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目次;

その1;(前編)

概要
ルワンダの地理と歴史
ルワンダ虐殺
ルワンダ虐殺を肯定するもの
ルワンダ虐殺における国連の大失態
国連の人種差別
ルワンダの国連平和維持軍・司令官・ロメオ・ダレール
ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、国際刑事裁判所
ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、保護する責任
余談だが、保護する責任とリビア侵攻(2011年)
ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、人間の安全保障
ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、ジェノサイド予防諮問委員会
ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、3つの『D』
ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、ミドルパワー

その2;(後編)

ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、国連改革・安保理改革
ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、地方復興チーム(PRT)
国連憲章の地域的取極
人道に対する罪
国際人道法
余談ですが、東日本大震災とアフリカの虐殺
自衛隊の海外派遣
武装解除
国連憲章
国際社会の紛争への介入の難しさ
女性と強姦とHIV/エイズ
貧困などのデータ
レアメタル、タンタル、コンゴ民主共和国との関係
その他


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概要


ルワンダ虐殺(Rwandan Genocide)。1994年、フツ系の政府とそれに同調する過激派フツによって、多数のツチと穏健派フツが50〜100万人殺害された。4月にフツ系大統領が何者かに暗殺されたため抗争が激化。ツチ系のルワンダ愛国戦線 (RPF) が同国を制圧するまで持続。


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ルワンダの地理と歴史


ルワンダ。中部アフリカの小さい内陸国。首都はキガリ。アフリカで最も人口密度が高い。1918年の第一次世界大戦終結までドイツ領東アフリカ。以後ベルギーの委任統治下で少数派のツチが中間支配層に。だがツチとベルギーの関係が悪化し、1962年に独立。フツのカイバンダが大統領。ツチは難民に

ルワンダ虐殺。本来、フツとツチの区別は曖昧なもの。外見や文化・習慣に違いを見出すのは困難とされる。殖民地化の過程で宗主国ベルギーが、「ツチの方が欧州人に近く優秀」という人種的差別観を持ちこんだことが両者の対立の原因。ベルギーは人口の少ないツチを中間支配者層とし、大多数のフツを支配

ヨーロッパ諸国がアフリカ等を植民地化する時、支配される側の中に「階層」を作り中間支配者を置くのが恒例。この結果、1)大多数の被支配者の不満は中間支配者に向かい宗主国は安全。2)後年、独立した後も、アフリカでは内戦が相次ぎ、国家が分裂することに。3)途上国内での貧富の差も拡大した。

少数派のツチ族と多数派のフツ族はどう違うか。ルワンダを植民地化した当時のベルギーの定義では、ツチ族の方が長身で上品(エレガント?)。皮膚の色の薄さと、鼻の細さによる。鼻の幅の長さを測定した。このため植民地時代ツチ族に(中間支配層として)統治させた。だがベルギー退却後、フツ族が復讐

ルワンダ紛争(1990-1994年)。フツ系の政府軍及びインテラハムウェ(与党に扇動されたフツ系過激派民兵組織)とツチ系のルワンダ愛国戦線 (Rwandan Patriotic Front, RPF)の間の紛争。ツチ系難民のRPFはウガンダを拠点とし、1990年ルワンダ北部に侵攻


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ルワンダ虐殺


ルワンダ虐殺。1994年。1月、国連PKO司令官ダレールにフツによるツチ虐殺の密告。フツ民兵の武器庫制圧を国連に提案したが安保理決議872の権限を越えるとしてコフィー・アナンが却下。代わりにフツ系大統領に和平協定違反を通知したが返答なし。4月フツ系大統領が何者かに暗殺され虐殺開始

「1994年4月12日は、世界がルワンダを見捨てた日だ。ルワンダへの無関心から、ルワンダの人々をその運命に任せ、置き去りにしたのだ。その夜、私は、罪悪感から一睡もできなかった」 『Shake Hands With the Devil』 国連平和維持軍・司令官・ロメオ・ダレール

「高い木を切れ!」。 "Cut the tall trees!" 1994年のルワンダ虐殺で、多数派のフツ族が、身長の高い少数派のツチ族を虐殺する合図となった言葉。フツ族系のラジオで、暗号として使用された。インテラハムウェ(フツ族政権に扇動されたフツ族系過激派民兵組織)が攻撃開始

