.

はじめに。

ピースコー(Peace Corps)とは、
アメリカの青年海外協力隊です。

まず大学院に1年間行き、
次に途上国へ2年間派遣され現地で実践。
その後また大学院に戻って1年勉強する。

(以上のようなことが可能なシステムがあります。
 全員が、それを経験するわけではありませんが。)

そうしたプログラムが、
アメリカの大学院とピースコーと連携して
実施されています。

http://www.peacecorps.gov/

日本の青年海外協力隊には
多数の問題が指摘されているため、
それを改善するための参考になるかもしれない、
と思ってインタビューをしました。

参考:
青年海外協力隊の良し悪し 5,455字
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/51901806.html


・・・

ピースコーとは?


山本:じゃあえっと、
   (学生時代に)ラグビーをやっていたんで、
   (今回のインタビューをする間の、ニックネームは)
   ラグビーさん(以下、ラグ)ということで。

   今日は「peace corps」(ピースコー)のお話を伺う
   ということで、よろしくお願いします。

ラグ:よろしくお願いします。

山本:E−mailで連絡をいただいて
   えっとまぁあの、
   「お絵かきイベント」にご協力をいただけるという
   お話をいただいたので、

注:
お絵描きイベントは、
NPO法人・宇宙船地球号が行う事業の一つ。
世界中の人に大切なものの絵を描いてもらった後、
その人が、なぜそれを大切だと思うようになったのかを詳細に取材し、
その国の社会背景にある問題点を紹介する、というもの。
国際協力をやりたいと思うような「きっかけ」を与えることが目的。

   (ラグビーさんは)
   中南米にあるエルサルバトルに派遣されて、
   アメリカ合衆国の青年海外協力隊にあたるpeace corps 隊員を
   やっていたんだけれども、

   2年間、2009年の7月からだったんだけれども、
   半年(ぐらいで)、
   ビザ等の変更事情で途中でやめたということですね。

ラグ:はい、そうです。

山本:私は国際協力をやる一方で、
   (国際協力に興味がある人に)
   情報提供をする、という事業をやっています。

   (国際協力に興味がある人にとって、
    最も参加しやすい長期ボランティアは、
    日本政府のJICAが運営する青年海外協力隊なのですが、
    この協力隊には、様々な問題点が指摘されているため、
    それを改善するための政策提言を日本政府にするために、
    なんらかの有用な情報を得られないかと思い、
    アメリカの青年海外協力隊「ピースコー」に参加した
    あなたにインタビューさせて頂きたい、ということです。)

   で、あの、
   (ラグビーさんは、自分の)ブログを持っていらっしゃたので
   (事前に、それを拝読させて頂きました。)

   その「peace corps」、
   直訳すると「平和部隊」になると思うんですけども、

   (まずは最初に)
   簡単なこと(概要)を(私のほうで)しゃべってしまいますと、

   1957年ぐらいに、ケネディー大統領が、
   大統領選挙の最中に、
   いわゆる大統領(になるため)の演説をするための
   スピーチの原稿をですね、
   (アメリカでは、伝統的に、昔から)
   誰かほかの人が書くんですけども、

   当時大学院の修士をとろうとしていた、
   修士課程の学生だった「ピーター・グロース」という人が
   (その演説用の原稿を)書いて、
   その(大統領候補用のスピーチの)中に、

   その学生が(個人的に)やりたかった(思い描いていた)
   「peace corps」という事業を、

   多分、ケネディー大統領の選挙事務所に持ち込んで、
   採用されて、ケネディーがそれをしゃべって、公約しちゃったので、
   やらざるを得なくなったということですね。


注:
要するに、最初は、
アメリカの大学院生であったピーター・グロースが思い描いていた
妄想(理想の一つ)だった。
「peace corps」(平和部隊)という組織を作り、
一般の若いアメリカ人が、途上国を救うために、
出撃していったら、かっこいいじゃん!、
と思って考えたものが、
ケネディ大統領によって、たまたま採用された、ということ。


