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概略

エジプトの失業率は10%前後で物価も高い。2008年の食糧危機では公営店のパンの大きさが半分になり生活はさらに窮乏。国連推計では1日の生活費が2ドル以下の貧困層が総人口の約2割。30年も大統領の座にあるムバラクは夜間外出禁止令まで出して辞任を拒んだ。全閣僚更迭などで乗り切れるか?

エジプトでデモを起こした市民と野党は2011年1月末、暫定政権樹立へ。中心となるエルバラダイはムバラク大統領によるスレイマン副大統領の後継任命について「解決策にはならない。国民が求めているのはムバラクの退陣。民主的な憲法と公正な選挙を準備するための暫定的な救国政権づくりを進める」


エジプトとは

エジプト・アラブ共和国は、アフリカ北東部で中東に近くイスラム文化圏にあるが、キリスト教(コプト教)等も。有望な投資の対象となる新興国「NEXT11」に入っているが、主力の綿製品が国際価格競争で苦戦。食料は輸入に頼り、2004年には物価上昇率10%。2008年世界的な食料高騰でデモ


歴史

エジプトの歴史。1)古代王朝時代(BC5000年頃)。世界四大文明。2)ペルシア時代(BC525年)ペルシア帝国の支配。3)ギリシア時代(BC332年)プトレマイオス朝の支配。4)ローマ時代(BC30年)。5)コプト教(原始キリスト教)時代(0年)。6)イスラム教時代(640年)

エジプトの近代史。639年からイスラム帝国などイスラム系国家による支配が続き1517年からオスマン帝国領。スエズ運河開通の財政負担のため1882年イギリス保護領。1914年第一次世界大戦で英国とオスマン帝国が開戦したため1922年エジプト王国成立。1952年エジプト革命で王制廃止

エジプトの現代史。1953年王制廃止後ナセル大統領のもと冷戦下での中立とアラブ民族主義が柱に。1970年ナセル急死の後、サダトは社会主義的経済政策をとったが、イスラム主義が台頭し暗殺。副大統領から大統領に昇格したムバラクは対米協調政策ををとりイスラム主義を弾圧。「開発独裁」を実施

開発独裁(developmental dictatorship)とは経済発展のためには政治的安定が必要であるとして国民の政治参加を制限し独裁を正当化。それにより達成した経済発展の成果を国民に分配することによって支配の正当性を担保。原典は「イタリアのファシズムと開発独裁」1979年

政治的な独裁状態にあると、負の効果として政権内での汚職が進むが、正の効果としては経済が安定・発展する(例外あり)。日本も自民党政権時代これ。諸外国で独裁政権が続いていてもグローバル化の現在では先進諸国の経済もそれらに依存しているため民主化には目をつぶり経済優先の外交をとるのが世相

新興国。BRICSは、ブラジル、ロシア、インド、中国。時に南アフリカ。NEXT11は、イラン、インドネシア、エジプト、韓国、トルコ、ナイジェリア、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ベトナム、メキシコ。アメリカのゴールドマン・サックス証券が有望な投資の対象としてレポートに記載


デモ

チュニジア政権崩壊の影響。エジプトではムバラク大統領が1981年から長期独裁政権を続け、親米の外交方針を取り、イスラム主義と社会主義を弾圧してきたが、2011年1月25日インターネット上の呼びかけでエジプト市民がムバラク政権への抗議デモを予定。武力で抑え込めば大きな衝突になる恐れ

失業問題に抗議する青年の焼身自殺をきっかけにチュニジアで政変。イスラム教では自殺が禁じられているため周辺へ波紋。焼身自殺続発。アルジェリア7人、エジプト3人、サウジアラビア、モーリタニアでも。中東・北アフリカ地域は1次産業や観光業以外の産業が乏しい一方で人口が増え若者の失業が深刻

ムバラク大統領の辞任などを求めてエジプト各地で2011年1月下旬に起きた反政府デモで、治安当局はカイロ中心部で座り込んでいた数千人のデモ参加者を強制排除。デモ隊と治安当局の衝突で警官側の1人が死亡、36人が負傷。さらに東部スエズでのデモでも参加者2人が死亡。チュニジアに呼応する形

チュニジアに呼応したエジプト、カイロのデモは2011年1月、1万人以上の参加者が行進。中心部のタハリール広場に座り込み、1)ムバラク大統領の辞任、2)1981年以来続く戒厳令の解除、3)最低賃金の引き上げなどを要求。デモはカイロのほか全国各地であり、ロイター通信は2万人以上が参加

