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はじめに、概説。


最近、中東やアフリカなどの紛争地帯において、
軍による援助や民軍連携による援助が増加した。

特に、米軍やNATO(北大西洋条約機構)による援助、
新しい形の国連PKO(平和維持活動)による援助が増加した。

これに伴い、
昔から援助を続けてきた
民間NGO(非政府の援助組織)職員や文官系の国連職員が、
「お前らも米軍や西側陣営の一味だ」
と思われてしまい、
イスラム過激派などから殺される事件が相次いだ。

殺された援助関係者の数は、
ここ10年で4倍以上に増えた。

このため、
赤十字も、国境なき医師団も、
UNHCR(国連難民高等弁務官)等も、
紛争地帯から撤退する事態に陥り、
従来のような援助活動ができなくなってしまった。

よって、
単純に考えると、
米軍などによる占領地での民心掌握のための
「援助もどき」のパフォーマンスのせいで、
本当の援助を行ってきた、
赤十字、NGO、文官の国連職員らが
活動できなくなってしまった、
という構図が考えられる。

しかし、
客観的な立場で、
これまでの歴史的な流れを詳細に見ていくと、
そういう側面
(米軍による民心掌握のための偽の援助など)
は、むしろ少なく、
冷戦後の新しい国際社会の潮流の中で、
民軍連携は、その必然として発生してきたことがわかる。

具体的には、

1)冷戦後、軍事費削減となり、軍は生き残りをかけて新業務を模索していた。
2)1990年代、国家間の戦争が減り、世界中で、内戦が増えた。
3)内戦を放置すると、ルワンダやユーゴのような虐殺につながることが判明。

4)そこへ米国の同時多発テロが起き、内戦放置はテロの温床になると指摘。
5)3と4の大義名分の元、1の理由もあって米軍も国連も内戦に介入。
6)停戦監視のみではない積極的な軍事行動をするPKOを国連が投入。

7)内戦に介入すると、占領後、国を復興する責任が発生する。
8)国家再建は、軍だけではできないので、文官との連携が必要になる。
9)しかして、民軍連携が必要となり、米軍やNATOがそれを実施。

10)以上を見て国連も、PKOの業務を大幅に改編。
11)民軍連携の複合型PKOが登場。法律家・開発専門家なども参加。
12)この間、軍事費削減の影響で民間軍事会社が急成長し各地で下請け。

と、いうような国際社会の流れがあり、
紛争地帯での援助は、
現在、米軍や国連の複合型PKOによる
(しかも民間軍事会社による代行も含めた)
民軍連携が(ある意味で)主流になってしまった。

武装していない(昔からの)
NGOや文官国連職員は、
(皮肉なことに)真っ先に狙われて殺されるので、
残念ながら、紛争地帯から撤退せざるをえない。

よって、紛争地帯で活動できるのは、
ますます民軍連携のチームのみ、となり、
(以上のような)悪循環が起こってしまっている。


私は、
国際協力をする人を増やす事業をしているので、
このような、
国連職員や、国際NGO職員になるのを、
ためらうような情報を
本当は書きたくないのだが、
現状が、あまりにひどすぎるため、
書かざるを得ないと判断した。


よく読んで頂ければわかるが、
一方的に、軍による援助が悪い、
というわけではない。

内戦増加に対する(平和構築のための)軍事介入の結果、
必然として民軍連携が必要になった、
という側面も強いのである。


一方で、現代世界が、
(拒否権を持つ)国連安保理の(米国などの)常任理事国の都合で
動かされているのは事実であり、

中東のイスラム過激派などが、
そうした世の中の不条理への、
行き所のない怒りの捌け口として、
紛争地帯のNGOや文官の国連職員が(代わりに)狙われるという
(これもまた)不条理が発生している。


この問題を解決する方法は、ない。

ただ、結果的に生じた事実として言えるのは、

1)激しい紛争地帯では従来型のNGOや国連職員は活動できなくなった。
2)このため当面、民軍連携による援助は、その地域にいる人の為に必要。
3)民軍連携のモデルであるアフガンの地域復興チームの評価が注目される。

(地域復興チームについては、後述。)

以上を踏まえた上で、
以下に記載する、膨大な民軍連携の歴史と顛末の中で
興味のある項目だけでも、お目通しいただければ幸いだ。


(以下は、ツイッターに書いた内容を
 項目ごとに分類・整理したものである。)


