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現在、新宿ニコンサロンで、
HIV/エイズ関係の写真展を開催していることもあるので、
今回は、
今年の始めに、法務省所管の入管協会が発行している「国際人流」に
寄稿した記事を掲載する。

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『HIV/エイズの世界と日本の現状』


.毎年12月1日は、「国連エイズデー」である。
これに合わせて、UNAIDS(国連合同エイズ計画)は、
その直前にプレスリリースを発行する。

2009年度の報告の概要は、以下であった。

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2008年、HIV陽性者数は、
(アフリカ、アジアなどの)全ての地域で増加を続け、
推計3340万人に達した。

2001年は、2900万人だったので、
15%増加した、ことになる。

ただし、各関係団体が行っている対策により、
二つの効果が得られている。

1.新規のHIV感染者数は減少している。
2.HIV感染者の死亡数が減少している。

具体的には、

1.新規感染者の数のピークは、
1996年の350万人で、以後、減少している。
2008年は270万人まで減少した。
これは、各団体が行っている予防対策などによると考えられる。

2.死亡者数のピークは、
2004年の220万人がピークで、以後減少している。
2008年の死亡者数は、200万人まで減少した。
これは、抗HIV薬の普及によると考えられる。

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ここで、ちょっとした、医療統計の用語を説明する。
それらは、罹患数と、有病者数である。

罹患数 ( incidence ) とは、
ある年(とし)の1年間で、ある病気に、
新たに感染した患者の数、である。

有病者数 ( prevalence ) とは、
今、この時点(この瞬間)において、ある病気に、
(持続的に)かかっている人の数、である。
(ずうっと、病気を持っている人の数、である。)

つまり、HIVの感染に関しては、
罹患数は減ってきているが、有病者数は増えている、ことになる。

この理由は、三つある。

(1)もともとHIVは、エイズを発症してから死亡するまで、
   5〜10年かかること。
(2)抗HIV薬の普及により、
   HIV感染者はあまり死亡しなくなったこと。
(3)このためちょっとでも新規感染者がいる限り、
   HIV感染者は増加し続けること。

要するに、皮肉なことに、
死亡数が減ったために、有病者数も減らない、
ことになってしまっているのだ。

もちろん、死亡率が下がったのは
(個人にとって)良いことなのだが、

有病者数が増えるのは
(世界にとって、その治療にかかる費用の経済的負担の漸増などの)
様々な問題を起こす。

なお、全世界のHIV陽性者の、67%が、
サブサハラ(サハラ砂漠より南のアフリカ)におり、
特に南アフリカ共和国周辺に集中している。

成人の感染率の最高は、スワジランドの29%、ボツワナの25%。
いずれも、南アフリカ共和国の周辺国。
しかし、これらの国々は、高止まりで、横ばいの状態。

新規感染者数(罹患数)と、死亡数が、減少に転じたことは、
2007年のデータを集計したレポートで初めて確認されたが、
今回の、
2008年のデータを集計したレポートでもそれが確認できた。

あとは、世界全体の、
HIV陽性者数(有病者数)を減少に転じることができれば、
HIVをコントロールできた(?)
と言ってよい状況になるかもしれない。

実は、UNAIDSやWHOの担当官の中には、
HIVを既に大筋でコントロールできた、
と言っている人もいるのだが、
後述する、様々な問題が起きる可能性がある。

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15歳以下の新規感染、43万人のほとんどが母子感染である。
しかしこれも、2001年より18%減少した。
これは、予防対策のカバー率が、
2004年の10%から、2008年の45%に拡大したことによる。

母子感染は、なんの予防対策も行わなかった場合、
30〜35%の確率で発生する(母から子にうつる)ことがわかっている。

これを妊娠中の抗HIV薬の投与などによって、
1〜2%まで、下げることができる。

治療のアクセスができるようになった人の数は、
2003年の7%から、2008年には42%まで増えた。

これは、2002年に
「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」、
通称、The Global Fund が誕生したことにより、
多くの途上国のHIV感染者に、
ほぼ無料で抗HIV薬が配布されることになり、

かつ、2003年に、
「UNAIDS/WHOキャンペーン」が行われ、
上記のことを、多くの人々が知ることになったため、である。

このことが、死亡者数の減少を生み出した、
最大の要因と考えられる。

(なお、HIVに対する効果的な治療法が生まれたのは、
 1996年、である。
 それ以来、それによって、
 約290万人の命が救われた、とされている。)


