HIV/エイズの講演20101206岩本愛吉先生 6791字

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2010年12月6日から16日まで
麻布十番の港区医師会(の2階)で、
写真展「HIVとともに生きる子どもたち」
を開催させてもらっているのだが、
その初日、岩本先生の講演があって聴講したので、
内容の概略を掲載しておく。

最初に、この講演における、彼の最大の主張を書いておく。

「日本でも、もうすぐHIV感染者が一気に増える可能性がある。
 それは、
 IDU(静脈注射を使う薬物中毒者)の間で、
 爆発的な流行をする可能性があるからである。
 理由は、
 2004年頃から、現在の日本とほぼ同じ状況である台湾で、
 それが起こったからである。
 また、
 日本では、IDUに対するHIVの予防策が、
 ほぼ全く、とられていないのが現状だ。」

(IDUとは、injectable drug user の略称。)

・・・
・・・

岩本愛吉・医師とは、

厚労省・エイズ動向委員会・委員長。
http://api-net.jfap.or.jp/status/

日本エイズ学会・理事長。
http://jaids.umin.ac.jp/

詳しい経歴:
1950年、三重県伊勢市生まれ。
1974年、東京大学医学部医学科卒業。
東京大学医学部第一内科、細菌学教室などを経て、
1994年、東京大学医科学研究所教授。
2003?2006年、東京大学医科学研究所附属病院長。

・・・
・・・

厚労省のエイズ動向委員会の報告によると、
昨年、
2009年の動向は、

HIV感染者 1021件
エイズ患者 431件
合計 1452件

http://api-net.jfap.or.jp/status/2009/09nenpo/nenpo_menu.htm

・・・

HIV感染者とは、
症状がなく保健所等での検査で報告されたもの。

エイズ患者とは、
既に発症しており、
病院等で報告されたもの。
こちらは、俗に、
「いきなりエイズ」と言う。

・・・

1452件/365日=4件/日

1452/1億3千万人=1.1/10万人
(単に、報告数を人口で割った場合)

献血時陽性者(2009年)は、
1.929/10万件(献血10万件)

10万件あたり、約2ぐらい。

ともかく、
(全日本人を対象とした場合)
10万件あたり、ひとけた、
と記憶し欲しい。

(解説してしまうと、
 彼がこの数字を強調していた理由は、
 この講演の後半に出てくる話の伏線だから。
 なんの伏線かというと、
 MSM(男性と性交する男性、ゲイ)の場合、
 100人あたり、5.5人の陽性率がある。
 これを
 10万件あたりにすると、5500人、となる。
 つまり、MSMのHIV陽性率は、
 全日本人のデータと比較した場合、
 2500倍以上、高いことになる。)

(MSMとは、
 men who have sex with men
 の略称である。)

・・・

ところで、一昨年の統計は、
2008年の動向

HIV感染者 1126件
(2009年は1021件とやや減少)

エイズ患者 431件
(2009年は、まったく同数)

合計 1557件
(2009年は1452件とやや減少)

http://api-net.jfap.or.jp/status/2008/08nenpo/nenpo_menu.htm

つまり、
2008年と2009年を比べた場合、
2009年の方が、HIV感染者は減ったのである。

しかし、本当に減ったのかどうか疑問。

理由は、
2009年は、新型インフルエンザが流行ったため、
相対的に、エイズに関する関心が減った。

このため、保健所の無料エイズ検査所を
訪れる人が減った。
(20万人から19万人に減った。)

このため、受けたひとが減ったので、
当然、HIV陽性の検査結果が出た人も
それに比例して減った、とも考えられる。

よって、
日本のHIV感染者数が、
本当に減少に向かったのかどうか、
まだわからない。

厚労省のエイズ動向委員会としては、
未だに、日本のHIV感染者は、
増加傾向にある、としている。

・・・

今年(2010年)の第3四半期では、
ようやく検査数
(HIV検査を受ける人の数)
がもちなおした。

(新型インフルエンザの脅威が
 おさまったため。)

・・・

なお、国籍別では
日本にいる外人に多いわけではなく、
明らかに、日本人の方で増えている。

・・・

「HIV感染者」の感染経路は、
(日本の場合)

