がないのに
   AIDS孤児のために頑張っているのを見て

   まぁ自分でもやれることがあったら
   国試前だけどやろうかなぁっていう気持ちで
   日本に帰って、
   
   まぁ、それで、
   AIDS孤児について知っている人を集めてですね。
   まぁ、やれることをやろうって思って
   会を開いたのがきっかけで、
   ま、このNGOができたんですね。

山本 PLASってやつですか?

拓也 PLASですね。
   はい。

エイズ孤児支援NGO・PLAS
http://www.plas-aids.org/
   
山本 えーっと。
   まず、二つ確認があって、
   (このインタビューを)書き起こしする人のために
   言っているんですけれど、
   国試ってのは国家試験、
   医師国家試験のことを国試って言ってるんですね。
   
拓也 はい。
   
山本 で、(あなたと)同じ年代の青年で
   お金がないのに学校を作ろうとしていた人っていうのは
   もちろん、ウガンダの現地の…。

拓也 そうです。
 
山本 (ウガンダの現地の)若い人だってことですよね。
   日本人ではなく。

拓也 はい、そうですね。
   はい、ウガンダ人です。

山本 ウガンダ人ですね。
   貧しいけれども、
   AIDSの人のために(学校を)作ろうと
   していたということですね?

拓也 そうですね。

山本 はい、わかりました。
   いちお、確認で(質問しました)。
   なるほど。

・・・

・・・

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