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一方で、
これまで行われてきた「予防対策」が
的外れ(まとはずれ)であった可能性が強く指摘されており、
今後、「個別施策層」と呼ばれる、
セックスワーカー、薬物使用者、MSM(ゲイ)、移住労働者、青少年
などに対する感染防止の啓発を、
より積極的に行っていく必要性が指摘されている。

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HIV/エイズに関係する、
NGO、NPOなどの市民団体たちは、
以下のような声明を出している。

1.「ミレニアム開発目標」(MDGs)によれば、

 (1)2015年までにHIVの拡大をとめ反転させる。
 (2)2010年までに治療等への普遍的アクセスの実現。

(ミレニアム開発目標とは、国連や世界銀行などの国際機関たちが
 一体となって、
 2015年までに達成するべきとした様々な目標。)

(1)については、まだHIV感染率(有病者数)は増えている。
(2)については、まだ治療へのアクセス可能な人が42%にすぎない。

2.世界のHIV対策の強化のために、
各先進国のODA(政府開発援助)を、
国民総所得(GNI)比で0.7%まで増やすことが必要。
(注:日本のODA等はGNIの0.2%にすぎない。)

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さて、以下は、私が考える、今後の問題点たちである。


問題点1:

2002年の「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」の創設により、
大量の資金が得られた。
この同じ年、WHOが、11個の抗HIV薬(10個はジェネリック薬)を
「必須医薬品」( Essential Drugs )に入れた。

「ジェネリック薬」とは、大手の先進国の製薬会社が、
巨額の費用をかけて開発した「新薬」を「ブランド医薬品」と呼ぶのだが、
それを、途上国などにある小さい製薬会社が、
薬品の化学式を真似して、合成して製造したものをいう。

これは、大手製薬会社の特許権の侵害をする行為なのだが、一方で、
HIV感染者の「命を救う」ために、安く大量に作っているのだ、
という大義名分の側面もあったため、大きな論争になった。

結局、上記のようにWHOがジェネリック薬を
必須医薬品として「公式に認めた」ため、
この論争には、一応の決着がついたのだが、
(後述する)大きな問題も残した。

ともかく、以上の二つの「出来事」により、
途上国に、安い薬が大量に出回ることとなったので、
HIV感染者(で病院にアクセスすることができる人)は、死亡することが少なくなっ

た。

しかし、この二つの出来事は、いくつかの問題を起こす結果となった。

一つは、先進国の製薬会社の「知的所有権」(特許権)の問題である。
要するに、十億円以上もかけて製造した、抗HIV薬を、
かってに他国の他の会社に真似されて作られたのでは、
その巨額の「開発費」を回収できない。

このような特許権が侵害された状況では、後述する、
「現在の抗HIV薬に対する耐性株」が生じた場合、
それに対する新薬を開発しようという
モーティベーション(やる気)が下げる。

作っても、その開発費を回収できるほど、
もうからなくなってしまうからだ。

よって、この状況を改善するために、
国際機関や財団などが、
先進国の製薬会社の不利益の分を補填するために、
(新薬開発などのための)資金援助をしたりしている、のだが、
その金額について、交渉の場で、しょっちゅうもめている。


問題点2:

また、世界エイズ・結核・マラリア対策基金の創設と、
ジェネリック医薬品が出回った結果、多くのアフリカの国々で、
無料で抗HIV薬が出回るようになった結果、
人々が、薬を「安易」に飲むようになった。

抗HIV薬は、医師(アフリカでは医師が少ないので看護師)
に指示されたとおりに飲まないと、やがて、効力がなくなり、
「飲んでいる薬に対して耐性化」してゆく。

ところが、ただで(無料で)入手できるため、ありがたみがなく、
いい加減に飲む人が多い。

この結果、現在、どんどん耐性株が増えている側面がある。

さらに、それを持つ人が性行為などをすると、
周りの人々に耐性株が広がってゆく。

もっと、酷いケースでは、
(無料でもらえる)抗HIV薬を飲んでいれば、もう、エイズは、死なない病気なのだ

から、どうってことはない、
と考える人が増えており、
感染していても、気にせず、感染させることも、気にしない、
人が増えてきたことだ。

このことは、HIV有病者数の増加をまねき、
この増加した人々に、大量の薬を提供しなければならないため、
将来的に(国際協力団体たちが、ひいては、その予算を出す各国が)
「経済的破綻(はたん)」に陥る(おちいる)可能性がある。


問題点3:

