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CSRの歴史・概略

企業の社会的責任CSRの歴史。1920年代、欧米の教会が武器・煙草・酒製造企業に投資しない。60年代、アメリカで宇宙船地球号の概念。60~70年代、公害問題。70年代、メセナ(企業の芸術支援)。80年代、社会貢献活動。90年代、グローバル化によるCSRの多様化(格差、IT、環境)

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CSRの歴史・1920年代、最初はSRI

欧米のCSRの歴史、1920年代。欧米の教会が、武器・煙草・酒・ギャンブル等に関係する企業に投資しないという形で始まる。つまりSRI(社会的責任投資)の方が、CSR(企業の社会的責任)よりも先に生まれた。ブラックリスト企業(悪い会社)に投資しない、というネガティブ・スクリーニング

社会的責任投資(SRI:Socially responsible investment)とは企業の社会的責任(CSR)を考慮して行う投資。1920年代アメリカのキリスト教会が煙草・酒・ギャンブルを投資の対象から除外。1960-1970年代ベトナム戦争に反対するため軍需産業株を売却

企業の社会的責任(CSR)の欧米の起源は、1920年代に教会で始まった。武器・タバコ・アルコールなどを製造する企業へ投資をしない、という形。1960年代から公害問題、1970年代からは反戦による軍需産業の批判。このように欧米のCSRは「ブラック・リスト」企業に投資をしないという形

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CSRの歴史・1940年代、絶滅危惧種、世界人権宣言

欧米のCSRの歴史、1940年代。1942年、「国際自然保護連合」(IUCN)が誕生、絶滅危惧種のレッドリストを作成。絶滅の速度が1万年前の5千万倍だと報告。世界に衝撃が走る。1948年、「世界人権宣言」が採択。後年、(法的拘束力のあるように)条約化され、「国際人権規約」が誕生。

IUCNとは、国際自然保護連合(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)。1948年に設立。111の政府機関と874の非政府機関などが集合。2009年、日本にプロジェクトオフィス開設

IUCN(国際自然保護連合)の活動の一つは、レッドリスト(絶滅の恐れのある生物種のリスト)"IUCN Red List"の作成。現在約1万7千種の動植物が絶滅の危機にあると報告。 http://www.iucn.jp/protection/species/redlist.html

絶滅する種の数は、1万年前までは年間100万種に1種の割合だった。国際自然保護連合(IUCN)によると、西暦1500年以後に絶滅した動植物は800種以上。2008年に新たに622種が絶滅危惧種に認定され、合計で16,928種。これは調査対象となった44,838種のうちの、38%。

国際自然保護連合(IUCN)は絶滅の恐れのある生物種のリスト、「レッドリスト」を作成しているが、「絶滅危惧種」とは、以下の三つに分類された種のことを言う。絶滅危惧種IA類(CR)、絶滅危惧種IB類(EN)、絶滅危惧種Ⅱ類(VU)。以上以外にも、準絶滅危惧(NT)などの分類がある。

1948年の国連総会で「世界人権宣言」が採択。この世界人権宣言の内容を条約化したものが「国際人権規約」で1966年の国連総会で採択。この規約の中の「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(通称B規約)の中の「第2選択議定書」(死刑廃止条約)に死刑の廃止が規定。日本は批准していない

「すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることはない。」 世界人権宣言 第二条 1966年採択、76年発効

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CSRの歴史・1940~50年代、公害、環境問題

欧米のCSRの歴史、1940~1950年代。1945年、ロスアンゼルスで、「光化学スモッグ」の最初の事例が報告される。流涙、呼吸困難、意識障害など。1952年、「ロンドン・スモッグ事件」で1万2千人の市民が死亡。大気中のNOx、SOx等による公害問題が世界的にクローズアップされる

光化学スモッグ(urban ozone、photochemical smog)。自動車の排気ガス等に含まれる窒素酸化物が、紫外線で有害な光化学オキシダント(オゾン等)になり、空中で停滞しスモッグ状になったもの。流涙、呼吸困難、意識障害等を起こす。1945年ロサンゼルスで最初の事例

ロンドンスモッグ(London Smog Disasters)とは、1952年、ロンドンで、12000人以上の一般市民が死亡した、史上最悪の大気汚染による公害事件。現在の公害対策運動、環境問題の啓発、企業の社会的責任(CSR)運動に大きな影響を与えた。原因はSOx(硫黄酸化物)。

