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目次:

はじめに
背景と歴史
医師の数
家庭医、ポリクリニコ(地域総合診療所)
乳児死亡率
ワクチン接種率
キューバによる国際協力。米州ボリバル同盟
その他の医療関係の情報
フィデル・カストロ
チェ・ゲバラ
悪の枢軸


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はじめに


キューバ。風邪薬から高度な心臓移植まで全ての医療費は無料。どんなに貧しい人でも無料で医療が受けられる。外国人でも無料で医療が受けられる。キューバを敵視するアメリカの国民が診療のために旅行でやってきても無料で医療を受けられる。豊かな国だと自称する米国では、貧乏人は医療を受けられない

キューバでは医師の年収は全国民の平均程度。だが人気の職業。理由は、「人間のために尽くすこと、世話をすることは、自分を育ててくれた社会への恩返し。人として非常に大切なこと。病気の人を治すことにより、その人の苦しみをとるだけでなく、自分自身も達成感を得られ、大きな喜びを得られるから」


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背景と歴史


キューバ。カリブ海の島国。首都ハバナ。北145km先にアメリカのフロリダ州。1492年スペイン植民地。1868年から独立戦争をするも1902年アメリカの軍政へ。1953年カストロが蜂起。1959年キューバ革命。対米のためソ連に接近。1961年社会主義宣言。「カリブに浮かぶ赤い島」

キューバの憲法。第9条「医療を受けない患者があってはならない」。第50条「全国民が無料で医療を受ける権利を持つ」。1976年に現行憲法を制定。

キューバ。一人当たりGDPは9,500ドルで、日本人の4分の1程度。一般に(アメリカに敵対する)社会主義の国として知られ、開発途上国の一つとされる。ところが、平均寿命は、79歳で先進国と同等。成人の就学率も10年以上で日本と変わらない。低い経済レベルで、高い医療・教育レベルを達成

キューバ。キューバ革命(1959年)以前は、人々の平均寿命は60歳程度、識字率は10%程度だった。親米のバティスタ政権を追放し、(米ソ冷戦のはざまで)社会主義政権となり、医療費は無料、教育は平等という政策をとった。その結果、現在では、平均寿命は、79.0歳、識字率は、99.8%。

識字率(ユネスコ、1995-2005年、%)。グルジア100.0、キューバ99.8、エストニア99.8、ラトビア99.8、バルバドス99.7、スロベニア99.7、ベラルーシ99.7、リトアニア99.7、ウクライナ99.7、カザフスタン99.6、タジキスタン99.6 …日本99.0

キューバを知る会通信第二号より、キューバの医療、阪南中央病院労働組合(大阪府松原市)。 http://t.co/DcROUYqc

「40年もの経済封鎖にもかかわらず、キューバが教育、医療、文化、科学、スポーツ、その他で成功をおさめていることには誰しも疑念を抱かないであろう。それは国際通貨基金(IMF)のメンバーではないという特権のおかげなのだ。」 フィデル・カストロ。1926年生。キューバの弁護士、革命家。


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医師の数


キューバが経済レベル低くても医療レベル高い理由。キューバの医師数は、71,489人(2006年)。人口は11,239,363人なので、157人当たり医師一人。日本は、医師数286,699人、人口128,056,026人なので、446人当たり医師一人。つまり、日本の3倍、医師がいる


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家庭医、ポリクリニコ(地域総合診療所)


キューバが経済レベル低くても医療レベル高い理由。キューバの家庭医(Medico de Familia, Family Doctor)。キューバは人口当たりの医師数が日本の3倍多いだけでなく、しかも、その半数が家庭医。一次医療(プライマリーケア)が重視され、疾患を早期に発見し紹介。

キューバの医療政策の基本は、予防と早期発見。国家予算は困窮しているのに、国民は無料で医療を受けられる政策なのだから、方法はただ一つ。高額の医療費がかかる病気や、慢性病に国民を罹患させないこと。このための柱が、_板躇紊函↓▲櫂螢リニコ(地域総合診療所)による、プライマリー・ケア。

キューバの家庭医。一次医療を受け持つ医師が、患者の住居の1km圏内に一人いることになっており、120世帯、約800人の患者を一人の家庭医が、生まれる前(妊娠中の胎児の頃)から死ぬまでの面倒をみる。担当地区では往診も実施。さらに健康な人に対しても最低年一回の往診が義務付けられている

キューバのポリクリニコ(地域総合診療所)。まず全ての病気は担当地区の家庭医がみるが、手におえない場合、ポリクリニコに連れて行く。29の科が存在。レントゲン等の設備があるが、6時間かけても改善しない場合、二次医療を行う州病院等に転送され、入院になる。さらに上の三次医療は国立病院で。

