.

2年間の青年海外協力隊の活動の計画を作るはずだが?


山本 一つは、
    戻るんですけども、
    始まって3ヵ月後、若しくは半年後くらいの時に、
    今回の2年間(の派遣期間)で、どういうことをやりますよ、
目標は何かっていうことを書くじゃないですか?

やまこ はい、書きました。

山本 その段階では何を書きました?

やまこ もう(この地域では、青年海外協力隊派遣の)
    三代目だったので、決まってるんですよ、
    日本人が来てやること。

山本 はい。

やまこ なので、それをもうスペイン語で書く。
    もうそれのみでしたね。

まその時は、
    自分の色っていうのは全く出す余裕もなかったしー、
    出す必要もないと思ったのでー

まあ、まず語学をレベルアップしないことにはー、
    あそこがどーのこーのって言うところまで行けないと思ったのでー。

山本 じゃ、今言ったとおり語学を勉強して、診療所で手伝いをして、

やまこ して、ゆくゆくは予防教育

山本 をしますというような。

やまこ はい、はい。

・・・

最後の報告書には、何を書いたか?


山本 で、2年間終わる、最後の報告書でー、
    (終了の)3ヶ月前くらいから書きますよね?

(注:青年海外協力隊は、2年間の派遣の間に、
 途中、3カ月ごとに、5回のレポート提出を
 首都などにあるJICA事務所に対して行う。)

    で、(最後に、2年間で)「こんなことしました」
    っていうのは何を書きました?

(またあなたの(後に)四代目は行ったんでしょ?
    行ったんですか?
    まず(それをききましょうか)。

やまこ いや、その南米のC国はー、
    その看護師派遣を三代でおしまい(にしましょう)
    って言うのは、もう決まってたのでー、
私が派遣する時点で。

山本 あーそうなんですか。

やまこ なので、「どういう風に締めようか」
    っていうのもあったんですけどー、
一通りやりたいと思っていたこと、
    要請で挙がってきたことは一応できたかな
    っていうことを書いたのとー、
必要があるのかってことも書いたしー、

山本 それ(必要かどうか)は、どっちって書いたんですか。
    ないって書いたんですか?

やまこ ないって書きました。

(注:青年海外協力隊に行ってみると、
 途上国から要請された(とされる)案件だが、
 実際は、ほぼ必要ないもののことが多い。
 理由は、現地の日本大使館の外務省職員などが、
 青年海外協力隊の派遣実績を減らさないために、
 (自分の業績を下げないために)
 途上国の地方自治体に頼んで、無理矢理、
 要請案件を作ってもらっているため、である。
 だから、実際は、必要のない場所に派遣されることが、
 およそ半分ぐらいのケースである。
 ただし、実際に必要とされている案件も半分ぐらいはある。
 行ってみるまで、どっちなのかは、わからない。)

山本 あ、なるほど。

やまこ ただー、日本のセールスマンとしては、
    (日本のイメージをアップするためには)
    やはりいいプログラムじゃないですか、
    この「青年海外協力隊」(という仕組み)は。

山本 はい。

(注:山本は、そうは思っていないが、
 とりあえず「はい」と言って、彼女にその理由を話させる。)

やまこ なので、そういう面で、
    自分が(現地の活動を通して)感じてきたこと、
    すごい感謝してますってことを書いてー。

山本 ええ、ええ。

やまこ 日本では経験できないので、もちろん。

山本 はい。

やまこ そういうかんじですね。

山本 わかりました。

やまこ なのでー、あまり国際協力っていう「色」はー
    自分の要請は・・・、「んー」・・・
    ていう感じはあったんですけど。

山本 別にその、
    そういう割り切ってやる方もいらっしゃるんで
    別にそれはあのー・・・
    (それはそれで、あり、かと)

やまこ あのー、いいとか悪いとかじゃなくて、
    ま、自分なりに苦しんだんですけどー、
    割り切ってーやった、んですかね?