山本:1961年くらいから始まって、
   で、これまでに、数十ヵ国へ、たくさんの人を派遣した、
   ということですね。
   正確な数字は後程計算します。


参考:
平和部隊(Peace Corps、ピースコー)とは、
1961年にケネディ大統領により創設された機関。
アメリカ政府のプログラムで、
18歳以上のアメリカ人のボランティアが途上国に行き、
教育、青年育成、保健(公衆衛生)、ビジネス、環境などの分野で
草の根レベルから途上国の経済発展と生活向上をサポートする。
近年はHIV/エイズの予防啓発なども。
創設以来45年間で18万2,000名以上(2005年時点)を派遣。
期間は2年間(+最初に現地で3ヶ月程度の訓練)で、
渡航費や生活費などはすべて支給。
米国籍が必要。

http://www.peacecorps.gov/


参考;
青年海外協力隊
Japan Overseas Cooperation Volunteers : JOCV
外務省所管の独立行政法人・国際協力機構(JICA)が実施する
海外ボランティア派遣制度。
1965年創設。
20〜39歳の日本人が募集される。
これまでに3万人以上が、80カ国以上に派遣。

http://www.jica.go.jp/volunteer/


参考:
青年海外協力隊は、
アメリカのピースコーをモデルにして(マネして)
作られたとも言われている。
創設時期が1961年(米国)と1965年(日本)であることや
外務省も下記のように言及しているので、
間違いないかと思われる。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/hakusyo/03_hakusho/ODA2003/html/siryo/sr3120205.htm


山本:いただいたE-mailで私が興味を持ったのが、
   私のブログにも書いてある通り、
   日本の「青年海外協力隊」には大きな問題がありまして、

   結局、最大の問題は、
   2年間の活動後帰国しても、就職先がなくて、
   (以後は)国際協力を続けないどころか、
   一般の(日本)企業にも就職できずに、
   ぷー太郎やニートになってしまう、
   というのが最大の問題なので、

   それに対してアメリカの協力隊である、
   peace corpsのほうは、
   (参加した)全て(の人)ではないのですが、
   調べましたところ、

   peace corpsの中の「一部のプログラム」として、
   最初に一年間大学院修士にいって勉強して、
   2年間 peace corpsで途上国の現地に行って、
   終わった後一年間また大学院修士に戻って、
   「修士」を取れると、

   要するに(最終的に)専門性を獲得できるということにおいて、
   (日本の)協力隊より良いんじゃないか、
   ということが(あなたのブログに)書かれていますね。

   (修士がとれれば、それらの経験が終わった後、
    次に、どこかに就職できる可能性が
    なにもないよりは、高いであろう、ということ。)

ラグ:そうですね。

山本:これを改善する提言等を、
   うちも一応、国際協力に関しては
   外務省やJICA等に政策提言をする
   NPOのひとつであるつもりなので、

   情報をいただければと思って、
   お話を伺いたい、ということですね。

・・・

生い立ち、高校まで。国籍の問題。


山本:えっと、年齢はおいくつですか。

ラグ:25歳です。

山本:経歴ですが、
   アメリカ国籍をもっていないと
   peace corpsに入れないはずなのですが、
   どうしてアメリカ国籍を持っているんですか。

ラグ:えっと、私、
   生まれたのがアメリカのシアトルなんですけれども、
   ちょうど父親の仕事の都合で
   家族全員シアトルに住んでいた時に生まれまして、
   3歳くらいに日本に帰ったんですけれども、

   アメリカは『出生地主義』なので、
   (アメリカ国内で)生まれたら市民権がもらえるというシステムで、


参考:
「出生地主義」(しゅっしょうちしゅぎ)とは、
(生まれた子どもの)国籍取得において、
親がどこの国の国民であろうと、
自国で生まれた子は自国民とするもので、
アメリカ、カナダ、ブラジルなどで採用されている。
対立する概念は、
「血統主義」で、
親のどちらかの国籍が子の国籍となる方式である。
現在、日本、ドイツ、韓国などで採用されている。


ラグ:ただ、父親が外交官だったので、

山本:日本の外交官?