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CSRの歴史・1950~60年代、アメリカ黒人の公民権運動

欧米のCSRの歴史、1950~1960年代。アメリカでは南北戦争終結で奴隷制度が廃止されたはずが人種差別が存続。1955年、黒人がバス内で椅子を白人に譲らなかったローザ・パークス事件で公民権運動勃発。1963年キング牧師が「私には夢がある」という有名な演説。翌年ノーベル平和賞受賞

公民権運動とは、1950~1960年代にアメリカの黒人が公民権の適用と人種差別の解消を求めて行った大衆運動。16~19世紀にアフリカから1500万人が奴隷として輸出。1776年アメリカ独立したが奴隷制は存続。1865年、南北戦争終結で奴隷制終結。1883年の最高裁で人種差別合法化

キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア1929-1968年)はアメリカのプロテスタントバプテスト派牧師。アメリカ黒人公民権運動の指導者。1964年、ノーベル平和賞受賞者。1955年、黒人が白人にバスの席を譲るのを拒んで逮捕されたローザ・パークス事件をきっかけに活動開始

"I Have a Dream"とは1963年キング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア)によって行われた演説の一節。「私には夢がある。いつの日かジョージア州の赤い丘の上で、かつての奴隷の子達と、かつての奴隷の所有者達の子達が、兄弟愛でつながり、同じテーブルにつけること」

「私には夢がある。『万人は生まれながらにして平等』という理念が実現される日が来るという夢が。いつか元奴隷の子たちと元奴隷所有者の子たちが、友愛の精神を持ち同じテーブルを囲む日がくるという夢が。私の子どもたち4人が肌の色でなく中身で判断される、そんな国に住むという夢が」 キング牧師

サリバン原則とは1977年に黒人公民権運動家レオン・サリバン(Leon H. Sullivan)牧師が提唱した8項目の人権に関する企業行動原則。アパルトヘイト実施中の南アフリカにおいて米国企業に対し自発的な企業行動規範を定めた。1999年に改定されグローバル・サリバン原則となった

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CSRの歴史・1960年代、沈黙の春・宇宙船地球号

欧米のCSRの歴史、1960年代。1962年「沈黙の春」で農薬による環境問題を指摘。米政府を動かした。1963年「宇宙船地球号操縦マニュアル」で「地球の資源は有限」。1966年「来たるべき宇宙船地球号の経済学」で「無限の資源を想定している現在の経済学ではダメ。循環型社会の必要性」

「沈黙の春」とは、アメリカの生物学者のレイチェル・カーソン(1907-1964年)が書き1962年に出版された本。DDTを始めとする農薬など化学物質の毒性により、「春に、鳥たちが鳴かなくなった」ことを示した。環境問題を取り上げ最初に社会問題を起こした本とされ、米政府の政策にも影響

DDTとは、書籍『沈黙の春』で悪者とされた農薬・殺虫剤。戦後の日本ではシラミの駆除に使用。自然界では難分解性で、環境ホルモン効果や発癌効果があるが、他の農薬に比べてそれほど毒性が高いわけではない。マラリアの蚊の撲滅に高い効果があり、現在WHOはDDTの使用を限定的に認めている。

そうか。鳥や昆虫が鳴くのは求愛行動のことが多い。だから人間が放出した(自然環境では分解しない)化学物質が『環境ホルモン作用』(動物の精子数や男性ホルモンを減らす作用)を起こした場合、自然界で、動物たちは求愛行動をしなくなる。だから発情期である春になっても、『沈黙の春』が訪れるのだ

CSRの歴史1963年「宇宙船地球号操縦マニュアル」バックミンスター・フラー(米国、都市工学)1966年「来たるべき宇宙船地球号の経済学」ケネス・E・ボールディング(米国、経済学者)1972年「成長の限界」デニス・メドゥズ(マサチューセッツ工科大学)1972年国連環境計画UNEP

企業の社会的責任(CSR)と宇宙線地球号。1963年、バックミンスター・フラーが提唱した概念「宇宙船地球号」。「地球の資源は有限であり、このままでは人類は生き残れない」。1966年、ケネス・ボールディングは「無限の資源を想定している現在の経済学ではダメ。循環型社会の必要性」を強調