ムバラク大統領の辞任を求めるエジプトの反政府デモは、2011年1月、各地で続き、100人以上が死亡、全国で千人以上が身柄を拘束。治安部隊は催涙弾等も使用。内務省は声明を発表。「すべての挑発的な行動、抗議集会、デモ行進は許されない。違反した者には法的な処罰が下される」と強く警告

エジプトのムバラク大統領は、退陣を求めるデモに対し「政権てこ入れ」のため副大統領に腹心のスレイマン国家情報庁長官を起用。ムバラクと同じ軍出身者で自らが2011年9月の大統領選挙に出馬しなくても影響力を維持する思惑がにじむ。が、幹部入れ替えだけの「新体制」は国民の納得を得られない。


国際的な背景

全く予想していなかったチュニジアのベンアリ政権の崩壊。民主国家ならデモが続けば指導者は辞任するがアラブは違う。長期独裁政権が一般的で政権は秘密警察を駆使し反政府勢力を駆逐。国民は越えてはならない「レッドライン」の中に閉じ込められる。「独裁体制下の政治的安定」という「常識」が変革か


失業中の青年の焼身自殺がきっかけで起こった、チュニジアのベンアリ独裁政権の崩壊。その周辺諸国への影響が拡大。エジプトやアルジェリアでも物価高騰や失業に抗議して焼身自殺が続発。アルジェリアでは非常事態宣言を無視して市民が民主化のデモ。イエメンでもデモ。ヨルダンやスーダンにも飛び火。

アラビア半島イエメンの首都サナアで、2011年1月下旬、サレハ大統領の辞任を求める数千人規模の反政府デモが起きた。チュニジアやエジプトの民衆デモに呼応した動きとみられる。サレハ大統領は1978年から大統領職に。1994年に南側勢力が再独立を求めイエメン内戦が起こったが二か月で鎮圧


治安の崩壊

ムバラク大統領の辞任を求めてエジプト全土に広がっている民衆デモは、2011年1月末、政府の外出禁止令を無視する形で継続、首都カイロでは略奪が起きるなど、事実上無政府状態に陥った。カイロ中心部などには、軍兵士が戦車などとともに多数配置されているが、治安維持には当たっていない。

エジプトの治安は崩壊。2011年1月、「デモを鎮圧せよ」というムバラク大統領の命令に軍が従わないため。デモでの死者は150人超。首都カイロ市内では警察が姿を消し大半の商店やレストラン、銀行などが営業停止。無政府状態に。住民らが自警団を組織し、軍と協力する形で治安回復に乗りだした。


野党の参加

各地に広がったエジプトの反政府デモで、最大の野党勢力、ムスリム同胞団の動きが目立つ。これまでのデモ参加者はネットでつながった若者たちが中心だったが、2011年1月末のデモには同胞団メンバーが加わった。エジプト治安当局は、同胞団の政治局員や元国会議員ら幹部少なくとも20人を拘束した


エルバラダイと国際原子力機関(IAEA)

ムバラク大統領の辞任を求めるエジプトの反政府デモは、2011年1月下旬、東部のイスマイリアやスエズなど各地で衝突。エジプトの民主化を求める国際原子力機関(IAEA)前事務局長のエルバラダイは「ムバラクは30年も国家に尽くした」と述べ退陣を促し、自らも帰国して抗議行動に加わる意向。

ムバラク大統領の退陣を要求する反政府デモが続くエジプトで2011年1月イスラム教の金曜礼拝後の「怒りの金曜日」と名付けた大規模な抗議行動が勃発。ムバラク政権の与党、国民民主党の本部から出火。国際原子力機関・前事務局長でノーベル平和賞受賞者のエルバラダイも参加したが、治安当局に軟禁

エジプトは治安維持にあたっている軍がその業務を放棄し、無政府状態に。民主化指導者のエルバラダイ前国際原子力機関・事務局長は2011年1月末、「抗議はムバラク氏が退陣するまで続くだろう」。エジプト出身の宗教指導者でスンニ派に大きな影響力を持つカラダウィ師もムバラク氏の即時辞任を要求

国際原子力機関(International Atomic Energy Agency,IAEA)。原子力の平和利用と軍事転用防止のための国際機関。2005年ノーベル平和賞をエルバラダイ事務局長と共に受賞。1953年米大統領アイゼンハワーの「平和のための核」演説により1957年創設

2010年ノーベル平和賞受賞者世界サミットで、エルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長は「たった一つの原子爆弾で7万人が亡くなり14万人が火傷や放射能で死亡した。冷戦終結後も2万3千以上の核弾頭が残っている。核廃絶だけでなく核兵器を持とうとする原因を一掃しないといけない」

