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肖像権を規定する法律に関して、前回の続きである。
憲法・法律・条例・最高裁等での判例を見てみよう。

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憲法。

1946年、
日本国憲法、第21条第1項において、
「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、
 これを保障する」
と規定されている。

この日本国憲法を作ったのは、事実上、アメリカである。

で、
アメリカにおいては、
「被写体の肖像権よりも、
 写真などの撮影者やそれを加工した編集者の権利が優先される」
という考え方が一般的である。

アメリカ合衆国の憲法・修正第1条に定められている
「表現の自由・言論の自由」は民主主義の絶対条件であり、
「何ごとよりも優先される」という考え方がある。


このため、(日本も)新聞やテレビの記者は、基本的に、
自分自身の取材の正当性を強く認識しており、
時に、傲慢な態度にでる体質がある。

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法律。

肖像権に関する法律は、存在しない。

このため、『一般に』(??)

『個人の肖像権の侵害(あるいは喪失)よりも、
 報道することの社会的利益のほうが大きい場合、
 本人に許可をえないまま、
 その「肖像」(写真・画像など)が使用されることがある』

と、いうことが、マスコミに通念(暗黙の了解)として
流れている、ということである。

もちろん、この法的な根拠は、何もない。
(強いていえば、上述の憲法。)

というか、
本人の肖像を侵害したことよりも、
より大きな(有益な)影響を社会に与えた、
ということを証明する方法などないはずなので、
この論理は、証明できるわけがない。


あと、もう一つは、
マスコミ等が、群衆を撮影した場合、
それを新聞やテレビで報道してよいかどうか、だが、
以下のように解釈され、OKとなっているようだ。

「イベントに出演したり、デモ活動に参加するといった場合、
 当人が被写体となることを事前許諾していると認められるため、
 肖像権を主張できない」。

(これが適切な判断かどうかは、私にはわからない。)


さて、
肖像権に関する法律はない、と書いたが、
これに関係する
「法律・条例・(過去の)最高裁の判例」
は多数存在する。

そのうちのいくつかを紹介。

まず、「わいせつ罪」等。
婦女子の盗撮行為などをし、それを販売した場合などに、
適応される法律がいくつかある。

次に、
映画館での映画作品盗撮を禁止した
「映画の盗撮の防止に関する法律」。

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条例。

各地方公共団体が定める「迷惑防止条例」。
正式名称は、
「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」。
この禁止条項の中に、「盗撮」が含まれる。
これは、盗撮だけでなく、
女性などの体の一部だけを強調して撮影し、
本人に羞恥の感情をおこさせるものも、対象になる可能性がある。

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最高裁など司法の判例

肖像権に関することを法律で明文化したものは存在しないので、
「刑法」などにより刑事上の責任に問われることはない。

しかし、民事上は、
「人格権」、「財産権」の侵害が、

「民法の一般原則」に基づいて判断され、
「差止請求」や「損害賠償請求」が認められた例は、多数ある。

具体的には、
まず、財産権に関して、
芸能人などの有名人の写真を、
雑誌などが勝手に掲載した場合などが、それにあたる。

例えば、
1991年頃の「おニャン子クラブ事件控訴審判決」などで、
「差し止め」が行われている。
財産権の一種である、パブリシティー権の侵害
という言葉が使われた。

同様に、
政治家などの有名人が、報道に対して
「名誉毀損」などの侮辱行為として、
メディアに対し訴訟を起こすこともある。
が、これは、
「肖像権」を問題にしているのではなく、
記事の内容を問題にしている。

また、
人格権に関しては、
「京都府学連事件」(1962年発生、1969年判決)において、
「警察官が正当な理由無く個人を撮影してはならない」
とする最高裁判例が存在する。
この時の判決文の中で、
憲法13条を根拠にして
「個人の私生活上の自由の一つとして、
 何人も、その承諾なしに、みだりに
 その容ぼう・姿態を撮影されない自由を有する」
と述べている。

(これが「肖像権」を初めて認めた事例、とされている。)

(が、文脈全体を見る限り、
 基本的に、警察官などの公的な権力者による、
 一般人の顔などの撮影に関する内容だった。)

(ちなみに、憲法13条の全文は、以下である。

 「すべて国民は、個人として尊重される。
  生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
  公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、
  最大の尊重を必要とする。」

 要するに、幸福追求権の中に、肖像権が入る、と
 解釈される場合がある。
 が、明記はされていないため、曖昧である。)

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地裁、高裁

東京地裁において、
はっきり肖像権が明記された例もある。

1990年、
写真週刊誌「フライデー」による肖像権とプライバシーの侵害が
問題となった事案において、

http://t-katayama.com/R&W/2009_07_2.htm

「何人も自己の容貌や姿態を無断で撮影され、
 公表されない人格的な権利、すなわち肖像権を有しており」

「肖像権」を定義した上で、要保護性を肯定した。

東京地裁平成2年5月22日(判時1357号93頁)

http://www.kondolaw.jp/LegalRhythm/2010/05/post_200.html

この事件の詳細は、
「作家井上ひさし氏の再婚相手と噂されていたXさんを
 フライデーのカメラマンが塀越しに撮影して、
 講談社がそれを掲載したフライデーを発行したというもの。

http://maglog.jp/carbuncle/Article85316.html

原告は、慰謝料請求をし、かつそれ以外にも、
主要な新聞紙に回収広告を出すなど、いろいろ要求したが、

一審でも、控訴審での東京高裁でも、
慰謝料請求は認容したが、それ以外の請求は棄却した。

この理由は、東京高裁の控訴審において
「肖像権は、物権と同様な包括的かつ完全な支配を包含する程、
 成熟した権利ということはできない」
としている。

http://maglog.jp/carbuncle/Article85316.html

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マスコミの自主規制

NHKアーカイブスなどは、
映像が残っている過去のテレビ番組を公開する場合、
肖像権に基づき、被写体の人物をすべて割り出した上で
その人物若しくは関係者に再放送・公開の許可を得ること、
というガイドランが社内にある。