環境経済学(Environmental Economics)とは1960年代頃からの環境問題を扱う経済学の一分野。1)環境の経済学。新古典派経済学を基本とし環境問題を外部不経済の一種ととらえその内部化(炭素税・排出権取引)を図る。2)環境と経済の学。既存の経済学の枠組みを問い直す

ベトナム戦争とは、1960年から1975年までに行われた(資本主義の)アメリカと(共産主義の)北ベトナムとの間の戦争。ソ連や中国は北ベトナムに軍事物資の支援。冷戦時代の代理戦争。結局アメリカは敗北。また西側諸国で行われた反戦運動をソ連が扇動。1960年代アメリカ国内でも反戦運動。

社会的責任投資(SRI)には二つ。1)ネガティブスクリーニングとは、軍需産業、煙草産業、原子力産業、アルコール産業、アダルト産業に投資しないこと。2)ポジティブスクリーニングとは、CSR経営を評価しその点数に基づいて投資。一般にはアンケート調査票を企業に送付し調査機関が結果を集計

国際労働機関(International Labour Organization,ILO)とは世界の労働者の労働条件と生活水準の改善を目的とする組織。1919年国連の姉妹機関として設立。1969年ノーベル平和賞を受賞。1999年ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)

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CSRの歴史・1970年代、国連環境計画・企業行動指針

欧米のCSRの歴史、1970年代。1972年ストックホルムで人間環境宣言、国連環境計画(UNEP)も誕生。公害・環境問題に関する数々の条約が策定される。1976年、経済協力開発機構(OECD)が多国籍企業行動指針を勧告。ガイドラインであり法的拘束力なし。この頃から「緑の党」が台頭

人間環境宣言(ストックホルム宣言)とは、1972年にスウェーデンのストックホルムで開催された国際連合人間環境会議において採択された共通見解7項の前文と共通の信念26原則。国際会議で初めての環境保全に関する取組み。先進国は環境保護を主張、途上国は開発と援助を主張し、南北対立を発生。

UNEPとは、国連環境計画(United Nations Environment Programme)。1972年、ストックホルムで開催された国際連合人間環境会議にて「人間環境宣言」及び「環境国際行動計画」が採択。それらを実施に移すための機関として同年設立。ケニアのナイロビに本部

CSRの歴史。1977年、国連砂漠化防止会議。1979年、欧米で越境大気汚染条約(NOx, SOx排出規制)。1982年、「開発と環境に関する世界委員会」。1985年、「オゾン層の保護、ウィーン条約」。1987年、持続可能な発展 "sustainable development"

緑の党(Green Party、Greens)とは1970年代から欧米諸国で台頭してきた、エコロジー、反核、反戦、人種差別撤廃、フェミニズム等を提唱する政治勢力。1980年、旧西ドイツで結成。欧州に広がる。1995年フィンランドで初の政権参加。1998-2005年ドイツで連立政権

CSRに関する企業行動指針の歴史。1976年OECD多国籍企業行動指針。1977年サリバン原則。1989年セリーズ原則。1991経団連企業行動憲章。1997年環境報告書ガイドライン。2000年国連グローバル・コンパクト。2000年GRIガイドライン。2002年EUホワイトペーパー

OECD多国籍企業行動指針(The OECD Guidelines for Multinational Enterprises )とは、経済協力開発機構(OECD)加盟国及びこれを支持する諸国において事業を行う多国籍企業に対する政府の勧告 http://bit.ly/9qHHw4

OECD多国籍企業行動指針の内容は、1)ガイドラインであり、法的強制力はない。2)持続可能な開発、人権の尊重。3)タイムリーかつ定期的に情報開示。4)従業員の権利の尊重。5)環境を保護。6)贈賄防止。7)消費者利益の保護。8)技術移転に貢献。9)競争的な方法で活動。10)納税義務

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CSRの歴史・1980年代、環境問題の科学的証明、メセナ

欧米のCSRの歴史、1980年代。1984年インドで米企業が事故、化学物質を大気中に放出し千二百人が死亡。PRTR作成へ。1988年、生物多様性の概念誕生。同年NASAが人類由来の地球温暖化を科学的に証明、IPCC設立。1989年タンカー事故、バルディーズ号事件。CERES原則へ

PRTR(化学物質排出移動量届出制度)の歴史。1974年オランダで排出目録制度。1984年インドの米国企業が事故。メチルイソシアネート大気放出で死者二千人以上。1986年アメリカで有害物質排出目録(TRI)。1992年、地球サミットでアジェンダ21。1996年、OECD理事会勧告

