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医学部5年、ポリクリ(臨床実習)しながらNGOの準備

   
山本 で、それは(アフリカに行ったのは)
   ちなみに5年生の何月ですか?

拓也 僕が行ったのは5年生の9月です。

山本 普通は国家試験でひーひー言う頃ですよね?

拓也 あのー、ポリクリって…。
   ポリクリってその、病院実習のことなんですけれど、
 
山本 はい。

拓也 K大は5年生の8月あるいは
   9月からそのポリクリってのが始まるんですよ。
   
山本 はい。

拓也 6年生の12月まで(ポリクリが)あるんですよね。
   
山本 はい。

拓也 で、その間に…。
   長いその(ポリクリの)期間の間に
   1ヶ月とかそういう期間で休みがあって。
   
   僕はたまたま8月に(ポリクリが)始まったんですけれど
   いきなりすぐに休みがあったので、
   その期間でウガンダに行ったんですけれど。
   
山本 はい。

拓也 その後も、全然休みがなかったんですけれども。
   
山本 なるほど。
   最後の休みにそこに行ったって。

拓也 そうそう。
   
山本 はー、なるほど。
   
   で、帰ってきて、
   あなたはHIVについて知っている人を
   色々集めたって言っていましたけれど、
   色々集めた人っていうのは
   学生だけですか?
   それとも、研修医や医者とか教授も混ぜたんですか?
   
拓也 あぁ、えーっとですね、
   自分としては、
   そのAIDS孤児のサポートってのは…。
      
山本 はい。

拓也 その、要は現地のそのスッ…、
   事務と同じ世代の青年がやろうとしていることを
   サポートしようと思っていたので   

山本 はい。

拓也 えぇ、まぁ、その人は
   まぁ学校に行けるようにしようと、
   AIDS孤児を学校に行けるようにしようとしていたので
   教育系とか、
   えーっと別に医療系とかじゃなくて。
   
山本 はい。

拓也 そういった国際協力に興味があって、
   なおかつアフリカに行ったことが
   あるような人たちに対して呼びかけて
   えー、会を開いたんですね。
 
山本 なるほど。
   最初、何人ぐらいだったんですか?

拓也 最初、7人でした。
   
山本 なるほど。
   で、その後、(帰ってきたのが)9、10月ぐらいですね。

拓也 そうですね。
   
山本 5年生のね。

拓也 はい。

山本 まぁ、普通はその国家試験の過去問を買ってね。

拓也 そうですね。

山本 いっぺん一通りやってみようかっていう時期ですね、
   一般的には。

拓也 はい。

山本 はい、わかりました。
   えーっと、えー。

・・・

弱小NGOを創設

 
山本 で、当然それはその段階では
   もう「NPO法人格」等を持っているはずがなく
   いわゆる「任意団体」っていう、
   いわゆる弱小NGO…ね?

拓也 弱小…(笑)。
   まぁ自己資金…
   数万円ないっていう…。
  
山本 数万ない、ですね。
   なろほど。   

拓也 そうですね。
   
山本 えー、で、
   それでもう活動しだしたんですか?
   それとも作っただけで凍結してたんですかね?
   
拓也 えーとですね、12月に、
   まぁ、要は、正月休みにですね。
   まぁ、色々11月ぐらいから活動を、
   活動っていうか集まりだして…。
   
山本 はい。

拓也 色々、ま、みんなと色々話し合ってですね、  
   何ができるか模索をしてたんですけど
   
山本 はい。

拓也 えー…。
   やはり現地に行かなきゃいけないだろうと(思って)。
   
山本 はい。

拓也 といったところで
   12月に行く機会を得てですね。
   まぁみんなで、
   みんなって言っても3人でしたけれど
   (ウガンダに)行ったんですね。

山本 まぁ、またそのウガンダに(行った)?

