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歴史と背景

チュニジアは北アフリカの地中海沿岸にある小さな共和国。西にアルジェリア、南東にリビアがあり面積の大きな国に囲まれている。北と東は地中海。国民の98%はイスラム教スンニ派。北アフリカの地域は『マグリブ』とも呼ばれるがイスラム教で「日が没する所。一日五回の礼拝のうち日没時の礼拝」の意

チュニジアは地中海を挟んでイタリアと近く最も早く「アフリカ」と呼ばれた。BC814年カルタゴ建国、地中海貿易で繁栄。紀元前146年ローマ支配。7世紀にイスラム化。1574年オスマン帝国領。1878年ベルリン会議(欧州アフリカ分割会議)の結果フランスがチュニジア侵攻。1956年独立


大統領の国外逃亡

各地で暴動が発生し治安部隊との衝突で多数の死傷者を出しているチュニジアで12011年1月ベンアリ大統領が2014年の次期大統領選に立候補しない意向。暴動の背景には、高い失業率や物価上昇。ベンアリは、パンや牛乳、砂糖の価格を下げ、報道の自由、インターネットサイトの閲覧制限の解除等も

大規模なデモや暴動が相次ぐチュニジアで、2011年1月、ベンアリ大統領が国外脱出。1987年以来、強権的な手法で同国を支配してきたベンアリ体制が崩壊。チュニジア軍はチュニス空港を占拠、治安維持に当たっている。ガンヌーシ首相は国営テレビを通じて緊急会見し、職務を当面代行すると報じた

「もうベンアリ大統領とはおさらばだ。アラブ初の民衆による革命が起きたんだ」 。チュニジアのタクシー運転手が叫んだ。2011年1月14日、大勢の市民が内務省を取り囲み、大統領の即時退陣を求めた。大統領は14日に国外脱出し、政権は崩壊。「軍がベンアリ氏を見限ったからだ」と市民が言う。


国際情勢、アラブ(イスラム社会)と欧米の橋渡しだった国

チュニジアで世俗主義のベンアリ独裁政権が崩壊したことで欧米は過激なイスラム主義がチュニジアに復活することへ警戒。国外追放中の非合法イスラム主義政党の指導者が帰国を表明。メバザア暫定大統領も「全国民の意向の反映」。これまでチュニジアはソフトイスラムでアラブと欧米の橋渡し的存在だった


暫定連立政権の動向

チュニジアのベンアリ大統領は、23年にわたる強権支配を続けた末、デモの高まりで2011年1月、国外脱出。憲法評議会は「大統領権限を暫定的に引き継ぐのはムバッザア下院議長」とし暫定大統領に就任。しかし同氏は与党・立憲民主連合の出身で、ベンアリと近い関係にあり、市民の反発が続く可能性

23年間独裁を続けたベンアリ大統領が国外に逃亡したチュニジアでは新政権の発足に向け与野党が協議。暫定政権は2011年1月17日に発足し、弾圧されてきた野党の指導者3人が入閣。しかしベンアリ大統領の下で働いてきた首相や閣僚は留任。市民千人がデモ行進を行い、「独裁者の政党は出て行け」

ベンアリ前大統領の強権体制が倒れた北アフリカ・チュニジアでガンヌーシ首相の組閣で発足した暫定政権への批判。「見せかけだけの連立だ」。閣内に野党指導者らを取り込んだものの同国最大の労組は2011年1月「新内閣を認めない」。同労組出身の副交通相ら3人が辞任し、与党の総退陣を求めるデモ

チュニジアで独裁を続けたベンアリ大統領が国外脱出した後、その政権与党内にいた閣僚らが、野党と暫定連立政権を2011年1月に樹立。しかし市民の反発が激しいため、ガンヌーシ首相とムバッザア暫定大統領が与党から離党した。しかし野党や市民は納得せず与党出身の全閣僚の退陣を求めるデモが続く

ベンアリ前大統領の23年間にわたる強権支配が倒れ暫定連立政権が発足したチュニジアで2011年1月、与党・立憲民主連合所属の全閣僚が離党。一党独裁を続けてきた与党の閣僚が暫定政権に残ることへの市民の反感への妥協策。しかし、「あくまで辞任を求める」として労組などのデモが続き沈静化せず