1988年に「生物多様性」という言葉を産み出したハーバード大学のエドワード・ウィルソンは「バイオフィリア仮説」を提唱。バイオフィリアとは生物への友愛。人間は自発的・本能的に他の生物や生命に関心を抱き、『街頭に引き寄せられる蛾のように生命に引き寄せられていく』傾向がある、としている

1988年、NASA(アメリカ航空宇宙局)のジェームズ・ハンセン (James Hansen) が、「人類の経済活動に由来するCO2等の温室効果ガス排出によって、『地球温暖化』が進行している」と発表。同年、「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)が創設。5~6年毎に報告書作成

IPCCとは、気候変動に関する政府間パネル (Intergovernmental Panel on Climate Change) 。1988年に創設された地球温暖化についての調査機関で約5年ごとに報告を作成。130ヵ国以上から800名以上の科学者が協力。2007年ノーベル平和賞

「メセナ」という言葉がある。元はフランス語で古代ローマの政治家G.Maecenasに由来する。彼は貧しい詩人などに資金援助をした。これにちなんで企業が芸術や文化の擁護・育成をすることをメセナという。CSRとの違いは、メセナは景気が良い時だけ行うが、CSRは景気が悪くてもやり続ける

「フィランソロピー」(Philanthropy)とは、人類愛に基づく、奉仕的活動を言う。欧米では、ロックフェラー家やビル・ゲイツなどの「富豪」が、いわゆる「慈善事業」として、芸術、学校教育、宗教施設、人道的活動などに資金援助をすることがその典型。これを模したものが日本にも普及した

バルディーズ原則。1989年エクソン社タンカー原油流出で策定された企業倫理原則。1)生物圏保護、2)天然資源の持続可能な利用、3)廃棄物処理と減量、4)エネルギーの賢明な使用、5)リスク削減、6)安全な製品販売、7)損害賠償、8)情報公開、9)環境問題専門家の任命、10)環境監査

セリーズ原則(Coalition for Environmentally Responsible Economies Principles) とはアメリカのNGOセリーズが作った企業倫理の10原則。1989 年に原油流出事故を起こしたタンカーの名に由来した「バルディーズ原則」が元

セリーズ原則(CERES原則、企業倫理の10原則)とは、生物圏の保護、天然資源の維持可能な利用、廃棄物処理と減量、エネルギーの賢明な使用、緊急事態への対応を図りリスクを削減、安全な製品・サービスの販売、損害賠償、情報公開、環境問題の専門家の任命、年次環境監査と監査報告の公開。

子どもの権利条約とは、1989年に国連総会で採択(署名)、1990年に発効した「児童の権利に関する条約」。児童を「保護の対象」としてではなく「権利の主体」としている点に特色。世界人権宣言の内容を条約化した「国際人権規約」(1966年採択、1976年発効)の内容を子どもにも適応した

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CSRの歴史・1990年代前半、地球サミット・グローバル化

欧米のCSRの歴史、1990年代前半。1991年、ソ連消滅で世界が市場経済に。グローバル化で多国籍企業が巨大化。一方、新興国も台頭。1992年、地球サミットで生物多様性条約(CBD)と気候変動枠組み条約(FCCC)が採択。一方、アメリカでは401k(確定拠出型年金)でSRIが発達

CSRの歴史。1987年IUCNが生態系保全をUNEPに提言。1988年、気候変動に関する政府間パネル誕生。1992年、リオデジャネイロの地球サミット(国連環境開発会議)で生物多様性条約(CBD)と気候変動枠組み条約(FCCC)が採択。1993年CBD発効、1994年FCCC発効

1992年、リオデジャネイロで「地球サミット」が開催。12歳の少女、セヴァン・スズキが、「伝説のスピーチ」を行い、世界中の首脳を感動させ、「気候変動枠組み条約」と「生物多様性条約」を誕生させた  http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg

「私には夢があります。蝶や鳥が舞うジャングルを見ることです。でも、毎年無数の動物が死に絶えています。絶滅した動物をどうやって生き返らせるか知らないでしょう?砂漠となった場所に森を蘇えらせる方法も知らないでしょう?どうやって直すのかわからないものを壊し続けるのは、もう止めて下さい」