「私はクーデターで倒されたルワンダ内閣の閣僚だ。虐殺は突発的なものではない。全て計画されていた。ニューヨークの国連本部に報告し軍事介入を要請してくれ。ナチスがユダヤ人に何をしたか知っているか?それと同じだ。フツ族が大衆を扇動しツチ族を絶滅しようとしている。一人残らず抹殺する気だ」

インテラハムウェ(Interahamwe、イネラハムイ)。フツ族の政権与党に扇動されたフツ系過激派民兵。ルワンダ虐殺を実行しツチ絶滅のため50〜100万人を殺害。マチェーテ(山刀)、マス(多数の釘を打ち付けた棍棒)、鍬(くわ)を使用したイメージが強いがAK-47や手榴弾も使用した

「ある夜、一人の男が訪ねて来て武器を渡してこう言うのです。『今から隣りに住んでいる人間を殺すのだ。そうしなければ我々がお前を殺すだろう。さあ、どうする?』 こんな時、議論する余地はありません。このような形で虐殺に関与した大人や子供が、アフリカにはたくさんいます」 ロメオ・ダレール

「犬が、道ばたに倒れているものを食べていた。たくさん倒れていた。群れをなした犬が食べていたのは人間の死体。灼熱の太陽の中、立ち込める死臭。80万人分の死体をむさぼるのは、犬だけでなく、ハエ、ウジ、ドブネズミ・・。神は、いったいどこに行ってしまったのか?」 1994年、ルワンダ


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ルワンダ虐殺を肯定するもの


「なぜツチ族を嫌うかと尋ねられたら、歴史を学べと答える。ツチ族は(ベルギーによる)殖民地支配に協力し、フツ族の土地を奪い搾取した。(一度追い出したが)今、そのツチ族の反乱軍(ルワンダ愛国戦線(RPF)が戻ってきた。ルワンダはフツ族の国。我々こそ多数派だ」 フツ族・パワー・ラジオ

「君は分かってない。ツチ族は(昔のベルギーによる植民地時代の時のように)フツ族を奴隷として支配したいんだ。本当だ。ツチ族のやつら(ルワンダ愛国戦線、RPF)に歯向かえば、寝首をかかれる。フツ族出身の大統領が殺されたんだ。フツ族の危機だ。自衛するか、死ぬかだ」 ルワンダ。1994年

「いったいお前は何様だと思っているんだ。虐殺をどこで覚えたかだって?植民地時代に白人の兵士が来て、村を殲滅したことを覚えていないのか?やつらは人の命より売り物となるゴムを優先させた。ドイツのユダヤ虐殺のホロコーストを忘れたのか?俺達を残酷という資格がお前らにあるのか」 ルワンダ

ホロコースト(holocaust) には、いくつかの定義がある。1)ユダヤ教の宗教儀式で、獣を丸焼きにして神に捧げること。2)第二次世界大戦の最中にヒトラー率いるナチス・ドイツが約600万人のユダヤ人をヨーロッパで虐殺したこと。3)一般に組織的な大量虐殺(genocide)のこと


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ルワンダ虐殺における国連の大失態


ルワンダ虐殺と国連の無能。1)内政不干渉の原則、2)PKOの目的は停戦の監視のみ、3)前年ソマリアでPKO米兵が殺害され米国が躊躇、これで安保理は動けず、4)3)と同じ効果を狙ってフツ族が早期にベルギー兵を殺害、欧米は撤退、5)白豪主義の人種差別、6)資源がない国に安保理は無関心

国際連合ルワンダ支援団(United Nations Assistance Mission for Rwanda,UNAMIR)とは、国際連合平和維持活動の一つ。ルワンダ紛争の和平協定が結ばれたことを受けて1993年の国連安保理決議872によって設立。停戦監視、和平構築支援を任務

ロメオ・ダレール(Romeo Dallaire、1946年生 )。元カナダ軍中将で上院議員。オランダに生まれるがカナダ陸軍に入隊。1993年にルワンダの平和維持軍(国連ルワンダ支援団)の司令官。1994年1月にフツによる虐殺計画を知り国連に平和維持軍の増強を要請したが、却下された