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・・・

4万字を超える内容となったため、
3回に分けました。
また、目次を作りました。

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目次

その1

概要
民軍連携による文民の犠牲者の増加
国連職員の犠牲
民軍関係・民軍連携・民軍協力とは?
米軍の民軍連携(CMO)と民事業務(CA)
NATOの民軍連携(CIMIC)
国連の民軍連携(UN−CMCoord、シムコード)
民軍連携が増えた理由は?
国際平和活動の変容、その1、Robust PKO(荒々しいPKO)
国際平和活動の変容、その2、NATOの民軍連携(CIMIC)による影響
国際平和活動の変容、その3、ブラヒミ報告と複合型PKO
国際平和活動の変容、その4、地方復興チーム(PRT)の登場

その2

軍隊の占領後の民心掌握(QIP、H&M)
人道的空間(Humanitarian Space)とは?
人道・人道支援・人道的行動規範とは?
保護とプレゼンス
国際協力関係者の、民軍関係と紛争地帯での危険の増加に関する意見
民軍関係と人道的空間に関するガイドライン
オスロ・ガイドライン
IASCと、UNコンベンション

その3

国際人道法とは?
赤十字とは?
国境なき医師団(MSF)とは?
国際刑事裁判所(ICC)
国際司法裁判所(ICJ)
国際審査委員会
移行期の正義(transitional justice)とは?
民間軍事会社(PMC)は、民か軍か?
無人航空機とロボット
自衛隊イラク派遣と民軍連携
民軍連携による文民の犠牲者の増加を改善するには?
民軍連携に関するインターネット上の情報とリンク先



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概要


近年の国際協力の最大の問題の一つが、軍隊による援助の是非。および軍民連携による援助の是非。いずれにしても、軍隊が援助に関わっているため、米軍などを嫌いなイスラム過激派から、(本来、全く関係ない)NGOや、文官の国連職員などが、同じ仲間だと誤解されて、殺される事件が多発している。


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民軍連携による文民の犠牲者の増加


国連の調査で人道支援活動家が襲われる事件は2009年に139件発生、278人が被害に遭った(殺害102人、誘拐92人など)。1999年の発生34件・被害者65人から4倍以上に増加(99年は殺害30人、誘拐20人)。 国連平和維持活動(PKO)で死亡する兵士の数よりも、はるかに多い

死亡した国際協力関係者(Humanitarian workers as victims of security incidents)外国人スタッフの場合2000年以前は年間約25人。09年は75人と3倍に。国内スタッフは200人以上で8倍。http://bit.ly/cffQVO

ニューヨーク大学・国際協力センターによると人道支援職員に対する危害事件や被害者は増加する傾向。『Providing Aid in Insecure Environments: Trends inPolicy and Operations』 http://bit.ly/i8CDot

ニューヨーク大学の援助関係者の死亡数の調査。1997年は、事件発生34件、77人死亡(国連26、赤十字国際委員会9、国際赤十字・赤新月社連盟10、NGO31)。2005年は、事件発生408件、174人死亡(国連24、赤十字国際委員会4、国際赤十字・赤新月社連盟5、NGO139)。

援助関係者の死亡数は外国人スタッフよりも現地雇用スタッフの方がはるかに増えている。前者はここ10年で2〜3倍(2009年75人)だったが、後者は5倍以上(同年210人)。このため現地スタッフの安全管理ガイドラインが必須。ほとんど全ての組織で、まだ存在していない。これが最大の問題。


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国連職員の犠牲


イラク・バグダッドの国連事務所が2003年8月19日、爆弾テロに遭い、国連人権高等弁務官(HCHR)も務めたデメロ国連事務総長・特別代表ら22人が死亡。世界に衝撃が走った。08年12月の国連総会は、この日を「世界人道の日」として世に訴えたが、以後も人道活動家の犠牲者数は増加の一途

セルジオ・ビエイラ・デメロ(1948-2003年)。ブラジル人。国連に34年間勤務。国連人権高等弁務官(HCHR)も務めた実力者。2003年に安保理決議で設立された国際連合イラク支援ミッション(UNAMI)の代表に任命されたが、同年8月19日バクダッドの国連事務所の爆破テロで死亡

ソマリアでユニセフのスタッフが殺された事件。2008年10月19日。ソマリア南部の Huddur という町で Mukhtar Mohammed Hassan が殺害。巻き添えではなく明らかに彼を狙った犯行。ユニセフ職員も狙われる時代に。 http://bit.ly/hu5sJi


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民軍関係・民軍連携・民軍協力とは?