「物を壊すのは簡単なこと。でも直すのは難しいこと。壊す『力』の方がとっても簡単。ゆえに誘惑に負ける弱き人間は、安易に身に着く『力』に酔い、本当の『力』への修行を怠るの。本当の『力』とは治す力。蘇らせる力。散ってしまった幸せを再び浮かび上がらせ、忘れてしまった微笑みを呼び戻すもの」

リオ宣言とは、「環境と開発に関するリオ宣言」。1992年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)において合意された27原則。これを実践するための行動計画が「アジェンダ21」。1972年の国連人間環境会議で採択された人間環境宣言を発展

アジェンダ21(Agenda 21)。1992年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロ市で開催された「地球サミット」(環境と開発に関する国際連合会議)で採択された21世紀に向け「持続可能な開発」を実現するため各国および関係国際機関が実行すべき行動計画。法的拘束力はない。リオ宣言の行動綱領

企業の社会的責任CSRの歴史。1991年のソ連崩壊により世界中が市場経済化・グローバル化。1)先進国と途上国の格差と各国内での格差がクローズアップ。2)IT発達により『公平・公明・公正』の必要性の高まり。3)地球環境の悪化が科学的に証明され、かつその経済価値が試算、リスク管理等へ

グローバリゼーション(globalization)とは、経済活動や社会的連帯が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大し影響してゆくこと。歴史は、1930年代の世界恐慌の反省で、48年GATT,95年WTO。冷戦時代に東西両陣営が途上国に投資。多国籍企業による世界支配

グローバリズム(globalism、地球主義)。地球を1つの共同体とする概念。1)古くは、15世紀に始まる大航海時代からの殖民地主義・帝国主義。2)1760年代にイギリスで始まった産業革命で資源を世界中から獲得。3)1991年ソ連崩壊後、アメリカ型の市場原理主義・新自由主義の拡大

ピーテル・ブリューゲルの作品「見ろよ、息子たちよ。わしはずっと前からわかっておった。大きな魚たちが小さな魚たちを喰らうことを」。「この世は弱肉強食。お主は大きい魚になりたいか?しかし大きな魚はより大きな魚に喰われる。では、どんどん果てしなく大きくなるのか?その行く末がわかるか?」

BRICs(ブリックス)とは、経済発展が著しいブラジル (Brazil)、ロシア (Russia)、インド (India)、中国 (China) の頭文字を合わせて作られた言葉。新興国。投資銀行ゴールドマン・サックスのエコノミストが2001年11月30日の投資家向けレポートに記載

新興国。BRICSは、ブラジル、ロシア、インド、中国。時に南アフリカ。NEXT11は、イラン、インドネシア、エジプト、韓国、トルコ、ナイジェリア、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、メキシコ。アメリカのゴールドマン・サックス証券が有望な投資の対象としてレポートに記載

首脳会議はG8からG20へ移行する時代。G8は、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、日本、フランス、ロシア。G20で追加されたのは、アルゼンチン、インド、インドネシア、欧州連合、オーストラリア、韓国、サウジアラビア、中国、トルコ、南アフリカ共和国、ブラジル 、メキシコ。

G20(Group of Twenty)とは、1999年より20ヶ国・地域財務大臣・中央銀行総裁会議として始まった。(2007年からの)世界金融危機の深刻化を受けて、2008年からは20ヶ国・地域首脳会合(G20 Summit、金融・世界経済に関する首脳会合、金融サミット)も開催

G8もG20サミットもどちらも経済危機後に成立した枠組みだが、その役割の分担は(先日のカナダのそれを見る限り)、G8は、開発(母子保健等)、アフリカ(貧困削減等)、環境問題(温暖化等)、安全保障(イラン・北朝鮮問題等)。G20では、経済成長と財政赤字削減の調整、国際金融規制改革。

企業の社会的責任(CSR)の一つが、『公平(impartiality)・公明(openness)・公正(fairness)』。情報技術(IT)の発達により、(インターネット等を使った)企業の不祥事の内部告発、内情の漏洩などが簡単に生じるようになったため、これらの重要性が認識された

401k(フォー・ゼロ・ワン・ケー)とはアメリカの会社員を対象とした『確定拠出型年金制度』。1978年米国内国歳入法の条項名(401k)にちなんで命名。年金には、掛け金が一定である確定拠出型と、将来受け取る年金の額が決まっている確定給付型がある。アメリカでは両者は均衡したシェア。