ルワンダ。1994年4月6日のフツ系大統領の何者かによる暗殺後、ツチの仕業とみなしたフツ系過激派が虐殺を開始。国連PKOは2500人いたが、4月21日、なんと300人に削減。6月22日、ようやく部隊を5000人に増強したが、やってきたのは一度も軍服を着たこともないエチオピアの新兵

「それは違う。国際連合ルワンダ支援団(平和維持軍)の目的は、平和維持ではない。フツ族とツチ族の和平を監視することだ。武装をしている理由は自衛のためだけ。M2マシンガンを使うにも、事前に国連事務総長の許可が要る。とにかく我々の任務は、平和を施行することじゃない。監視することなんだ」

ルワンダの国連平和維持軍司令官ダレールは停戦監視のみを目的とする命令を無視して住民保護を実施。本部から命令に従うよう指示を受けたが無視して駐屯地に逃れてきた避難民を保護。しかし人員不足のため多くの避難民を助けられなかった。ダレールは兵士増員と命令内容の改善を望んだが本部は拒否した

「1994年4月12日は、世界がルワンダを見捨てた日だ。ルワンダへの無関心から、ルワンダの人々をその運命に任せ、置き去りにしたのだ。その夜、私は、罪悪感から一睡もできなかった」 『Shake Hands With the Devil』 国連平和維持軍・司令官・ロメオ・ダレール

ルワンダ虐殺。1994年。ルワンダは面積が小さく資源も乏しい。このためPKO司令官ダレールが度々の人員増強の要請をしても安保理はそれを拒否し続けた。それどころか国連はPKOの人員を減らす決議912を可決しとどめを指す。旧宗主国で責任を負うベルギーも、4月に自国兵十名が殺害され撤退

ルワンダ虐殺と国連の躊躇。1994年フツ族がツチ族の絶滅を図った時、国連平和維持軍の一角を担っていたベルギー兵10名を早い段階で殺害した。これは国連軍を撤退させるため。1993年ソマリアで国連軍の一角を担っていた米兵18名が殺害された時、米軍も国連軍全体も撤退した事実があったため

ルワンダ虐殺に国連が動かなかった理由。1)内政不干渉の原則(国連憲章第2条7項)によりツチ虐殺前にフツへの武力行使は不可。2)1993年にPKOの米兵がソマリアで殺され米世論が消極的。クリントンも躊躇。このため安保理は動かず。3)黒人よりも白人が虐殺されていたコソボを安保理は優先

モガディシオの戦い。1993年ソマリアの首都であるモガディシオ(モガディシュ、ソマリ語ではMuqdisho、イタリア語とスペイン語ではMogadiscio)で起きた、米軍を中心とする国連の多国籍軍と地元民兵の戦い。米兵18名、マレーシア兵1名が死亡。米軍はソマリアから直ちに撤退。

モガディシュの戦い。1993年まで世界の平和維持活動を積極的に行っていたアメリカだったがソマリア内戦へ平和維持軍として軍事介入を試みた結果、米兵18人が殺害され、その遺体が市内を引き回された映像が流された。米国の世論は撤退へと大きく傾き、その後の米国による平和維持活動に大きく影響

ルワンダ虐殺当時の大統領であったビル・クリントンは"米政府が地域紛争に自国が巻き込まれることに消極的でありジェノサイドと認定することを拒絶する決定を下したことを1999年に後悔。「もしアメリカから平和維持軍を5000人送り込んでいれば、50万人の命を救うことができたと考えている」

「撤退されるルワンダ国連平和維持軍へ。駐屯地に逃げこんだ避難民全員の願いです。私達は家族です。だから共に死にたいのです。私達を見捨てて撤退されるのでしたら、その銃で私達全員を殺して下さい。ナタで殺されるより、ましです。銃なら一瞬だし痛みも少ない。せめて子供達だけでもお願いします」


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国連の人種差別


国連の人種差別とルワンダ虐殺。安保理の常任理事国に黒人の国が入っていないため人権配慮が少なく腰が重い。特に資源の少ない国は無視。1994年PKO司令官からルワンダ虐殺計画の報告があったが無視。4月、虐殺が始まると現地の欧米人のみ救出。また同時期のユーゴのボスニア紛争には積極的介入

「欧米の政府からアフリカの虐殺の様子を見るための視察団が来て、こう言いました。『この国には石油などの資源もなく何の戦略的な価値もない。白人兵士を一人送るためには、この国の黒人8万5千人の死が必要だ」と。それが白人にとっての、アフリカの人々の命の価値だったのです」 ロメオ・ダレール

