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2002年頃、アフガニスタンで医療活動をした。
自分で医療をするだけではなく、
私が日本に帰った後も、
アフガニスタン人の医師・看護師・薬剤師等で
病院を運営していけるように、
医療の体制全体を構築(設営)するのが仕事だったので
大変だった。

最初に困ったのが、「イスラム教」の病院スタッフの
働かせ方だった。
「豚肉を喰わない」ことぐらいは知っていたのだが、
現地に行くまで、様々な「しきたり」を知らなかった。

例えば、イスラム教徒は、1日5回、
メッカ(サウジアラビアのマッカ州)の方を向いて、
お祈りをするのである。
10分ぐらいだと思うが、
仕事中だろうが、なんだろうが、礼拝を始める。
で、それを邪魔してはいけないのである。
「病院の仕事中は、礼拝をするな」
などと言おうものなら、
「お前は、イスラム教を尊重しないのか?」
とケンカ腰になる。
だから、そんなことを言ってはならない。

あと、中東のイスラム教は戒律が厳しいので、
男性の医師は、男性の患者しか診ない。
女性の医師は、女性の患者しか診ない。
だから、病院をやるには、
最低でも男女の医師をそろえる必要がある。
しかし、
女性の医師は、数が非常に少ないので、
見つけてきて、雇うのが大変である。
そもそも、
アフガニスタンでは、ほとんどの女子が
小学校にすら行っていなかったため、
高等教育を受けている女性は極めて稀であった。

その他、イスラム教によるものか、
現地の慣習によるものかわからないが、
「女性の迫害」(ジェンダー問題)
に相当するものが多かった。
例えば、
妻が浮気をした場合、夫が妻を殺してもよく、
それは法律上問題ない、などの慣行があること。
これに関連して、
妻が浮気をして妊娠してしまった場合、
病院側は、その妻に医療をほどこすことができない。
(出産の処置も、堕胎の処置も、その他も処置も、である。)
ほおっておくしかないのである。
もしも、ちょっとでもなんらかの処置をすると、
私たちが作った病院は「我々の慣行を冒涜する病院である」
とみなされて、現地社会から受け入れられなくなる、
というか、はっきり言えば、
(私を含めた)外国人スタッフが
追放される可能性もある。

もっと、驚いたのは、
アフガニスタンでは、一般の人々が、
病気になると、それに対する「万能薬」として
「麻薬」を使っていたこと、である。
一番多いケースは、
(おそらく肺炎などで)発熱し、機嫌が悪くなって
泣いている(うるさい)子どもに、麻薬を与えて、
眠らせて黙らせてしまう、という慣習だ。
ま、確かに、症状などを感じなくなり、眠るかもしれないが、
根本的な病気の方は、治していない。
こんなんでいいんだろうか、と思ったが、
これも現地の慣行である。

で、まあ、
(西洋)医学的に考えると、
あるいは先進国の常識の立場で考えると、
とんでもないことのオンパレードなのだが、
中東には「メソポタミア文明」以来の3千年の歴史があり、
また、イスラム教の千数百年の「慣行」もある。
ある日、突然やってきた外国人が、
余計なことを言うべきではないのかもしれない・・、
(鎖国をしていた江戸時代にイギリス人が来て、
 切腹などの慣行を見たら、同じように思うだろうから)
という気持ちを半分もって、医療活動を行うようにしていた。

なお、
一般の日本人から見ると、
アフガニスタンと言えば、
タリバーンだのアルカイダだのが生まれる温床で、
テロリストが「うじゃうじゃいる」と思っている方が
多いかもしれないが、
90%以上のイスラム教徒は、
善良な一般市民であることを、最後に強調しておく。

例えば、「ジハード」(聖戦)という言葉がある。
これは元々、アラビア語で、「努力する」という意味である。
何に対して努力するかというと、
自分の中にある「欲望」という名の悪魔を倒すために
努力すること、を言うのである。
ところが、
一部のテロリストたちは、
アメリカや、自分に都合の悪い勢力を殺すことを
「ジハード」(聖戦)であると決めつけ、
誤った解釈の元に行動を起こしている、というのが、
イスラム教の有識者の一般見解である。

つまり、イスラム教とは、自分の心の中にある
「欲望」や「悪魔」をおさえるために
「努力」をする宗教、なのである。

それを知ってから私は、
西洋医学とイスラム教の、共存の道を模索するよう
「努力」したいと思った。