家庭医。それになるために必要なことは? ’ド悗ら子ども、高齢者までの診療をし、しかも全ての病気の一次医療を引き受けるため、医学全域の知識が必要。さらに知識を更新し続ける必要性。患者の心を推し量る術を身に着けること。患者だけでなく様々な他者と接することで自然と身に着けてゆく素養


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乳児死亡率


「アメリカの乳児死亡率は、キューバよりも高い」ABC News、2005年11月。アメリカの乳児死亡率(infant mortality rate)は、2002年、1000人当たり、7.0。キューバは、6.3。 http://t.co/hKOuJy0r

乳児死亡率(WHO、2011年、出生千当たり)。日本、2乳児死亡/出生千人/年。キューバ、5乳児死亡/出生千人/年。アメリカ、7乳児死亡/出生千人/年。カンボジア、68乳児死亡/出生千人/年。パキスタン、70乳児死亡/出生千人/年。アフガニスタン、134乳児死亡/出生千人/年。

乳児死亡率(infant mortality rate, IMF)。年間の1000出生当たりの生後1年未満の死亡数。乳児は栄養不足や病気などに対する抵抗力が大人に比べて弱いため,公衆衛生や医学の水準が低い場合その死亡率が高くなる。各国の医療レベル・公衆衛生レベルの比較に用いられる

乳児死亡率(WHO、2011年5月、和訳)。世界保健機関(WHO)は「World Health Statistics 2011(世界保健統計 2011)」を発表。最も高い国は、アフガニスタンで1000人中134人が死亡、日本は2人が死亡。 http://t.co/Wcw8oB7w

乳児死亡率(WHO、2011年、出生千当たり)悪い順に.▲侫ニスタン134、▲灰鵐缶隠隠横供↓チャド124、ぅ轡┘薀譽ネ123、ゥニアビサウ115、γ羆アフリカ112、Д愁泪螢■隠娃后↓┘屮襯鵐牽隠娃院↓┐泙蝪隠娃院↓アンゴラ98、モザンビーク96、カメルーン95

乳児死亡率(WHO、2011年、出生千当たり1〜2の国)。サンマリノ、ルクセンブルク、スウェーデン、スロベニア、シンガポール、日本、アイスランド、スペイン、ノルウェー、モナコ、イタリア、アイルランド、ギリシャ、ドイツ、フランス、フィンランド、デンマーク、チェコ、キプロス、アンドラ

5歳未満死亡率(ユニセフ、WHO、世銀等、2010年、出生千当たり)。悪い順に、.愁泪螢■隠牽亜↓▲泪蝪隠沓検↓ブルキナファソ176、ぅ轡┘薀譽ネ174、ゥ船礇稗隠沓魁↓Ε灰鵐缶隠隠沓亜↓Д魯ぅ繊↓┘▲鵐乾蕋隠僑院↓中央ア159、ギニアビサウ150、アフガニスタン149

アルマ・アタ宣言(1978,WHO,ユニセフ)。世界の健康資源の多くは少数の限られた人へ向けられており、大多数はこの恩恵を受けていない。世界には基本的ヘルスケアすら受けられない人々が数十億人おり、保健医療はこれらの人々が健康を改善し生産的な生活を送れるようにすることを追求するべき


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ワクチン接種率


キューバの医療。3分診療の禁止。日本は長時間待たされた後に、数分で診療を終わらせるスタイルが一般的だが、キューバでは原則20分以上かけることになっている。また、ワクチン接種は義務化されていないが、予防医学や公衆衛生の概念が国民に浸透しており、ワクチンの接種率は、ほぼ100%。

麻疹ワクチン接種率(2010、%)悪い順、.愁泪螢■苅供↓▲船礇稗苅供↓ギニア51,だ崙札51、ゥ丱魅▲庁毅押↓Ε譽丱離鵤毅魁↓ДΕンダ55,┘僖廛▲縫紂璽ニア55、ガボン55、ハイチ55、セネガル60、サモア61、ギニアビサウ61、中央ア62、アフガン62

麻疹(はしか)ワクチンの接種率(MCV (measles-containing vaccine) Immunization Coverage Rate 2010) http://t.co/ddsrulic


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キューバによる国際協力。米州ボリバル同盟

キューバの医師による国際協力。キューバ革命の1959年から現在までに10万人を超える医療従事者(ほとんどが医師)が、101か国で医療援助活動を実施。キューバの医師の、現在も医師の26%(1万7千人以上)が海外で活動。(日本の医師で海外で活動している人は、1%よりもはるかに少ない)