欧米の白人国家にとっては、自国の白人兵士の命の重さは、アフリカの黒人8万5千人分に相当するとの意見がある。だが、その大切な白人兵士の命よりも重要なものがある。それが石油だ。イラクやリビアには石油があるから白人を派兵する。つまり、最も価値があるのは石油。次が白人の命。最後が黒人の命

「ルワンダには何もない。人間がいっぱいるだけ。アフリカ大陸で人口密度が最も高いデータがあるが、とにかくたくさんの人間がいるだけ。しかし、石油などの資源はないので、行く価値はない。だから、我が国が軍隊を派遣することはないし、国連もなかなか動かないだろう。」 1994年、ルワンダ虐殺

世界の国と地域の人口密度(人/平方km)。14)パレスチナ711、15)台湾637、16)モーリシャス(アフリカ東の島国)631、27)ルワンダ(アフリカ大陸最大人口密度)380、29)インド364、34)日本336、36)イスラエル325、42)コモロ(アフリカ東の島国)302

「アフリカのいくつかの国に対する先進国の関心は、ゼロに等しい状況です。私達は黒人に対して殖民地時代よりもひどい仕打ちをしています。私達は勝手に格付けを行って、いくつかの国を最低だと決めつけてしまったのです。自分たちには利益がない場所には、決して関与しない、と」 ロメオ・ダレール

「無力だと思ったわ。1993年ボスニアで取材していた時に。仕事としては、最高のレポートをしたわ。でも、毎日泣いてたの。でもこのルワンダでは、涙がでない。ボスニアでは白人女性が死んでた。だから母や娘を想像したの。でもここでは、『ただの黒人の死体』が転がってる。最低よね。あたしって」


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ルワンダの国連平和維持軍・司令官・ロメオ・ダレール


ロメオ・ダレール(1946年生 )。国連PKO司令官として1994年ルワンダ虐殺を目撃。国連の無力さ・無能さを痛感し、同年に司令官を辞任。理由は司令書を正確に書けなくなり自暴自棄になったため。帰国後PTSD、アルコール依存。だが以後ミドルパワーの連携を提案。「保護する責任」に賛同

「私はルワンダで悪魔と握手してしまった」 ルワンダの国連平和維持軍・司令官のロメオ・ダレールが書いた本の名。 『Shake Hands With the Devil: The Failure of Humanity in Rwanda』 http://amzn.to/h1VUnC

「昔の戦争は、攻撃する、撤退するなど命令がわかりやすかった。今は内戦が中心のため、その国に『安全が保障された状態を構築する』という抽象的な命令。いったい何を意味するのか?この曖昧な時代が始まったのは1990年の湾岸戦争から。そしてこの時代の終わりは見えていない」 ロメオ・ダレール

湾岸戦争とは、1990年のイラクのクウェート侵攻に対し、国連はアメリカを中心とした多国籍軍の派遣を容認。イラクのクウェートからの撤退を要求。しかしイラクのフセイン大統領がこれを拒否。1991年1月に多国籍軍がイラクを空爆。ハイテク兵器で圧倒し同年2月にクウェートは解放、4月に停戦

「資金援助でも技術協力でもない。国のあるべき姿を伝え、国の道徳的な規範を取り戻すための手助けをすることこそ重要だ。時間はかかると思う。あと2世紀はかかるかも。だが実現は可能だ。なぜなら人権を大切にするという考えは、これからすます世界中に浸透していくからだ。」  ロメオ・ダレール

「リーダーシップを語ることは未来を語ること。なぜならリーダーとは将来について深く考える人のことだから。またリーダーの使命は周囲に影響を与えること。そのためには『参加』し責任の一端を担うこと。他人にやらせるのはダメ。自ずから、『未来を作る』ために『動かす』のです」 ロメオ・ダレール

「将来、世界で物事を動かしていく主体はNGOのような非政府の組織だろう。確かにNGOはまだ成長の途上にあり未熟な面もある。だが時間をかければ大きなパワーとして結集する。人権をベースにした考えで国家を超えた人類の声になり世論と政府を動かすだろう」国連平和維持軍司令官ロメオ・ダレール

