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アフリカの貧しい国へ行き、
医療や教育などの、いわゆる「国際協力活動」をやっていると
いつも思うことがある。

それは
「見せなければ良かった」ということだ。

まず、途上国の人に、私自身が見せてしまうものとしては、
仕事の関係でどうしても必要な
「ノートパソコン、デジタル一眼レフカメラ」
などがある。

私の場合、医療をするだけでなく、
教育用の資料(教材)をパソコンで製作したり、
途上国の状況を撮影して、
その内容を写真絵本として出版することも仕事の一つなので
これらの機材はどうしても必要なのだが、
それでも、やはり
「見せなければ良かった」と思うことが多々ある。

理由は、
人間というものは、
自分よりも豊かな生活をしている人の状況を見てしまうと、
自分は(相対的に、少なくとも物質的には)
『貧しかったんだ』ということに気づいてしまい、
(それまでは、それなりに
 幸せな生活を送っていたはずだったのに)
『自分は不幸だったんだ』
と思ってしまう(思わせてしまう)のである。

また、もちろん、
私が持っていった電化製品だけでなく、
医療物資を持ち込むための
四輪駆動の車(トヨタのランドクルーザーなど)も
羨望の対象となるし、

さらに、もし、テレビなど持ち込もうものなら、
(BSなどの衛星放送を通して見ることができる)
アメリカや日本の豊かな生活を
『見て』しまおうものなら、もはや、
『私は不幸なんだ』と確信してしまうことであろう。

一部の人は、
『なにくそ、追いつくぞ』と思って、
がんばって勉強や仕事をしようと思うだろうが、
一部の人は、
「自分の可能性にすら絶望」し、
落ち込んでいってしまう人もいる。

より豊かな生活を目指しだした人の一部は、
成功し、先進国に近い豊かな生活を手にするが、
そうした人は、さらなる豊かな生活を望むため、
どこまでいっても切りがない。
(ある意味で、無限地獄に落ちていくのかもしれない。)

こうなると、三つの悪いことが起こる。

一つは、
途上国の中で、豊かになってゆく人と、
貧しいままの人の間で、「貧富の差」が広がり、
いわゆる「経済格差」が大きくなってしまうこと。
こうした国ではインフレが起こりやすく、
日常生活品(食糧など)の物価が上がってしまうので
貧しいグループにいる人は、(食料品が買えなくなり)
より生活が困難になってしまう。

もう一つは、
途上国の中でも、電気を大量に消費するグループが生じるため、
地球全体で人類が消費する「電気の元になる資源」の量が減り、
残り少ない石油などの化石燃料が、どんどん枯渇してゆく。
同時に、CO2の排出量増加などによる「地球温暖化」や、
ゴミの増加、「生物多様性」の崩壊など、
様々な環境問題が、ボコボコと湧いてきてしまうのだ。

三つめは、
もともと、どの途上国でも、電気などを使わなくても、
それなりに、二千年近く続いてきた文化と生活様式があった。
それぞれの地域が、独自の文化を持ち、
独自の価値観で「幸せ」を謳歌していたのだ。
ところが、物資的な豊かさは、一見、
どの国の『若い人』にとっても魅力的なため、
若い人は、我先にと、それに飛びついていってしまい、
その地域の伝統的な文化は失われていってしまう。


・・ということである。

だから、私は思うのだ。

「見せなければ良かった」と。


さて、日本の若者を見てみよう。

私は高校や大学でも講演をすることが多いため、
若者に会うことが多い。
彼ら彼女らは、漠然とした想いながらも、
「なんとか社会で成功したい」
と思っている人が多いような気がする。

資本主義社会における成功とは、一般的には、
マイクロソフト社のビルゲイツのように
経営者として成功し億万長者になることを言うのだろうが、
いったい、どこまで成功すれば、
「人は満足する」のだろうか?