401kは確定拠出型年金制度であるため、掛け金は一定しているが、将来の給付金の額は不明。個人は、年金基金の投資先を自分で選ぶ。それによる「運用益」が、将来の年金給付額につながる。このため安全確実に儲かる可能性の高い(不祥事の少ない)CSR優良企業へのSRI(社会的責任投資)が発展

401kすなわち確定拠出型年金制度のシェアがアメリカで伸びた理由は、企業にも会社員にも優遇された税制。「年金は老後の大切な生活資金だから給付額が決まっている方がいいに決まっている」という常識を覆すほどの措置。現在、会社が払う掛け金が非課税。将来、個人がもらう給付金も控除。転職も可

401k(確定拠出型年金制度)は、1978年に制定されたが、アメリカで爆発的に普及したのは、1990年代。理由は、ミューチュアル・ファンド(アメリカで、複数の投資家が資金を提供し共同で運用を行う、オープンエンド型(請求により随時解約のできる)投資信託)の利用が著しく進展したため。

401k(確定拠出型年金制度)は1990年代に、ミューチュアル・ファンドと、うまくはまったことで急速に伸びたが、さらに2001,2年のエンロン事件、ワールドコム事件という大企業の不祥事からの倒産により、安全確実性が高い(不祥事の少ない)SRI(社会的責任投資)化が進んでいった。

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CSRの歴史・1990年代後半、GRI、自然資本主義

欧米のCSRの歴史、1990年代後半。1997年CSRの基本概念である「トリプル・ボトム・ライン」(経済・環境・社会性)が誕生。同年、国連環境計画とセリーズが「GRI」設立。1999年、国連アナン事務総長が「グローバル・コンパクト」。この頃、自然資本主義など新しい環境経済学が乱立

1997年ナイキのベトナム等の下請工場で、強制労働、児童労働、低賃金労働、長時間労働、セクシャルハラスメントが曝露。こうしたスウェット・ショップ(搾取工場)と取引するナイキに対しNGOは不買運動や訴訟。ナイキは従業員年齢下限を16才から18才に引き上げNGOによる工場内査を認めた

スウェットショップ(Sweatshop)とは搾取工場。NIKEが製造委託するベトナムなど東南アジアの下請工場で強制労働、児童労働、低賃金労働、セクシャルハラスメント等の問題があることがNGOにより暴露。ナイキに対してインターネットを通じた反対キャンペーンが起き、不買運動が起こった

スウェットショップ(搾取工場)が注目されるようになってから、トロントのMaquila Solidarity Networkは毎年コンテストを行い、Sweatshop Awardを有名企業に対し贈呈。労働者を搾取している企業に是正を求めるため http://bit.ly/4aVsV

ディーセントワーク(Decent work、適正な仕事)とは、働きがいのある人間らしい仕事。1999年に国際労働機関(ILO)総会において21世紀のILOの目標として提案・支持された。人間らしい生活を継続的に営める人間らしい労働条件のこと。労働時間、休日・最低賃金・団体交渉権など

CSRの歴史。1997年、ジョン・エルキントンが「トリプル・ボトム・ライン」(経済・環境・社会性)。1997年、国連環境計画とセリーズがGRI設立。1999年、国連アナン事務総長が「グローバル・コンパクト」(企業の十原則)。2000年、GRIガイドライン第一版。2006年、第三版

国連グローバル・コンパクト(The United Nations Global Compact)。1999年の世界経済フォーラムで当時国連事務総長のコフィー・アナンが企業に対し提唱したイニシアチブ。人権・労働・環境・腐敗防止に関する10原則 http://bit.ly/7T4iu

グローバル・コンパクトの10原則とは、人権(人権の擁護、人権侵害をしない)、労働(組合結成の自由と団体交渉の権利、強制労働を排除、児童労働を廃止、雇用と職業に関する差別を撤廃)、環境(境問題の予防、環境に責任、環境技術開発と普及)、腐敗防止(強要と賄賂を含むあらゆる腐敗をを防止)

GRI (Global Reporting Initiative)とは、企業のサスティナビリティ(持続可能性)報告書に関する国際的ガイドライン(GRIガイドライン)の作成と普及を目的に、アメリカのNGOセリーズ(CERES)と国連環境計画(UNEP)が中心になって1997年に設立