68.0%が同性間の性交
20.6%が異性間の性交
その他は、母子感染・不明など。

つまり、日本は、
90%ぐらいが、性行為による。

精液、膣分泌液の中の
HIVでうつっている。

・・・

「エイズ患者」の感染経路の場合、
同性間の割合が、やや減る

48.7%が同性間の性交
30.6%が異性間の性交

・・・

地域別の報告数では、
東京が多い。

1999年ぐらいから
増えてきた。

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東京都南新宿検査相談室における
MSM推定受験者数と
受験者中の推定陽性率

2002年
MSMのHIV陽性率
4.4%

2007年
5.73%に増加

(出展:小島弘敬、日本エイズ学会総会抄録、2008年)

つまり、
一般の人は、10万人に1~2件。
MSMは、100人に4~6人。
という割合で、
MSMは、1000倍以上、HIV陽性率が高い。

参考:
東京都南新宿検査・相談室(東京都福祉保健局)
平日の午後から夜間、土曜・日曜の午後に検査
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/aids/kensa/kensa_yakan/index.html

・・・

大阪のMSMも
ほぼ同じ陽性率。
(2008年、5.1%)

・・・

沖縄での感染経路のデータは、
興味深い。

都市部と地方では、
性的嗜好(同性愛者かどうか)を
正直に言えるかどうかの状況が違う。

那覇などの都市部なら言えるが、
田舎では、言えない。

このため、

琉球大学の「感染経路」のデータでは、
同性間の性的接触が、約65%。
異性間の性的接触が、約30%

沖縄県全土の「感染経路」のデータでは、
同性間の性的接触が、約25%
異性間の性的接触が、約60%

このように、
地方に行けばいくほど、
同性愛者であることを、
隠したがる傾向がある。

参考:
性的な嗜好性
sexual orientarion

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教育現場における同性愛の扱い

インターネットでのアンケート調査
(行動疫学研究)

10代
 一切習っていない 62.5%
 異常なもの 3.5%
 否定的情報 19.1%
 肯定的情報 11.6%

20代
 一切習っていない 71.8%
 異常なもの 4.5%
 否定的情報 13.8%
 肯定的情報 6.0%

30代
 一切習っていない 86.2%
 異常なもの 3.2%
 否定的情報 7.1%
 肯定的情報 2.0%

年齢が上がるにつれて
一切習っていない人の割合が高くなる。

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養護教諭が受けた生徒からの相談
(愛知県、中学と高校、502名の養護教諭)

人間関係の相談 99.2%
家庭面での相談 98.2%
生理や精通の相談 96.8%
肥満や痩せの相談 93.6%
精神不安点の相談 93.4%
いじめの相談 91.4%
避妊や妊娠の相談 81.3%
摂食障害の相談 73.9%
性感染症の相談 67.7%
自殺の相談 60.8%
エイズの相談 32.6%
性同一性障害の相談 18.3%
女性同性愛の相談 16.9%
男性同性愛の相談 9.6%
両性愛の相談 7.4%

・・・

養護教諭(自身)の学習経験

いじめ、避妊・妊娠、エイズ・性感染症
については、
養成機関で習ったことがある人がほぼ全員。

しかし、同性愛や性的指向については、
まったく習ったことがない人が、約30%。

・・・

社会のマイノリティー(少数派の人々)
に集中する感染症は
HIVだけではない。

例えば、
感染症法における

5類(全数届け出)
エイズ、梅毒、アメーバ赤痢、B型肝炎など

5類(定点届け出)
性器クラミジア、性器ヘルペス、尖刑コンジローマ、淋病

・・・

MSMの間では、
アメーバ赤痢が増加しているのは、
臨床医としては有名な話。

参考:
アメーバ赤痢とは、
赤痢アメーバによる消化器伝染病。
大腸・直腸・肝臓に潰瘍を生じ、
いちごゼリー状の粘液血便を一日数回する。
熱帯、亜熱帯での発生が多い。
日本では開発途上国旅行者で発生。
先進国では性感染症。

・・・

5類(全数届け出)のものたちの届け出数
(ほとんどが増加している。)