おそらく、
『上を見続ける限り、切りがない』のではないかと思う。

上を見る限り、
『欲望と劣等感』にとらわれるのが
人間と言う動物の性(さが)ではないか。

もちろん、一方で、下を見れば、
日本でもホームレスの方もいるし、
ニートなども社会問題となっている。
アフリカまでいけば難民なども多い。
だから、
『下を見ても、切りがない』のも事実であろう。


このような状況の中で、一つお伝えしたいことは、
資本主義社会では、
「自分が成功し、豊かになる」ということは、
少なくとも相対的に、また多くの場合、絶対的に、
「あなたの代わりに誰かが不幸になっている」
という事実が発生している、ということである。

単純な例を紹介すれば、
あなたが東大に合格すれば、誰か一人が落ちる、
ということ。

あなたの企業が成功すれば、貧富の差が拡大し、
相対的に(時に絶対的に)他の企業が貧乏になる。
(ウィン・ウィンの関係(お互い得をする関係)になるのは、
 近傍の企業だけである。)

という側面があることも、
若い時から、是非知っておいて頂きたい。

「成功するな」、とは言わない。

しかし、
「上を見続ける限り、人間の欲望には際限がない」ので、
社会である程度、成功したら、
(最初に建てた目標をクリアしたら)
その段階で、それ以上「もっと儲けよう」などと思わず、
「自分が受けてきた恩恵を、社会に還元」して頂きたい。

あなたは、日本に生まれたお陰で、
病院の清潔な部屋で生まれ、
5歳までに死ぬこともなく、
6歳から小学校にいくことができた。
高校にいき、大学にいける可能性もあった。

病気になった時、まわりには病院があり、
困ったら救急車や警察、消防車を呼ぶシステムが
社会にある。

当たり前すぎることだから、意識したことがないだろうが、
こうした「当たり前の恩恵」を受けられない人が、
日本にも、世界にも、まだまだたくさんいることを
是非、知って頂きたい。

目を向けて頂きたい。
下を見て頂きたい。

社会に出て、最初、一つ目の目標をクリアしたら、
もはや際限のない上を見ず、
是非、少なくとも「1日の半分」は、
下を見る癖をつけて頂きたい。

なぜなら、
「あなたが、上を目指し、上に登ってゆく限り、
 下に位置する人々は増えていく一方なのだから。」


あなたが無事に生まれ、
健康に成長し、
十分な教育を受けられるような、
「(こんな恵まれた)日本社会の制度と福祉」を
戦後から、努力して作ってきた「立派な人たち」が、
過去に、たくさんいた。

そうした人たちから、

「あなたになど(上を)、『見せなければ』良かった」

などと、思われぬような
節度ある人間に、育っていって頂ければ、
と願う。





・・・

補足ツイッター

「世界中の人が日本人と同じ暮らしをしたら、地球が2.3個必要」。世界自然保護基金(WWF)は、日本人の生活が自然環境に与える影響を発表。「エコロジカル・フットプリント」という指数の2006年データを使って分析した。森林などが持つ生産能力と消費される化石燃料などを組みあわせて計算。

エコロジカル・フットプリント(ecological footprint:EF)とは、地球の環境容量の指標。人間が環境に与える負荷を、1)資源の再生産と、2)廃棄物の浄化、に必要な面積として示した数値。生活を維持するのに必要な一人当たりの陸地および水域の面積(ヘクタール/人)で表示

日本人一人当たりの「エコロジカル・フットプリント」の内訳は、1)二酸化炭素吸収(カーボン・フットプリント)(2.8ha/人)、2)耕作地・牧草地(0.6)、3)森林(0.4)、4)漁場(0.3)。以上で一人当たり4.1ヘクタール。要するにカーボン・フットプリントが3分の2を占める

WWFジャパンとGFNは共同で『エコロジカル・フットプリント・レポート日本2009』を発表。地球が持つ生産力・収容力・再生力を世界人口一人あたりで計算すると、1.8gha/人。日本人は一人当たり4.1gha/人で地球が2.3個必要。アメリカ人は9.6gha/人で地球が5.3個必要

途上国の開発をすることが国際協力と考えている人が多いが、根本的な間違い。68億人がアメリカ人のような生活をした場合地球が5個必要。よって途上国を経済開発するなら、単純に考えると、世界人口を5分の1に減らす必要。すなわち残存する資源の量を考え、それで可能な範囲の人口と経済活動に規制