2010年ノーベル平和賞受賞者世界サミット参加6人。マイレッド・コリガン・マグワイア(北アイルランド)、ダライ・ラマ14世(中国)、フレデリック・デクラーク(南アフリカ)、ジョディ・ウィリアムズ(アメリカ)、シーリーン・エバーディー(イラン)、ムハンマド・エルバラダイ(エジプト)


新政権

ムバラク大統領の辞任を求める民衆デモが全土に広がっているエジプトで2011年1月インターネットを通じて抗議行動を呼びかけた市民グループや最大野党勢力ムスリム同胞団が民主化指導者でノーベル平和賞受賞者のエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長を軸に野党勢力の結集に乗りだした

エジプトでは2011年1月末、夜間外出禁止令が出ているなかでも大規模なデモが続く。国際原子力機関のエルバラダイ前事務局長は、ムバラク政権の崩壊は近いと訴え、抗議デモを続けるよう呼びかけた。「もう少しの辛抱だ。数日中に変化が起きるだろう」と、ムバラク政権の崩壊は近い考えを表明した。


国連の対応

国連の潘基文事務総長は2011年1月末、中東で市民によるデモが相次いでいる状況について、「市民の要望や懸念、意見をくみ取ることは国のリーダーの責任」。エジプト政府がインターネットを遮断したことについては、「民主主義の根本的な原則は言論の自由の保障であり、尊重されなければならない」


アメリカの対応

クリントン米国務長官は2011年1月、反政府デモが拡大するエジプトでムバラク政権がデモや抗議集会を禁じたことについて「平和的な抗議活動や、ソーシャルメディアを含む通信を妨害しないよう求める。エジプトの人々の集会や表現の自由を含む権利を支持」。エジプト政府に対し改革を進めるよう要求

オバマ米大統領は2011年1月末、反政府デモが続くエジプトのムバラク大統領と電話会談し、国民向けの演説で示した「政治や経済の改革」を実行に移すよう求めた。またギブズ米大統領報道官は、事態の展開によっては、エジプトに対する援助を見直す姿勢。米政府は軍事費を含めて年間十数億ドルを援助


日本の対応

菅直人首相は2011年1月末「エジプト政府には、多くの国民との対話の中から国民が広く参加する政権をつくり、政治的安定と市民生活の平静を取り戻すことを強く期待する。我が国とエジプトは長い友好関係にあり、エジプトが中東アフリカの平和と安定に大きな貢献をしてきたことを高く評価している」

エジプトの治安悪化を受け菅政権は2011年1月チャーター機をカイロからローマまで3往復させ日本人旅行客らを退避。カイロ国際空港内には600人が足止め。他にも1400人の日本人旅行客が残留。邦人救出のためチャーター機を派遣するのは2004年にイラクで日本人3人が人質になった事件以来

「国際協力機構・年次報告書2010」。2010年11月に発行。巻頭に10の事実。1)47カ国で小中学校の34000教室を整備。210万の児童。研修受けた教師20万人。2)エジプト風力発電事業で年間25万トン分のCO2削減。3)1400万haの森林・生態系保全。受益者1100万人。

緒方JICA(独立行政法人国際協力機構)理事長が山花外務大臣政務官へ表敬訪問。JICAシンポジウム「科学技術による国際協力の新しい挑戦」について触れ,タイ国に対する日本の科学技術協力の蓄積と,その経験を、今後,エジプトを中心とした中東,アフリカへ展開していく優位性等について述べた


核開発、核問題

イスラエル外相がバンコクで押収された北朝鮮製の武器はイラン経由でレバノンのヒズボラやパレスチナのハマスに渡る予定だったと発表。北朝鮮、イラン、シリアを悪の枢軸と名指し。エジプトやサウジアラビアの核開発も指摘。一方で自身の核兵器所有問題には沈黙。しかしIAEAはイスラエルに説明を。

ウィキリークスが公表した米外交公電。イランが核兵器開発に成功した場合、サウジアラビアとエジプトの両国首脳が自国も核開発に着手する可能性があることを米国に警告。イスラム教シーア派国家イランの核保有をきっかけに、サウジ、エジプト両国など対立するスンニ派の中東各国による「核ドミノ現象」

イランが主催する核施設の視察が2011年1月に実施され、エジプト、キューバ、シリア、アルジェリアなど7カ国のIAEA担当大使が参加。国連安全保障理事会常任理事国のうちロシアと中国を視察に招いたが、いずれも拒まれた。自国の核開発の「正当性」を強調する狙いとみられたが、当てが外れた形