民軍関係(civil-military relations : CIMIR)とは民軍の関係を論じる際の、中立的な表現。民と軍は、必ずしも、協力(cooperation)できる立場にあるわけではなくプロジェクトの実施や人道の理念を巡って、競合したり、対立したりする場合もあるため。

「民軍連携」とは、民と軍が連携して復興事業などを行うことは、良いことだとする立場で論じる時に使用される言葉。米軍とNATOは「軍にとって有益な」民との連携のことを言う。国連の場合、民と軍の間で情報交換をし、協力あるいは摩擦軽減のための交渉をすること。いずれも肯定的にとらえている。

「民軍連携(Civil Military Coordination)」と「民軍協力(Civil Military cooperation)」を国連は明確に区別している。前者は、民と軍の間で情報交換と(協力・共存・摩擦軽減等の)交渉をすること。後者は一緒にプロジェクトを実施すること

民軍連携。1)国連の民軍連携、CMCoord(Civil Military Coordination)。2)NATOの民軍連携、CIMIC(Civil Military Cooperation)。3)米軍の民軍連携、CMO(Civil-Military Operation)。

民軍連携に関する原則は組織により様々。1)米軍は、軍と国益のために文民を使う。2)NATOは、司令官の任務達成のために文民を利用するが、CIMICセンター等の情報交換の場を設置。3)国連は、民と軍それぞれの目的の達成のための調整。4)赤十字等のNGOは、軍による人道支援は原則反対

民軍連携は4種類。1)当該国の国内の民と軍の場合、例:文民統制(シビリアン・コントロール)。2)国内の民と国外の軍の場合、例:GHQによる米軍の日本統治。3)国外の民と国内の軍の場合、例:国際援助団体を国内軍隊が警護。4)国外の民と軍の場合、例:アフガンの地方復興チーム(PRT)


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米軍の民軍連携(CMO)と民事業務(CA)


米軍の民軍連携(CMO、Civil-Military Operation)。『軍が』、文民組織(政府・NGO・現地当局・住民を含む)との間に関係を樹立し、維持し、『影響力を行使し』、またはこれを、『利用する』、司令官の活動のこと。(2001年)

米軍の民軍連携(CMO、Civil-Military Operation)の目的。1)米国の国家目標の追及を支援すること。2)軍事作戦の効率性を高めること。3)軍事作戦が文民にもたらすマイナスの影響を縮減すること。

米軍の民軍連携に関する原則、『CMOドクトリン』。1990年代の民事業務(CA)の経験を踏まえ、2001年に策定。「民軍活動のための統合ドクトリン」 Joint Doctrine for Civil-Military Operations http://bit.ly/gfjaVg

民軍連携は、戦争後、占領軍がその国を統治する際、自国から文官(法律家など)を連れてくるため、昔から存在していた。戦後、米軍が日本を支配したとき、「民事業務」(civil affairs : CA)と呼んでいた。冷戦後、クルド、ソマリア、ボスニア等の紛争にも米軍は民事部隊を投入した

GHQとは、連合国軍最高司令官総司令部(General Headquarters)のこと。連合国と言ってもほとんどがアメリカの軍人と民間人だった。第二次世界大戦の終結に際しポツダム宣言の執行のため日本において占領政策を実施。マッカーサー元帥が軍隊解散・憲法改正・財閥解体などを指示

サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)は、第二次世界大戦における米国をはじめとする連合国諸国と日本国との間の戦争状態を終結させる条約。 1951年署名、1952年4月28日発効。この日、日本は主権を回復。それまでは連合国の管理下だった。つまり、日本の独立記念日ともいえる。

病院船(hospital ship)とは、元々は、戦争中に負傷兵を本国に運ぶための船。近年は、戦争や飢餓、大災害の現場で、傷病者に医療ケアのプライマリケアを提供したり、病院の役割を果たすために使われる。1859年以降、赤十字運動の勃興とともに、病院船も世界に普及し法整備も行われた