うん、そうなんですかね。

・・・

2年間が終了し、帰国して報告を


山本 なるほど、わかりました。
で、2年間終わってー、帰ってくるとー、
    広尾(のJICA地球ひろば)で、
    ま、2日か3日くらいのですね

やまこ そうですね。

山本 あのー、「ブリーフィング」を、
    ブリーフィングってのは、まあ
    「短い今後の説明会」がありますけれども、
そこでは何か言いました?

    そこで感想とか要望とか言うじゃないですか?

やまこ そうですねー、
    (麹町のJICA)本社の方で話すほうですよね、多分。
    個人面接の方ですよね?

山本 はい。

やまこ は、あのー、
    もう私の代で終わってしまうって言うのは
    知ってたんですけれども、
    「この案件には保健師の方がいいと思う」
    っていう風に言いましたね。
    一応。ま、自分が感じたので。

山本 ああ、保健師(の資格も)持った人が、行った方が良かった

やまこ 私の前任者が保健師さんだったので。
    別に保健師で現場で経験した人ではなかったんですけどー、

ま、そー、(保健師の資格が)あった方が、
    もっと数字的な結果を出せたりだとか、
    もっとそれを元にこうした方がいいとか
そういうことが、物言えたんじゃないかなっていうのは、
    もう2年間ずーっと苦しみましたね。

自分にはそこが、分析能力だったり、
    そうゆう能力が足らないと思った上で・・
    (それでも)いったんですけれども、

評価とか、うやむやだなーっていうのは
    ずっと感じながら、はい。

・・・

青年海外協力隊後、今後どうするか?


山本 なるほど。わかりました。
    (これで、一応、一通りのことを聞きましたね。)

これで今50分ぐらいで、
    あと12分ぐらいなんですけど、(録音している)テープが。

こっからじゃあもうちょっと核心的なところ・・・
    あ、まだ今後のこと聞いていませんでしたね。

普通終わるとですね、
    ま人にも寄るんですけれども、いわゆるそのー、    「燃え尽き症候群」に(なって)、
引きこもり(状態)で
    半年ぐらいぼーっとしている人もいるんですけれども。

やまこ あーー、しますよ(笑)

山本 しましたか、そういうの。

やまこ えっとー、失業保険、あるじゃないですか。
    私の場合は離職して、働いていた病院を辞めて
(その)1ヶ月以内に訓練所に入るって段階(手はず)
    だったので、

    帰国してすぐに、そんなに
    (失業保険でもらえるお金の給付が開始するまでの)
    待機(時間)が長くなくて、
(お金が、すぐ)もらえるって状況だったので、
    ちょっとしっかり休もうっていうのと、

山本 ええ。

やまこ あのー、やっぱり燃え尽き症候群じゃないけどー、
    そういうのもなったしー、

山本 ええ。

やまこ でー、姉がメキシコに住んでるのでー、もう一回外に出ようと。

山本 ええ。

やまこ 思って外に出て(海外旅行して)きました、もう。
    2ヵ月半、あの海外に。

山本 あ、その(お姉さんのいる)メキシコに行ってたんですか?

やまこ はい、メキシコと、(派遣された)南米のC国とか、
    キューバとか、ちょっとまあ回って。

山本 (観光)旅行で?

やまこ 旅行も兼ねて。
    そのー、後々にNGO(非政府組織)の活動も、
    私たまたま帰国して2ヶ月、3ヶ月ぐらい
2ヵ月後?ぐらいで(NGOで働く)お話があったのでー、