ラグ:日本の外交官です。
   (親の職業の理由で、アメリカの国籍を)
   もらえないんじゃないかって言われてて、両親からは。

   よくわからなかったんですけども、
   でもパスポートがあったんで、
   僕、大学行くときもアメリカの大学に行ったんですけども、
   最初は日本人として、ビザとって行ったんですね。

   ただ、パスポートがあるということは
   市民権があるということなんだろうなと思って、
   大学2年の時に、
   日本に帰国時にアメリカ大使館に行って、更新してみたんですね。

   そしたら、普通に更新できたので、市民権あるんだなと思って
   大学卒業後からアメリカ人として、
   大学院にアプライする時もアメリカ人として応募しました。

山本:そうですか。
   逆に(言えば)日本の国籍もあるわけですか。

ラグ:一応(そうです)。
   あの、「グレーゾーン」なんですけども、
   一応日本は二重国籍を認めていないので、
   本当は22歳になった時に、
   どっちかえらばなきゃいけないんですけども、
   選ばなくても(政府からの)通達とかはこないんですよ。
   基本的に。
   もし来たらその時点で選ばないと、
   3か月後に自動的に日本国籍がなくなる、
   というシステムらしいんですけれども。

山本:そうなんですか。

ラグ:ただ、その通知はいまだ出されたことがない、
   という微妙な、、、

山本:誰に対しても出されたことがない、
   ということですか。

ラグ:そうですね。
   基本的に微妙な、、、

山本:じゃあ、アメリカと日本のその、例えば、
   トヨタ自動車が、アメリカで事業をやっていて、
   日本から出張した社員が、現地で子どもを作って・・
   というような、
   (あなたと)似たようなケースが、あると思うんですけど。

ラグ:そうですね、たぶん多いと思います。

山本:いっぱいあるということですね。
   じゃあ日本は生まれた場所じゃなくて、
   お父さん・・
   (またはお母さんの国籍を世襲する、ということですね)

   (ちなみに)
   お父さんとお母さんは普通に日本人の外交官だということですね。

ラグ:はい、そうですね。

山本:なるほど、わかりました。
   一時期モンゴルに行っていたと(履歴書に)書いてありましたけど、
   これもその、
   お父さんが外交官だっために、
   2、3年行っていたということですね。

ラグ:そうですね。

山本:これは、高校生くらいの時ですか?

ラグ:小学生です。
   小学校に入学した直後で、6歳から9歳までモンゴルにいました。

山本:で、あの、
   (モンゴルにある、外国人用の学校である)
   インターナショナルスクールに行って、
   英語で勉強していたということですか。

ラグ:はい、そうです。

山本:なるほど。
   大学がどこでしたっけ。
   A大学B大学K大学とかにすると頭文字は?

ラグ:えーじゃあS大学で。

山本:日本のS大学ですか。

ラグ:アメリカにあるS大学です。

山本:アメリカのS大学。
   それは18歳から?
   高校までは日本に?

ラグ:高校まで日本にいました。

山本:アメリカの大学は9月、10月スタートですよね。

ラグ:そうです。2004年に卒業して、

山本:それはあの、普通に遅れずに卒業したんですか。

ラグ:そうですね。
   あ!えーとですね、詳しい話になるんですけど、

   中学の時にラグビーやっていまして、
   ラグビー推薦で東京にあるK高校に入ったんですけれども、
   中学の時に『ゆるい上下関係』というか、、、
   その、「みんなで楽しくラグビーやろう」
   みたいな、雰囲気でやっていたんで、

   いきなり厳しい体育会系のかんじについていけなくて
   やめちゃったんですよ。
   1学期で辞めて、
   そのあと定時制高校に行っていたんですけど、
   定時制高校って結局4年間かかるんですよ、卒業までに。

山本:そうなんですか。

ラグ:それだったら、
   もう一回来年の春に卒業して、
   普通に全日制の高校行って卒業しても
   年数的には変わらないと思って、
   定時制また辞めて、勉強したんですよ。

山本:高校一年生に入るために?