病院船。アメリカ海軍によってマーシー級病院船「マーシー」(USNS Mercy)と「コンフォート」(USNS Comfort)が運用されており、これらが世界でもっとも大型の救命救急の船舶として知られる。マーシーは2004年スマトラ沖地震に派遣され船上で民軍連携の医療活動を実施した

スマトラ沖地震(インドネシア、2004年)。医療ニーズとしては震災直後から2 週間は外科的疾患が多いが災害に直接起因する疾患は1 カ月で全体の5%。その後は衛生状態の悪化に伴う呼吸器、皮膚科疾患が増加。また受診者の約3%に災害が原因と思われる精神疾患が認められたと報告されている。

コブラ・ゴールド(Cobra Gold )とは、東南アジア最大級の合同軍事演習。米国、タイ、インドネシア、シンガポール、日本、韓国、マレーシアなどの軍事関係者が参加。2011年は2月にタイ北部のチェンマイで1万1千人が参加。1982年から毎年開催。災害に対する人道支援の訓練も実施

米軍によるアフガニスタンでの医療支援。国際治安支援部隊(ISAF)と共に保健医療政策。アフガンの治安部門(軍、警察)の医療基盤に対する支援で、そこに所属する衛生兵、救命士に対する教育や医療施設の修復。治安部門改革(SSR)の一環であると共に医療器材のメインテナンス等に伴う経済効果

SSR。治安分野改革(Security Sector Reform:)のこと。紛争後の国家の治安回復のこと。1)広義の武装解除(DDR、狭義の武装解除・動員解除・社会復帰)、2)政府改革、3)警察改革、4)司法改革、5)刑法改革」の5つの要素で構成。アフガニスタンでの実施例が有名


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NATOの民軍連携(CIMIC)


NATOの民軍連携(CIMIC、Civil Military Cooperation)。短期的目的は、担当地域の文民当局、文民組織、住民との間で、『NATO司令官が、自己の任務を完遂するため』、十分な協力関係を結びかつ維持することであり、これには文民側の計画の実施の直接支援も含む

NATOの民軍連携の定義は、2003年のCIMICドクトリンで、「任務を支援するための、NATO司令官と文民アクター(国際機関・国際組織・NGOとともに、各国住民及び現地担当当局も含む)との間での連携及び協力」。短期目的は、NATO司令官の任務完遂。長期目標は、同盟国の目標の達成

NATOの民軍連携、『CIMIC』(Civil Military Cooperation)は、もともと冷戦期の軍事作戦の中の、『兵站(logistics、物資の調達と運搬)』に関するものだった。食糧・飲料・燃料などを民間から調達し、またその運搬を担わせた。これが民軍連携の始まり。

国連アフガニスタン支援ミッション(United Nations Assistance Mission in Afghanistan、UNAMA)。国連 平和活動(PKO)の一つ。NATO率いる国際治安支援部隊(ISAF)のほか、NGO等と連携して、人道開発支援事業を統括している。

アフガニスタン国際治安支援部隊はアメリカ軍7万8420人、イギリス9500人、ドイツ4400人、フランス3750人、イタリア3300人、カナダ2830人、ポーランド2500人、オランダ1955人、トルコ1710人、オーストラリア1550人、スペイン1470人、ルーマニア1140人


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国連の民軍連携(UN−CMCoord、シムコード)


国連の民軍連携(UN-CMCoord、Civil Military Coordination)。軍事部門、人道機関、開発機関、地域住民の間で、『それぞれの目的を』達成するために行う、あらゆるレベルの情報交換、交渉、『摩擦軽減の努力』、お互いの支援、計画策定などの相互交流のシステム

「民軍連携(Civil Military Coordination)」と「民軍協力(Civil Military Cooperation)」を国連は明確に区別している。前者は、民と軍の間で情報交換と(協力・共存・摩擦軽減等の)交渉をすること。後者は一緒にプロジェクトを実施すること

国連人道問題調整官事務所(OCHA)の民軍連携。人道活動はあくまで人道機関による文民統制の元、1)中立と公平の原則、2)ニーズに基づく援助を無差別に、3)戦闘員と非戦闘員を区別、4)人道機関はあくまで独立、5)安全を軍に委ねるのは最後の手段、6)被援助者が危険に晒されないよう配慮

国連の民軍連携(UN-CMCoord、シムコード)は、まだ発展途上の概念。1)国連PKO内の民軍の統合性、2)PKOと他の国連人道機関との調整、3)PKOとNGOなどの他の組織との調整、4)現地当局との調整。などの多様な側面があるため、一定の原則に集約された共通見解は、まだない。


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民軍連携が増えた理由は?