国際協力をする上で最も良い組織形体はなにか?それは国連やJICAなどで勤務した経験を持ち、修士などの専門性を持っている人たちが、国際機関や政府機関では「国家の利害」にしばられて正しい活動ができないと悟り、外に出て作った組織。これが「ハイレベル国際NGO」。今後の世界を主導するか。


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ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、国際刑事裁判所


ルワンダ国際戦犯法廷(ルワンダ国際刑事裁判所)は、国際連合安全保障理事会決議955によって1994年11月に設置された国際司法機関。ルワンダ領域内で行われた集団殺害及びその他の国際人道法の重大な違反について責任を有する者等の訴追が目的。しかし虐殺のリーダーの多くはヨーロッパに亡命

国際刑事裁判所(International Criminal Court, ICC)。個人の国際犯罪を裁く常設の国際司法機関。1998年に採択された国際刑事裁判所ローマ規程に基づき2003年、オランダのハーグに設置。約100カ国が加盟。戦争犯罪や人道に対する罪、集団殺害などを扱う

国際刑事裁判所(ICC)とは、個人の国際犯罪を裁く国際機関。冷戦崩壊後に起こった旧ユーゴスラビアやルワンダの紛争では、「ジェノサイド」や「人道に対する犯罪」を裁くために臨時の国際法廷が設けられたが、これらを契機に常設化へ。2003年にオランダのハーグに設置された。

ハーグとは、事実上のオランダの首都でアムステルダムとロッテルダムに次ぐオランダ第3の都市。正式名称はデン・ハーグ(Den Haag)。北海沿岸に位置するオランダ 南ホラント州の基礎自治体。人口は五百万。第一次世界大戦後、常設国際司法裁判所が設置、第二次世界大戦後、国際司法裁判所へ


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ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、保護する責任


保護する責任。自国民の保護という国家の基本的義務を果たす能力のない、又は果たす意志のない国家に対し、国際社会が当該国家の保護を受けるはずの人々について「保護する責任」を負うとした概念。2000年カナダが提案、2005年国連首脳会合成果文書、2006年国連安保理決議1674で再確認

保護する責任(Responsibility to Protect、R2P)。2000年カナダの「干渉と国家主権に関する国際委員会」(ICISS)が作成した報告書で定義。2001年、国連に提出。2005年、国連首脳会合成果文書で承認。2006年、国連安保理決議1674で再確認された

保護する責任とは、1)国家が国民を弾圧している時、または、2)国家に国民を保護する能力がない時、国際社会が代わりに国民を保護するべき、という概念。それまで絶対視されていた「国家主権」と「内政不干渉の原則」に、風穴を開けた。武力行使も辞さないが、あらゆる外交手段をとった後に施行可能

カナダを中心とする国々が2000年に「干渉と国家主権に関する国際委員会」(ICISS)で「保護する責任」を提唱した背景にあったのは、二つの事件。1)1994年のルワンダ虐殺(国連が躊躇する間に80万人が虐殺)。2)1995年のスレブレニッツァの虐殺(セルビア人のイスラム教徒虐殺)

スレブレニッツァの虐殺。旧ユーゴスラビアにて、1995年7月11日。1990年代ボスニア・ヘルツェゴビナは旧ユーゴからの独立を廻り民族対立。8割がイスラム教徒、2割がセルビア系。1995年セルビア武装勢力がイスラム教徒の男性(子どもを含む)を8000人殺害。いわゆる「民族浄化」。

民族浄化(ethnic cleansing)。複数の民族集団が共存する地域において、ある民族集団を強制的にその地域から排除しようとする政策。直接的な虐殺や強制移住のほか、各種の嫌がらせや見せしめ的な暴力、殺人、組織的強姦、強制妊娠等によって地域内からの自発的な退去を促す行為も含む

保護する責任は三つの要素。1)予防する責任。紛争の原因に対する取り組み。2)対応する責任。状況に対する強制措置。軍事干渉も含む。3)再建する責任。復興、和解などへの十全な支援の提供。この中で最も重要とされるのが、予防する責任。軍事行動の前に、あらゆる努力をすることが課せられている