2007年ごろから始めった、
アメリカの「サブ・プライム・ローン」(低所得者向けの住宅ローン)
から始まった、アメリカの「住宅バブル」の崩壊、
そしてそれにつづく、「世界同時大不況」により、
絶大な資金力を誇っていた
「世界エイズ・結核・マラリア対策基金」にかげりが見られる。

要するに、上記の様々な「流れ」によって、
HIV感染者の「有病者数」は、今後も、増加をしめす可能性があり、
よって、それらの人々をささえるための薬の量も、
それを買うために必要な金額も、増加してゆく可能性があるのに、

グローバル・ファンドなどのHIV感染者のための財源は、
今後、縮小する可能性が高い。

つまり、どこかの段階で、お金が足りなくなり、
いままでのような無料での抗HIV薬の、ばらまきが、
できなくなるのではないか、という危惧がある。


問題点4:

経済的な問題点を追加しておけば、
ジェネリック医薬品が採用されたことにより、現在、
一人のHIV感染者のために1年間に必要な分の薬を購入する費用は、
約8千円、である。

しかし、子ども用の薬は、シロップなどであるため、
(錠剤よりも賞味期限が短いことなどもあり、また開発費が高額であるため)
10万円ぐらいかかる。

このため、子どもの治療費をどうするのか、が問題になっている。

また、耐性株(または副作用)が生じた場合、
その人には、第二選択の薬を投与するが、その薬は、かなり高額である。
また、子どもの場合、耐性化等が生じた場合、
それに代わる薬(シロップ)がほとんどない。

理由は、子ども用のシロップは、利益率が低く、
かつ特許権をないがしろにされている現状もあり、
製薬会社たちが開発したがらないから、である。


問題点5:

あと、本質的な問題として、治療などへのアクセスができる人が、
42%まで増えた、とあるが、
今後、どこまで増えるかは、微妙である。

理由は、病院で抗HIV薬をもらうと、その人が、
「エイズ患者」等であることがまわりの人にばれてしまうため、
人々はそれによる差別を恐れ、(仮に、薬が無料でもらえるとしても)
病院に行けない場合があるのである。

途上国では、病院の中に、HIV感染者のための
「包括的治療センター」(通称:CCC)等と呼ばれる建物があり、
そこで診察を受け、薬をほぼ無料でもらう。

しかし、この、CCCに行く、ということは、
その人が、HIV感染者である、と周りの人に示すことになるので、
それを恐れる人は、行けないのである。

地域にもよるが、偏見による差別は、
死よりも恐ろしい結果をHIV感染者本人にもたらす
ことがあるから、である。


問題点6:

あとは、病院が近くにない人、
病院までいく方法がない(道もバスもない)から行けない人、
病院にいくためのお金(交通費)がないほど貧乏な人、
女性は家から全く出ない、だから病院にも行かない風習のある地域の人、
もともと西洋医学(西洋文明)が嫌いな人など、
いろいろな理由で、
病院にアクセスできない(または、アクセスしない)人がいるわけで、
そういう人が、今後、
どこまで病院に来るようになるかは、なんとも言えない。


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最後に、日本のことにも触れておくが、
「先進国で、HIV感染者数が増えているのは日本だけ」である。

日本政府の厚生労働省の中に、
「エイズ動向委員会」という組織があり、ここが
3か月ごとに国内のHIV感染者とエイズ患者の発生数を、
モニター(監視)している。

2008年は、罹患数が、
HIV感染者が1126、エイズ患者が431。

どちらも前年よりも増えている。

世界では、予防対策などの普及により、
少なくとも罹患数は減少しているのに、
日本では罹患数すら減っておらず、増え続けているのである。

これは、世界最高に近い医療レベルを誇る日本としては、
かなり恥ずかしい状況である。

また、特筆すべきこととして、
HIV感染者の報告数は、一般に男性のほうが多いのだが、
日本では、唯一、女性のほうが報告数の高い年齢層がある。

それは、15歳から19歳までの年齢層で、
女性のほうが69.2%で男性の2倍以上多い。

この理由は、おそら十歳代における売春、
すなわち『援助交際』(援交)が関係している
可能性があると思われる。

(というか、逆にそれしか考えられない。)

最近、女子中学生の援助交際も、非常に多いので、
今後、女子中学生のHIV感染数の上昇が懸念されている。

(女性が、HIV陽性になると、予防措置をとらなかった場合、
 その女性から生まれる子どももHIV陽性になる可能性がある。
 そういう意味で、重大な問題である。)





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図録▽世界のHIV感染・エイズの状況(地図付)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2260.html