南南協力(South-South Cooperation)。途上国同士が相互に協力する枠組み。二国間と多国間。ゝ蚕儷力(TCDC:Technical Cooperation among Developing Countries)、経済協力(ECDC:Economic 同上)。

キューバの医師による国際協力。日本の医師は、元々の給料が高いため、最低でも年収1千万円以上をもらわないと、仕事とは思えないため長期的にかかわらない。キューバの医師は給料が安いため、NGO等の給料で文句を言わない。人件費が安いのでプロジェクトの費用対効果も、日本の医師を使うより良い

キューバの医師による国際協力。キューバの全医師の26%が途上国で援助活動。しかも医療をするだけでなく医学教育も実施。現地に医学部を設立したり、またキューバ国内の医学部にも途上国から生徒を受け入れている。1963年から2005年までに4万5千人以上の途上国出身の学生に教育を実施した

キューバの国際貢献、「ラテンアメリカ医科大学構想」。中南米やアフリカ等の貧しい村に生まれた若者で、将来、医師を志したいが、お金がなくて医学部に入れない人々を招聘し、完全に無料で医学の教育を行うもの。医師になった後、自国の農村で働くのが条件。1999年から実施。毎年千人以上が卒業。

キューバのソフト外交と、アメリカのハード外交。アメリカは、自分の言うことをきかない国には、まず経済制裁を科し、それでもダメなら、軍事侵攻というが常道。キューバは、自国の医師の4分の1以上を国外に派遣し、相手国の医療を改善していく。それによって外交関係をよくし、アメリカに対抗する。

米州ボリーバル代替構想(ALBA)。資源、医師、学生、医療患者や他の支援の交換・交流による統合・共同・連帯によって米州(ラテンアメリカとカリブ諸国)の統合への道を拓くことを期待すべく、キューバとベネズエラとの間で結ばれた協定。現在、ボリビア、ニカラグア、エクアドルも参加している。

米州ボリバル同盟(ALBA)Bolivarian Alliance for the Peoples of Our America (Spanish: Alianza Bolivariana para los Pueblos de Nuestra América, or ALBA)

米州ボリバル同盟(ALBA)。2004年、キューバのカストロとベネズエラのチャベスが結んだ「新しい中南米地域の構想」。その一つが医療難民ゼロ。中南米にいる450万人の白内障等による視覚障害者を十年間、無料で治療する計画を実施。白内障は治療すれば治る病気だが貧困のため放置されていた

「キューバとALBAをめぐる国際関係 現実主義と理想主義の相克」 田中高 アジア経済研究所 「ラウル政権下のキューバ」調査報告書 山岡加奈子編 2010年 http://t.co/j2payt10

「米国離れと多極化を展開する南米外交」 内多允 国際貿易投資研究所 2010年 「南米の新しい地域国際機関: UNASUR(南米諸国連合)とALBA(米州ボリバル代替構想)」 http://t.co/c9n18AqV

「ボリーバル運動: チャベスの挑戦」 ボリーバル革命とは何か? 「米州のためのボリーバル対案」(ALBA) http://t.co/Qub9ex5Q

ラテンアメリカ経済機構(Latin American Economic System, SELA)。経済戦略・資源開発の共同体。1975年、23ヶ国が調印し1976年に発足。現在27か国が加盟。本部はベネズエラ。キューバも加盟国で2009年、米国によるキューバ経済封鎖の解除を要求


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その他の医療関係の情報


EBM(Evidence Based Medicine)は、統計学的なデータをもとに治療方法を考えてゆく医学。欧米の科学的な考え方。これに対して、NBM(Narrative Based Medicine)というものも最近できた。患者と医師の対話によってその人を理解する手法。

主要国のHIV感染者の入国規制。1)重度の制限:中国(改訂中)、アメリカ(改訂中)、シンガポール、カタール。2)軽度の制限:韓国、台湾、モンゴル、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、UAE、イエメン、エジプト、モロッコ、ロシア、ノルウェー、カナダ、キューバ

キューバで2011年8月、性転換した元男性とゲイの結婚式。13日の前国家評議会議長の誕生日を結婚式に選んだ。「かつてゲイを差別した」と2010年に責任を認めた前議長への敬意。1960年代、同性愛者は労働キャンプに収容され差別。今も法律では同性同士の結婚は認められないので性転換手術

「人間の安全保障」でポイントとなっていたのは(国家の横暴によって)国民が危機的な状況に陥っている場合、国連が武力を投入して守ろうとする(保護する)ことを正当とするかどうか、だった。しかしキューバ等の社会主義国家が反対しこれは不可となった。2010年春、国連事務総長がそれを明言した