保護する責任による軍事行動の正当化。1)正当な権限。国連憲章第7章第51条、第8章。2)正当な理由。大量の人命喪失。3)正当な意図。体制転覆が目的でなく人民を害する能力を無力化。4)手段の均衡。必要最小限。5)合理的見通し。事態が悪化しない。6)最後の手段。事前にあらゆる外交手段


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余談だが、保護する責任とリビア侵攻(2011年)


国連の「保護する責任」はルワンダの虐殺などを教訓に危険にさらされた人間を国家だけでなく国際社会も守る責任があるという考え方。2005年の国連総会の特別首脳会議が採択した「成果文書」に理念として盛られ必要な場合は安保理を通じ共同行動をとると記載。2011年3月リビアで初めての実践例

国連の潘事務総長は「米英仏などによるリビアへの軍事介入は、「国際社会が市民を保護する責任を実践している。不当な内政干渉にはあたらない。リビアのカダフィ政権は軍隊を使って自国民を多数殺害し統治の正統性を失っている。軍事行動の目的はカダフィ政権の打倒ではなく、あくまで一般市民の保護」

国連安保理の決議に基づき、「保護する責任」という大義名分で2011年3月、リビアに多国籍軍が派遣。しかし、英仏はカダフィ政権の体制転覆を明言しており、理念と矛盾する。「保護する責任」において軍事行動が正当化されるのは、「体制転覆が目的でなく、人民を害する能力を無力化」することのみ

米英仏などの(国連安保理・常任理事国でもある)軍事大国が、「民主化」または「保護する責任」という大義名分の元に、中東やアフリカ諸国に軍事侵攻をする例が相次いできた。これらが本来の人道的理由で使われているのか、それとも各国の政治的な目的に利用されているだけなのか?見分ける方法は?

民主化(democratization)。政治体制として民主主義が拡大する過程。1)民主主義の理念化、2)参政権の獲得、3)市民社会の成立、4)立憲主義の確立、5)三権分立の整備など。歴史的には都市国家アテネの直接民主制から、国民国家における間接民主制(代議制)に。今後は地域化?

紛争解決の方法を調べてみると「これでいいのだろうか?」と思うものばかり。1999年シエラレオネでは民衆を虐殺した反乱軍の罪を問わず恩赦。2003年アフガニスタンは日本の金の力で軍閥を懐柔し武装解除。2011年リビアでは市民の「保護の責任」の名のもと多国籍軍が政権転覆を狙う内政干渉

ある国で紛争が起こった場合、国際社会は介入した方が良いのか悪いのか。介入しないと、ルワンダ虐殺が再現される。ところが介入すると、1)各国が自国に都合のよい新政権を作りたがり、2)石油等の利権を獲得へ、3)各軍閥の武装解除と治安回復の問題、4)多民族・多宗教ゆえの新政権樹立の難しさ


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ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、人間の安全保障


人間の安全保障。1994年の国連開発計画の「人間開発報告書」の中で初めて提唱された安全保障上の概念。冷戦崩壊後に登場した新たなタイプの武力紛争(内戦等)に対応するためには従来の「国家の安全保障」では不十分であり、人間の生存や尊厳を脅かす、あらゆる脅威から一人一人を守ろうとする概念

「人間の安全保障」という概念は1994年に国連開発計画(UNDP)が「人間開発報告書」の中で提唱したもの。「恐怖からの自由、欠乏からの自由」というキャッチコピーのもと、「人間の生存、生活、尊厳を脅かすあらゆる種類の脅威を取り除くこと」を言う。しかし、概念が抽象的すぎて実効性に問題

「人間の安全保障」は1994年に国連開発計画(UNDP)が打ち出した概念でノーベル賞・経済学者アマルティア・センや、緒方貞子JICA理事長(元国連難民高等弁務官)が主導して広めた。日本人の緒方が関わったため日本政府・外務省は当初からこの普及に尽力し「人間の安全保障基金」も作った。

「人間の安全保障」を日本政府・外務省が普及している理由は緒方貞子JICA理事長が関係していたからだが実際は日本の国益のためではないかという批判が強い。日本の「プレゼンス」(国際社会への影響力)を保つため国連にこの概念の普及を目指している。つまり日本が国連の常任理事国になるのが目的

「人間の安全保障」でポイントとなっていたのは(国家の横暴によって)国民が危機的な状況に陥っている場合、国連が武力を投入して守ろうとする(保護する)ことを正当とするかどうか、だった。しかしキューバ等の社会主義国家が反対しこれは不可となった。2010年春、国連事務総長がそれを明言した