拓也 結局もう1度行ったんですね(笑)
   
山本 はぁ。
   じゃぁ、結局最後の旅行じゃなかったんですね。

・・・

現地で熱帯熱マラリアに感染、帰国後に発熱

   
拓也 僕も…。
   実はアフリカ行って帰ってきたらですね、
   えー、産婦人科の実習中に…。

山本 はい。

拓也 高熱を出して…。

山本 はい。

拓也 「熱帯熱マラリア」に罹ってですね、
   
山本 はい。
   あぁ、そうですか。
 
拓也 入院したりもしてたんですけれど。

山本 9月に(ウガンダに行って)…。
   どのくらい行ってたんですか?

拓也 3週間です。

山本 3週間(ウガンダに)いたんですか。 
   熱帯熱マラリアは忘れましたけど、
   えー、感染…、
   (蚊に)刺されてから発症までに
   (潜伏期は)10.5日ぐらいでしたっけ?

注:熱帯熱マラリアの潜伏期は9〜12日ぐらい。

拓也 そうですね。
   大体そんなものですね。

山本 10日ぐらいでしたよね、大体?

拓也 はい。

山本 なるほど。
   じゃぁ、(ウガンダで)刺されて…。

拓也 (日本に)帰ってきて発症…。

山本 帰ってきて発症したんですね。
   
   あぁー、なるほど。

拓也 それでまぁ、
   ハーベー(Hb、ヘモグロビン)が6代まで(下がって)
   自分の中で何とかなるだろうって思って
   粘っていたんですけれど…。

(注:正常値は13〜16ぐらい。
   一気に6まで下がると死ぬ可能性もあるくらいの病状。)

(注:ちなみに、東南アジアのマラリアは、「三日熱マラリア」が多く
 死ぬことは少ないが、アフリカのマラリアは「熱帯熱マラリア」が多く
 死ぬことが多い。
 だから、アフリカに旅行に行く場合、マラリアの予防薬は飲むのが基本。)

(注:私、山本敏晴の本「世界で一番いのちの短い国」を読んだ人が、
 シエラレオネに行ってみたくなって、行ったが、
 現地で熱帯熱マラリアに感染して、死亡した。
 このこともあり、私は国際協力の初心者には、一貫して、
 アフリカではなく、東南アジアでやることを勧めている。)

   (臨床)実習、休むわけにもいかなかったので、
   えー、で、(実習に)行ったら、
   意識を失っちゃって、
   気づいたら、まぁ、
   愛知にいるはずの親が頭の上にいて
   泣いていたと(笑)。
   はっはっ(笑)

山本 はっはっ(笑)
   
拓也 そんなこともありましたけど(笑)

山本 ヘモグロビンが6まで下がったんですか?

拓也 はい、はい(笑)

山本 そりゃすごいですねぇ。
   
拓也 はい。
   
山本 ヘモグロビンの正常値は男性で
   普通13〜16の間ぐらいですから、
   半分以下ってことですよねぇ?

拓也 はい。

山本 ま、普通、(医学的に考えると)
   下手すると死んでますよね、それね。
   なるほど。
   急に下がったら死ぬ数字ですね。

   あぁ、なるほど。
   そりゃすごいなぁ。

拓也 まぁ、そんな親にもこういうこと
   (HIVに関するボランティア)を
   したいんだって説得して、

   ようやく行けたのが12月のところなんです。

山本 それって、(説得したのは)お母さんのほうですよね?

拓也 (説得したのは)母親と父親両方ですけど。

山本 普通、母親なら反対しますけどね(笑)?

拓也 (笑)
   思いっきし反対されましたけれど、
   まぁ、(最終的には)
   自分のやりたいことをしたらって
   納得してくれて。
   
   すごい…、
   いい両親ですね。
   
   ふふふ。

・・・

マラリアの予防薬について


山本 あぁー、なるほどね。
   じゃぁ、もちろんその5年生の9月に行った時は
   そのー、マラリアの予防薬の
   えー、メフロキン、ドキシサイクリン等々は
   飲んでいなかったわけですね?