「人間の安全保障」は「国の安全保障」と対立する概念だったが国家を重視するキューバなどの社会主義国家が反対し国連の場では合意不可能。このため2010年春、国際連合事務総長・潘基文は各国の合意を得るため言い方を変え「国の安全保障と人間の安全保障は相補的なもので、対立するものではない」


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フィデル・カストロ


フィデル・カストロ。1926年生。キューバの弁護士。1956年チェ・ゲバラとともに革命闘争を始め59年にバチスタ独裁政権を倒した(キューバ革命)。61年、米国の後押しを受けたカストロ政権転覆作戦(ピッグス湾事件)が失敗に終わると「社会主義宣言」を発表、冷戦を背景に米国と対決姿勢へ

「歴史は私に無罪を宣告するだろう。」 フィデル・カストロ。1926年生。キューバの弁護士、革命家。 「利己主義を終わらせよ。覇権主義を終焉せしめよ。冷淡、無責任、そして欺瞞は、もう終わりにしようではないか。我々がはるか以前になすべきであったことを行うには、明日では遅すぎるのだ」

ピッグス湾事件。1959年キューバ革命で米国が支持していたバティスタ政権崩壊。カストロは米国と友好を保とうとしたがCIAは共産主義者の疑いを持ち米国は国家承認せず。怒ったカストロはソ連に接近。1961年、在米亡命キューバ人部隊が米国の支援を受け革命政権の再転覆を試み侵攻したが惨敗

キューバ危機。1962年、米ソの冷戦が核戦争寸前に。1961年ピッグス湾事件で米国とキューバが軍事対立。1962年カストロはソ連の支援で核ミサイルを配備。CIAが空爆を主張するも、ケネディは海上封鎖と臨検を実施。結局、米ソが妥協し、キューバ侵攻しないならミサイル撤去することで決着

キューバ危機。1962年、米ソの軍事緊張が核戦争勃発寸前まで達したこと。1959年キューバ革命を起こしたカストロは訪米し援助を求めたがアイゼンハワー大統領は欠席。非礼に激怒したカストロはキューバ内アメリカ企業の資産没収。ソ連と接触し1962年ソ連製の核ミサイルをキューバ国内に配備

ジミー・カーター(1924年生)。元アメリカ合衆国大統領(1977–1981年)。ウォーターゲート事件後クリーンなイメージで民主党から当選。1978年キャンプ・デービッド合意で中東和平に貢献。1994年、訪朝し金日成と会談。2002年にキューバでカストロと会談。同年ノーベル平和賞

キューバのカストロ前国家評議会議長は2011年2月、騒乱が続くリビアに関し、豊富な石油や天然ガスの埋蔵量に触れ、「米国はNATOに命じ数日中にリビアを占領するだろう」とする論文を寄稿。カストロは、反米で共闘した最高指導者カダフィについて「責任を放棄して逃亡するような人物ではない」

北朝鮮がリビア騒乱の情報を国民に遮断。ルーマニア革命(1989年)のチャウシェスク公開処刑の時並みの警戒。カダフィ大佐は金日成と懇意で、キューバのカストロ議長とならぶ反米の同志で親近感を持たれてきただけに、カダフィ追放への攻防は「絶対に流布されてはならないニュース」(米情報筋)。

キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長(84歳)は2011年3月、共産党のトップである第1書記の職を「2006年に辞任していた」と公表。4月の共産党大会で新しい指導者が選ばれる。第2書記とされる実弟のラウル・カストロ国家評議会議長(79歳)が第1書記に昇格するかが焦点。

キューバ共産党の党大会が2011年4月16日、開始。国民生活を圧迫する経済危機を乗り越え、キューバ革命から半世紀続く社会主義を守り続ける策として、「平等主義」の廃止や市場経済の部分的導入を盛り込んだ経済社会計画を採択する予定。フィデル・カストロ第1書記は病気療養中で大会を欠席した

キューバ共産党は党大会最終日の2011年4月19日に開いた全体会議で、病気療養中のフィデル・カストロ第1書記(84歳)が退任し、弟のラウル・カストロ第2書記(79歳、国家評議会議長)が昇格する人事を発表。キューバを半世紀にわたって率いたカリスマが、公の職務から完全に退くことになる

キューバのフィデル・カストロ(85歳)が2011年9月、オバマ米大統領の国連での演説をとりあげ、趣旨が一貫していないと痛烈に批判。.咼鵐薀妊ンを殺害したが元々アルカイダやタリバンは米軍が対ソ連のため訓練してあげたもの。∧得策のためパレスチナは故郷を追われイスラエルは軍費の浪費