「人間の安全保障」は「国の安全保障」と対立する概念だったが国家を重視するキューバなどの社会主義国家が反対し国連の場では合意不可能。このため2010年春、国際連合事務総長・潘基文は各国の合意を得るため言い方を変え「国の安全保障と人間の安全保障は相補的なもので、対立するものではない」

「人間の安全保障」は元々「国の安全保障」のアンチテーゼとして生まれた。国家を維持することが最重要と考えれば国家に逆らう民衆を虐殺してもよいことになる。これを防ぐため生まれたのが「人間の安全保障」だったのだが国連が各国からの合意を探る過程で国家主権に配慮しトーンダウンした印象がある

「人間の安全保障」が根本的に間違っているのは、「人間」しか考えていないこと。世界の持続可能性を考えた場合、人間の都合だけを考えていると、人口は果てしなく増え続け、やがて世界中の資源を食い潰し、社会は壊滅する。「生命の安全保障」に概念を進化させる必要があると考えるのは、私だけか?


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ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、ジェノサイド予防諮問委員会


国際連合ジェノサイド予防諮問委員会。2006年6月アナン事務総長が創設。1994年ルワンダ虐殺を止めるための国連平和維持軍の増派を拒否した自身の過去を反省したため。当時のルワンダ平和維持軍・司令官ロメオ・ダレール、緒方貞子、ギャレス・エバンス(元オーストラリア外相)等の7名が委員

ジェノサイド条約(Genocide Convention)とは、集団殺害罪の防止および処罰に関する条約。集団殺害を国際法上の犯罪とし、防止と処罰を定めるための条約。1948年、国連第三回総会決議にて全会一致で採択、1951年に発効。第二次世界大戦中ドイツが行ったユダヤ人虐殺が典型

ジェノサイド条約(Genocide Convention)とは、集団殺害罪の防止および処罰に関する条約。集団殺害を国際法上の犯罪とし、防止と処罰を定めるための条約。1948年、国連第三回総会決議にて全会一致で採択、1951年に発効。第二次世界大戦中ドイツが行ったユダヤ人虐殺が典型

ジェノサイドの定義。a)集団構成員を殺す。b)集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加える。c)全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に故意に課す。d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課す。e)集団の児童を他の集団に強制的に移す

ルワンダ虐殺をアメリカが容認した事実。1993年のソマリアでの米兵殺害以来、米国は平和維持活動に消極的。1)1994年4月、国連平和維持軍の全面撤退を促す。2)6月まで国務長官はジェノサイドという言葉を使用せず。使うとジェノサイド条約の批准国であるため、行動をする必要が生じるため


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ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、3つの『D』


ブッシュが主張した(軍事力による)民主主義(Democracy)の普及の代わりに、オバマ政権のクリントン国務長官は3つのD(防衛(defense)、外交(diplomacy)、開発(development)を主張。開発を行い中産階級が育てば、自ずと民主主義が生まれる土壌ができる。

ブッシュは独裁者の首を取り選挙を実施すれば民主主義が花開くという信念があった。これに対しオバマは社会インフラ、中産階級の育成、安定した社会経済環境の確保等の条件が整った後に民主主義が機能するという発想。つまり、民主主義は「目標」というよりも、ある条件が揃った時に初めて機能するもの

ブッシュ前大統領は民主主義の普及をアメリカ外交の中心に据えていた。オバマ政権のクリントン国務長官は年初の議会で『三つのD』について述べた。防衛(Defense)、外交(Diplopacy)、開発(Development)。その中に民主主義(Democracy)は含まれていなかった

「三つのD」(防衛、外交、開発)と、米国の「国防態勢の3つの原則」(政治的持続性の向上、作戦面での弾力性の改善、地理的展開の拡大)。 『米国のアジア太平洋地域への関与に関するヒラリー・クリントン国務長官の演説』 http://bit.ly/fsTeRu

米国の国家安全保障戦略(2002年)で、貧困の削減を対外政策の最優先事項と位置付け、ミレニアム挑戦会計のほか、世界銀行等の援助効果増大、貿易自由化、保健、教育、農業等への取組を強化。以降、国家安全保障戦略における開発の地位が向上し外交・防衛と並ぶ3本柱(3つのD)と位置づけられた