民軍連携の増加の背景。1)冷戦後、軍事費削減の中、軍は生き残りのため新しい役割を模索。2)近年の内戦の増加に対し軍事介入した場合、占領後、平和構築も必要に。3)占領後、民心掌握のため軍による人道支援を実施。4)対テロ戦争を防ぐには温床となる無法地帯の安定化が必要。そのため民と協力

軍民連携が増え人道的空間が減った理由。1)紛争の変化(内戦増加)、2)平和構築の気運(文民が紛争地へ)、3)多機能型PKOによるintegrated mission(PRT等)、4)安保理から武力施行権を与えられたPKO(Robust PKO)、5)民間軍事会社(PMC)の急成長

民軍連携の増加の悪循環。1)赤十字等のNGOは「(政治的)中立」の原則で行動するから紛争地で活動しても安全とされてきた。2)ところが1990年代からの民軍連携の増加で人道組織も「米軍の手先」と誤解され攻撃。3)このためNGOらは紛争地での活動ができなくなりますます民軍連携が必要に


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国際平和活動の変容、その1、Robust PKO(荒々しいPKO)


国連平和維持活動(PKO)の3原則。1)紛争当事者(当事国)の同意。2)紛争当事者に対する(政治的)中立性。3)武力の行使は正当防衛に限る。伝統的にはこの三つだった。ところが冷戦後、民族・宗教対立による和解の難しい内戦が増加。軍事介入の必要性が主張されるようになりPKOは変容した

軍事組織による人道活動の最初の事例。1991年、北部イラクにおけるクルド人防護作戦。この作戦は国連PKOではないが、安保理決議688に基づき、米、英、仏などの多国籍軍が、湾岸戦争後にイラクに生じた内戦状態のために難民となったクルド人の安全を確保し、難民キャンプを設営するなどの活動

湾岸戦争とは、1990年のイラクのクウェート侵攻に対し、国連はアメリカを中心とした多国籍軍の派遣を容認。イラクのクウェートからの撤退を要求。しかしイラクのフセイン大統領がこれを拒否。1991年1月に多国籍軍がイラクを空爆。ハイテク兵器で圧倒し同年2月にクウェートは解放、4月に停戦

軍事組織でしかもPKOによる人道活動の最初の事例。1991年ソマリアで内戦が激化し(文民による)人道援助が行えず多くの餓死者。国連は安保理決議794により「国際の平和と安全に対する脅威」(国連憲章7章39条)の概念を拡大しPKOと連携した米軍主導の多国籍軍による人道目的の軍事介入

国連憲章、第7章、平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動。第39条。安全保障理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、並びに、国際の平和及び安全を維持し又は回復するために勧告をし、又は第41条及び第42条に従っていかなる措置をとるかを決定する

『人道危機』を巡り初めて国連が採択した決議は1992 年の国連安保理決議第794。急速に悪化するソマリアの人道的状況の中で、同国民の人道的ニーズに応えるために国連機関等が実施する人道支援の配給を確保することを目的に決議されたものであり、その履行確保のために国連軍の人道的介入を承認

「頑強な、荒々しいPKO」(Robust PKO)の出現。1991年、1)北部イラクのクルド人防護と、2)ソマリア内戦への軍事介入は、いずれの活動でも、A)国際軍事組織の活動に対する受入れ側の同意のない活動で、B)自衛に限らない武力行使が認められた。伝統的PKO3原則が覆された。

国際連合保護軍(United Nations Protection Force,UNPROFOR、1992-1995年)とはユーゴスラビア紛争(1991-2000年)で展開した複合型PKO(民軍連携の国連平和維持活動)。クロアチアとセルビア勢力との停戦監視・非武装化・治安維持など

Robust PKO(第二世代PKO)の失敗。1)1992年、第二次国連ソマリア活動で平和強制に失敗。米兵も殺され全面撤退へ。2)1992年、旧ユーゴの停戦監視を任務とした国連防御軍は、1995年「スレブレニツァの虐殺(セルビア人によるボスニア人のイスラム教徒の殺害)」を防げず。