自然資本主義(natural capitalism)。1999年にPaul Hawken, Amory Lovins, L. Hunter Lovins が著作し発行した書籍の名前、及び新しい経済学の概念。環境保護とエコビジネスの両立 http://www.natcap.org/

自然資本主義とは、1)資源効率性の飛躍的改善。2)生物を模した産業システムの構築。廃棄物という概念をなくす。3)財の購入ではなくレンタルによるサービス提供へ経済システムを変える。4)自然環境を無価値とみなさず“自然資本”と捉えそれを増大させるような再投資により環境破壊の傾向を逆転

自然資本主義とは、市場の力で環境問題と社会問題を解決する方法を実例を用いて提示した本の名。1)資源を斬新な方法で効率的に利用する。2)生物のすぐれた特性を商品化する。また、自然界で循環するような商品を生産する。3)サービス経済への移行を進める。4)自然資本への資本投下を奨励する。

自然資本主義の例。、蜘蛛の糸は、強くて軽い素材。まだ人工的に作り出すことはできない。西オーストラリアの北のキンバリー地域に生息する蜘蛛のだす金色の糸を利用して防弾チョッキを作る開発がおこなわれている。おまけに、蜘蛛はこの糸を作る時、ゴミを一切ださない。出しても自然界で分解される。

自然資本主義の例。テレビを購入させるのではなく、テレビ自体はレンタルとし、消費者はテレビを「見る」というサービスを購入。料金を毎月定期的に支払う。そうすればメーカーはやたらとモデルチェンジして売りつけ、消費者に古いテレビを廃棄させる必要がなくなる。生産資源は節約され、廃棄物は減少

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CSRの歴史・2000年代前半、大企業の不祥事、国際連帯税

欧米のCSRの歴史、2000年代前半。2001年エンロン事件、2002年ワールドコム事件とアメリカで大規模な企業の不正・粉飾決算・倒産。このため企業会計の透明性・財務監査の信頼性。2002年、国際連帯税が国連ミレニアム開発目標達成のため設立し、UNITAID、IFFImなどが誕生

企業の社会的責任(CSR)の中でも、特に、コンプライアンス(法令順守等)が問われる理由は、1)アメリカでの2001年エンロン事件、2002年ワールドコム事件という粉飾決算による大規模な倒産。2)日本での2000年の雪印集団食中毒事件と、2000~2004年までの三菱リコール隠し。

エンロン事件とは、2000年度の年間売上高が1000億ドル(全米第7位)だった大企業が、粉飾決算(巨額の不正経理・不正取引)が発覚し、2001年末に破綻した事件。当時アメリカ史上最大の企業破綻。株価を維持するためにあらゆる不正を行っており以後社会で企業会計の透明性が謳われることに

エンロンは1985年創業。天然ガスのビジネスでエネルギー業界の規制緩和の波に乗り、僅か15年でエネルギー卸売りの世界最大手に成長。2000年には売上高で全米企業の第7位。しかしIT不況によって通信事業部門の損失が拡大。複雑な取引でそれを隠していたが不正会計が発覚。2001年に倒産

粉飾決算で2001年に倒産したエンロンの会計は、全米有数の会計事務所であったアーサー・アンダーセンが担当していた。このため決算における市場の信頼は厚かった。しかし実際は、会計事務所もグルになっており、会計の粉飾と証拠の隠蔽を行っていた。事件発覚後、会計事務所も2002年に解散した

粉飾決算で倒産したエンロンは、アメリカの経済雑誌「フォーチュン」で「尊敬できる企業ランキング・2002年」の、総合部門で25位、革新性で1位、経営の質で2位、とされていた。しかし、翌年には経営の質、財務の健全性ともにワースト2位。有名な経済誌のランキングは当てにならないことも判明

ワールドコム事件とは、1990年代にM&Aを繰り返して急成長した電話・通信会社が、2002年7月に破綻した事件。当時アメリカ史上最大の企業破綻。1999年以降、自社の成長性と収益性を良く見せるため粉飾会計を行っていた。負債総額は410億ドル(約4兆7000億円)でエンロンを超えた

ワールドコムは、1983年に創業。小さな電話会社だったが1998年には世界65カ国でインターネットを手掛けるアメリカ第二位の長距離通信会社に。1999年から2001年にかけて3兆円をかけて高速ネット網を拡大しようとしたがITバブルの崩壊から業績悪化。粉飾決算が発覚し2002年倒産