ラグ:そうですね。
   次の年の4月に、2001年の4月なんですけれども。

山本:どっかの高校に入ったんですね。
   ということで、一年遅れているわけですね。

ラグ:そうですね。

山本:外国に行ったために、
   (学校の)4月開始、10月開始の(違いの)問題で
   (学年の進級が)遅れたということはないですか。

ラグ:ないですね。

・・・

大学時代はアメリカ


山本:わかりました。
   で、その、19歳で高校を卒業したのは何年ですか?

ラグ:2004年の3月です。

山本:そのあと、
   同年の9月、10月からアメリカのS大学に入ったんですね。

ラグ:そうですね。

山本:何学部でした?

ラグ:一般教養、「リベラルアーツ」 でした。


参考:
リベラル・アーツ(liberal arts)は、
学士課程において、
人文科学、社会科学、自然科学を包括する専門分野。
法学・医学などの専門分野に進学する前の基礎教養の側面も。


山本:要するに、
   広く浅く(いろいろなことを学んで)、
   ディベート(議論)の仕方とかを学ぶやつですか?

ラグ:はい、そうですね。

山本:それは4年間でふつうに卒業したんですか?

ラグ:そうですね。

山本:会社に行くか院(大学院)に行くかですけども、
   どっちにされました。

ラグ:そこで結構迷ってて、、

山本:(それを迷ったのは)2008年の7月くらいですよね。

ラグ:そうですね。
   両親から結構就職しろと言われていたんですけど、

   大学3年の時に、
   S大学って全員が留学をしなきゃいけないというシステムがありまして、
   スペイン語取っていたんで南米のエクアドルに留学行ったんですよ、
   半年間。

   そこでガラパゴスにいったりだとか、
   アマゾンとか行って、環境の分野にすごい興味を持ったんですよ。

山本:在学中ですか

ラグ:在学中です。

・・・

ピースコーととの合同プログラムのある大学院へ


ラグ:一応大学院にアプライしておいて、
   就活も実際はしてなかったんですけど、
   結構狭間で悩んでたというか。

   両親としては就活しろということだったんですけど。

   それで今行ってる(アメリカの)
   『モントレー国際大学』の大学院に合格して
   奨学金を多少もらえたので
   (親が)「それなら良いだろう」ということで
   大学院に進むことにしたんです。


参考:
モントレー国際大学
Monterey Institute of International Studies
http://www.miis.edu/


山本:モントレー国際大学の大学院に入ったのは
   奨学金もあったとしても、
   自分で(探して)
   環境をやっている(環境を勉強できる)大学院で
   面白いことを勉強できそうだと思ったから?

ラグ:そうですね。
   それと、やはり、

   『peace corpsとの、一緒になったプログラム』

   というの(があるの)で、
   勉強も出来て、(途上国での)経験も積めるというのは
   すごい魅力的だったというか。
   それで進学しました。

山本:モントレー国際大学院では、
   そのpeace corpsとの連携授業で、
   最初の1年、大学院で勉強して、
   (以後、2年間)peace corpsに行って、
   戻ってきて(また勉強を)やると、
   4年間で修士も取れて(途上国での)経験もできる、
   というプログラムがあったということですね。

ラグ:そうですね。

山本:で、確認します。
   peace corpsに行ったら、
   必ずそうなっているわけではなくて
   peace corpsの一部で、
   その連携プログラムがあるという意味ですね。

ラグ:そうですね。
   すいません。
   (山本敏晴の以前の)ツイッターを読んでいて、
   peace corpsの説明のところで、、

山本:(私が)誤解していてですね、、、
   あの後(あなたから最初にメールが来た後)、
   私のほうでもいろいろ(ピースコーについて)調べましたら、

   peace corpsの全員が、
   大学院修士との合同プログラムをやっているわけではなくて、
   一部に、そういう、
   大学院との合同プログラムがある、
   というのが正しい認識だと悟りまして。