・・・

南米C国で地震があったので、NGOに参加して支援物資の支給を


山本 そうですね、
    (帰国してから)2ヵ月後の
    (今年(2010年)の)3月にー(NGOで働いた)。

    これは(このNGOの名前は)言っていいのかな?
えーと、日本では一番大きな医療系NGOのAに入ってー、
    再びC国に行ったんだよね。

やまこ に、行きました。3週間。
    震災っていうことで、
    ま縁があってー。行ってー、はい。

山本 なるほど。緊急援助的なことをなんか。

やまこ そうですねー、でも緊急援助って言っても、
    南米C国は決して途上国でもないし、
    政府もしっかりしている方だと、
私も実際に住んでて思ったのでー、

    (医療系のNGOではあったが、実際にやった活動は)
    まあ物資(食糧などの支給)とか、
    まあそういったこと(活動)にはなりましたけどー、

山本 はい。

やまこ ま、その辺で、土地勘じゃないけど、
    その辺で活かせればな、と思って。

山本 なるほど、水とか食べ物とか服とか配ったりして・・・

やまこ は、そこの段階じゃなかったですね。

(注:彼女が入った段階で、既に震災後、時間が経っていた。)

    も、乳幼児が対象だったのでー
    ミルクとか、そっちの方、オムツとか

山本 粉ミルク、オムツ、
    そういうような必要な物品を配るんですね?

やまこ はい、もう震災があって3、4週間経ってー、
    お水ももうきてる、電気もある、
    住むとこはないけれども、
何とか生きれる状況だったのでー、

山本 仮設住宅、つまり「シェルター」は?

やまこ は、建て始めるぐらいですねー、なんとか。
    震災1ヶ月後にはほとんど仮設住宅は建ってました。

山本 じゃそれはその、看護師としてよりは、
    土地勘のある人として(NGOに雇われて)行ったんですね。

やまこ 多分そういう、そうですね。
    出国する4日前にお話を頂いたのでー、
    まあそういうーなんだろ、
    ま、(そういう)ことも踏まえてってことも
    あったと思うんですけど。

山本 あーじゃ、観光でC国に行っていた時に、
    現地でこれを頼まれたってこと?

やまこ いや、ではなくて、帰国してたんですけどー、

    (南米のC国で地震が起きて、被害がでた時に)

    私が持っている(C国の)情報を
    そこのNGOの団体に提供したんですね、
何か役に立てて下さいっていうことで、

山本 はい。

やまこ で、
    自分が(NGOのA団体とは)別に行け(たらと)・・・、
    行こうと努力したんですけどー、いろんな団体に電話して。

でもやっぱ(事前の)登録があるから行けない
    っていう風に言って(言われて)、
    スペイン語が話せる人は山ほどいるとか
いろんな事言われて、あー駄目だーと思って、
    ま日本でできることやろう、
義援金じゃないけどー、
    人集めてやろうかなーって思ってた時に、
    たまたまお話をいただいたっていうかたちですね。

山本 なるほど、わかりました。

やまこ ま、こちらから情報を提供はしたんですけど、
    面識も何もなかったんですが、
たまたま同期の(青年海外協力隊の)隊員が
    もう(NGOのA団体として、南米C国に)
    第一陣(の援助)で行っていたのでー、
    たまたま、コンタクトは取っていたんですけどー、

手を挙げるというか、たまたまー、
    ま、縁があって・・・はい。

・・・

日本で、看護師としての再就職、バイトの開始


山本 で、日本で看護師として再び働き出したのはー、
    帰国後、ま(正職員ではなく)バイトにしても、
    どのくらい(経ってから)ですか?

やまこ えーと、今年の1月に帰国して、しばらくは働かず、
    そのNGOの活動をして、
    またその後に自分の旅行とかー、
まー・・・そういうのを兼ねて、2ヶ月半・・・

    4月の下旬から7月の上旬まで(日本を)出てたんですけれども、
そっから帰ってきた時が
    ちょうど日本から帰国して半年、
    で、今は(医療系の派遣会社の)派遣(社員)で
    毎日いろんなところ転々とやってる感じです。

山本 なるほど、ま、バイトして稼いでるって感じ。

やまこ そうですね、バイトですね。

・・・