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さて、関連する法律として紹介しないといけないのは、
「個人情報保護法」だ。

2003年成立、2005年全面施行。
正式名称は、「個人情報の保護に関する法律」。

報道の自由を侵害するなどの理由から反対運動が展開され、
一度廃案となったが、再度審議され結局成立した。

で、結局できあがった内容を見てみると、
個人情報とは、
「個人の名前、住所、生年月日など」
に関する情報を、
大量に保有する組織に関しての
ガイドライン的なものであり、
「肖像」に関する記載は、一切ない。

(メディアが圧力をかけたので、そうなったのかも。)

よって、肖像権には、直接は関係しない。

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「メディア規制三法」という言葉もあった。

1999年から2002年にかけて使用された用語で、
以下の三つの法律(またはその原案)を言う。

1.個人情報保護法(2003年成立)
2.人権擁護法(廃案)
3.青少年有害社会環境対策基本法(廃案。自治体ごとに検討中)

上記のように、ほとんどが廃案になったが、
メディア(新聞、テレビ等)からの圧力のためかもしれない。

結局、現代社会の問題は、
新聞の社説や、テレビの有名なキャスターの意見が、
そのまま「国民の意見」、すなわち「世論」になってしまう
ことである。

だから、その「世論」を握っているマスコミは
自分たちを規制する法律を作らせない、ということだろう。

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と、いうわけで、まとめると、
肖像権に関しては、

1.「法律」は、ない。
 規制する法律を作ろうとしても、
 世論を握っているマスコミが反対して、できない。

2.しかし「民法上の基本原則」である、
 「財産権」や「人格権」を損なうと考えられる場合、
 訴訟を起こし、
 「差止請求」や「損害賠償請求」を行うことができる。
 が、これは、裁判官の判断によるので、
 判決がどうなるかは微妙。
 また、
 こうした訴訟を起こしているのは有名人が主である。

3.憲法で、報道の自由・表現の自由がうたわれているのは、
 アメリカの影響。
 情報を規制していた共産主義のソ連に対抗するため、
 情報を公開し、「知る権利」を強調するアメリカ型の
 民主主義(?)が、日本にも影響している。

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と、いうような状況が、
肖像権に関する、私なりの考察である。

で、
個人的には、
国際協力に関わり、人権の重要性などを
自分の著作で謳っている私としては、
うかつな行動はできないので、
基本的に、
かなり注意して、撮影をし、
かつ、撮影をした後、どう使うかに気を付けている。

基本は、
(あくまで、私の個人的、方針であるが)

1.そもそも、不必要な写真はとらない。

2.人間の撮影する場合、本人の許可をとり、
 さらに、後日、訴訟などにならないよう万全の配慮。

3.群衆などの許可のとれない集団を撮影する場合、
 明確な目的で撮影し、
 社会にそれを広報する価値があるかどうか考える。

4.自分自身の経済的利益は極力少なくする。
 基本的に、全額を自分のNPO法人に寄付し、
 それが人件費などに使われないことも確認。

5.名誉を得るための撮影はしない。

6.そもそも、途上国や紛争地帯を撮影する時も、
 現地の悲惨さを誇張するような写真ばかりを撮らない。
 以前からの方針どおり、
 暗い面、明るい面、淡々とした事実、の三つを、
 客観的な視点で撮影しておく。

最後の方針に関しては、以前からのものなので
既に何度かブログに書いた。


写真による国際協力 4220字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51564845.html


と、いうわけで、
最近の私は、撮影をするのが「怖くなって」おり、
普段、カメラを持ち歩いていることは、まずない。

絶対に必要な場合しか、撮影していない。
それで、
自分の名刺に「写真家」と書いているのだから、
大変な矛盾、もしくは「葛藤」があることになる。

ま、ともかく、
微妙なバランスの上で、
これからも山本敏晴は、撮影を続けていく。


原則は

「仮に、ご本人から許可を撮ったとしても、
 その(撮影の)時点で、最終的にその写真が、
 具体的に、どんなメディア(新聞・本・テレビ等)で
 どのように公開されるのか、
 撮られる人は、イメージできないはずだ。
 (また、写真の横に書かれる文章によっては、
  その写真の意味を、
  報道側の好きなようにすり替えることもできる。)
 だから、
 やはり、許可をとったとしても、
 ある意味で、だましているのと変わらないと思う。
 そんな、悪いことをしてまで、
 その事実を、社会に報道する価値があるのか?」

この疑問を持ち続けながら、
これからも活動していこうと思う。