国連の対応

チュニジア情勢について国連のパン・ギムン事務総長は2011年1月「暫定政権と野党勢力との間で対話が進んでいることは歓迎するが、今も暴力行為が続き、人命が失われていることを強く懸念する。チュニジアにとって、今こそ平和に向けた試練のときだ。民主主義の実現に向け国際社会も支援するべき」

ベンアリ前大統領の強権体制が崩壊した北アフリカ・チュニジアについて、ピレイ国連人権高等弁務官は2011年1月、「最近5週間のデモで市民ら100人以上が死亡した」と発表。「ベンアリ前大統領から路上の治安部隊員まで、権力を乱用した者は説明責任を果たさなければならない」と強調した。


日本とチュニジアの経済連携

前原誠司外相は2010年12月チュニジアで、イスラエルとパレスチナの和平交渉について「東エルサレムを含む(イスラエルの)入植活動の完全凍結を求める。直接交渉が中断している状況を憂慮しており、国際社会が問題解決のために努力を倍加する必要」。第2回日本・アラブ経済フォーラムの開会式で

外務省、第2回日本・アラブ経済フォーラム(概要と評価)、2010年12月11、12日。チュニジアで開催。エネルギー,環境,科学技術,貿易,投資等の幅広い分野での協力を通じた日本とアラブ諸国との相互の経済関係の強化。 http://bit.ly/gJN91E

日本とアラブ諸国の経済関係強化のため双方の官民が参加する日本・アラブ経済フォーラムが2010年12月チュニジアで開催。1)原子力発電の導入、2)水資源の確保、3)砂漠地帯の日照を生かした太陽光発電などの開発整備。インフラ輸出の拡大を目指す日本側は大畠経産相、前原外相、経団連幹部ら

前原外相は、インドネシア、チュニジア、アルジェリアを2010年12月に訪問。日本の外相がアルジェリアを訪れるのは初めて。アルジェリアは石油や天然ガスなどを産出する資源国だが、輸出先は欧米が中心。前原外相はメデルチ外相らとの会談を通じて2国間関係を強化し、エネルギー調達先の多角化に


日本の、チュニジア大統領の国外脱出に関する対応

外務省、チュニジア情勢に関する緊急対策本部の立ち上げ、2011年1月。現地の状況を的確に把握するとともに、邦人の安全確保に万全を期すための対応を検討するため、前原誠司外務大臣を本部長とする緊急対策本部の設置。 http://bit.ly/i9eunR

政変で大統領が亡命してから不安定な状況が続くアフリカのチュニジアでは、混乱によって、現地に足止めされていた日本人旅行者の出国が2011年1月中旬に本格化。大規模デモが発生し続け、治安部隊が鎮圧に乗り出す事態。これまでに少なくとも78人が死亡。足止めされていた日本人旅行者は197人

外務大臣会見(チュニジア)。「若者の焼身自殺をきっかけに長年続いたベンアリ大統領の統治への不満が爆発し大統領が国外亡命。1)邦人の保護に対する対策室を立ち上げた。2)人権、民主主義といった価値観を共用する国が生まれることは一般論として歓迎 http://bit.ly/dPJLOh


諸外国の対応

スイス政府は2011年1月、国外逃亡したチュニジアのベンアリ前大統領とその一族がスイスに持つ銀行口座などの資産を凍結。スイスのカルミレイ大統領は、。「スイスは不正蓄財資金の回収に協力できる唯一の国」と発言。ベンアリ前大統領を含め40の個人や団体の口座が対象。法律に基づき3年間凍結


他の国際情勢

世界銀行のポール・ウォルフォウィッツ総裁が、「不正な人事と、不正な給与増額」のため2007年6月末に辞任。総裁は愛人関係にあった世銀の幹部職の女性(イスラム教徒、チュニジア出身、英国国籍)の給与を、年収13.3万米ドルから(出向先の米国務省で)19.3万米ドルに増額したことが発覚


劉暁波のノーベル平和賞授賞式典に欠席を伝えた国。中国、アフガニスタン、アルジェリア、アルゼンチン、イラク、イラン、エジプト、カザフスタン、キューバ、コロンビア、サウジアラビア、スーダン、セルビア、チュニジア、パキスタン、ベトナム、ベネズエラ、モロッコ、ロシア。返答なしはスリランカ