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チェ・ゲバラ


チェ・ゲバラ(1928-1967年)。キューバのゲリラ指導者。医師。『チェ』は「やぁ」という意のアルゼンチンの挨拶。裕福な家で生まれたが、2歳から喘息。医学部に入りアレルギーの研究。1956年メキシコ亡命中のカストロと出会い、意気投合しキューバへ。少佐(一つ星)と黒ベレー帽が象徴

「この搾取の構造の元凶は、アメリカ合衆国だと認識せねばならない。資本主義体制では、人々は『見えない檻(おり)』に囚われている。例えば、苦労人の成功伝説を人々は好むが、分かっていない。成功のチャンスは、ケシ粒ほどしかなく、しかも、目に見えぬ力が、勝者を決めているのだ」 チェ・ゲバラ

「資本主義社会では、『個人は人間の欲求を満たし表現する自由がある』と言う。オモチャを一つ持っている子は、2個、4個と欲しがる。これは人間の欲求そのものだ。だがもし社会全体がそうなったしまったら?富の独占者が貧しい者たちの分まで奪ってしまったら?欲求ですむだろうか?」 チェ・ゲバラ

『もし私たちが空想家のようだ言われるならば、救いがたい理想主義者だと言われるならば、できもしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、その通りだと」 チェ・ゲバラ(1928-1967年)。一時は12人しかいなかった革命グループをひきいて1959年キューバ革命を達成

「ただ一人の人間の命は、この地球上で一番豊かな人間の全財産よりも、百万倍も価値がある。隣人のために尽くす誇りは、高い所得を得るよりもはるかに大切だ。蓄財できるすべての黄金よりも、はるかに決定的でいつまでも続くのは、人民たちの感謝の念だと思う」 チェ・ゲバラ(1928-1967年)

「世界のどこかで、誰かが蒙っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから。」 チェ・ゲバラ(1928-1967年) 「いまや、『私』という概念は、完全に『我々』に変わりました。これが共産主義的な考え方なのです」

「真の革命戦争は、実際の戦闘ばかりではない。時には、他の任務もある。例えば、食糧を調達し、負傷兵を移送し、その傷を手当てし、回復するまで待つ。そうした様々な経験も革命の一部だ。一つ言えるのは、そうした負傷兵の移送と看護をしたことで、僕は『真の戦士』に成長したんだ。」 チェ・ゲバラ

「革命は輸出できない。革命は、圧政から生まれるものだ。そして多くの国々では、政府が国民を弾圧している」 チェ・ゲバラ(1928-1967年)  「第三世界の民は自由のために戦う。アメリカの為でもなく、ソ連の為でもない。キューバは政治体制のいかんに関わらず、正義の側につくのだ。」

「革命に必要なものは、愛だ。バカらしいと思うかもしれないが、真の革命家は偉大なる愛によって導かれる。人間への愛、正義への愛、真実への愛。愛の無い真の革命家は、想像することさえ、不可能だ。」 チェ・ゲバラ(1928-1967年) 「ある日の真実が、永遠の真実として続くわけではない」

「人が人に搾取されていること自体、闘争が必要な状況だ。鉱山では子どもたちが働かされ、坑夫たちの50%が30歳までに死んでゆく。その坑夫らがひとたびストをして賃上げを要求すれば、軍隊に虐殺される。それでも、『闘争は必要ない状況だ』と言えるか?」 チェ・ゲバラ(1928-1967年)

キューバ革命の伝説的な英雄チェ・ゲバラの生誕83年(2011年)を記念しゲバラが革命で勝利するまでキューバでゲリラとして戦った際に記していた未公表の日記がゲバラの誕生日の6月14日、同国で出版。題名は、「ある戦士の日記」。これまでゲバラの著書を出してきたオーストラリアの会社が出版

1959年のキューバ革命の伝説的な英雄チェ・ゲバラの長男カミーロ・ゲバラ・マルチ(49歳)が父親の少年時代からの思想の軌跡が分かる「哲学ノート」を2012年出版する。「ファッションとしてゲバラのTシャツを着ている現代の人たちにも、父がどんな社会を理想として闘ったのか知ってほしい」


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悪の枢軸

悪の枢軸(axis of evil) 。2001年、アメリカのブッシュ大統領が、北朝鮮、イラン、イラク。2005年、ライス国務長官が、イラン、北朝鮮、キューバ、ミャンマー、ベラルーシ、ジンバブエ。2008年、イスラエルのオルメルト首相が、北朝鮮、イラン、シリア、ヒズボラ、ハマース