注:マラリア予防薬 
メフロキン(メファキン)、ドキシサイクリン(ビブラマイシン)
http://homepage3.nifty.com/drleoking/malaria-j.html

拓也 メフロキンを飲もうと思ったんですけど、
   現地の人に
   クロロキンで大丈夫だよ
   て言われて、
   
山本 はい。

拓也 まぁ、
   メフロキンは副作用が強いから
   日本人は気持ち悪くなっちゃうよ
   って言われてですね、
   クロロキンだけ飲んでたんですね。

山本 なるほど。

拓也 そしたら、(罹患したのは)クロロキン耐性の
   マラリアでしたね。

山本 はい。

拓也 はい。

山本 えー、アフリカはですね、
   私、(アフリカでの医療の経験がある)医者ですけれど
   80%以上はクロロキン耐性のマラリアでですね(笑)

拓也 ははっ(笑)
   そうですねぇ。
   ふふふっ(笑)

山本 メフロキンか、もしくは、ですねぇ、
   アルテミシニン誘導体とか飲まないと
   効かないんですけどねぇ(笑)
   
   まぁいいや。

拓也 ふふふっ(笑)
   そうなんですよ(笑)

・・・

国際医学生連盟(IFMSA)との関係はあったか?


山本 まぁそれは置いといて、
   で、まとにかく、
   で、冬にまた(アフリカのウガンダに)行きましたと。   

拓也 はい。

山本 で、ちょっと聞きたいのはですねぇ、
   二つあって…。

拓也 はい。

山本 1つ目が、
   私、よく講演で時々呼ばれる
   IFMSA(イフムサ)という団体がありまして…。

拓也 あぁー。

山本 国際医学生連盟、
   Internatinal Federation of Medical Student's Associations
   とか、そんな感じの名前の(団体)があるんですよ。

IFMSA-Japan - 国際医学生連盟 日本
http://ifmsa.jp/
     
拓也 はい。

山本 IFMSA。
   医学生時代、入ってました?
   (あなたとは)関係なかった?

拓也 入ってなかったですけど、
   (IFMSAの)総会には参加したりっていうような程度でしたね。

山本 ちょっと(基調)講演がおもしろそうな人だったら
   行くっていう(感じ)?

拓也 まぁ、そんな感じです。
   はい。

山本 もう1個、ききたいのは、
   「医ゼミ」との関係ですね。

拓也 あぁー。

山本 私これも時々呼ばれるんですけど、
   あの、全国医学生ゼミナール、
   もしくは東京医ゼミに行く会ってのが
   あるんですけれど、
   そっちには全然全く関係ない?

全国医学生ゼミナール
http://www.izemi.com/

東京医ゼミに行く会(じぞうの会)
http://yaplog.jp/jizounokai/
   
拓也 それには全然タッチしてないですね。
   
山本 ノータッチですね?

拓也 はい。

山本 はい、わかりました。

・・・

エイズの問題は医学だけでは解決できない。それを知っていたか?


山本 えーっと、もう1個が…。

   えーっと、
   もし私が医学生の時に…、
   えー、アフリカに…
   
   あっ、私、昔から写真を撮りに途上国に行って
   散々AIDSとか見てましたけれど。
   
   ま、当然あなたもご存じのように、
   HIV問題の現状というのは
   ちょっと、医療をやったぐらいで
   解決するようなことでは全然ないんですよね。

拓也 そうですね。

山本 あのー、聞いている人にわかるようにするには…。
   えーっとまず…。

   まず(AIDSに対しての)偏見や差別があって
   病院に行くとAIDSだとばれてしまうので
   仮に、我々が病院で、無料で薬を配っても
   (近所の人に)ばれるのが嫌だから、
   病院に来ないだとか。
   (だから、そのまま家で死ぬ。)

   病院に行くために必要な、そもそも道がないだとか…。
   (病院に来るためのバスなどの交通機関もないとか。)

(その他、エイズを発症した場合、エイズで死ぬのではなく、
 二次的ななんらかの病気(結核など)で死ぬのだが、
 その二次的な病気の一つが、下痢を起こす感染症。
 この下痢で死ぬこともある。(子どもでは多い。)
 これを防ぐためには、「安全な水」(衛生的な水)が必要なのだが
 これには上水道が必要。
 また、下痢を起こす微生物が広がらないように下水道も必要。
 要するに、インフラ(社会基盤)が必要で、
 これらがまずないと、医療などやっても、あまり効果なし。)
     
拓也 そうですね。

山本 えー、等々ですのね、
   これで(例え(たとえ)は)十分かな?