ミレニアム挑戦会計(Millennium Challenge Account)とは国連ミレニアム開発目標に対し米国が新たに設置した特別予算。良い統治、人材育成(保健・教育)、健全な経済政策の3分野でコミットした国(適格国)を支援。省庁ではないミレニアム挑戦公社(MCC)が管理する

ミレニアム開発目標。1)貧困と飢餓の撲滅、2)初等教育の完全普及、3)ジェンダー平等と女性の地位向上、4)乳幼児死亡率の削減、5)妊産婦の健康改善、6)HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延防止、7)環境の持続可能性確保、8)開発のためのグローバルなパートナーシップの推進

脆弱国家への支援では援助の3つのD(外交(Diplomacy)、防衛(Defense)、開発(Development))の結びつきが複雑化し各ドナーの政策目的の相違が顕著化 国際援助動向レポート IEG-NORAD-UNECA共催国際会合 http://bit.ly/ifC5aZ

アフリカ諸国が1960年頃に独立し民主主義を実現しようとしたが、うまくいかず内戦状態に陥る国が多かった。理由はヨーロッパでは産業革命以後、中産階級が増え義務教育が普及し、ジャーナリズムによる政策の透明性を確保しようとする動きもあった。だがそれらがないアフリカでは時期尚早だったのか


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ルワンダ虐殺後の、新しい安全保障の概念、ミドルパワー


ミドルパワー(中堅国家、中級国家)。国連で拒否権を持つ、軍事的な超大国(スーパーパワー)の米英仏中露ではなく、ある程度、外交上の力を持った国々。カナダ、オーストラリア、ノルウェーなど。日本、ドイツ、インド、ブラジルなどの将来の国連安保理の常任理事国入りを狙う国々も含まれる。

ミドルパワー。超大国や大国でなく、しかし一定程度の穏健な国際的影響力を持つ国家を指す概念。日本語では『中級国家』と表記。カナダ、日本、ドイツ、オーストラリア、北欧など。元ルワンダPKO司令官ダレールが国連の常任理事国だけを中心とした平和維持活動に限界を感じミドルパワーの連携を提案

「大国の圧倒的軍事力を使わずに『保護する責任』を果たしていくべきだと考えている。米英仏中露の力を借りるのではなく、ミドルパワー(中堅国家)が主体となるべき。日本などはもっと積極的にその能力を提供すべきだ。お金ではない、もっと多様な能力を。民間人・外交官・兵士・警官など」 ダレール

「保護の責任」を「ミドル・パワー」の連携で達成しようとするロメオ・ダレール。大国による国連の支配を批判しながらも、それでも国連の中にミドル・パワーの連携組織を作るべきだと言う。理由は、1)現在、国連のみが中立性と透明性をもっている。2)国連内にそれを作れば安保理の機能も改善される

「常任理事国の数を増やすことで国連が世界情勢を反映した民主的な組織になるとは思えない。拒否権を持つ五大国は今後も怪物であり続ける。大切なのはその怪物たちに柔軟性をもたらし、時代に適当するよう仕向けること。そのためには中堅国家らが有志連合を国連内に作ることが必要だ」ロメオ・ダレール

スリランカ内戦におけるノルウェーの仲介。2000年から2002年にかけて、ノルウェー政府の努力によって、シンハラ人の政府と、タミール人の反政府軍との間をとりもち、一度は停戦までこぎつけた。このスリランカ内戦には、国連は主体的には全く関与していなかった。それが良かったといわれている

スリランカ内戦。1983年の民族大暴動により反政府組織LTTE(タミル・イーラム解放の虎)と政府間の抗争が激化。1987年より内戦。2002年ノルウェーの仲介で停戦合意。しかし2006年から再び抗争。2009年、政府はLTTEを追い詰め、盾にしていた民間人ごと殲滅。内戦は集結した

スリランカ内戦とは、1983年から2009年までの間、西部の「シンハラ人」の政府と東部の「タミル人」の反政府軍(タミル・イーラム解放のトラ)との間に起きた内戦。以前ブログに詳述。 「スリランカ内戦終結、しかし憎悪の連鎖さらに 5285字」 http://bit.ly/fN6tkp


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続く
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65618522.html