ラグ:で、かなりその、
   大学院と一緒のプログラムは、
   大学院によって(いろいろ異なっています。)

   peace corpsを2年間やるというのはどの大学院も同じなんですけど、
   例えば僕がエルサルバトル行ったときに
   友人で同じような
   モンタナ大学でやってる修士号とpeace corps をやってる人がいて
   その人はpeace corpsの間にリサーチをして
   修士論文を書かなきゃいけないと言っていたんですけど、
   僕のプログラムの場合
   そういうpeace corpsの課題というのはなくて
   本当に行ってしまったら、オプションというか、
   peace corpsやらなくても修士号は取れるということですね。

   だから結構学校によっていろいろあります。

参考:
モンタナ大学
The University Of Montana
http://www.umt.edu/future.aspx

山本:peace corps(での途上国での活動)をネタに
   修士論文を書かなきゃいけない大学院もあり、
   モンタナ大学もその一つだ、ということですね。

ラグ:はい、そうです。


・・・

エルサルバトルでのピースコーの活動、下痢、膝の損傷


山本:実際は、あなたのブログ等を読んでいたら、
   アメーバ赤痢になっていたと書いてありましたが。

ラグ:はい、そうです(笑)

山本:エルサルバトルでですか?

ラグ:はい、エルサルバトルでです。

山本:エルサルバトルか。
   peace corpsの際にですか。

ラグ:そうです。

山本:イチゴジャム状の下痢をしたわけですか。

ラグ:えっと、実際みてないからわからないんですけど、
   エルサルバトルはトイレってやっぱ
   『ぼっとん便所』というか見えないんですよ、トイレって、、、
   便が、、、自分の、、、

   とりあえずすごくおなかが痛くなって、吐き気もすごいして
   一晩苦しんで翌日も、
   まあ寝てれば、、、と、
   最初はそんな深刻だと思わなかったんで
   寝てれば治るかなと思ってたんですけど、
   一向に良くならなかったんで、
   その翌日にpeace corpsのお医者さんに電話して
   じゃあいますぐ、、、

   僕が暮らしてたのが、東のほうで結構遠いですけど
   3時間くらい首都までかかるんですけど、
   peace corpsの本部のある首都まで来いって言われて、
   で、行ったら   すぐ入院させられて、検査したらアメーバ赤痢でした。

山本:なるほど。
   ちょうどその話になったので、
   (待遇(給与と健康保険など)について質問しましょう)

   現地でのお金は300USドルだから(日本円で)3万円くらいだけど、
   途上国の物価が(日本の)10分の一以下なので、
   現地の生活費(として与えられる給料)が3万円くらいでも、
   生活には問題ないはずなんだけれども、

   (それにしても、アメリカ政府から出る給料がちょっと安いけど)
   それでも文句があまりないのは、
   福利・厚生が非常に良いから、ということですよね?

   要するに、
   自分がpeace corpsに派遣中に病気になった場合、
   その医療費や入院費等々を
   全部アメリカの政府が全額負担してくれることが
   非常に良いと(あなたのブログに)書いておられました。

   今、話に出てきたアメーバ赤痢(の時)も、
   全部(の医療費をアメリカ政府が支払ってくれた)、、、

ラグ:はい、そうですね。

山本:でもこれは
   (日本の)青年海外協力隊も一緒なので、、

ラグ:そうですね。

山本:政府系のボランティアは、
   (どこの国でも)そんな感じだと思いますけど。

   で、問題は、
   (先日のEメールで書かれていた)
   その『膝』のほうですよね。

   膝はまたラグビーを向こう(エルサルバドル)で、、?