コプト教

エジプト北部アレクサンドリアで、2011年1月1日未明、キリスト教の一派コプト教の教会前で爆弾を身につけていた男が自爆し、保健省によると21人が死亡、97人が負傷。事件後、コプト教徒とイスラム教徒の間で投石など小競り合い。宗教間の対立が高まる恐れ。教会には約千人が集まっていた。

コプト正教会(コプト教)とはキリスト教の東方教会(東欧や中東に普及したキリスト教諸教派)の一つ。紀元2世紀にエジプトで独自に発展。451年に(現イスタンブールの)カルケドン公会議で「キリストに神性と人性の両方があること」が確認されたがそれを否定する教派のため非カルケドン派とされる


女性の権利

ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM、2007年)は低い順に、イエメン0.135、バングラデシュ0.264、エジプト。287、サウジアラビア0.299、アルジェリア0・315、モロッコ0.318、イラン0.331、トンガ0.363、トルコ0.379、アゼルバイジャン0.385

国連人口基金(UNFPA)とは、1967年の創設当初、世界の人口増加の抑制を目的に作られたが、現在は、「母親の健康」を守る組織に改変された組織。理由は、1994年エジプトでの「国際人口開発会議」(IPCD)で「性と生殖に関する健康と権利(リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)」の尊重

ICPD(International Conference on Population and Development)は国際人口開発会議。1994年179カ国の代表が出席しエジプトのカイロで開催。リプロダクティブヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の推進が人口政策の柱に


格言

「他人を幸せにするのは、香水をふりかけるようなものだ。ふりかける時、自分にも数敵はかかる」 ユダヤの格言。ユダヤの成立は、紀元前1280年頃、モーセが社会的下層の人々をひきいてエジプトから脱出(出エジプト)し神ヤハウェと契約を結んだ。現イスラエル定住後、12族からなる民族が繁栄


データ

アフリカ主要国のスラム人口率(UNHABITAT、2003)。エチオピア99.4%、モザンビーク94.0%、タンザニア92.1%、スーダン85.8%、ナイジェリア79.2%、ケニア70.8%、コンゴ民主共和国49.6%、エジプト39.9%、南アフリカ33.2%、モロッコ32.7%

国連の世界人口予測によると、2009年~2050年の人口増加率(%)は、ウガンダ179、タンザニア150、コンゴ民主共和国123、エチオピア110、ナイジェリア87、パキスタン85、フィリピン59、エジプト56、バングラデシュ37、インド35、イラン31、トルコ30、アメリカ28

主要国のHIV感染者の入国規制。1)重度の制限:中国(改訂中)、アメリカ(改訂中)、シンガポール、カタール。2)軽度の制限:韓国、台湾、モンゴル、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、UAE、イエメン、エジプト、モロッコ、ロシア、ノルウェー、カナダ、キューバ

女性器切除有病率1)ソマリア97.9%、2)エジプト95.8%、3)ギニア95.6%、4)シエラレオネ95%、5)ジブチ93.1%、6)マリ91.6%、7)スーダン90%、8)エリトリア88.7%、9)ガンビア78.3%、10)エチオピア74.3%、11)ブルキナファソ72.5%

徴兵制を施行。 ドイツ、デンマーク、オーストリア、フィンランド、ノルウェー、スイス、ギリシャ、ロシア、トルコ、イスラエル、シンガポール、タイ、カンボジア、ベトナム、マレーシア、中国、台湾、韓国、北朝鮮、コロンビア、アルジェリア、キューバ、エジプト。女子徴兵はマレーシア、イスラエル

国連総会第3 委員会・北朝鮮人権状況(拉致等の非難)決議に反対した18カ国は、中国,北朝鮮,マレーシア,ミャンマー,ベトナム,キューバ,ベネズエラ,ベラルーシ,ロシア,ウズベキスタン,アルジェリア,エジプト,イラン,オマーン, スーダン, シリア, リビア, ジンバブエ

劉暁波のノーベル平和賞授賞式典に欠席を伝えた国。中国、アフガニスタン、アルジェリア、アルゼンチン、イラク、イラン、エジプト、カザフスタン、キューバ、コロンビア、サウジアラビア、スーダン、セルビア、チュニジア、パキスタン、ベトナム、ベネズエラ、モロッコ、ロシア。返答なしはスリランカ


関連ブログ

エジプトが無政府状態化したため、昔書いたブログの記事を紹介。 「世界で一番悲しい国、悠久四千年エジプト 2,168字」 2006年12月05日 http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/50936002.html