スレブレニッツァ(スレブレニツァ)の虐殺。1995年7月11日。1990年代ボスニア・ヘルツェゴビナは旧ユーゴからの独立を廻り民族対立。8割がボスニア人・イスラム教徒、2割がセルビア系。1995年セルビア武装勢力がイスラム教徒の男性と男児を8000人殺害。いわゆる「民族浄化」。

「『男は置いていけ。女はいい』。1993年、旧ユーゴのボスニア・ヘルツェゴビナでは、クロアチア人の軍事勢力とセルビア人の軍事勢力が、ボスニア人のイスラム教徒の『男性』を、それぞれ殺しまくっていました。難民や避難民として逃げ回っている人々もその対象となり、虐殺されました」 国連職員

男性であることが不利益になるジェンダー問題。1)徴兵制が男性のみの国が20以上。2)1990年代の旧ユーゴでボスニア人の男性・男子が他民族から虐殺。民族浄化。3)東南アジア等で欧米男色家による少年売春。エイズ拡散。4)紛争時男性も強姦されているが、それを啓発・保護する組織すらない

徴兵制を施行。 ドイツ、デンマーク、オーストリア、フィンランド、ノルウェー、スイス、ギリシャ、ロシア、トルコ、イスラエル、シンガポール、タイ、カンボジア、ベトナム、マレーシア、中国、台湾、韓国、北朝鮮、コロンビア、アルジェリア、キューバ、エジプト。女子徴兵はマレーシア、イスラエル

Robust PKOの失敗。1993年ソマリアで米兵が殺害され撤退、1994年ルワンダ虐殺を傍観、1995年スレブレニツァ虐殺を防げず。結局PKOは、伝統的3原則の縛りの為、効果的な活動ができない。このため米国やNATOはPKOを見捨て、自力の民軍連携(CIMIC)チームの展開へ


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国際平和活動の変容、その2、NATOの民軍連携(CIMIC)による影響


NATOはボスニア紛争(1992-1995年)終結のため、「和平履行部隊」(IFOR、1995-1996年)と、「平和安定化部隊」(SFOR、1996-2004年)を展開。敵対行為の監視、武装勢力の分離だけでなく、UNHCRを支援した人道活動、ICRCを支援した捕虜の解放等も実施

NATOの民軍協力に関する原則、『CIMICドクトリン』。1995年ボスニアでの多国籍軍による人道活動への支援開始を受け、2003年に策定。NATO CIVIL-MILITARY CO-OPERATION (CIMIC) DOCTRINE http://bit.ly/dE1vSf

ドクトリン(Doctrine)とは、政治や外交あるいは軍事等における基本原則。辞書によれば、1)教義、信条、教理、主義。2)政策、基本外交政策。3)原則、原理、学説、理論。


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国際平和活動の変容、その3、ブラヒミ報告と複合型PKO


民軍連携の歴史。1)始まりは、1991年、国連安保理決議による多国籍軍の北部イラクにおけるクルド人防護作戦。2)PKOとしての最初は同年の国連憲章7章によるソマリアへの軍事介入。3)1995年ボスニアでNATOがCIMICを実施。4)2000年ブラヒミ報告で複合型PKOが主流に。

ブラヒミ報告(Brahimi Report)。1990年代のソマリア・ルワンダでのPKO失敗を受けアナンが国連平和活動検討パネルを設置。その議長だったアルジェリア前外相ブラヒミの2000年の提言。従来型PKOの停戦監視だけでなく、平和活動(紛争予防と平和創造、平和維持、平和構築)

ルワンダ虐殺と国連の無能。1)内政不干渉の原則、2)PKOの目的は停戦の監視のみ、3)前年ソマリアでPKO米兵が殺害され米国が躊躇、ここで安保理は動けず、4)3)と同じ効果を狙ってフツ族が早期にベルギー兵を殺害、欧米は撤退、5)白豪主義の人種差別、6)資源がない国に安保理は無関心

国連最大の失敗と言われている、『ルワンダ虐殺』。その後、世界の安全保障がどう変わったのか? 山本敏晴のブログにアップ。 『ルワンダ虐殺の後の世界の安全保障の変化についてのツイート』 その1 http://bit.ly/eYuaQj その2 http://bit.ly/hXj5zF

ブラヒミ報告(2000年)。1)民軍連携を推奨しそれを軸にした複合型PKOを提唱。2)(停戦監視などの)平和維持と(政治・経済・社会の変化を促す)平和構築を同時に進めるべし。3)公平性の原則に基づいた「武力行使」を容認。すなわち、Robust PKO(頑強なPKO)が必要だと主張