粉飾決算を行っていたエンロンとワールドコムの財務監査を行っていたのはいずれも大手会計事務所のアーサー・アンダーセン。同社はエンロン、ワールドコム両社の粉飾決算を手助けしたため信頼を失い解散。司法当局によって経営陣の刑事責任も追及されCEOは詐欺などの罪に問われ禁固25年の実刑判決

国際連帯税は、2002年3月、 メキシコのモンテレーで開かれた国連開発資金国際会議の場において、国連のミレニアム開発目標達成のため革新的資金メカニズムの一環として、導入が検討。UNITAID(国際医療品購入ファシリティ)、IFFIm(予防接種のための国際金融ファシリティ)等が設立

国際連帯税(International Solidarity Levy)とは国境を越える特定の経済活動に課税して、世界の貧困や気候変動対策などグローバルな課題解決のための資金調達手法 。革新的資金メカニズム(Innovative Financing Mechanisms,IFM)

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CSRの歴史・2000年代後半、欧州での様々な指令、環境の経済価値化

欧米のCSRの歴史、2000年代後半。2006年、スターン報告書、2007年、生態系と生物多様性の経済学(TEEB)で、環境や生態系サービスの経済的価値と損失が試算。欧州で2003年WEEE施行、2006年RoHS施行、2007年REACH施行。2008年グリーン・ニューディール

WEEE(ウィー、ダブルトリプルイー)指令(Waste Electrical and Electronic Equipment Directive)とは、廃電気・電子製品に関する欧州連合の指令。2003年RoHS指令とともに公布・施行。家電・IT機器等の収集・リサイクル・回収目標

WEEE指令。以下の収集・リサイクル・回収。1)大型家電、2)小型家電、3)IT・通信機器、4)耐久消費財(電気製品、家具、自動車、自転車、住宅、住宅設備など)、5)照明、6)電気・電子工具、7)玩具・レジャー・スポーツ用機器、8)医療用機器、9)監視・制御機器、10)自動販売機

RoHS(ローズ)指令(Restriction of Hazardous Substances)とは、電子・電気機器における特定有害物質の使用制限。2003年WEEEと共に公布2006年施行。関連して2006年2万種以上の化学物質の安全性の評価をするREACHが可決2007年施行

RoHS指令。以下の規定量以上を使用した電子機器は販売不可。1)鉛1,000ppm、2)水銀1,000ppm、3)カドミウム100ppm、4)六価クロム1,000ppm、5)ポリ臭化ビフェニル(PBB)1,000ppm、6)ポリ臭化ジフェニルエーテル (PBDE)1,000ppm

REACH(Registration, Evaluation, Authorization and Restriction of Chemicals)法とはEUにおける人の健康や環境の保護のための欧州議会規則。2006年可決、2007年実施。1トン/年以上の全化学物質の安全性評価

スターン報告とは、2006年に世界銀行チーフエコノミストのニコラス・スターン卿が発表した地球温暖化(気候変動)に関する報告書。正式名は "The Economics of Climate Change" (気候変動の経済学)。気温が6℃上昇したら世界はGDPの20%を喪失するなど

生態系と生物多様性の経済学(TEEB)は2007年3月ドイツのポツダムで行われたG8 環境大臣会合にて「ポツダムイニシアティブ」により、生物多様性の地球規模の喪失に関する経済評価の重要性が指摘。気候変動と経済に関するスターンレビューの生物多様性版とも称されるTEEB活動が承認。

グリーン・ニューディールとは、2008年、新経済財団により出版された報告書、もしくはその内容に沿った政策。正式名称は「信用危機(世界金融危機)・気候変動・原油価格高騰の3大危機を解決するための政策集」。金融と租税の再構築、および再生可能エネルギー資源に対する積極的な財政出動を提言

企業と公共機関の「社会的責任(SR)」のための国際規格、ISO26000の最終国際規格案が2010年9月12日に承認されたため、経団連は9月14日、企業行動憲章を改訂。 http://bit.ly/bjzvcU その実行の手引きも改訂。 http://bit.ly/b7N946

「私には、夢があります」 TODAY, I HAVE A DREAM (in japanese)  国際標準化機構の「社会的責任」の国際規格、その啓発ビデオ、4分15秒 ISO 26000 ? Social responsibility  http://bit.ly/9ZYOxC