   (エイズ患者を救うには)
   医療以前の問題が100ぐらいあるんですね。

拓也 そうですね。

山本 で、私は学生時代に(既に)それを知ってたんですけれど
   (当時は、あまりに大変な、とてつもない問題すぎて)
   学生時代にやろうと思わなかったので…。
   
拓也 はい。

山本 あなた医学生時代に、そういう現状の
   端(はし)ぐらいは見たと思うんですけれど…。
   
   あのー、まだ医者でもないから
   医療行為もできないし、

   はっきり言って、
   「たかが医学生」の当時のあなたが
   (HIV感染者やエイズ患者の人たちに対して)
   何をやろうと思ったわけですか?

拓也 (医学生)なので、今おっしゃったように
   (医療行為が、まだできないので)

   (AIDS患者に対して)
   まぁ、医療が・・、
   やっぱり一番初めにタッチすべきところではない
   と思っていて
   
山本 はい。

拓也 なおかつ自分…、
   まぁ、(自分は)もちろん専門技術もないですし
   その中で、医療以外の部分ですよね、
   もちろんそう行った交通の整備であったり、
   教育(性教育・予防教育など)の部分、
   色々とあると思うんですけれど、
   
   まぁ、その中で自分自身は
   特に何とかしようって思ってですね、
   色々考え始めたわけではなくて、
   
   えー、まぁ自分としては
   まぁ現地で何とかしたいと思っている青年の
   サポートをしたかったんです。

   なので…。   

山本 あぁ、AIDS孤児のために
   学校を作っているその青年の、
   現地の青年の(学校を作るための)資金を(工面する)。

   例えば300万必要だって言ってたら
   資金を集めてやろうだとか
   そういうことですか?

(注:途上国で(小さい)学校や病院の「建物だけ」を作るなら
 300〜500万円ぐらい。
 しかし、人件費などの経費、ランニング・コストが、その後ずっとかかり、
 その数百万円だけでは、作っても意味なし。
 基本的には、作った学校や病院を、地元のコミュニティーか、
 または地方自治体(村など)に渡し、
 そのコミュニティー等で捻出できる予算の範囲でやっていってもらうように
 交渉するのだが、
 コミュニティーが毎月使える予算など、あまりないことが多く実際は大変。)

拓也 まぁ、簡単に言うとそんな感じですね。
   もちろんそれがその300万でうまく行くかは
   しっかり検討する必要があると思うんですけれど、
        
   その(ボランティアの)基本は現地の人たちが
   何とかしたいって思っている気持ちを
   サポートしたいっていうスタンスでした。

山本 なるほど…。
   
拓也 はい。

山本 わかりました。
   これ、細かく聞くと非常に長い話になるね。

拓也 ふふふ(笑)

山本 飛ばしますね。

拓也 はい(笑)

山本 それでは、あのー、現地の人がなんかやろうとしている、
   まぁいわゆる「現地のニーズ」ってやつを考えながら
   あなたがその手伝いを
   なんだか知らないがやっていたとうことですね。

   細かいことは、私が、突っ込むと
   (あなたの考えが)崩壊すると思うんで、
   
拓也 はい(笑)
   まぁ、学生時代だったんで…(苦笑)。

山本 はい。
   うがったことを言ったりして、すいませんでした。

拓也 いえいえいえ(笑)。

山本 えーっと…。
   えー、で、そういうことをやってましたと。

   その団体は今もあるんですか?
 
拓也 あ、はい。
   ありますね。

山本 はい。
   えー、あると。

・・・


・・・

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