ラグ:いや、サッカーだったんですけど。

   サッカーやってて、
   スライディングされたというのもあったんですけど、

   やっぱり、向こう、
   グラウンドの状態がとりあえずよくないっていうのと、

   そこらじゅうで子どもたちがサッカーやってて
   公園でアスファルトでサッカーやってるんですけど、

   トーナメントみたいなのがあって、
   おまえもやらないかって言われて
   これはやるしかないと思ってやったんですけど、

   その時にスライディングされて
   転んだ後にすごい痛くて立てないくらい痛かったんですが、

   そん時に、ちょうど赤痢になってたんですよね。

   その日の夜は膝の痛みとおなかの痛みでダブルで、

   その時は赤痢のせいで
   あんまり膝のことは医者も見てくれなくて、
   しばらくしたら、普通に歩けるようになったんで、
   大丈夫かなと思ってほっといたんですけど。

   で、その、4か月、5か月後くらいに
   peace corpsと青年海外協力隊でサッカーの試合をやろう
   ということになりまして、

   結構ちゃんとカントリーディレクターが両方の組織ともに来て
   大がかりなイベントだったんですけど、
   その時にまた、痛めてすごい腫れちゃって、

   また、peace corpsのお医者さん(の所に)行って
   レントゲンじゃわからなかったんですけど、
   MRI取って、
   靭帯が切れてるのと、半月板損傷しているといわれて
   手術したほうが良いってなって、
   ワシントンDCに行くか、パナマでやるケースもあるんで、
   どちらかに行くかということになって、
   DCで手術して。

山本:アメリカの本土に戻ってということですね。

ラグ:そうです。

山本:結局、
   (ピースコーでエルサルバドルに)行って、
   (アメリカ本土に)戻ったのは、何年の何月ですか。

ラグ:2009年の7月から(行って)
   戻ったのが2010年の5月くらいですね。
   10か月くらいいました。

山本:ワシントンDCでは入院してたんですか?

ラグ:アメリカって入院させないんですよ。
   手術の後、1日しか入院しなくて。

   手術(を)昼くらいにやって、
   その日は泊まって、翌日退院なんですよ、すぐ。

   で、あとは、
   peace corpsがホテルのフロアを借り切ってて、
   常にいろんな国から来る病人とかけが人とか
   そこに泊めるんですよ。

山本:すごいですね。

ラグ:最初の3、4日くらいは歩けなかったんで
   ずっとそこで生活してて、
   松葉づえついてかろうじて動けるくらいだったので、

   その前から食糧とか買い込んどいて
   キッチンとかついてるいい部屋で自分でご飯作って。

山本:途上国では月給3、4万円でも生活できるんですけど
   ワシントンDCは
   10万くらいないと絶対生活できないじゃないですか。

   それ(そこでの生活費)は
   10万に増額してもらえたわけですか?

ラグ:そうですね。
   そこにいる間は結構もらってました。
   2週間くらいいたんですけど、
   たぶん10万円くらいだったと思います。

山本:で、その泊まってるやつ(宿泊料金)とか、
   全部向こう(アメリカ政府)が負担してくれるわけですか。

ラグ:そうですね、はい。

山本:じゃあ(経済的には)なんとかなったということですね。
   よかったですね。

ラグ:かなり手厚く扱われました。
   DCにいる間は。

山本:その時のメール(その時あなたから頂いたメール)では、
   結局その、
   治ったらエルサルバトルに戻ると書いてあったんですけど、
   結局(それは)中止になっちゃったということですね。

   それはなんでですか?

ラグ:やっぱり、結構その、 
   バスに乗ったり下りたりとか(が多いし)、
   あとは、
   膝が完全によくならなったっていうのと、
   途上国で何か(治安の悪化などが)あった時に
   逃げたりできない、膝が悪いと、
   っていうので、危ないっていうのがあって、

   結局、、僕の場合修士が残ってたんで、
   先そっちやって
   (後でピースコーに)戻ってくるっていう
   オプションもあるっていう風になって、、、

   最終的に僕が選べるって言われて、
   やっぱりその、
   膝をリスクしたくないなっていうのがあったんで、
   先、修士やってから。

・・・

モントレー大学・大学院での修士課程・後半


山本:戻った後はモントレ大学院のほうに戻って、
   勉強を続けたということですね。

ラグ:そうですね。
   今、勉強してて、
   今年(2011年)の5月に
   一応修士修了予定なんですけど。
   あと5か月です。

山本:修士論文みたいなのは書くんですか?