ブラヒミ報告(Brahimi Report)Report of the Panel on United Nations Peace Operations, A55/305-S/2000/809 (August 21, 2000), p.6 http://bit.ly/h4sL2S

ROE(rules of engagement) とは交戦規則のこと。伝統的な国連PKOの場合、敵から攻撃された場合の自衛でしか武器を使用できない。マンデート(mandate)とは命令書のこと。国連PKOの場合、停戦監視と兵力引き離しだけが命令か、武力行使による平和強制が可能か。

国際平和活動(Peace Operations)とは、国連PKOの改革提案を行った2000年の「ブラヒミ報告(Brahimi Report)」によれば、紛争予防、平和創造、平和維持、平和構築を包括する概念としている。

複合型PKO(多機能型PKO)。冷戦後に設置されたPKOは、1)伝統的PKOの任務(停戦監視、兵力引き離しのための介在など)に加えて、2)軍事活動以外の、選挙の監視と運営、人道活動の防護、難民と避難民の帰還支援、DDR(武装解除・動員解除・社会復帰)などもマンデート(付託任務)に

冷戦後、複合型PKO増加の理由。1)東西両陣営からの援助が減り弱体国家で内戦。2)安保理で拒否権行使を控える動き。国連憲章39条に基づく平和強制の為の軍事介入が可能に。3)ブラヒミ報告で「単に戦争がないだけでない」平和構築。4)軍事費削減のため各国軍が生き残りをかけ人道支援に参加

複合型PKOが増加した理由。2001年9月11日、米国で同時多発テロ。以後、内戦継続や破綻国家の放置が、国際安全保障上の問題であるという機運が高まり、国連安保理において、平和構築が21世紀の政策目標に。この時、2000年のブラヒミ報告の「平和を作るためのPKOの役割」が注目された

国連安保理の決議による多国籍軍の軍事介入の正当性について。1)国連憲章、第2条7項に、内政不干渉の原則があるが、2)第39条に、平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為への「勧告」が可能。3)第41条に、経済制裁等が可能。4)以上の効果が不十分な場合、第42条に、軍事行動が可能。


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国際平和活動の変容、その4、地方復興チーム(PRT)の登場


地方復興チーム(Provincial Reconstruction Team、PRT)。大規模な戦闘終結後の治安の悪い地域で復興を助けるための国外勢力による組織。2001年末に米政府によりアフガニスタンで創設。軍人、外交官、復興活動の専門家からなる部隊。その後イラクでも作られた。

地方復興チーム(PRT)。軍隊と文民が一体となって、治安維持・警察・保健衛生・社会インフラう整備などを行う、紛争地域における新たな支援形態。アフガニスタンでは、2003年1月から各地に導入された。まだ試用段階の実験的組織。軍隊と援助団体が混同されるため、NGO等から批判が出ている

地方復興チーム誕生の背景。同時多発テロの報復として米国はタリバン攻撃。出口戦略として軍が地元の人心掌握のため人道援助。だが南東の戦闘で手一杯のためNATOに全土の治安維持を依頼。だが兵站上の問題と外国人による警察統治への地元反発を恐れ躊躇。で登場したのが各国による軍民連携の小組織

地方復興チーム(PRT)。同時多発テロ後、米国はアフガニスタンに侵攻しタリバンを壊滅するため北部同盟(タジク、ウズベクの軍閥)と軍事同盟を締結。だがタリバンを打倒しカルザイ政権を作ったら北部同盟が邪魔に。武装解除をさせるにもタリバンの復活が危惧。このような状況で登場したのがPRT

地方復興チーム(PRT)。非軍事要員の人道援助の専門家と、小規模な歩兵部隊の混成チーム(百人程度から)を、治安の不安定な地域に派遣。歩兵部隊の役割はチーム自身の警護であり、地域の治安維持ではない。だが中央政府の命を受け外国人チームが地方に派遣されることにより、中央集権の体制に寄与

地方復興チーム(PRT)。アフガニスタンやイラクなどの治安の悪い地域を復興するため、軍隊の歩兵部隊と、人道援助の専門家の(比較的小規模な)混成チームを、各国が派遣する制度。米国などの軍事大国だけでなく、中堅国家らも参加する。リトアニアなどの小国も、この混成チームを派遣し、貢献した