HIVは増加
アメーバ赤痢増加
梅毒も増加

唯一減っているのは、B型肝炎。
日本の有病率は減っている。
母子感染を予防しているため
キャリアが減っている。
昔は2%だったが、
数十分の1に減った。

・・・
・・・

世界のHIV/エイズの状況

ここから、世界のことにも触れる。

最初のエイズの報告

1981年にアメリカで報告。
ロスアンゼルスだった。

1980年代にパニックが起こった。

1996年から治療法が改良されて
アメリカでは、以後、死亡は減った。

しかし、アフリカでは
(1996年以降も、しばらくは)
増え続けた。

・・・

HIV感染者の
60%以上がサブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)。

2008年は、

HIVの新規感染は、270万人/年。

(約7200人が感染/日)

死亡者数は、200万人/年

(約5500人/日、死んでる。)

・・・

上記で紹介されたデータは、ちょっと古いので
以下、山本の補足である。

国連エイズ合同計画2010/11報告(2009年のデータ)。

1)HIV陽性者数3330万人(2001年2860万人)。
2)新規感染者260万人(2001年310万人)。
3)死者180万人(2001年180万人)。
4)治療を受けている人520万人
(治療必要な人1500万人の36%)

・・・

HIV感染の中心は、アフリカだが、
一方で、
アジアには世界人口の60%がいる。

特に、中国、インドが10億人以上。
これらの国のHIV感染率が上がった場合、
一気に大量の人が感染する。

現在は、

中国  13億 HIV感染率 0.05%
インド 11億 HIV感染率 0.36%

(例えば、インドのHIV感染率が、1%まで増えた場合、
 大量の人が感染することになる。)

・・・

アジア太平洋地域のHIV有病率(Prevalence)

1.5%以上 
タイ

0.5~1.0% 
カンボジア、ミャンマー、ベトナム、マレーシア

・・・

1980年~1990年代に流行が起こったのは、
タイとカンボジア。

しかし、その対策で、一定の成功をおさめた。

特に、タイでは目覚ましい成功。

タイでは
Anand Panyarachun首相と、
Mechai Viravaidya保健大臣が、
がんばった。

HIV有病率を低下させた、世界でも稀な国である。

対策予算の倍増。
100%コンドーム作戦など。

・・・

山本の補足:

タイのとったHIV/エイズ対策は数少ない成功例。
新規感染者は1990年代初頭にピークだったが
現在80%以上減少。
84年国内初感染。
87年国家エイズ予防対策計画(財源確保)。
89年チェンマイで売春婦などのハイリスクグループに
大量コンドーム配布。
女性に教育支援をし売春婦になるのを防止

・・・

アジアのHIV先進国である、
タイから、エイズ対策のレッスン。

タイにおけるHIV流行は
1984~2007年だった。

それには『波』があった。
津波のようになった。

1984~1987 IDU(静脈注射薬物使用者)
1987~1990 女性セックスワーカー
1990~1995 男性へ
1995~1997 その妻へ
1997~2005 その子へ
2005~ MSM、移動労働者、青少年と高齢者

タイでは、
対策の難しいグループに、
新たな増加が生じてきている。

・・・

アジアのMSMのHIV感染

アジアのMSMの、ほぼ5人に1人(18.7%)が
HIVに感染と推定。

特に、
バンコク 30.7%
ミャンマー 29.3%
中国/重慶市 12.5%
南インド 7.6~18.1%
インドネシア 5.2%

・・・

タイでは、徴兵制がある。

軍の新兵には強制的に
全員にHIV感染の検査。

軍の新兵の陽性率は、
国民全体の数をとらえると
いわれている。

これで全体を予測。

・・・

タイの、
IDUの感染率は、40~50%と
たかどまり。

MSMは、だんだん増加

・・・

先進国で増加しているのは日本だけ?
それは、間違い。

現実は違う。

北アメリカやヨーロッパでも増加
一度、下がったが
21世紀に入ってからは増加。
アメリカでも。

特に、
アフリカン・アメリカンや
ヒスパニックで多い。

ワシントンDCでは有病率が5%ぐらい。

・・・

欧米の、MSMのHIV感染動向

1996~2000年には
5.2%に低下したが、
2000~2005年には
年率3.3%で増加。

米国のMSM間の新規HIV感染率は
1991~1993年に比べて
2003-2006年は50%以上増加。

英国のMSM間のHIV感染診断件数は
2000-2007年にかけて7%増加

ヨーロッパ全般のMSM間のHIV報告件数
2003年から2007年にかけて39%増加

オーストラリアとニュージーランドの
MSM間のHIV診断件数は、
近年は増加。
ニュージーランドでは、
2000年から2006年に89%増加。

・・・

感染増加の途上にある国は、
インドネシア、パプアニューギニア、ベトナム

パプアニューギニアは、
男女間の性交により、最近、急に増えている。

ベトナムなどの社会主義国では
IDUが多い。

このように、各国ごとに事情が違う。

・・・

山本の補足:

国連エイズ合同計画2010/11報告。
2009年のHIV新規感染(罹患率、Incidence)が
2001年に比べて25%以上増加した国、7つ。
西から、グルジア共和国(ジョージア)、アルメニア、
カザフスタン、タジキスタン、キルギス、
バングラデシュ、フィリピン。
中央アジア付近が多い。

中央アジアを含む旧ソ連圏
(カザフスタン、タジキスタン、キルギス、
 グルジア(ジョージア)、アルメニア)
では陽性者人口は150万人。その6割が注射薬物使用者(IDU)であり、
薬物使用者の4人に1人がHIV陽性者。
感染予防の上からも
薬物使用者への働きかけが焦眉の課題であると考えられる。

・・・

台湾で、急増。
2004,2005年に急増。

IDUの間で爆発的に増加。
それまでは日本のように
性行為でうつっていた。

台湾も日本と同じ島国で
状況は似ている。

つまり、日本でも、
どこかでIDUで起きるかも、
HIV感染の急増が。

・・・

中国では、
南西部で発生。
そこから、北西と、南東へ、
そして台湾まできた。

中国では、まず
ミャンマー、ベトナムと国境を接する、
南部の省で感染率が急増。

そこから二方向へ波及した。

一つは、
そのまま東に進み、
各省で感染率を上昇させ、
最後に、「台湾」まで渡った、
ということである。

このルートは、
IDUを通じて広まった可能性が高い。

もう一つは、
タクラマカン砂漠や天山山脈のある
北西の内陸部。
ここでも急増。

これらのルートは、
科学雑誌に掲載された。

Nature 455:609-611,2008
The Changing face of HIV in China.
Lin Lu et al.

・・・

日本で、IDUで爆発が起きるのではないか?

日本の問題点は、
IDUに対する対策が、まったく無いこと。

1.
UNAIDSからの問い合わせで、
IDUが増えたらどうしますか?
という質問に対して、日本は返答すらしていない状態。

2.
ハーム・リダクション(Harm Reduction)
という表現・考え方に
厚労省は、そもそも反対。

(現在、WHOも、UNAIDSも、
 薬物使用者の間でHIVが広まらないように、
 彼ら彼女らが集まりそうな
 公衆トイレなどには、
 その国の政府やNGOが、
 無料で清潔な注射器や針を、
 置いておきましょう、
 といことになっている。
 この運動を、ハーム・リダクションという。
 害を減らす、という文字通りの意味。
 ところが、
 日本の厚労省は、世界のこの動いに反対しており、
 麻薬を容認するなど、受け入れられない、
 として、この
 ハーム・リダクションを行わない方向。
 余談だが、
 世界の動きは、上記のようだが、
 この件に関しては、
 私、山本敏晴、個人は、
 ハーム・リダクションには反対である。
 理由は、
 世界には、何十もの、重大な問題たちがあり、
 その中で、HIV/エイズという問題が、
 最も大きい、とは、私は思っていない。
 麻薬の問題は、HIV/エイズの問題より
 はるかに社会的な悪影響が大きいと私は思う。
 理由は、長くなるので、また別にブログに書く。)


・・・

講演後の質問時間

質問:
山本がした質問。

割礼がHIV感染予防に効果があると、
2007年頃から言われてきているが、
岩本先生は、どう思うか?

回答:
割礼は、異性間の性交における
HIV感染予防には効果がある。
50%ぐらい防ぐ。

しかし、同性間の性行為では
効果がないことがわかっている。

フィリピンは、割礼している。
ほとんど全員、割礼する慣習。
で、
フィリピンは、
アジアで、HIV感染は、少なかった。
だから、
割礼が、やはり効果があるのかも。
しかし、
最近、フィリピンでも、
ゲイの人の感染は増えてる。
割礼は、
同性間の性行為には効果がない。
だから、今後は増えてくるかも。