ラグ:いや、修士論文がないプログラムなんですね。
   修士論文があるプログラムの修士号は
   2年間で30クレジットくらい、
   30単位くらいなんですけど、

   うちの学校は60クレジットでんですね。
   普通の大学院に比べて倍なんで、
   その分論文はないみたいなかんじで。

   ただ一つずつのクラスで
   2、30ページくらいの論文を書かされるんですけど。

   そういう大きいクラスが四つくらいあるので、
   全部足したら120(ページ)くらいになって
   それが修士論文みたいになっています。

山本:とれるのは、『マスター・オブ・何』ですか?

ラグ:えっとinternational environmental policy です。

山本:国際環境政策ですね。

ラグ:そうですね。

山本:国際環境政策修士となるんですか?

ラグ:そうですね。

山本:じゃああの、
   2011年1月の今、
   日本に帰国していただきましたけれども、
   すぐにアメリカの大学院に戻るんですね。

ラグ:そうですね。

・・・

大学院修士課程・終了後の就職は?


山本:わかりました。卒業後はどうされるんですか?

ラグ:今、就活中なんですけれども、
   ちょっと今、混乱しているというか、
   自分の中で何がしたいのか、

   したいことはあるんですけど、
   僕はやっぱ国際協力を続けたいというか
   その道に進みたいと思っておりまして、

   ただ、例えば国際機関のJPOであるとか、
   そういうエントリーレベルのプログラムでも
   2年間の職務経験が必要で、
   私(ピースコーでの経験が)1年未満なので。


参考:
JPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)
日本人の国連職員を増やすために、日本の外務省が作った制度。
35歳以下、修士、2年間の勤務経験、日本人であること、
などが条件で応募可能。
毎年1000人応募して65人前後が合格。
(年により倍率は多きく変動。)
国連職員でありながら、日本政府がその給与を支払い、
なんとかして国連内に多くの日本人を置こうと
日本政府(外務所)が思っているのが背景。
詳細は、以下へ。
外務省、国際機関人事センター
http://www.mofa-irc.go.jp/


   となるとまず職務経験をつけないといけないので。
   ただ、それでまあ、
   日本で就活をしばらくしているんですけれども、
   なかなかやはり難しいというか、

   文系の修士で
   プラス1年間エルサルバトルで過ごしたっていうので、
   今25(歳)で、
   僕が入社する頃には27になるっていうんで

   そこで結構学部卒の新卒に比べると
   会社としてはあまり採用したくないというか。

山本:大学院を出ているから
   (会社としては)給料は高く払わなきゃいけないのに、
   能力的には、はっきり言うと
   (大卒と)あまり変わらないということですね。

ラグ:そうです。語学が出来るくらいで。

山本:なるほど。それは結構厳しいですね。

ラグ:そうですね。(苦笑)
   ただアメリカの市民権があるので
   アメリカでの就職というのも今考えています。

山本:じゃあ両方同時ということですね。

ラグ:そうです。

山本:何系の企業にあたってるんですか?

ラグ:日本でですか?

山本:両方です。

ラグ:日本では、商社と金融機関ですね。

山本:なんで?

ラグ:商社だと海外に行く機会が増えると思ったのと、
   やっぱり今、商社は『自然系』に力を入れていて、
   エナジー・ポリシーとか
   そういうものを勉強してたんで
   そういう分野に進もうかなと。

   結構厳しいです。

   アメリカだと、まだ、
   アメリカの就職(活動)はあんまり初めてなくて
   調べているのは企業というより
   もっと国の機関というか、
   カリフォルニアのエナジー・デパートメントであるとか、
   国務省であるとか、
   USAID(アメリカ国際開発庁)とかを調べています。


参考:
USAID(アメリカ国際開発庁)
アメリカのJICA(日本の国際協力機構)に相当する機関。
U.S. Agency for International Development
http://www.usaid.gov/


山本:USAIDはJICAみたいなもんですからね。
   なるほど。
   受かったらまた連絡してください。

・・・

続く

http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65589924.html