米軍によるアフガニスタンでの医療支援。民軍連携のユニットである地域復興支援チーム(PRT)を編成し、軍の指揮による50〜60人の(米国の)民軍混合・省庁横断組織(〃鎧部門を国防省、∪務部門を国務省、I興部門をUSAIDと農務省等)が、地域住民の直接医療支援等を実施している。

地方復興チーム(PRT)の問題点。中東の地元社会からは、欧米の政府の軍隊による人道援助と、民間NGOによる人道援助の区別はつきにくく、外国の武力が自国にあることを憎む地元勢力からは(皮肉なことに)武装をしていない方の民間NGOが(攻撃しやすいため)身代わりになって攻撃されてしまう

地域復興支援チーム(Provincial Reconstruction Team: PRT)に対する批判。〃海硫霪による「人道的空間」の喪失(文官の国連職員やNGOが仲間だと思われ攻撃対象に)。長期的なビジョンの欠如(短期的軍事作戦の達成を優先)。7骸臚海砲茲訌膿佑留臀活動

民軍連携の医療支援の問題点。(胴颪砲茲襯▲侫ン軍と警察内の医療組織への投資は官民間の医療格差を増大させる。∧胴颪裡丕劭圓砲茲訥樟椣緡纏抉腓聾獣呂琉緡鉄霹廚亮立を抑制し長期的な復興に寄与しない。J胴颪砲茲觜眦戮憤緡鼎蓮∧瞳嚇餌犖紂一気に消滅する。ぐ幣紊離哀薀鵐疋妊競ぅ鵑侶臟

民軍連携の医療支援の問題。投資をして病院や医療機器といった「モノ」を充実させても元々医療レベルが低いアフガニスタンでは、医療従事者に対する教育を通じた「ヒト」の育成なしには持続的復興は達成できない。だが海外における文民の作戦参加に対し米議会の承認は通り難い。このため人材育成が困難

民軍連携において問題になっているものの一つは長期的な視野に立った「グランド・デザインの欠如」。軍の短期的な作戦遂行に翻弄され文民主導の人道援助や開発ができない。国際的な人道支援においては、国際連合人道問題調整事務所 (OCHA) に調整任務が付与されているので、今後はここを中心に

人道援助には出口戦略が必要。円滑な移行には現地の能力強化を図り、医療支援に対する地元の依存を抑制する措置が必要。悪戯に高度医療を持ち込むのではなく、撤収後にも持続可能な医療レベルを設定し、医療支援アクター間で統一した基準(Sphere Project)に沿って診療をすることが重要

スフィア・プロジェク(英語版)ダウンロード。人道憲章と災害援助に関する最低基準 Sphere project, Humanitarian Charter and Minimum Standards in Disaster Response http://bit.ly/gSuztO

「アフガニスタンへの米軍侵攻に40億ドルという国家予算を使っていながら、復興支援の「地方復興チーム(PRT)」等の予算が二千万ドルしかない。全く馬鹿げている。学校を5度焼かれても、6度目の再建をすることが大切。その過程で地域の人々とより良い関係を作ろうと努力しながら。」 ダレール

民軍連携の利点は何か?(響菽楼茲任皹臀活動が可能。国連や政府の文官、NGO職員が武力で保護される。∧刃孫獣曚靴覆ら、再び紛争に戻るのを防ぐ。F駝院θ鯑駝韻反政府勢力に入るのを防ぐ。ざ兇魄豕い忘遒觝邏箸覆匹老海諒が得意。ナ瞳海裡丕劭圓里茲Δ乏鴇閉の力を結集した援助が可能。

地方復興チーム(PRT)は2001年からアフガニスタンで始まりイラクでも実施されている民軍連携による復興支援の形。例えば米軍と米国の各省庁が連携し50〜100人の混成部隊を作り平和維持と復興などを同時に行う。NGOから批判もあるが、この『実験的』枠組みをどう評価するかが今後の課題

「民軍連携の是非を問う意見があるが、特にNGOの人から反発があるが、支援される側の立場から考えてみれば、そんなことはどっちでもいい。被支援者のニーズ(必要とされること)に応えてくれるなら、どっちでもいいはず。量的な評価はあるのか?どちらの援助の方が、よりニーズにマッチしているか」


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続く
http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65626494.html